新たな統治者
身の丈に合わない野心を持っているからといって、身の程知らずではない。
セイリオスは革命軍を組織した貴族達を見て、そう理解した。彼らは自分たちの中から王を選ぶということを避けた。今の王を廃して新たな王を立てるにあたり、誰も立候補しなかったからだ。
結局の所、彼らは自分たちが甘い汁を吸いたいだけであり、そのために権力が必要だったから権力を求めているだけだ。別に権力の頂点を目指そうとはしておらず、程々が良いという思考の者が殆どである。
立場には責任が伴う。革命軍に参加した貴族たちは利益は求めても、責任を負うことは避けたい。そういう心情を組んだうえで、セイリオスはある提案を行った。
「帝国に帰順するというのは如何か?」
先年、イグニス帝国はアドラ王国の領土を求めて王国に侵攻した。王国側の抵抗で侵攻作戦は失敗したが、それで領土を諦めるとも思えない。誘えば帝国は乗り、王国を支配するだろうという確信がセイリオスにはあった。
問題は革命軍に参加する貴族たちが賛同するかどうかだったが、蓋を開ければ何も問題は無かった。帝国に降った後の身分の保証さえすれば革命軍に参加する貴族は帝国が王国を征服したところで構わないというが、貴族たちの一般的な意見だった。
上に立つのが王家であろうが帝国であろうが、自分たちの立場や財産を守ってくれる相手なら誰であろうと構わない。
「王家と言っても、結局の所、大貴族の顔色を窺っているだけで頼りにならない。自分たちが困っていても何も助けてくれない奴らに、真面目に仕える必要があるのか? 忠誠やら貴族の義務とかに拘って無私の心で尽くすなんて間違っている。綺麗事だけで暮らしていけるか? 無理に決まっている。我々の祖先とて、利があるから仕えていただけだとは思わないか?
最初から尊い血筋など無い。血統の尊さなど後付けだ。我らの祖先が王家の始祖を尊び、持て囃し、盛り立てたから今の王家がある。我らの祖先の働きがなければ、王家など山賊の頭領止まりだったはずだ。我々のの力で王の座を保てていたのに、そのことへの感謝が無いのはおかしいとは思わないか?
私は思う。だから、今の王家は廃するべきだ。手助けしている我々への感謝がない恩知らずなどに上に立たれるなど我慢できない。
我々の祖先が王を選んだのだから、その子孫である我々がそれをしては駄目だということは無いはずだ。我々は我々が仕えるべき王を選ぶ権利がある」
セイリオスは革命軍の貴族達を説得して回り。そうするのが正しいことであるように思いこませた。イグニス帝国に降ることも決して悪いことではないということ忘れずに付け加えて。
領地と財産の保障さえすれば、貴族たちは簡単になびくという確信がセイリオスにはあった。
だが、どうやって帝国側とそのような約束を交わすのか。その点に関してもセイリオスは抜かりが無い。
セイリオスは先の戦で王国に敗れて撤退する際に取り残された帝国兵を回収し、自領に保護していた。そして折を見て、密書を与えて帝国へと帰還させている。
密書には帝国がアドラ王国を征服するために協力を惜しまないというセイリオスの言葉と、そのための作戦が記されていた。それ以降、セイリオスは秘密裏に帝国と手紙によるやり取りで、帝国が王国を支配するための手筈を伝え、その際に帝国に協力する王国の貴族の領地と財産の保障を約束した。
ほぼ全てがセイリオスの計画通りとなり、王家に反感を抱く貴族たちはイグニス帝国に付くことを決めた。
革命軍を組織したとしても、その後にイグニス帝国がやってこなければ王都を掌握することは不可能であったが、その点に関してもセイリオスは動いていた。
帝国軍が王国に侵入するためには王国の最南端にあるコーネリウス回廊と呼ばれる南から北へ縦に細長く伸びる山脈地帯を越える必要があり、その出口は南部大公家のコーネリウス領に通じている。
先のイグニス帝国との戦争の影響で出口側は警戒されており、そのままでは王国に侵入すれば即座に気づかれ騒ぎになるだろう。
そこで帝国軍が足止めを食らうと、王都での反乱の成否に関わる。
革命軍と言っても戦力的には大したことが無い。王家側についた貴族たちが団結し、戦となれば容易く打ち破られる。弱い革命軍は帝国軍に頼るほか戦いに勝つ術は無い。だから、なんとしても帝国軍に王都へ辿り着いてもらわないといけない。
そのために、セイリオスが取った手段はコーネリウス家を味方に引き入れること。ただし、当主のニーズベル・コーネリウスがセイリオスに付く可能性は無かった。
ニーズベルはアロルド寄りであるため、アロルドとの関係が悪化したセイリオスの味方にはならず、そもそも王家に対しても敵意を持っていない。性格は弱気であっても、他人の顔色を窺う人間ではあるが、それ故に反乱という世間体の悪い謀り事には乗ってこない。
なので、セイリオスはニーズベルを懐柔することを捨て、別の手段を取ることにした。それはコーネリウス家を乗っ取るというものであり、南部の大公であるコーネリウス家の当主の弟に家督を奪わせることだった。
コーネリウスの現当主の弟は南部を離れ、中央で宮廷貴族として仕えていたのでセイリオスにも接触のチャンスはいくらでもあり、その弟を唆すのは容易い。
現状に不満を抱える人間を見つけ出し、その人間が望むものを探り当てることに関して、セイリオスは猟犬の如き能力を発揮する。
「あなたの方が大公に相応しい」
お世辞であっても心からの言葉なら、その気になるものでセイリオスの言葉を受けてニーズベルの弟も、自分の方が大公に相応しいのではと思うようになる。セイリオスにとってはニーズベルよりもその弟の方が大公に相応しいのであるから、その言葉も心からの言葉になるので、真にそう思っているように聞こえたことも大きい。
そして、セイリオスは、その気になった大公の弟の背中を後押しする。
「戦のせいで、南部貴族は窮状にあります。戦で領地も荒れ果てている所に、王家が戦費を補填しないという有様。コーネリウス家の当主が王家に対して弱腰で、戦に勝ったことに対する報奨を強く要求しなかったせいです」
大事なのは大義名分だ。大義は悪事を行うことのハードルを著しく下げてくれる。
「今の当主のままでは窮状にある南部貴族を救うことは出来ないとは思いませんか?」
貴方なら出来ると暗に伝える。煽てて、その気になっている人間は動かしやすい。
セイリオスが具体的に自分ができる援助を伝えると、大公の弟は簡単に堕ちた。セイリオスの手助けがあれば何とでもなると、成功を確信したのだろう。
その頃には、元から大公の座が欲しかったことを隠しもしなくなり、そしてセイリオスの思惑通りニーズベルの弟は兄から家督を奪い、大公の座に収まった。
それからはセイリオスの言いなりとなった。セイリオスは自分の言う通りにすれば悪い結果にはならないと信じ込ませたからだ。
それはセイリオスは誰に対しても損得を抜きにした誠実な対応するように努めていたことも大きい。それによって、セイリオスは自身が信用に足る人物だと人々に思い込ませることに成功している。
自分の言葉を信じるようになった新たなコーネリウス大公に働きかけ、セイリオスはコーネリウス回廊の出口側の警戒を緩めさせた。そして、南部へと帝国軍を潜入させ、コーネリウス大公の協力で帝国軍を密かに進軍させる手筈を整えた。
王都へ辿り着くまでにコーネリウス大公領以外の南部貴族の領地を通らなければいけないが、それに関してもセイリオスは味方にならないであろう貴族家の排除は済ませている。味方に引き入れられるものは引き入れるが、そうでないものはニーズベルの失脚に合わせて、新コーネリウス大公に罪状をでっち上げてもらい黙らせている。
その結果、ニーズベルと共に南部貴族の多くが、アドラ王国を捨ててアロルドを頼り、ヴェルマー侯爵領のへと向かったが、それはセイリオスはどうでも良いことだった。
南部の新大公の協力によって帝国軍を南部から王国中央に到達させることができた。中央に到達すれば、後はどうとでもなる。
革命軍に所属する貴族の大半は中央に属する貴族であるので、それらの協力があれば秘密裏に帝国軍を王都の近くまで進軍させることは難しくはなく、それによってセイリオスは帝国軍を王都へと招くことに成功したのだった。
「ここまでは上手くいったけれど、問題は帝国がどのような人物を派遣したかだが……」
セイリオスは王城から、帝国軍の旗が王都の中へと入っていく光景を眺めている。
占領したことを示すように、王都のあちこちに帝国の国旗が掲げられていくのが城からでも見えたが、特に何も思うことは無い。そんなことはセイリオスにとって重要ではないからだ。
王都が陥落しようが、帝国が占領しようが、そんなことはどうでもいいことで、重要なのはどのような人物がやってきて、どのように王都を統治するかだ。
帝国の侵略に手を貸したセイリオスは帝国から多大な報酬を得られるだろうが、それもどうでも良いことだった。そんなことのためにセイリオスは帝国に手を貸したわけではない。
「セイリオス殿!」
セイリオスが帝国軍が入城する様を城の上階から眺めている所に革命軍に所属する貴族の一人が駆け寄る。
「大変なことになりましたぞ!」
「何かありましたか?」
駆け寄ってきた貴族は革命軍を組織するうえで初期から参加している人物であり、セイリオスに対して全幅の信頼を寄せており、セイリオスならば何か打開策を考えてくれると思い、セイリオスの元にやって来たのだ。
「言いにくいことなのだが……捕らえる予定であった高位貴族の大半に逃げられてしまったのだ。この失態は帝国にどのように弁解すれば良いのか……」
セイリオスは革命軍の貴族たちに王家側の貴族を捕縛するように命令を出している。
そしてそれは、帝国への忠誠を示し、自分たちの価値を証明することにもなるため、なんとしても成功させなければいけないとセイリオスは貴族たちに言い含めていたのだが……
「僕も国王陛下には逃げられたんだ」
その言葉に助けを求めに来た貴族は驚愕の表情を浮かべる。
それだけは非常にマズい。王を捕らえて帝国に引き渡すことで、帝国の支配は確立する。逃げた王が軍を率いて戦いを挑んでくれば、自分たちは逆賊になってしまうからだ。
それでも帝国が勝てばいいが、もし負けたら全てが終わりだ。帝国は一度、王国に負けているため、本格的な戦となった場合はどのような結末になるか分からない。
それ以前に、貴族も王を捕らえられない自分たちは帝国からどのように思われるのか、役立たずと思われ、冷遇されるのはないか?
助けを求めに来たはず貴族は、結果的に自分たちが更なる苦境にあることを知り、身悶えするのだった。
「お、追わねばならない。今すぐに追手を出し、王を捕らえねば!」
「追わないといけませんか?」
セイリオスは首を傾げ、自分のもとにやって来て、急に焦り始めた貴族の無様を眺める。
「別に良いじゃないか。黙っていれば気づかないさ」
セイリオスには逃げた王や貴族を追いかける気は無い。そのままにしておけば、帝国や革命軍にとっては不利な結果となるだろうが、自分にとってはそうでもないからだ。
「何を言っておられるか! 黙って隠し通せるものでもなく、このままにしておいて良いものでも――」
セイリオスが剣を抜き放ち、貴族の胸元を貫いた。
何が起きたかも分からないまま、貴族は言葉を途絶え、自分の胸に刺さった剣を見下ろして息絶えた。
「余計なことはしなくて良いんだよ」
別に殺す必要も無かったが、セイリオスは盗み見られている気配があったから殺した。
自分を凶行を盗み見ていたものが慌てて逃げ去っていく気配も感じたが、セイリオスは追わない。
逃げた輩は恐らく革命軍の兵士だろう。その兵士は急いで、セイリオスのしでかしたことを上司に報告するだろう。そして、その報告は革命軍の中枢にも届くはずだ。そこまで分かっていてセイリオスは逃げ去る兵士を見逃した。
兵士の報告があったからといって、それだけを信じて自分を処断するはずがないと確信できる程度にはセイリオスは革命軍に所属する貴族たちから信頼を得ているという自負がある。
「セイリオス殿が、そのようなことをするはずが無い」
殆どの貴族はそう言うだろう。だが、口ではそう言っても信じ切ることが出来ない者はいるだろうし、盲目的に自分を信じる者も一定数はいる。その二つのグループで何かしらの不和が生じるという見通しがセイリオスにはあった。
そうして不和の芽が育まれると、組織は少しずつ崩れていく。状況が状況だけに分裂することは無いだろうが、組織の統制は崩れ、独断専行が横行するようになるだろう。そうなれば、組織の規律は在って無い
物となる。
「そうなってくれた方が革命軍の名を使って色々と出来るようになる」
そんな思惑がセイリオスにはあり、それ故にセイリオスは自分の凶行を盗み見た兵士を見逃したのだった。
最終的には革命軍内で争いになるだろうが、それもまた自分にとっては良いとセイリオスは逃げ出す兵士の気配を感じながら、そう思うのだった。
「セイリオス殿、総督閣下がお呼びです」
ほどなくして帝国軍の兵士がセイリオスを呼びにやってくる。殺した貴族の死体は窓から投げ捨てており、その場にはセイリオスしかいないため、凶行の跡は無い。
帝国軍が入城し、城を掌握する場面にセイリオスは立ち会っていなかったが、無事に王城を占領してくれたようで、セイリオスは安心する。
ここでしくじられるようでは、帝国軍も切り捨てなければならなかったが、そうはならなかったことに対しての安心だ。
「玉座の間は清掃中ですので、ご案内いたします」
玉座の間は血の海となっているため、流石に使うことは躊躇われたのだろう。
セイリオスは兵士の案内に素直に従い、その後ろについていく。
そうして案内された先は、王城の中のダンスホール。
なるほど、玉座の間を除けば、多くの者を収容できそうな場所はここしかないとセイリオスは思い至る。
ホールを見回すと、そこには王国の貴族は自分以外には誰一人としておらず、完全武装の帝国兵が整列しているばかりだった。
「こちらへ来なさい」
ホールへ足を踏み入れたセイリオスに、ホールの最奥にある壇上から少女の声がした。
その声を受けて、セイリオスは堂々とした態度で整列した兵士達の間を歩み、声の方に向かう。
「王国の作法は知りませんが、そちらも帝国の礼儀作法は知らないでしょう? お互いに知らない以上、無礼だなんだと咎めるつもりはありません。どうぞ楽になさってください」
そう言われたからといって、無礼な振る舞いをするわけにはいかない。
ここでアロルドなら言われた通りに楽にするだろうと思いつつ、セイリオスは壇上の少女の姿を見ずに跪く。地位のある人間を無遠慮に見ることは無礼に当たり、言われるまで顔をあげるべきではないという判断によるものだった。
「お初にお目にかかります。セイリオス・アークスと申します」
跪き、名乗るセイリオス。セイリオスからは見えないが少女の方はセイリオスの態度に満足したように頷いていた。礼儀にこだわるつもりは無いとは言いながらも、本心は違うようだった。
「よろしい、面を上げなさい」
命令を受けて、セイリオスが顔を上げると壇上に置かれた玉座に一人の少女が収まっていた。
肌艶や声の感じから、年齢は十代半ばという所に予想できたが、鋭い目つきや眉間に寄った皺は神経質な雰囲気は十代とは思えないほどであり、大人びていると言うよりは老けていると言った方が適しているような印象を与える少女だ。
顔立ち自体は整っているが、身にまとう雰囲気が女性的な魅力を掻き消しているが、かといって男性的な魅力があるわけでもない、お世辞にも魅力が感じられない人物だった。
だが、セイリオスはそんな少女に価値を見出す。人間のコンプレックスを嗅ぎ取ることに関しては猟犬の如き能力を発揮するセイリオスは、玉座に座る少女から強い劣等感を感じ取った。
「文は交わしていましたが、顔を合わせるのは初めてですね」
少女はセイリオスを視線を交わす。
セイリオスは国家転覆の企みを記した手紙を送っていた相手が女性であることは知っていたが、それが少女であるとは思わなかった。
「イグニス帝国第9皇女ライレーリア・イグニスです。此度の貴方の働きには感謝と褒美を以て報いましょう」
まさか皇族が直接やってくるとはセイリオスも予想しておらず、少女の名乗りに対して表情には出さないものの、内心では驚いていた。
「この時を以て、わたくしが総督としてアドラ王国を治めます。しかしながら、我々はこの地に不慣れ故、分からないことも多い。ですのでセイリオス卿には我々の相談役をお願いしたいと思いますが、よろしいですか?」
願ってもない提案だった。帝国軍を手引きした感謝と褒美がこれなのだろう。
「拝命、謹んでお受けいたします、殿下」
セイリオスは迷わず了承する。
想像していた以上に自分にとって都合の良い展開にセイリオスは表情には出さないものの、内心ではほくそ笑んでいた。
相談役ともなれば、皇女殿下と接触する機会はある。その時に上手く騙されてくれれば良し、駄目な時にもやりようはある。セイリオスは帝国軍も自分にとって良いように操れる確信を抱いた。
「まずは総督府を開きます。セイリオス卿、手伝いをお願いできますか?」
「はっ、仰せのままに」
セイリオスは跪き、新たな支配者に従う。従順な態度の裏に悪意を隠して。




