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お客さん

 

 色々と揉めていたけど、結局、風呂に入ることになりました。

 メシか、エリアナさんに連れられて寝室に行くかって話だったけど、風呂になりました。


 その理由? 単に俺がくさかったし、ちょっと不潔だったからです。

 俺がどうするかで揉めている場に同席したメイドさんの一人が「ちょっと臭わない?」ってこそこそと話していたので、俺の傍にいたエリアナさんにも臭くないか聞いてみました。


『ちょっと臭うかなぁって気はしていたけど、大丈夫! 許容範囲よ! むしろ野性的な感じで……』


 そうは言われても臭いことは臭いようで、そのことにショックを受けた俺は風呂に入って体を綺麗にしようと思ったわけです。


「はぁ……」


 城内の大浴場を独占して俺は浴槽に浸かる。

 俺が一番偉いので風呂の入り方も自由。体を洗わずにいきなり浴槽に入っても誰も文句を言いません。


「失礼します」


 湯浴み着に着替えたメイド達が浴場に入ってくる。風呂に入りに来たわけじゃなく、俺の世話をするためだ。

 俺も元は伯爵家の人間なんで使用人は空気みたいなものと思えと教育されてるので、メイドが裸に近い格好で現れても動じることはありません。


「肩をお揉みします」


 浴槽の淵に背中を預ける俺の背後に回ったメイドが俺の肩を揉む。

 うちのメイドはエリアナさんがあまりに酷い境遇に可哀想と思って拾ってきた娼婦あがりの連中が多いので、こういうサービスは得意です。


「御体を清めさせていただきます」


 数名のメイドがそう言って準備をしているので、俺は浴槽から出る。

 メイド達は数人がかりで俺の体を石鹸で磨き上げるように洗う。全身余すところなく、当然だけど大事な所も念入りに洗う。そういうことをされても、使用人は空気のようなものだと思えと教わったんで、特に何か感じることも無い。


「いかがでしょうか?」

「ご苦労」


 如何と言われてもね。

 俺は浴場に備え付けられた鏡で自分の体を見る。

 体形は変わらないけれど、随分と傷が増えた。回復魔法で傷は治っても傷の痕跡は消えないことが多いので、傷痕は体にしっかりと刻まれている。打撲や内出血の跡も皮膚の色が変わっているので判別できる。

 一番ひどいのは腹の傷か? ユリアスとの最終決戦で思いっきり斬られたからな。背骨ごとぶった斬られて、内臓がこぼれ出たくらいの重傷だったんで、傷痕はどうしても残る。

 まぁ、体の汚れは無いしサッパリしたんで良いとしましょう。


「御髪は如何いたしましょう?」


 前は短髪だったのが、肩にかかるくらいには伸びている。

 気になった時に伸びた部分を適当にナイフで切っているだけなので、全く整っていない。雑に伸ばした髪という感じだけれど、別にこれが気に入っているというわけでもない。


「適当に整えてくれ」


 俺がそう言うとメイドは浴場に椅子と鋏を用意し、俺の髪を切り始める。

 娼婦あがりと言っても、元はそれなりの家の生まれで、家が没落した結果、娼婦に堕とされたような女たちなので色々と意外な特技を持っており、その中には散髪ができる者もいた。


「如何でしょうか?」


 鏡を見ると雑に伸ばした髪は見事に整えられている。

 前髪は後ろに軽く流し、脇は短くしつつ後ろは伸ばしたまま整えて緩く編みながら肩に流している形だ。

 長い部分は切っても良いが、あんまり短くても貴族らしくないので多少は伸ばしておくの良いみたいなので、こういうのも良いだろう。


「問題ない」

「お顔は如何しますか?」

「剃ってくれていい」


 髭の事だと思う。無精髭が生えているし、剃ってもらおうかな。もう少し歳を取ったら、伸ばしてみるのも良いけど、今は良いや。

 俺が頼むと無精ひげは綺麗に剃り落とされて、顔がツルツルになる。つっても、実際ツルツルって言えるほどは綺麗な顔でもないんですけどね。

 でもまぁ、恥ずかしくない程度には身だしなみは整いましたよ。体も洗ってもらったし、髪や髭も整えたので人前に出ても問題ないでしょう。これなら浮浪者とかと間違えられることも無いはず。


「お着替えはどうなさいますか?」


 最後に浴槽にゆっくりと浸かり、そろそろ出ようかという頃にメイドが尋ねてきた。

 別に何でもいいかなって思うけど、そう言われた方が困るらしいね。でもまぁ、メイドを多少困らせるくらい別に良いでしょう。だって、俺の方が偉いしさ。


「何でも構わん」


 そう言って、俺は風呂を出ました。

 風呂を出ると服が何着か用意されていたけれど、俺は下着と黒いズボンだけ着て、上半身は裸のまま浴場から出る。季節は冬に近づき、寒くなってきたけれど、湯上りの火照った体にはそれがちょうど良いんで服は着ません。

 俺は侯爵様だし偉いから、裸でほっつき歩いていても誰も文句は言わないのが助かる。まぁ、上半身は裸でも、下は穿いているから問題は無いでしょう。


「メシを食うか、酒を飲むか」


 城の中をぶらつきながら、どっちにしようか考える。

 お腹が空いているから食事でも良いし、その前にお酒でも飲んでゆっくり休むってのもアリな気がする。

 そういえば、お客さんが来てるって言っていたよな。そっちはどうなんだろうか? 俺も顔を出した方が良い感じ? 応接室とかに行けばいるのかな?


「そのような話をされても――」


 お客さんがどんな人なのか、なんとなく気になったので、応接室の近くに行くとエリアナの声が聞こえてきたような気がしました。応接室とかは防音がしっかりしているんだろうけど、俺は耳が良いんで問題なく聞こえます。

 扉に耳を引っ付けて室内の音を聞いている俺を警備の兵士が見ているけれど、下々の人間の視線なんかを気にしていたら貴族なんかやっていられないので無視。


「そうはおっしゃられますが、実際に侯爵家を取り仕切るっておられるのは奥様ではないですか。何卒、ご配慮いただけます事をお願い申し上げます。叶いました暁には、こちらとしても相応の物を用意いたしますので――」


「ですから、私が勝手に事を進めることはできないと何度も――」


 なんか誰かがエリアナさんに頼みごとをしているようですね。そんでもって、エリアナさんを困らせているような感じがします。


 これはもうアレだな。殺すか?

 俺の婚約者を煩わせるとか何様だ? そんなふざけた真似をする奴はぶっ殺すしかねぇよな?

 遠回しの俺に喧嘩を売っているのと同じだし、っちまっても問題ないだろ。


 俺は応接室の扉を普通に開ける。

 部屋の中では入り口付近にお客さんの護衛が立っていたのだけど、部屋に入ってきた俺を見て殺気を出してきた。


「なんだよ、やる気か?」


 ちょっと睨みながら聞くと、どういうわけか急にビビりだしたので、無視して、そのまま部屋の中を進んでいく。


「おい、何者だ!」


 お客さんがわめくけど、それも無視して俺はソファーに腰を下ろしてエリアナさんの隣に座る。

 誰もが何か言いたそうな感じだけど、何も言わないから大した話じゃないんでしょう。


「どうも、アロルド・アークスです」


 ちょうど良いところに足置きがあったので足を乗せる。おっと、よく見たらテーブルでしたね。ローテーブルってやつ? テーブルの上にお茶とかが置いてあったけれど、俺が蹴り倒さないようにメイドがすぐさま片付ける。


「食い物と酒を持ってきてくれ」


 片付け中にお願いもしておきます。軽いものじゃない方が良いけど、贅沢は言いません。

 でも、察してくれないと、ちょっと嫌だな。間違えて持ってきたら、給料減らすかって、そういう程度には嫌です。


「アロルド・アークスと申されたか?」


 お客さんがようやく口を開いたので、そうですよって肯定を表すために頷く。

 俺が頷いた途端にお客さんの顔が青ざめ、エリアナさんに説明を求めるような視線を送る。俺はなんかそれが嫌な気分。人の婚約者に思いのこもった視線を送るとか面白くないよね。

 俺は隣に座るエリアナさんの肩をグッと抱き寄せ、とりあえず今は俺の婚約者ですよってアピールをしておく。俺もエリアナさんも婚約破棄を経験したことのある身だから、この関係もどうなるかは分からないけど、今は婚約者同士なので、こういうことをしても問題ないでしょう。


「俺のことは名乗ったんで誰か分かったろう? ところで、お前は誰だ?」


 名乗らないってことは名乗れないような素性の人間ってことだし殺しても良いと思うんだ。

 俺の方が名乗ったのに、そっちは名乗らないとか無礼だしさ。ちょっと反応が遅れたとか言い訳にもならない。俺が名前を名乗った瞬間に首を落とされも文句は言えねぇぜ?


「わ、儂は――私はトヴィアス商会の会長のマイルズ・トヴィアスと申します。本日は閣下とお会いでき、光栄の至りにございます」


「そうか」


 別に興味は無いなぁ。見た感じはただの金持ちのおじさんだし。そういえば、なんかどっかで見た顔だけど、どこで見たんだったかな? 記憶が曖昧だな。


「い、以前にどこかでお会いしたことは……?」

「奇遇だな。俺もお前にどこかで会ったことがある気がする。だが、どこで会ったかは思い出せん」


 お客さんは俺から目を逸らし、顔を青ざめさせて震えている。

 調子が悪いのかな? それとも俺と話すのが嫌かい? これから先、体調について悩まなくて済んで、二度と俺と話さなくて済む方法があるんだけど、教えてあげた方が良いかな?


「た、体調が優れないため、失礼いたします」

「まぁ、待てよ」


 お客さんが立ち上がろうとしたので、俺は呼び止める。

 俺が呼び止めた以上、お客さんを帰さないために動くのは当然で、エリアナさんの護衛として応接室の中にいた兵士が動き、お客さんの肩を掴んで無理やり座らせる。

 同時にお客さんの護衛をしている用心棒らしき男達が動くが、俺に言わせれば、素人に毛が生えた程度のそいつらじゃ兵士を止めるのは無理だ。実際、用心棒たちが動き出すと同時に、その目の前に剣が突きつけられていた。


「あまり乱暴なのは嫌よ……」

「だとさ」


 エリアナさんがちょっと怖がってしまったので、俺は武器は下ろすように合図を出す。ただし、帰ることは許さない。


「もう少し、お話しをしようか?」

「は、はい」


 エリアナさんが血生臭いのは嫌みたいなんで、殺すのは無しにしとくか。


「なんだ、体調が悪いと言っていたのに大丈夫なのか? さっきは帰らないと駄目そうだったのに、今は大丈夫と? もしかして、俺と話すのが嫌で帰りたかっただけか?」

「そ、そのようなことは……」


 まぁ良いよ、何でもね。

 そんなことより、お酒と食べ物を持ってきてくれたようで、応接室の扉が開き、人が入ってくる。


「お食事をお持ちしました」


 入って来たのはメイド長。そのメイド長は俺の姿を見るなり、ゴミを見るような眼を俺に向けてきた。これはキレていい案件ですかね? まぁ、許してやろう。

 ところで、俺の格好はどうですか? お客さんの前で上半身は裸。ソファーにだらしなく座りながら、足をテーブルに乗せて、エリアナさんを抱き寄せてるんだけど……うーん客観的に見たら、ならず者のボスみたいな姿だよね。まぁ、やめませんけど。


「ご苦労」


 俺はメイド長が持ってきたトレイの上にある葡萄酒を手に取る。けっこう良い物のようでガラスのビンに入っています。ケイネンハイム領産かな? 俺の領地でも作れれば良いんだけど、そういう余裕はまだないみたいだね。


「申し訳ありませんが、栓を開けてないので――」


 ビンから直接飲もうとしたけど、どういうわけかお酒が出てこないので不思議に思って確認するとコルク栓がしてありました。俺はビンを手刀で切って飲み口を作ってそこから飲むことにする。

 メイド長が何か言いたそうだけど、何も言ってこないってことは、たいしたことじゃないから気にする必要は無いね。


「そういえば、知ってたか? お前が乗ってきた馬車は本来は俺が乗るはずだったらしい」


 葡萄酒は高級な味がするようなしないような。

 飲んでいても美味しいか良く分からないので、味の感想を聞かれる前に別の話をすることにした。


「その件については誠に申し訳ございません」


 どういうことか全く分からない様子でお客さんは自分の護衛の方に視線を送る。

 誰も教えてないんだろうかね? まぁ良いけどさ。客だからって別に気にする必要は無いと思うよ? 問題があったら、ハッキリと言った方が良い。それで揉めても、最悪ぶっ殺せばいいだけの話だしさ。


「話を聞いた限りでは随分と横柄な態度で強引だったらしいな?」


 風呂に入る前に馬車で迎えに来た兵士が真っ青な顔で謝罪に来て俺に謝り、事情を説明してくれたんだけど。お客さんは自分はエリアナさんの客だからとか言って随分と偉そうだったらしいです。

 エリアナさんの客なら別に良いかなって思ったけど、俺の客じゃないし、エリアナさんも困っている感じだから優しい感じで相手をするのはちょっとね、微妙な気分。


「それは――」

「あまり良くないよな、そういうのは。人間というのは謙虚な姿勢が大事だと聞くしな」


 俺は謙虚ですよ。常に相手を尊重しています。

 たまに忘れるし、別に尊重しなくてもいいかなって思う相手や、これから二度と会うこともないだろうなぁって相手にはぞんざいになったりするけどさ。


「その件については……」

「まぁいいよ。済んだことだ」


 トレイの上の皿にハムがあったので、それを指でつまんで食べる。ついでに肉を焼いた感じの物があったので、それも手づかみで食べる。当然、手が汚れるけれど、そばに侍っているメイドが俺の手を拭いてくれるので、すぐに綺麗になる。


「お前も座って良いぞ」


 メイド長がトレイを手にしたまま立っているので、声をかける。

 ソファーは俺の隣が空いていますよ。エリアナさんの反対側です。エリアナさんが俺の左側でリラックスした状態でいるので、キミは右側に座ってくださいね。


「失礼します」


 メイド長は俺の隣に座るけど、ちょっと距離があったのでで、メイド長も抱き寄せて近づける。

 歳は幾つだったかな? メイド長の歳は三十代前半だった気がするけど、まぁ年齢でどうこう言うのも良くないから気にしないようにしよう。


「で、結局、何の用だ? 随分と熱心に俺の婚約者に頼みごとをしていたようだが……」


 エリアナさんは俺に寄りかかり、身を預けた状態のまま黙っているので、お客さんの口から聞きたいですね。

 お客さんの方は俺とエリアナさんの様子を見て、呆然としているけど、何かおかしいことでもあるんだろうか? 予想と違ったみたいな感じを出しているけれど、一体なんだろうね?


「俺とエリアナが不仲だと思っていたか?」


『そんなことはないよねー』って俺とエリアナさんは顔を見合わせて思いを交換し合う。


「い、いえ、そのようなことは……」

「だよな。俺が留守の間に領地の事は全て任せるくらい信頼しているのだから、不仲であるはずは無いと誰にでも分かるはずだがな」

「えぇ、そうよね。私たちが不仲だと思って、アロルド君を追い落とすように唆す人はいないはずよ。もしくは、私にアロルド君の権限を侵すような越権行為を頼むような人もね」


 エリアナさんがお客さんの方を見てるけど、その眼は俺を見るメイド長の物と同じ感じです。つまりはゴミを見るような眼ってことね。怖いなぁ、俺のことはそんな眼で見ないでね。


「そのようなことを考えては……」

「じゃあ、何を考えていたんだ? まさか、俺がいない間に俺の婚約者を口説き落とそうとでもしたのか?」


 だったら、ちょっと面白くないなぁ。まぁ、エリアナさんが、この人のことを好きって言うなら、それも良いけど、そうじゃないみたいだし、これはアレだね。


「そうなると決闘だな。人の女に手を出そうとするんだから、それくらいの覚悟はあるのだろう?」


 良く分からんけど、決闘でハッキリさせるってのが良い気がする。

 俺の婚約者に手を出そうっていうなら、俺を倒して奪ってみせろって、そんな感じ。


「おいおい、そんな絶望的な顔をするな。なにも一対一で戦えとは言わん。後ろにいる護衛に助太刀を頼んでも良いぞ」


 お客さんは訳が分からないという顔をしつつも顔に絶望が表れています。ついでにお客さんの護衛の人もね。


「お、お戯れを……」


 冗談で言ってると思ってんのかな?


「閣下の武勇は存じております。私のような者が敵うはずはありません。どうか、ご容赦ください」


 声が震えてますよ? それは武者震いって奴か? 声が震えるのも武者震いって言うのか分からねぇけど、おそらく言うと思うから、やる気満々だな。きっと、戦意が無いふりをして不意打ちを仕掛けてくるだろうし、先手を取ってっちまうか。


「アロルド君」


 俺が、仕掛けようと思ったその時、エリアナさんは俺の耳元でささやき、俺の手を握る。

 殺るのは止めた方が良いってことかな? まぁ、なんか気も削がれたから、止めておくか。


「まぁ、許してやろう」

「ありがとうございます」


 お客さんはがっつり頭を下げる。

 なんか急に老け込んだようにも見えるね。俺と話すって、そんなに苦痛かな? なんか傷つくなぁ。


「許してやる代わりに、エリアナに何を頼んだのか、聞かせてもらいたいな」


 話したくないなら別に良いけどさ。そう思っていると、お客さん――えーとマイルズさんだっけ?――は、焦った様子で話し始める。別に喋らなかったからって殺すわけでもないのに、必死にならなくても良いのにね。

 それに命の危険を感じたかのように一気に話してくるせいで、何が言いたいのか分かりません。


「簡潔に要点だけ伝えろ」


 俺がそう言うと、マイルズさんはビクッと震え、おずおずと口を開く。


「代官の職を頂きたく思い、参じた次第であります」


 要するにそういうことだそうです。

 マイルズさんはお金持ちで、地位や名声はそれなりだけど、権力は持っていないらしく、それがコンプレックスみたい。まぁ、商人だし、貴族とかに比べると微妙だよね。

 ――で、色々と不満とか鬱屈とした思いが蓄積されていく中で、俺の領地だと貴族じゃなくても代官とかになれるみたいな話を聞いて、やってきたんだってさ。

 実際、土地はいくらでもあるし、そこを治める人もいないから、あげても良いのは本当です。


「閣下への見返りは当然、用意しております」


 マイルズさんの護衛が金貨の入った袋を、俺の足を避けてテーブルの上に置く。

 賄賂か何かかな? まぁ、金を払えば、誰であっても代官にしてやって良いけどさ。実際、前職は山賊って感じ奴が来た時も金貨を積んだから、代官にしてやったしさ。官職を金で売り買いしているわけだけど、俺が別に良いって思っているから良いよね。

 俺に金を積む以外だとエリアナさんの人選か、後はやる気の有る無し? 俺の手下を長くやっている奴で代官になりたいってやる気のある奴は代官にしてやってます。


「地図を持ってこい」


 テーブルから足を下ろし、金貨の入った袋を回収させると、それと入れ替わりに俺の領地についての大まかな地図が置かれる。


「どこが欲しい?」

「は?」


 なんだよ、代官になりたいんだろ?

 どこの土地を俺の代わりに治めるか選ばせてやろうって言うんだぜ? 遠慮せずに選べよ。


「わ、私に任せていただけるのですか?」

「だから聞いてるんだが? 広い所が良いのか、狭い場所が良いか、どちらだ?」


 地図は大まかなので、何処に何の都市があるかしか書いてありません。

 トゥーラ市とニブル市の付近は埋まっているらしいから駄目だね。トゥーラ市からロードヴェルムへ向かう途中にある幾つかの都市跡を中心とした地域には殆どいないから、そこをあげようかな?


「出来れば、広い方が……」


 左様ですか。じゃあ、これくらいかな?

 俺はトゥーラ市からロードヴェルム間の誰も管理していない地域の内の三分の一を枠で区切る。


「じゃあ、ここをやるから好きにやれ」


 広さ的にはオレイバルガス大公領と同じくらいかな? アドラ王国でもこれだけの土地を持っている貴族は少ないと思うけど、これで満足かな。


「これは……」

「別に裏は無い。俺の方では金も人も出さないが、口出しもなるべくしない。ある程度の税を俺に納めている限りは多少の無茶も、俺は・・見逃してやるし、誰かと揉めても多少は庇ってやる」


 要は好きにやってくれて良いよってことです。ただし、お金とかは俺に納め続けろよ?

 それが無くなった瞬間、お前のことなんか俺は知りません。お前がどんな目に遭っても俺は無視します。代わりに俺に税を納めている限りは守ってやっても良い。


「他の奴が管理する土地の境で揉めた時は、地図を見ながら相談して境を決めろ」


 急な展開にマイルズさんは驚いているようです。

 それはそうと気になったんだけど、マイルズさんはどれくらい戦えるのかな?

 俺の領地で代官をやるなら戦えないと辛いんだけど、そこんところはどうなんですかね?


「代官をやる上で聞いておきたいんだが、お前はどの程度、戦える?」

「は?」


 少しずつ状況を理解し、喜びが芽生えている最中のマイルズさんに俺は聞きました。

 俺の言っていることが分からないのか、マイルズさんはキョトンとしています。いい歳をしたオッサンがキョトンとしていても可愛くもなんともないよ。


「そこにいる兵士を見て勝てると思うか?」


 俺は部屋の中にいたエリアナさんの護衛を指さす。

 身長は200センチを越えていて、腕の太さとか女の腰くらいある兵士だけど、そいつに勝てそうかな。


「私は商人ですので、荒事は不得手なもので、それは難しいかと」


 そうですか、それは大変だね。

 ロードヴェルムに行ってないってことはガタイは良いかもしれないけど兵士としては弱い方なんだけどね。そいつにも勝てないとなると、色々と厳しいね。俺の領地の代官連中は強くないと務まらないし、そこの兵士なんかは秒殺できないと大変だよ?

 俺が何か冗談でも言っていると思っているのか、マイルズさんは笑っています。笑い事じゃないと思うだけどね。


「それならば言動に気を付けなければな」


 横柄な態度は駄目だよ。相手を人格のある人間だと理解して、ちゃんと尊重しないと大変なことになりますよ。

 まぁ、代官になりたいって自分から言うんだから、そのくらいのことは分かるでしょうから、俺もわざわざ教えたりしません。分かり切ったことを言われるとイラっと来るし、そういう気持ちは俺も分かるんで、人が嫌がることはしません。


「まぁ、頑張れ」


 俺はマイルズさんに代官として担当する土地が記された地図を渡す。すると、俺に対して、これ以上ないくらいというほどに敬意を表して頭を下げ、延々と感謝の言葉を述べてくる。


 よっぽど代官になりたかったんだろうね。

 権力が欲しかったんだろうけど、それなら、なるべく長く代官を続けられると良いね。

 そんなことを思いながら、俺はマイルズさんが喜びにあふれた様子で帰っていくのを見送りました。


 お客さんがいなくなった後で俺はメイド長に滅茶苦茶怒られた。もっとちゃんとした格好をしてくださいってさ。お前は俺のオフクロかよってくらい口うるさくてウンザリ。


 その後、自室に戻って一人でスッキリしようとしていたら。

 いきなり部屋に入ってこられて、更に説教された。今度は上半身に服を着ていたけど怒られた。下半身丸出しだったのがいけなかったようです。でも、下半身を出さなければ、スッキリとするための行為が出来ないんだけど、それについての言い訳もさせてくれなかった。

 オフクロより、口うるせぇんだけど、もうクビにしても良いんじゃないかって思う、今日この頃。



 それから数日して、マイルズさんの訃報が届きました。

 土地を開発するために雇った労働者に舐めた口をきいたら、護衛を含めて即座にぶっ殺されたそうです。

 ヴェルマー侯爵領の領民は冒険者あがりの連中も多いし、そういう奴らを従えるには腕っぷしの強さが無いと駄目だってことは伝えたと思うんだけど――もしかしたら言ってなかったかな?

 だったら、申し訳ないね。腕っぷしに自信が無いなら、偉そうな態度は取らない方が良いってことも言ってなかったかな? それは言っていた気がするけど、俺の話を聞いていなかったのかな。

 じゃあ、死んでも仕方ねぇな。ご愁傷様。


 マイルズさんにあげた領地はマイルズさんをぶっ殺した労働者の人たちに任せました。奪った物は奪った人の物ってノリも今の内は良いと思う。将来的にもっと文明社会になったら変えないといけないかもしれないけど、今の段階では別に良いや。

 俺の方は既にマイルズさんがくれた賄賂で懐が暖かいので、後のことはどうでも良いです。駄目で元々、上手くいけば儲け物。

 そのうち何とかしないといけないけど、そのうちで良いと思うんだ。だって、そんなに手広く領地を何とかする余裕も無いしね。


 俺の方は文明的な世界に戻って来たので平穏な日々を送っています。

 各方面への手紙も送り出されたようで、最近、仕事の無いジーク君がアドラ王国の王都へと持っていきました。楽な仕事だから、問題無くこなせるでしょう。


 王都からの返事が来るまではノンビリしていようか。

 一応は侯爵なわけだし、領地の今後については国の中枢の人たちの考えも聞いてから考えた方が良いし、気合入れて領地を発展させていくのは国の方針を把握してからでも良いでしょう。

 なので、俺は王都から返事が返ってくるまでは何もせずにゆっくりすることにします。まぁ、今までも戦う以外に何もしてないようなもんだけどさ。






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