虎の尾を踏む
帝国に王都を占領されても冒険者ギルドに所属する冒険者たちの生活には変化は無かった。
アロルド・アークスがその日暮らしのゴロツキや食うに困った没落貴族などを集めて組織した、何でも屋稼業をそれらしく聞こえる名前にした冒険者という集団はアドラ王国でかなりの規模の組織となったが、冒険者ギルドはアドラ王国の厄介ごとには首を突っ込まないという方針を取っていた。
別に王国に仕えているわけでもなければ、愛国心があるわけでもないのだから、アドラ王国がどうなろうと構わないという考えの者が大半だったからだ。
そもそも冒険者連中というのは、国から見放された身の上の者が多い。貧民街のゴロツキ、重税にあえぐ農村から口減らしで王都に出てきた者、没落貴族。王国がしっかりしていれば、自分たちは苦労することも無かったと思う者たちも少なくなかった。そのような者たちからすれば、王国が滅ぼうがどうなろうが知ったことではない。なので帝国が何をしようと構わない。もっとも、それは自分たちに余計な干渉をしなければという前提の上でのことであるが……
王都の冒険者ギルドは、その日も変わらない日常を送っていた。
事務員は書類仕事をし、冒険者たちは王都の外に魔物を狩りに行ったり、王都の中で依頼された雑用をこなしに行ったりとしつつ、仕事を探している冒険者が受付で依頼を紹介して貰っていたりもする。もっとも中には仕事もせずにギルドの中にある酒場でダラダラと過ごしている者もいた。
酒場の机に突っ伏しながら仲間と話しをしているアンディという名の冒険者もその一人である。
「――だからさ、俺はこっちで起業しようと思ってるんだよね」
少し前までヴェルマー侯爵領にいてアドラ王国へ戻ってきたアンディは愚痴をこぼす。
とてもじゃないが、向こうではやっていけない。それなりに働いたものの、アンディは限界だと周りに語る。
「後ちょっと頑張れば、代官にしてもらえそうだったけどさ。その任地がさぁ、バルトランドのオッサンとチャールズの野郎の任地に挟まれてるんだぜ? ついでに近くにはエリザとフランクの夫婦もいるし、グリオがその一帯を自分の任地にしようと戦争の準備をしてるしさ」
「地獄じゃん」と周りの冒険者たちが同情の言葉を口にした。
アンディが名前を挙げた者たちは冒険者の中でも屈指の武闘派連中であることはギルドに所属する冒険者なら誰でも知っている。
ギルド内で逆らってはいけないとされる者の中で「アロルド」「グレアム」「オリアス」の次くらいに位置する者たちでもある。
「代官の地位は欲しいけど、命の方が大事だよな?」
周りの冒険者もアンディの言葉に頷く。
最近の冒険者の間では成功者になるということはヴェルマーに行ってアロルドに認められ代官になることだとされているが、現実は厳しい。
功績を挙げること自体もそうだが、代官になったとして生きていること自体が難しい。代官同士で任地の奪い合いをしても良いということになっているので、戦争はしょっちゅう。
そのうえ、任地の住民に下克上の権利が認められており、代官を殺した者が代官になるのも許されている。
そういう物騒な事情もありアンディが知る限りでもかなりの人数の代官が殺されている。
金と地位と権力と名誉が欲しければ代官を目指せばいいが、少しでも命を惜しむなら代官はやめておくのが無難だというのが、中堅以上の冒険者の認識であった。
「なので、俺は代官ではなく他の仕事を探しているわけ」
冒険者ギルドでは冒険者が引退した後のことまで考え、職業訓練や各種の講座や講習なども行っている。
引退後の身持ちを崩さないための支援を冒険者ギルドは欠かさない。手厚い支援を保障することで、よりよい人材が冒険者ギルドに集まるからだ。ただでさえ、危険の多い仕事なのだから、それくらいはしなければ
人は集まらないし、ギルドに忠誠を抱く者もいない。
どんなに大怪我を負っても、ギルドが面倒を見てくれるというなら、組織に尽くそうという気にもなる。もっとも、そういう忠誠心を上手く使って冒険者を良いように使うのもギルドなのだが、大半の冒険者はそれに気づいていない。
「楽に稼げる仕事が良いんだけど、どっかにねぇかな?」
あったら自分が先にやってると笑う仲間たちと話しながら、結局、何もせずに時間が過ぎていく。それがここ最近のアンディの日常である。しかし、この日はそれだけでは終わらなかった。
「邪魔するぞ」
ギルドの入り口に人影が見え、その人影が入り口から呼び掛ける。
アンディとその仲間たちが、くだをまいているギルド内の酒場から様子を覗き見る。
「帝国軍の者だ。ここで重要人物をかくまっているという情報が届いた。中を調べさせてもらう」
一方的に告げると帝国軍の兵士達がギルド内に入ってきた。
問答無用という様子にギルド内にいた新人冒険者たちや新人の受付係が震えあがるが、対してそれなりの修羅場をくぐってきたアンディとその仲間の冒険者や、それ以外の冒険者たちに受付嬢は冷静だった。
アンディは受付のカウンター奥にある事務室に目をやると、王都のギルド長が目で合図をしてくる。それを受けて、アンディは即座に動き、ギルド内に立ち入ろうとした冒険者たちの前に立ちふさがった。
「それ以上、足を踏み入れんなや」
景気づけに酒場から拝借してきた酒瓶を飲み干し、勢いよく床の上に投げ捨てた。床に叩きつけられた酒瓶が割れ、破片が床に撒き散らされる。
「ここがどこだか分かってて入って来てんのか?」
「無論だ。ここが国王をかくまっていると場所だと聞いた」
「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ。ここを冒険者ギルドだって知って踏み込んできたのかって聞いてんだ」
アンディの背後に冒険者たちが武器を持って集まり、ギルド内に踏み込もうとする帝国兵たちの行く手を塞ぐ。両者に一触即発の気配が漂う。
「落ち着け。我々は貴様らと事を構えるつもりはない。ただ、王がいるかどうか調べるだけ、そして王がいるのなら引き渡してもらうだけだ。それ以外は何もしない。素直に協力してくれるなら、危害を加えるつもりはない」
だから、退いてくれ。と帝国兵の隊長らしき男が言うが、アンディ達は応じない。
「気に入らねぇな。ここは俺らの家だぜ? 何もしないとかじゃなくて、勝手に入って来てる時点で俺達をイラつかせてるって気づけよ。そんでもってさっさと失せろ。ギルドは公権力に従わねぇってことも肝に銘じてな」
「こちとら王国にすら従ったことがねぇんだぜ」
「国の犬は失せな。俺らはお前らの命令なんか聞かねぇ」
「お姫様に尻尾を振って、餌でも貰って来い」
「ばーか、ばーか、死ね」
アンディの言葉に続いて冒険者連中が口を開くが、出てくる言葉は特に意味のある者ではない。だが、帝国軍が足を踏み入れることは拒否していることは間違いないと分かる。
「分かっているのか? これは皇女殿下の命なのだぞ?」
「だから、なんだよ。断るなら武力行使も厭わないって? 上等じゃねぇか、やってみろ!」
挑発するようなアンディの言葉に帝国兵の隊長は腰に帯びた剣に手を伸ばす。
「隊長!?」
「構わん。殿下は場合によっては武力行使もやむを得ないと仰られていた」
つまりは、目の前にいる奴らを斬ってから建物内を調べても良いということだ。
帝国兵の隊長は目の前にいるチンピラ共の様子を見て交渉は無理だと察した。そもそも、こんな輩が集まるとことに高貴な身分の頂点である王族が隠れているのかも疑問ではあったが、そのことも目の前の連中を始末してから調べればいい。
「最後の警告だ。我々は皇女殿下の命でアドラ国王を探している。その際に邪魔をするものがいるならば排除することも許可されている。重ねて言うが、これは皇女殿下の命であり、帝国の総意でもある。これを拒否するということは帝国の意向を無視することであり、それは帝国に敵対することでもある。これらのことを理解しているか?」
「良く理解したよ。つまりは帝国が俺達に喧嘩を売ったってことだろ? 俺らは何もされなければ何もしない。それなのに、お前らは俺らの家ともいえる場所に踏み込んできた。そんでもって中を調べろだ? どうしてそんなに俺達に喧嘩を売ってくるんだ」
そこまで言ってアンディは大きく溜め息をついた。
「こっちからも最後の警告だ。このまま何もせずに後ろを向いて帰れ。それで今日は見逃してやる。でもって二度と来るな。重ねて言うが、何もしなければ俺達は何もしない。お前らにどんな事情があるかは知らねぇが、俺達に干渉するな。そうすりゃお互いに平和に過ごせる」
アンディは自分たちの都合だけでなく相手のことも気遣った物言いだと自分では思っていたが、帝国兵の隊長は心穏やかな気分ではいられない。甘く見られている。舐められている。馬鹿にされている。そういう風に思った。
「仕方がない。こちらは穏便に済ませたかったのだがな」
隊長は目の前の連中を見る。
冒険者などといってもチンピラに毛が生えた程度の連中だと考えていた。
そもそも冒険者とはなんなのか? 帝国の人々はアドラ王国に来て、初めて冒険者という職業を知った。そのため、その実態までは把握していない。そして実際に目にした結果、街のチンピラと大差ないと帝国兵の隊長は判断した。そのため排除したところで問題の無い存在であり、排除するにしても苦労は無いだろうとも判断し、行動に移る。
「総員、目の前の敵を排除。その後に捜索を開始する」
帝国兵が一斉に武器を構える。
それを見て冒険者たちは不敵な笑みを浮かべる。
「上等だ」
敵と認定されたからには手加減はいらない。望み通り相手をするだけだ。
「実を言うとだな。ギルドの中を調べられるのは困るんだわ。なにせ、お前らの探してる王様を匿ってるのは事実だからな」
だから、どのみち殺す予定だった。
差し出せば何もしない? そんなはずは無い。逃走中の王族を匿っていたとなれば、帝国に敵対の意思があると思われて、処罰されるのは間違いない。危害を加えないなんて甘い話はあり得ない。
だから、ギルド内を調べられるわけにはいかないし、調べられたら殺すしかない。
「なんだ――」
アンディの言葉に目を丸くした帝国兵の隊長の頭が言葉の途中で吹き飛ぶ。それを成したのはアンディが手に持っていた銃から発せられた弾丸であった。アンディはその場にいた誰よりも速い動きで銃を構え、その引き金を引いていた。
「隊長っ!?」
「戦闘開始だ、クズども! 俺らに喧嘩売って来た馬鹿どもを皆殺しにしろ!」
アンディの言葉で冒険者たちが一斉に動き出し、帝国兵に襲い掛かる。
いきなり隊長を失ったことで帝国兵は混乱するが、それも一瞬だけで、すぐさま反撃の態勢を整える。
そして態勢を整えた帝国兵が真っ先に向かうのは隊長を殺したアンディのもとだ。
「舐めんじゃねぇ、こちとら近衛あがりだぞ!」
寄ってきた帝国兵を銃床で殴り倒し、倒れた帝国兵の頭を踏み砕きアンディは叫ぶ。
近衛というのは冒険者たちの間で特別な意味を持つ。近衛とはアロルド・アークス直属の兵であり、戦場では常にアロルドと共に行動する精鋭中の精鋭である。
アンディもその精鋭の一人であり、その上アンディは『ユリアス狩り』にも参加した冒険者である。
『ヴェルマー王国を滅ぼし、その地を死者の国へと変えた魔王』ということになっているユリアスをアロルドと共に討伐した近衛の一人であるアンディは単純な戦闘能力ならば冒険者の中でも最上位に近い。
「時間を稼ぐ! さっさと逃がせ!」
次々と襲い掛かる帝国兵を打ち倒しながら、アンディは受付カウンターの奥に向かって叫ぶ。
視線をそちらに向けると事務員が国王を先導してギルドの奥へと連れて行く姿が見えた。
国王がこちらに頭を下げたように見えたが、別にいらんとアンディは思う。
依頼だから手助けしているだけで感謝する必要は無いし、される謂れも無い。金を貰えるから助けるだけで、貰えなかった見捨てている。冒険者にとってアドラ王国の王なんてものは、そんなものだ。
「どうすんだ、アンディ?」
仲間の冒険者が近寄ってくる。既に何人も始末したのか返り血まみれだが、自分も同じような物なので気にしないことにした。
「時間を稼ぐと言ったろ? ここで二、三日耐える。耐えてりゃ、ここに王様がいると思うだろうよ」
「それが終わったら?」
「逃げるなり、何なり好きにすりゃあいい。抵抗したいなら、王都近辺には俺以外の近衛あがりもいるから、そいつらと協力したいところだが――」
言いかけて、何かに気づいたアンディはその場に伏せる。
直後に銃声が轟き、建物の外からギルドに向けて銃弾が撃ち掛けられる。
アンディに話しかけた仲間は反応が遅れて、撃たれたが致命傷ではないようで、その場に倒れ込み喚き散らす。
「逃げた奴が外から撃って来てるだけだ! ビビることはねぇ!」
アンディはギルド内を見回す。
冒険者は全員生存。帝国兵は皆殺しだ。帝国兵は逃げ出した者もいるので全員ではない。逃げた帝国兵の報告で増援が来るだろうとアンディは予測する。
「新入りは武器庫からありったけの武器を持ってこい! 他の奴は俺と来い、防衛線を築くぞ」
受付の奥の事務所を見ると、ギルドの事務員たちが必死で書類を集めている。事務方は事務方でこういう時の手順書があるのでアンディが口を挟むことではない。
「時間が経てば依頼を終えた奴らも戻ってくる。時間を稼ぐには充分すぎる人手だぜ」
何に喧嘩を売ったか帝国の連中に思い知らせてやるとアンディを筆頭に冒険者たちは意気込む。
依頼通りに王族を逃がし、ついでに自分たちを甘く見ている帝国に一泡吹かせる。
冒険者たちの意思は統一されていた。後はひたすらに戦うだけだ。




