皇女に捧げ、少年から奪う
冒険者ギルドと帝国軍の市街戦はライレーリアが襲撃を受け、体を休めていた間に三日で終息した。
ギルドが帝国に勝ったわけでもなければ、帝国がギルドに勝ったわけでもない。戦いはギルド側が三日間耐えた後にギルド側の防衛体制が瓦解し、冒険者たちが散り散りに逃亡したことで終わりを迎えた。
ギルド側の必死の防戦から、ギルドが守る建物に王族が匿われている考えた帝国軍だったが、逃げ去った冒険者たちが守っていた建物に乗り込んでみても、そこには既に数日前に王族が逃げた痕跡しかなかった。そこで、ようやく帝国軍は冒険者たちが逃げたのは帝国軍を足止めするという役目を終えたからだと気づいたのだった。
王族はギルドの職員の案内で建物の地下にある秘密の脱出路を通り何処かに逃亡しており、後を追おうにも既に数日が経っており追いつくのは困難。そのうえ脱出路は途中で爆破されており、王族が通ったであろう道から行方に見当をつけることも出来なくなっていた。
追い詰めた筈なのに、まんまと逃げられた。
その報告をライレーリアが受けたのは、ヘレンの遺体が発見されライレーリアのもとに届けられてから数日後、ようやくといった様子でベッドから起き上がり、政務に復帰しようとした矢先であった。
「なぜ、すぐに報告をしなかった?」
青白くやつれ幽鬼のような有様になっていたライレーリアはすぐに報告をしなかったギルド制圧の指揮をとっていた部隊長を問い詰めた。当然、弁解の言葉が返ってくるが、それがライレーリアを苛立たせる。
「アークス卿を呼びなさい!」
ライレーリアはヘレンがいない今、最も信頼のおける者を呼びつけた。
帝国からついてきた側近たちもいるが、その者たちよりもセイリオスの方が遥かに自分のために働いてくれているとライレーリアは感じていたため、自然とセイリオスを重用するようになっていた。
「お呼びでしょうか?」
呼びつけられたセイリオスは手に袋をぶら下げていた。
何を持っているのかライレーリアが聞こうとするよりも早く、セイリオスはその袋の中身をライレーリアの前に取り出す。
そうして出てきたのは一つの生首、その場に同席していた者たちが無礼だと騒ぐがセイリオスは、周囲の声を無視して朗々とライレーリアに告げる。
「これは王族の逃亡を手引きした首謀者の首、名をアンディという冒険者の首でございます」
セイリオスの言葉にその場にいた者たちが驚愕する。
報告がライレーリアにあがるよりも先にセイリオスは動き、事態の解決を図っていたのだ。
「王族の行方についても、西にあるオレイバルガス大公領を目指していることが判明しております」
「よくやってくれました、やはり貴方だけが頼りです」
ライレーリアは他の者が手をこまねいている中でも常に成果をあげてくれるセイリオスに感謝の言葉を述べる。そして、他の者は何をしていたと、その場に同席していた側近たちに軽蔑の視線を向ける。
セイリオスは他にも民主主義者たちの捕縛も見事にこなしている。他の者は民主主義者共に動きを読まれたり、罠に掛けられたりしているというのに、セイリオスだけは常に民主主義者共の動きを予測し、奴らを罠にかけて一網打尽にし、その上、奴らのアジトへの襲撃も成功させている。
セイリオスと比べれば、帝国から連れてきた自分の部下はあまりに不甲斐ないとライレーリアは失望の色を露わにする。
「アークス卿、今後も活躍を期待しています」
「は、ご期待に添えるよう、努力いたします」
セイリオスはライレーリアに跪き、主君への礼を示す。
傍目から見れば、その姿は姫君に仕える忠実な騎士であるが、その実態はそれとは全く逆。
セイリオスは跪き、頭を下げながらも易い相手だと、ライレーリアを見下していた。
ヘレンを殺したのは自分。
民主主義者どもに帝国軍の動きを伝えているのも自分で、帝国軍を罠にかける方法を教えているのも自分。
民主主義者どもに協力しているのだから、動きは当然分かるので民主主義者共を捕まえるのも容易い。
王都で起こっている出来事の殆どを自分が仕組んでいるのだから、セイリオスが成果をあげることが出来るのは当たり前だ。
とはいえ、こんなことがいつまでも上手くいくわけがないともセイリオスは理解している。
今の所はライレーリアが精神の安定を欠いているので誤魔化せているが、少し冷静になればセイリオスの動きがおかしいことは分かる。
それに加えてライレーリアの側近の中にもセイリオスを怪しんでいる者がチラホラと出てきたので、油断していれば早々に自分の企みは暴かれるだろうとセイリオスは予測している。
また、民主主義者共と関わる時は変装して『シリウス』という偽名を名乗っているが、そちらも素性がバレないと楽観視できる状況ではない。あまりにもセイリオスの言った通りに帝国が動くので、セイリオスの正体を警戒しだしている者もいる。
ほどなくして自分が動きづらい状況になることは予想がつく。
それを考えれば、この時期に王都の冒険者のトップを始末できたのは良い結果だとセイリオスは袋にしまったアンディの首を思い出す。冒険者共に好き勝手動かれて、真相でも暴かれたらセイリオスの計画は一貫の終わりだが、幸いにもそれを防ぐことができた。
それもこれもジークフリートのおかげ。
セイリオスはアロルドの弟子である少年冒険者に心から感謝し、アンディを始末した時のことを思い出す。
それは、冒険者たちが逃げてから数日後のこと――
――冒険者のアンディは帝国軍に包囲されていたギルドの本部から脱出すると、王都から逃げ出すことはせずに、王都の一画へと身を隠した。
そこは緊急事態の際の隠れ家兼集合場所としてギルドが用意した偽装された民家であり、その場所に隠れ、アンディは帝国への反撃の機会を伺っていた。
ほどなくして王都のあちこちに身を隠した仲間たちも集まってくる。そうなった時が自分たちに舐めた真似をした帝国への反撃の時だと意気込むアンディの元へ一人の冒険者がやってくる。それがジークフリートであった。
冒険者の中でも年少者の括りに入るジークフリートであるが、冒険者たちの間で知らない者はいない。
ギルドの長であるアロルドの弟子で凄腕の冒険者として、顔も名前もそれなり以上に知られており、アンディも『ジーク』と愛称で呼ぶ程度には顔見知りの関係である。
「ジーク、お前も王都に来てたのかよ。いつ来たんだ?」
アンディは隠れ家に現れたジークに親し気に話しかけたが、ジークの様子を見て即座に臨戦態勢を取った。
隠れ家を訪れたジークの様子は周囲を警戒しているようで、誰かに怯えるように落ち着きが無かったからだ。
「何を連れてきたジーク……」
「ぼ、僕は……」
言いよどむジークに対し躊躇なく武器を向けるアンディ。
尾行されたか、裏切ったか、それとも他に何かあるのか。
最近のジークはアロルドと折り合いが悪いことをアンディは知っていたが、だからといって裏切ることは考えづらい。
アンディが見るにアロルドと関係が良くないのは、子供特有の反抗期や隠し事の後ろめたさ来るものである。
アロルドとジークはギクシャクしているだけであって憎しみあっているわけではないのだから裏切ることは無いだろうと推測し、アンディは武器を向けたままジークに訊ねる。
「誰に尾行けられている?」
「それは――っっ!?」
ジークが名前を伝えようとした、その瞬間アンディの後ろに立つ自分を追っていた男の姿を見て目を見開いた。直後、自分と向き合うジークの表情を見て、アンディは即座に後ろを振り向き、自分の背後に立つ者の姿を確認する。そこに立っていたのは――
「僕だ」
セイリオス・アークス……。
現れた男の名前を思い出すよりも速くアンディは銃の引き金を引いた。
銃口より放たれた銃弾は真っ直ぐセイリオスの頭目掛けて向かうが、セイリオスはそれを頭を傾けるだけで躱す。
「逃げろ!」
アンディはジークに呼びかけながら飛び退き、セイリオスと距離を取る。
だが、アンディが後退するのに合わせてセイリオスは前進し、距離を詰めていた。
飛び退きながら銃弾を再装填、アンディは着地と同時にセイリオスに向けて発砲するが、セイリオスは銃口に体が触れる距離にも関わらず、身を低くし銃弾の下をくぐり抜けるような動きで躱す。
「クソったれがっ!」
アンディは持っていた銃を捨て、懐から短銃を抜き放ち、正面から近づくセイリオスにその銃口を向ける。
その瞬間、セイリオスの額に確かに銃口が触れた。アンディは即座に引き金を引くが、銃口から放たれた弾丸は確かに触れた筈のセイリオスの額ではなく、全く見当違いの方向へと飛んでいった。引き金が引かれる瞬間にセイリオスが短銃の銃身を叩き、狙いを外させたからだ。
アンディは短銃を持たない手に短剣を握り、セイリオスに向けて振るう。
「諦めないのは良いことだ」
アンディの攻撃を無視して、セイリオスが拳を突き出す。
突き出された拳は真っ直ぐ胸元へ、アンディの短剣がセイリオスに届くよりも早くアンディに先に届いた。
「その方が僕も楽しい」
セイリオスの拳はアンディの胸を貫き、心臓をぶち抜いた。
血を吐くアンディだが、それでも短剣を握る手の力は緩めず、セイリオスに向けてその刃を振るう。
「とはいえ、あまり弱いとな。虐めているようで気分が良くない」
自分に向けられた刃をセイリオスは軽く手で払うと、短剣をアンディの手を離れて隠れ家の床を転がった。アンディの胸から拳を引き抜かれるとアンディはその場に膝を付き、セイリオスを見る。
誰がどう見ても致命傷。だが、アンディは不敵な笑みをセイリオスに向けていた。
「テメェは……ユリアス…………ほどは……強くねぇ……な」
そう言い残しアンディはその場に倒れ込んだ。
最後に何を思い、その言葉を遺したのかは誰にも分からないが、とにかくこれがアンディという冒険者の最後であった。
「セイリオス……っ!」
ジークが剣を抜く。だが、セイリオスに向けられた切っ先は震えており、戦意は感じ取れない。
「何をやる気になっているんだ?」
剣を構えるジークの姿を見たセイリオスは理解できない物を見るように首を傾げながら、ジークに近づくと、剣の切っ先を素手ではたく。それだけでジークが構える剣は手を離れて床を転がっていった。
「僕とキミは仲間だろう。仲間に武器を向けるのは良くないな」
「誰が――っ!」
セイリオスは反抗的な態度を取ったジークの頬を張る。
急な攻撃でよろめくジークの腹をセイリオスは押すように蹴り、ジークに尻餅をつかせる。
「僕とキミは仲間だろ?」
セイリオスはしゃがみ込み、尻餅をついたジークに目線を合わせて顎を掴む。
「僕にたくさん手紙をくれたじゃないか? アロルドの近況を綴った手紙をさ。その中には秘密にしておかないとまずい情報もあったろう? 散々スパイをしていたのに今になって敵ってのはありえないとは思わないか?」
それはお前が仕組んだことで……そう叫びたかったが、口を押さえつけられているせいで言葉が出せない。
「自分は悪くないとか思ってるんだったら間違いだ。アロルドに一言『セイリオスに脅されているんです』とでも言えば済むことだったろうに、キミは助けを呼ばなかった。
それは僕の仲間になりたかったからだよな? まさか、大人に助けを求めるのが恥ずかしかったとか、そんなガキみたいな理由じゃないよな? あぁ、でもキミはガキか。じゃあ仕方ないな」
そして露骨に馬鹿にしたような笑みを浮かべセイリオスはジークの功績を讃え始める。
「でも、キミのおかげで助かっているんだからガキと馬鹿にするのは悪いか。キミの手紙のおかげで、アロルドがすぐに介入出来そうにない状態であることが分かったんだからな。僕が事を起こすのに良い時期を教えてくれたのはキミで、今の状況を作る切っ掛けはキミだ」
ジークは抵抗しようともがくが、その様子すらセイリオスにとっては嘲笑の対象だった。
「今更、抵抗してどうするんだ? 僕を倒せば何とでもなると? 無理に決まっているだろう」
セイリオスは掴んでいた手を離し、再びジークの頬を張り、それを何度も繰り返す。
「お前のせいで帝国が攻め入り、王都は占領された。その上、冒険者の仲間もお前のせいで死んだ。お前が僕が後をつけていることに気づかなかったせいなんだから、お前が殺したようなもんだ」
セイリオスは最後にジークの顔面を殴りつける。
その一発で床の上に倒れ込んだジークの顔面をセイリオスは踏みつける。
「今の状況は全部お前が原因だ。そんなつもりは無かったって? 誰がそれを信じるんだ? アロルドが信じてくれて、全部許し、無かったことにしてくれるとでも? お前の目から見たアロルドはそんな男だったか?」
セイリオスはアロルドなら許すだろうと思っていた。
ジークからセイリオスに届けられる手紙も密かにアロルドが手を加えていた形跡があるので、ジークがセイリオスと通じていたことは把握しており、それを承知で泳がしていたのだからジークに対してどうこうするつもりは無いだろう。だが、それをジークに教えてやる筋合いは無い。
「何を取り繕うとも、お前は裏切り者だ」
だが……とセイリオスは続け、踏みつけていた足を下ろして、ジークのそばにしゃがみ込む。そして、優しい声色で語り掛けた。
「裏切り者の身では帰れないだろう? キミはもう僕の仲間になるしかないんだ。それ以外、生き延びる道は無いよ?」
セイリオスは優しい手つきでジークの頭を撫でる。
「大丈夫、僕の言うことを聞いている限りは僕はキミを殺さない。だけど、そうでないなら……」
優しく頭を撫でていた手に力が入り、ジークの頭を握り潰しかねないほどの力が込められる。
そんな手に対して、セイリオスの口調はひたすらに穏やかな物だった。
「死ぬのは怖いだろ? 誰だって怖い。命惜しさに恐怖に屈するのは仕方ないことさ。ちょっとくらい、無様でも良いじゃないか。少なくとも、そうすれば死ぬことは無いんだからさ。無様に命乞いをして、ちゃんとアロルドを裏切り、僕に仲間にしてくださいと懇願するのも悪い選択じゃないと思うよ?」
「僕は……」
躊躇うジークを見てセイリオスは優しく笑う。その笑みは既にジークが自分の手に落ちたと確信しているが故の笑み。
実力は年齢に見合ったものではないほど高いが、精神性は年相応のジークが死の恐怖に打ち勝ち、自分の意志を貫くのは難しい。ジークは容易くセイリオスの罠にかかったのだった――
――思い出すだけで笑えてくる、あの無様さ。
セイリオスはライレーリアとの謁見の最中にアンディとジークの顛末に思いを馳せていた。
アンディは首だけになり、つい今しがたライレーリアへと差し出した。ジークはセイリオスに従うことを選び、今は待機中だが、セイリオスが命じれば何でもするだろう。
既にジークは帝国と結託して王都を占領した者たちの仲間と認識されている。もうジークに逃げ場はなく、自分に従い続けるしか道は無いとセイリオスは確信していた。
「私は甘かったのだと理解しました。どれだけ恩情をかけようと、王国の者たちは欠片も感謝を見せず、反抗するばかり」
ライレーリアの言葉にセイリオスは現実に引き戻された。
ジークの事は今はいい。今はライレーリアの方に集中しようとそちらに意識を向ける。
「少し厳しくするべきなのかもしれません。こちらが甘い顔をしていればつけあがって……」
ライレーリアの声が若干震える。ヘレンのことを思い出しているのか表情が険しくなり、顔が青ざめていき、元来の神経質そうな顔つきと相まって幽鬼のような様相に変わっていく。
「殿下の仰る通り、私も王都の民には厳しい統治が必要かと」
セイリオスは絶対にライレーリアの言葉を否定しない。そして、常にライレーリアの考えを肯定し、その後押しをする。場合によっては優しい言葉で励まし、必要であるならば助言も行う。
ただし、肝心なことは絶対に言葉にしない。それは例えば、帝国兵に変装して部下に王都の民を虐げさせて帝国に対する反感を抱かせたり、帝国に反感を抱いた民衆を扇動して暴動を起こさせたりしているのが、自分であるなどの情報だ。
自分の統治を邪魔しているのが目の前にいる自分であることを知らないライレーリアを見て、セイリオスはほくそ笑む。ここまでは全て思い通り。そしてここからも――
「失礼します!」
謁見の場に帝国兵が慌てた様子で駆け込み、ライレーリアに緊急の報告として声を張り上げる。
「密偵からの報告! 王国貴族に王都奪還のための同盟を結成する動きあり! 既に一部の貴族が領地から軍を率いて出陣したことが確認されております!」
ライレーリアが座っていた玉座の肘掛けに怒りを込めて拳を叩きつけた。
「軍議を行います。将軍たちを集めなさい」
有無を言わせない迫力でライレーリアはその場にいた者たちに指示を下す。そしてセイリオスにも。
「アークス卿、貴方も同席してください」
「喜んで」
ここまでも思い通りの展開。全てがセイリオスの思惑通りに進んでいた。
セイリオスは内心の喜びを隠しながらライレーリアに付き従い、謁見の場を後にする。
次は王国貴族との戦争。それで大体の決着は付く。
セイリオスは自分の理想へと近づきつつあることを確かに感じるのだった。




