帰ってきても……
いやぁ、気分が良い。クソ溜まりから抜け出ると空気が美味しいね。
今の俺は列車の中。ガタンゴトンの走行音を背景に、車窓から景色を眺めています。
「飲み物でもどうですか?」
俺の隣の席に座るヨゥドリが木のコップに入った飲み物を手渡してきた。
中身を確認せずに飲んでみると葡萄酒でした。
まいったなぁ、まだ日も高いうちに列車の中でお酒ですか? こんなことをやってたら駄目人間になっちゃうよ。でも、人間って基本的には駄目な存在だから、ちょっとくらい飲んでも変わらないよね。
だから飲んでしまいます。
「わぁ、良い飲みっぷりですね。いいなぁ、俺にもくださいよ」
エイジ君がヨゥドリに酒を頼み、コップを受け取る。
気付くとヨゥドリもコップを手にしていたので、みんなで乾杯することにした。
「脱出成功を祝って!」
「「乾杯っ!」」
俺とヨゥドリとエイジ君はロードヴェルムから逃げ出しました。
理由は俺達みんな、ちょっとあの雰囲気に耐えられなかったからです。
仕事? 俺達は仕事するために生きてるわけじゃないんで、仕事の内容とか職場が嫌だったら、多少は我慢しますけど、無理な時は逃げます。
そもそも、そんなに必死になって働くことが間違ってるんだよね。
身を削って働くのが良いっていう風潮はやめにしようぜ。俺達は若者で新時代を生きる人間なんだし、俺達から変えていかないと。
休みなくいっぱい働いて、いつも疲れてる人間が立派とか無いからな? そういう人間を凄いと思いがちだけど、それって偉い奴だったら仕事を割り振る能力がないことだし、仕事を割り振れる人材育成能力が欠如してるってことだからな。
下っ端の場合は、それって使い潰されてるだけだからな? まずは自分が属してる
ほどほどに働き、それなりに休むっていうライフスタイルが至高だってことを世の中に広めていかないと。俺はそのために休んだような気がする。実際は糞みたいな環境から逃げるためだけどね。
「うわぁ……何も無いですね」
車窓から外の景色を眺めているエイジ君が変わり映えのしない草原の景色に飽きたのか、俺達の方を見る。
まぁ、仕方ないよね。実際、何も無いもん。言うことを聞くレブナントとか普通の人間を総動員して、線路を敷いただけだしさ。
途中にある大きめの都市も幾つかは勢いに任せて火を放ったから廃墟だし、残ってる都市も物資の集積所と駅になっているだけだからな。
でもまぁ、ロードヴェルムにはそれすらないけどさ。城壁が厚すぎて都市の中に線路を通すのが大変だから、ロードヴェルムから一番近い都市に駅を作るしかなかったし、一度鉄道に慣れちまうと駅が無い場所とか不便すぎてね。
「しばらくはこのままですかね」
ヨゥドリも外の景色を見るのを止め、溜息をつきながら、将来に希望の持てなくなる発言をする。
お金が無いし、人もいないから、放っておくしかないんだよね。なんか、そんな話を聞きました。
まぁ、お金が無いって言っても、お金になりそうな物はいくらでもあるから、金は稼げる。だけど、人の方はどうにもならない。残念なことに人間って畑から収穫できないから、簡単に増やせないんだよね。
もういっそ、どこかから拉致してくるかってくらい、俺の領地は人間不足だったります。人間がいないと、いくら土地があっても農作物を育てたりはできないし、産業も発展しないらしいです。これから、俺の領地はどうなるんだろうね。
「まぁ、どうとでもなる」
時間が解決してくれると思おう。
せっかくロードヴェルムから出られたのに嫌なことを考えて、気分を落ち込ませるのは良くないね。
明日の苦労は明日の俺がなんとかしてくれるはずだし、今日の俺は明日の俺に期待して、今日を心穏やかに過ごします。具体的には余計なことは考えず、酒飲んで寝ます。
そうして、昼間は列車に揺られながら酒を飲み、夜になって列車が止まったら、列車の座席で朝まで寝るという生活を数日過ごし、俺達はトゥーラ市へと到着した。
「ようやく文明社会に帰ってこれた」
列車を降り、駅のホームに立つなりエイジ君がしみじみとそんなことを言った。
文明社会っていうけど、ロードヴェルムだって文明社会だったぞ、ちょっと野蛮な文明で殺るか殺られるかって考え方がちょっと強いくらいで、立派な社会を築いていたぞ。
「やはり、城壁の内に鉄道を通さないと不便で仕方ないですね」
ヨゥドリは駅のホームに立ち、周囲を見回す。
トゥーラ市の駅は城壁の内側に建てられているため市内に存在している。駅の中は多くの人でごった返しており、その人々も職種やら何やらは様々と言った感じで、一言で言うと活気に満ちていた。
「うーむ、これだけ人がいるのに殺し合いになっていないのはどういうわけだ?」
ロードヴェルムだと10人以上、人が集まると喧嘩になり殺し合いが始まるんで、俺はどうして、この場所で争いが起きないのか不思議だった。パッと見た感じでも百人は軽く超える人間が駅の中を歩いているのに喧嘩の気配すらないのはどういうことなのだろうか?
「僕も感覚がおかしくなってますけど、人間ってそう簡単に殺し合いとかしないみたいですよ?」
エイジ君が俺の言葉を聞いていたのか、俺の疑問に答えてくれました。
そう簡単に殺し合いする、ロードヴェルムの奴らは人間じゃないのかもしれないね。
「このまま屋敷に向かいますか?」
列車に積み込んだ荷物を下ろして持ってきた、ヨゥドリが俺に聞く。
俺としては、さっさと帰りたいから、そっちの方が良いんだけどね。でも、ヨゥドリ的にはよろしくないみたい。
「領主の帰還ですので、それなりに体裁は整えた方が良いでしょう。今日、到着するとは伝えてあるので迎えが来ているはずです。後は迎えの者に任せれば良いかと」
面倒くさいから、どうでも良いんですけどね。
『侯爵様、御帰還!』とか、先触れが、そういう感じのことを大通りを歩きながら叫ぶんでしょうね。
でもって俺が大通りを歩くと市民が喝采をあげるとか、そういう感じだろ?
結構良いね。
俺は目立つの好きだし、ちやほやされるのも好きだから、そういうの大好き。
よくよく考えてみたら、ユリアスをぶっ殺してから、今まで誰にも褒め称えて貰ってないぞ。
あの野郎を倒してから、数日間は寝たきりだったし、その後もロードヴェルムでグダグダやってたから、俺が皆に褒めてもらえる機会を逃してしまっていたんだよな。
「……お前に任せる」
俺はちょっと、その気じゃ無い感じを出してヨゥドリに頼む。
俺はやりたくないんだけどなぁ、でもなぁヨゥドリがどうしてもって言うなら、やっても良いよ。俺は別にやらなくても良いんですけどぉ、領民が俺を褒め称えたくて仕方ないって言うなら、まぁ良いじゃないですかぁ? 俺はやらなくても良いんですけどぉ。
――って感じを出します。だってぇ、やる気満々な感じを出すのは恥ずかしいしからぁ。
ヨゥドリなら、そんな俺の気持ちを汲み取ってくれるだろう。
俺の思いが通じたのか、ヨゥドリは頷き、荷物の半分をエイジ君に預けると、駅の出口へ向けて歩き出す。ちなみに俺は手ぶらです。だって、俺は侯爵様ですし、一番偉いんで荷物持ちなんかしませんよ。
荷物を持たず身軽な俺は軽快な足取りで、ヨゥドリの後を追って歩き出し、そして直後に人に激突した。
何処見て歩いてんだ殺すぞ!
――って怒鳴りたくなったけど、ここはロードヴェルムじゃないんで、それは止めておく。よくよく考えるとロードヴェルムでは叫ぶ前にぶん殴るっていう一段階上の対応をするんで、怒鳴る程度ならトゥーラ市でも大丈夫なんじゃないかって気づいたのだけど、その時点で俺は対応が遅れていました。
「どこを見ておる! この田舎者が!」
逆に俺が怒鳴られてしまいました。まぁ、別に怒鳴られても特に何も思いませんけどね。
俺は無視して、ヨゥドリの後をついていきました。
「貴様、人にぶつかって謝りもせんのか!」
「すまんね。次からは気を付けるよ」
俺が謝った相手はちょっと偉そうな感じのおじさんでした。貴族かな? それともお金持ちの商人?
金持ってるなら、ぶち殺して身ぐるみを剥ぐか? おじさんには護衛が何人かいて、そいつらが俺を睨みつけているけど、たいして強そうじゃないんで気にする必要も無いね。
「なんだ、その物言いは! 無礼者めが! 儂を誰だと思っている!」
声がデカいなぁと思っていると、先を歩くヨゥドリとエイジ君が振り返って俺を見ていた。
俺は二人が何を言いたいのか分かりません。出来るなら、言葉を使って説明してくれませんかね? 出来ないなら、良いです。俺は無理なことは要求しない男になろうと思ったりする時があるけど、ちょっと無理な時が多い男なので、無理は言いません。
「すまんが、知らないんだ。俺は世情に疎いものでな」
穏便に済ませるべきか? ヨゥドリとエイジ君の視線はぶっ殺せと言っている気がするので、この選択は間違いか? 今すぐ目の前のおじさんをホームから線路に蹴り落とすべき? そう言っている気がするが、それってどうなの?
「はっ、どこぞの食い詰め者か?」
おじさんは吐き捨てるように言葉を放つ。
ちょっと薄汚れた格好をしているだけで、そんな風に言われるとは心外です。ロードヴェルムで洗濯を下手な奴に任せてたら酷いことになっただけだってのに、そういう俺の事情を汲み取ってくれないんですかね?
「どけ! 貴様のようなゴミが儂の視界に入るな」
俺を突き飛ばそうとしたのか、おじさんは俺の体を強く押すが、腕力が足りないので俺はビクともしませんよ。もうちょっと鍛えた方が良いんじゃないかな?
おじさんは思い通りにならなかったのが面白くなかったのか、顔を真っ赤にしてその場を立ち去っていきました。
「あの人、すごいなぁ、俺だったらアロルドさんに喧嘩を売るなんて無理ですよ。アロルドさんって知らなくても、ガタイを見たら喧嘩売って良い相手じゃないって分かるだろうに……」
エイジ君の言葉が聞こえてきたけど、あのおじさんは俺に喧嘩を売って来ていたんですか、そうですか。
……でもまぁ、俺の方からぶつかってしまったわけだし、俺も悪いよね。ちょっと反省。
三秒くらい反省したんで、もう充分だろうから俺はヨゥドリとエイジ君を追いかけて再び歩き出す。
俺を含めて三人で駅の外へ出る。駅のすぐ外は広場になっており広場には露店が並び、人々が行き交っていた。
人が多く騒がしいけれど、喧騒に溢れたというよりは賑やかさに満ちた雰囲気で、殺伐とした気配は全く無い。行き交う人々の表情は穏やかで笑みを浮かべている。
「ロードヴェルムだと……」
エイジ君が何か言おうとしていたけど、俺は耳を塞ぎました。ちょっと聞きたくないですねぇ、あのクソ溜めのことはさ。
ロードヴェルムの広場? だいたい喧嘩してるし、割と結構な頻度で死体が転がってるよね。私刑の会場になっているし、いつのまにか処刑台が出来てたのは不思議だね。有志が集って作ったというけど、どういう志の連中が作ったんでしょうか?
露店? 血の付いたアクセサリーを売る店って合法なのかな? 肉とか置いてあるけど、それって何の肉? 新鮮が売りなのかもしれないけど、店先に並んだ肉から血が流れてるのは大丈夫なのか?
行き交う人々? みんな殺伐してるね。それしか言葉が無いです。
「女性と子供が普通に歩いている」
ロードヴェルムじゃ見ない光景だね。真昼間でも女子供が歩ける環境じゃないし、そもそも女子供がいませんからね。ロードヴェルムにいる女の子は娼婦だけだし。よくよく考えるとスゲー街だよな。どこからか連れてこないと女がいねぇんだもんロードヴェルムって。
「どんどん、帰る気が無くなってくるんですが」
すげぇなエイジ君、ロードヴェルムに帰る気あったの?
俺は無いよ。あそこにいると、人として駄目になりそうだから帰りません。
いくらデカい城と街があっても、その中にいるのがゴミだからね。俺は好んでゴミ箱の中で暮らすような趣味は無いですから。
「迎えが来るまで、まだ掛かるようなのでしばらく待ちましょう」
駅の周囲を見て回っていたヨゥドリが戻ってきて、そう言ったので、俺達は三人で待つことにした。
駅前の広場にあるベンチに男三人で腰掛け、俺達は間抜け面で迎えが来るのを待つ。
そうしてしばらくの時が過ぎ――
「おかしくないですか?」
どれだけ待っただろうか。待つことに限界を感じたエイジ君が俺とヨゥドリに対して疑問をぶつけてきた。
「もう夕方なんですけど。俺達、昼前から待ってるんですけど」
そうだね、昼前にトゥーラ市についてから、ずっと待ってるよね。
日が傾いてるから、もしかしたら夕方なんじゃないかと思ったけど、流石に夕方までは待たせないだろうから夕方じゃないと思い込んでいたけど、夕方だよね。
「どういうことなんですか?」
エイジ君は俺ではなくヨゥドリに対して、不満を露わにしている。
屋敷への連絡とかはヨゥドリの仕事だから仕方ないね。
「チッ」
あ、舌打ちをしやがりましたよ。この野郎。
「僕は連絡したんですがね。何か手違いがあったようですね。エイジ君、ちょっと屋敷まで走ってきて何があったか聞いてきてくれますか?」
この面子だとエイジ君が一番下っ端だからね。ヨゥドリもイラついているのか、エイジ君をパシリに使うようです。
ヨゥドリの言葉に露骨に嫌な顔をしながらもエイジ君はベンチから立ち上がる。上役に命令されたら従うしかないのが雇われ者の辛い所だね。その点、俺は命令するだけだから気が楽です。
「まぁ、俺が呼んできても良いんですけどぉ、そうしたら日が暮れちゃいますよ? 俺は脚が遅いんでね。ここはヨゥドリさんが行くのが良いんじゃないですかね。元はと言えばヨゥドリさんのミスですし」
「はぁ?」
疲れているのか二人ともイラついているようですね。今、一瞬ヨゥドリがヤバい顔をしましたよ。ガチの殺気が顔に出ていました。流石にそれにはビビったのかエイジ君が後ずさっています。
「もういい、俺はさっさと帰りたいんだ」
ヨゥドリとエイジ君が揉めるところを見てても生産性が無いんで俺はベンチから立ち上がる。
日が暮れる前に帰りたいんで、こんな所で揉めてる場合じゃないよ。
「行くぞ。役立たず共」
思わず言ってしまいました。まぁ、実際クソの役にも立ってないわけだし、事実を口にするのは悪いことではないはず。
「「チっ」」
二人揃って舌打ちをしやがったんですが、ぶっ殺して良いかな?
――――俺はぶっ殺したい衝動を抑えて、駅から屋敷までの道を歩く。
トゥーラ市は夕方になっても賑やかで通りには仕事帰りの人々が行き交っていた。
治安が良いのか辺りが暗くなる時間になっても荒んだ雰囲気が無い。ついでに言うと、道端に死体が転がってない。
「僕たちがロードヴェルムに遠征している間に随分と発展したようですね」
そうだね。最初に訪れた時は建物自体は残っていたし、レブナントが生前の行動の繰り返しで家屋の掃除やら何やらをしていたから住むのは問題ないにしても、古びた感じだったのが綺麗に補修されてる。
「住民もだいぶ増えたようです」
道行く人々の殆どが俺の顔を見ても何の反応も示しません。たまに気付いような反応を見せる奴がいるけれど、そういう奴は即座に俺から目をそらしやがる。
俺を見ても気づかないってことは、俺がロードヴェルムに行ってからトゥーラ市にやって来た連中なんだろうね。そいつらには顔を見せていないから分からなくても仕方ないし許そう。でも、ちょっと許せない奴らもいるんだよね。
「おい、そこのお前たち」
通りを歩いていると頻繁に呼び止められます。
これがゴロツキだったらぶっ殺せば済むんだけど……
「私たちは巡回騎士だ。少し話を聞きたい」
巡回をしている奴らをぶっ殺すのはマズいよね。
巡回騎士ってのは馬に乗って市内を巡回し、怪しい奴に身元を聞いたりして場合によっては逮捕する職務の兵士らしいです。
良く知らないのは、これも俺がロードヴェルムに行っている間に新設されたから。ついでに言うと、巡回騎士の大半は俺の顔を知りません。理由は同じくロードヴェルムに行っている間に巡回騎士になったから。
「見た所、逃亡兵のようにも見えるが、何か身分を証明できるものはあるか?」
ちょっとみすぼらしい見た目をしてるからって逃亡兵とかひでぇよな。
同じような質問を何回もされているヨゥドリがイラついた様子で懐からケイネンハイム大公家の紋章が記されたブローチを取り出し、騎士に渡す。
「貴族の方でしたか。失礼いたしました」
騎士は頭を下げ、俺達から離れていく。
うーん、ケイネンハイム大公家って偉いんだよね? その割には反応が微妙なんだけど。
微妙な様子について、エイジ君が説明してくれた。
「辛うじて貴族とは分かるけれど、どこの家かまでは分からないんでしょうね」
ヨゥドリがちょっとキレ気味です。
向こうは真面目に職務に取り組んでいるだけなんだから怒るのは良くないと思います。まぁ、俺の顔を知らなかったりするのは良くないと思いますけどね。
「一回くらいなら許せても、何回も職質くらえばイラついても仕方ないですよ」
職質って何ですかね? エイジ君は時々、訳の分からない言葉を使うから嫌だぜ。
言語ってのはコミュニケーションのための物なのに、通じない言葉を使うとか言語ってものの存在理由を理解してねぇよな。
「早く屋敷に向かいましょう」
気を取り直して俺達は帰り道を歩く。
日も暮れつつあるのに活気がある街の風景を尻目に俺達はみすぼらしい格好で家路を急ぐ。
「ちょっと、そこの兄さんたち。仕事を探してないかい?」
歩いていると通りすがりのオッサンが声をかけてくるが無視する。
「トゥーラ市職業安定所は仕事探しの強い味方! 冒険者みたいな荒事が向かない奴にもピッタリの仕事が必ずある!」
オッサンが追いすがって俺達に話しかけてくる。
「怪しい仕事じゃないよ! 侯爵閣下の奥方様の紹介だから安心安全、誰でも出来る仕事だよ!」
うるせぇなぁ。俺達が浮浪者にでも見えるのかよ。ちょっと汚い格好だけど、許容範囲だろ。
まぁ、トゥーラ市の住人と比べるとちょっとアレかもしれないが、それでもまぁ大丈夫だろ? ちょっと自信ないけど。
「仕事探しならトゥーラ市職業安定所! 経験豊富なスタッフが親身になって仕事を探します!」
あまりにうるさいんで俺はオッサンに金貨を投げつけた。
俺が投げた金貨を拾い上げるとオッサンは、それが本物であると確認すると悲しげな顔になって俺達に言うのだった。
「もう、道を踏み外してしまった後だったのか……」
「それは真っ当に働いて稼いだ金です!」
急にエイジ君が何故かオッサンに弁解を始める。
「自分たちはちゃんと働いているので、御心配なく! 真っ当な仕事ですから大丈夫です!」
なに、どういうことなん?
もしかして、俺が投げた金は悪事を働いて稼いだものだとか思われてるの?
その金はアレだぜ? ロードヴェルムの貴族街にある屋敷に乗り込んで、金目の物を探している時に襲ってきたレブナントをぶち殺して、そいつの懐から取ったもんだぜ? ほら、真っ当な仕事で稼いだ金じゃん。
エイジ君の必死の弁解によって、俺達への誤解は解けた。
話を聞いたところ、トゥーラ市職業安定所は若者に真っ当な働き口を見つけてやるのを使命としているらしく、それによって生活苦から道を踏み外す若者が出ないようにするよう、エリアナさんに言われてるんだってさ。
それとエリアナさんは公共事業とかいうのを活発化して、仕事を生み出してるんだって。オッサンはエリアナさんを褒め称えてました。でも、俺のことは微妙な評価です。
「巷じゃ英雄だとか言われてるが、俺はそうは思わんね。奥方様が稼いだ金を戦で浪費するヒモのような奴さ、侯爵様はね」
「へぇ……」
俺がヒモですか。ヒモでも首は絞められると思うんだけど、どうだろうか? むしろ、ヒモの方が絞め殺すのに向いているような気がしません。
「そ、そろそろ行きましょうか。このままじゃ屋敷に着くまでに日が暮れてしまいますよ」
いやぁ、もう少し話を聞いていこうぜ?
もっと面白いことを口走ってくれそうだぜ?
きっと面白過ぎて、俺が正気を失いかねない話をしてくれるだろうさ。
「すみませんが、お話はこれくらいで。見ず知らずの我々の身を気遣っていただきありがとうございます」
ヨゥドリがオッサンに別れの挨拶をしつつ、俺の腕を掴んで、その場を立ち去ろうとする。
まぁ、仕方ない。だが、顔は覚えた。今度は俺から話を聞きに行こうじゃないか。
「俺達はヒモだとか思ってませんから大丈夫です」
「彼は新しい住民ですので、アロルド殿のことを知らないだけですから、気にする必要はありません」
ヨゥドリとエイジ君が俺を挟んで歩きながら声をかけてくる。
こいつらを連れてきたのは失敗だったかな? グレアムさんだったら、さっきのオッサンを路地裏に引きずり込んで半殺しにしてくれたと思うんだ。オリアスさんだったら、巡回騎士に呼び止められても魔法で半殺しにしてくれたと思うし、あの二人を連れてきた方が良かったかな?
「はぁ……」
思わず溜息を吐くと、エイジ君がビクッと震え、ヨゥドリが俺から距離を取る。
こいつら、もしかして俺が何かすると思ってるのかな?
馬鹿だなぁ、俺が何かするわけないじゃん。だって、もう屋敷に着きましたからね。
ほら、目の前に屋敷がありますよ。遠征前より綺麗になってる俺の家です。
壁を塗り直したみたいだし、門も新しくなってますね。門から邸宅に入るまでに馬鹿みたいに広い庭があるのは遠征前と同じだけど、ちょっと綺麗になってるかな。
はぁ、ようやく我が家に帰ってこれたぜ。じゃあ、門を通って……おっと、門番が行く手を遮ってくれてるね。
いやぁ、職務に忠実で素晴らしいぜ。屋敷の主人が帰ってきても一応は確認しないとね。そういう勤務態度は良いと思います。
「ここはヴェルマー侯の屋敷だ。貴様らのような奴らが来る場所ではない。さっさと消えろ」
俺がヴェルマー侯なんだけど、見て分からないかな?
そっかぁ分からないかぁ。じゃあ、どうすれば分かるんだろうか?
俺が俺であることを証明できそうな物って一つしかないんだけど、それで俺がヴェルマー侯アロルド・アークスである気づいてくれるかな? ちょっと試してみようか。




