セイリオスの乱
設定とか人物とか色々と忘れているんだ。
それぞれの家の家紋が描かれた旗が翻り、王城の中へと我先にと駆け込んでいく。
その光景をセイリオス・アークスは一足先に潜り込んでいた王城の中から冷めた眼で眺めていた。
「まぁ、好きにやるといい」
どうせ、たいしたことはできないとセイリオスは思う。わざわざ、そういう奴らを選んで声をかけたのだから、むしろそうでないと困る。
身の丈に合わない野心の持ち主。能力に不釣り合いの大それた望みを持ちながら、それを成し遂げる術を持たない奴らを煽て、煽り、誑かし、唆し、騙し、脅し、強請り、今の状況を作った。
セイリオスは自分の言葉で動いた者たちを身の程知らずの阿呆共としか思っていない。もっとも、利口な者たちなら、今のような状況には出来なかったことは理解しているので、阿呆とは思いつつも功績は認めている。
王家に反旗を翻し、城に攻め入るなどマトモな思考をしていれば躊躇し、計画を教えた段階で逃げ出してもおかしくないが、彼らは誘いに乗った。その野心の強さは認めるべきであるし、褒めても良いことだとセイリオスは思う。もっとも、褒めるべき点はそれしかないとも思ってもいたが。
王城の中に戦いの音が響き渡る。謀反を起こした貴族の兵士達と王城の衛兵や騎士たちが戦闘を開始したのだろう。
自分が唆した貴族たちはプライドは高いが、実力が伴っていない。それは彼らが率いている兵士達も同じで、それなりの訓練を積んでいる王城の兵を相手にすれば苦戦は必至だが、幸い奇襲に成功したため多少は勝ち目があるとセイリオスは考える。
此処までの手筈を整えたのは自分なのだから、最後くらいは自分たちの力で何とかしてもらいたいと思いつつも、失敗したところで、セイリオスはそれほど困らないため、勝利を願うようなことはしない。
そもそも、本気で勝ちに行くなら、いくらでも方法はある。それをしないということは、セイリオスが謀反の成功を重く考えてはいないことの証明である。
この状況を作り出すにあたり、セイリオスがやったことと言えば、王国の中央地域といる程度には王都に近いものの、王国の中心とはいえない程度に王都から遠い貴族共を口八丁手八丁で騙し、煽り立て、謀反を画策する同盟を作り上げたこと。
同盟者たちをまとめ上げ『革命軍』を結成し、そして彼らに兵を率いて王城を襲撃するように唆した。その際、隠密裏に事を進め、人知れず王都に革命軍を潜入させるなどの手筈を整えたのもセイリオスだ。
王都への潜入は志高い民間人の協力によって成し遂げられた。近頃、王都で流行の『民主主義者』達にセイリオスは伝手がある。
革命軍を「現状の王政を打倒するために行動する民衆の味方」とセイリオスが紹介すると、それを簡単に信じた。革命軍の実態が『現体制ではパッとしない無能共の集まり』で『現体制を壊して、新しい体制で良い思いをしたいだけ』の志の低い連中とは知らずに、喜んで手を貸してくれた。
もっとも民主主義者も真に志が高い者は少なく、実態は革命軍と大差がない。差があるとすれば、元の身分くらいで、いくらパッとしない連中と言っても革命軍を組織する者たちは貴族。
対して、民主主義者たちは平民であり、彼らの殆どは弱者であるが、中には『現体制で自分たちが苦境にあるのは、貴族たちに虐げられているからだと思い込んでいる弱者』や『弱者のふりをして甘い汁を吸おうと思っている平民の富裕層』がいる。
革命軍の体勢を壊すというのが、今の王を廃して新たな王を立てることなのに対し、民主主義者は貴族そのものを全て廃する思想を持っている。
革命軍と民主主義者達は相容れない思想を持っているのだが、そんなものはお互いに口に出さなければ分からないし、セイリオスが現状では両者にそれを悟らせないように立ちまわっているため、お互いに味方と認識しているため、協力体制は成立した。
セイリオスはどいつもこいつもアホの集まりにしか思えなかった。
自分が適当に考えたお題目を唱えるアホ共だ。どちらのアホ共にもクソ以下の内心を隠せる聞こえの良い綺麗ごとを用意してやったら、それに飛びつき、その言葉を繰り返し咆えやがる。
『王国の未来のため』とか『苦しむ民衆のため』とか、そういう言葉を言えば自分たちが正しいことをやっている気分になれるんだろう。
そういう奴らがいるから、自分の思惑通りに事が進んでいるのだが、それでもセイリオスは自分の言葉を受け売りに、人々を扇動したり、扇動されたりする連中をアホとしか思えなかった。
「みんな死んでくれると嬉しいんだがね」
そう思いつつも、セイリオスはそれはまだ早いと理解している。とりあえず状況が自分にとって良い形に落ち着くまでは生きていてもらった方が助かる。そんな理性的な思考が全てを台無しにしてやろうという気持ちを抑える。
「あぁ、嫌だ嫌だ。こんな風に頭を使うのは、僕は嫌なんだ」
もっと分かりやすいのが良い。
セイリオスはウンザリした気分で目の前にある扉に手をかける。
城内を歩き辿り着いた場所は、玉座の間へと繋がる大扉の前。扉を開けた先には絢爛豪華な大広間が広がり、その奥の壇上にはアドラ王国の王が座る玉座が備え付けられている。
「やぁやぁ、御機嫌麗しゅう、国王陛下。貴方の忠臣であるセイリオス・アークスが参りました」
大扉を開けながら陽気な口調でセイリオスが玉座の間に足を踏み入れる。直後にむせ返るような血の臭いが玉座の間から外へと流れ出て、血生臭い空気が呼吸を通してセイリオスの肺に満たされる。
「悪くないね」
血の臭いを気にも留めず、むしろ好ましいものように感じながらセイリオスが玉座の間を奥へと進む。
セイリオスの視界にあるのは血の海だ。何人もの城の兵が斬り殺され、夥しい量の血が流れ出て、床を埋め尽くしている。
「ふむ、思ったよりもやるようだ」
セイリオスが広間の奥に視線を向けるとそこでは城の兵士が玉座を背にして、革命軍の兵士達の行く手を遮っている。
「それとも、僕の兵が弱いのか?」
だとしたら、それは問題だとセイリオスは思う。実戦投入は初めてだが、想定通りの性能が出ていれば、負けるはずが無い。玉座の間にいるということは戦っている兵士たちは王を守る近衛兵であると考えられるが、それでも自分の兵が負けるとはセイリオスは思えない。
玉座の間を襲撃したのは貧弱な革命軍の兵士ではない。この日のために用意した自分の兵だ。それが負けるとあっては、今後の計画を大きく変更しなければならないのだが――
「セイリオォォォォォスッ!」
突然、自分の名を叫ばれたことでセイリオスは思考の中から現実に引き戻される。
セイリオスが自分を読んだ相手を探すと、そこにいたのは王国騎士団の副団長がいた。どのような人物であったかは忘れたし、そもそも覚える価値もない人物であるが、自分や弟に突っかかってくる奴だったとセイリオスは記憶している。
「そんな大声を出さずとも良いじゃないか」
副団長は全身から血を流し、見るからに満身創痍である。放っておいても死ぬだろうが、どうしたものかとセイリオスは考える。
すると、満身創痍の副団長が自分を取り囲む兵士たちを指差して叫んだ。
「こいつ等は何者だ! 化物共を引き連れ、王の座を奪いに来たのか、アークス家は!」
化物とはどういうことだと、セイリオスは自分の兵を見る。
何もおかしいことは無い。全員、黒い鎧に黒いマントを羽織り、狼の頭を模した兜を頭蓋骨に固定しているだけの兵士達だ。
狼の兜のせいで人狼にでも見えたかなとセイリオスは副団長にからかいの目を向ける。もっとも、そんなことはないとセイリオスは分かっているし、自分の兵がただの兵士だとも思っていない。
頭蓋骨に固定された兜は死ぬまで脱げないし、顔も二度とは露わにならないことなども些末なことだ。
セイリオスは満身創痍の男が聞きたいであろう言葉を答える。
「これは獣心兵。人間性を奪って獣に堕とした兵士で僕の手駒だ」
セイリオスが手招きすると獣心兵の一匹がセイリオスのそばに近寄り跪く。
「まぁ、そんなことが聞きたいんではないだろう? お前らのザマを見れば、手酷くやられたのが分かる」
副団長以外にも生きている者はいるが、その者たちも虫の息で、ほどなく息絶えるだろう。王国騎士団の副団長である自分と、精鋭である近衛の兵をここまで痛めつける獣心兵とは何者なのかと聞きたいんだろうとセイリオスは見当をつける。
「こいつらは僕が人工的に作った『アロルド・アークス』だ」
どういう意味だと副団長が疑問の視線をセイリオスに向ける。
セイリオスが命令を出さないせいか獣心兵たちは、満身創痍の兵たちを取り囲んだまま微動にしない。
「肉体や精神を痛めつけるなどして負荷をかけたり、悪い状況や環境に置いて死ぬような苦境を体験させたりすると神の加護が働き、能力が向上する。
それを検証しようとして人体実験をしたら、精神が壊れてしまったんで兵士として利用しているんだ。知能なんか無いも同然だけど、僕が丁寧に心を折ってやったからか、僕には従順で使い勝手が良いうえ、それなりに強いんで便利だから量産したんだ」
セイリオスはおぞましい物を見るような眼で自分を見る副団長の視線に気づく。
セイリオス自身、自分が非人道的なことを行っていることは理解している。もっとも、非人道的だからといって、自分の行いを改めるようなつもりは毛頭ない。
「やはり、もっと早くに……」
口惜しさを露わにし、膝をつく副団長に対し、セイリオスは穏やかな口調で語る。
「貴方は見る目があったな。どういう思いを持っていたかは知る由も無いが、僕とアロルドを排しようとしていたのは悪くない。結果だけ見れば、全て僕とアロルドに原因があるからな。もっとも、アロルドは単に活躍していただけで、それだけで状況が悪くなるように暗躍していたのは僕なんだけどな」
多少はマシなアホだったとセイリオスは死にかけの副団長を見て思う。多少マシなだけで、アホの評価を覆すほどではないとも思いながら、多少の敬意から、心残りが無いように副団長が知りたがっているであろうことを伝えることにする。
「そういえば、お前が知りたがっていた。騎士団の団長であるベイオール氏の件だが……」
セイリオスが、それを口にした瞬間、副団長の目に闘志が宿る。
自分の上司である騎士団長の行方を知りたくて自分に突っかかってきていたが、死の淵で希望を見出すほどとはセイリオスは思わなかった。
確かにあの騎士団長は悪い人物ではなかったとセイリオスは思い出す。証拠があるわけではないものの、何か悪事を企んでいると勘づいたのか調査に来たり、王都で行方不明事件が起きた時も自分が犯人だと疑っていたとセイリオスは王国騎士団長ベイオールの行動を思い返す。
思い返せば立派な人物だった。アロルドの振る舞いに関して文句をつけに来た時もあったが、その時だって、言葉を選んでいたように思うし、一方的に断罪するような口調ではなかった。今となっては朧気な記憶の中から、在りし日のベイオールの姿を思い出す。
世間では自分の屋敷を訪れた日から姿が見えないと噂され、副団長にも随分と疑われたが、それも今となっては良い思い出になったとセイリオスは思いながら、穏やかな口調で副団長に語り掛ける。
「すまないな。キミの思っていた通り、僕が犯人だ」
セイリオスは口元に微笑みを浮かべながら穏やかな口調で顛末を語る。
「話をしていたら、ちょっとムカついたんで、痛めつけて監禁してしまったんだ。その時、ちょうど獣心兵の研究をしていてね。良い実験体だと思ったから、念入りに弄ったら心も体も完全に壊れてしまってね。騎士団長なんかやっているからか、思ったより頑丈だったんで加減を間違えてしまった」
セイリオスは頭を下げる。
「君にとっては大事な存在だったんだろう? 本当に申し訳ないと思っている」
全く心のこもっていない謝罪であった。
もっとも、心がこもっていようがいまいが、副団長の行動は決まっている。
「殺してやるっ! 絶対に殺す!」
死にかけの体に力が戻り、セイリオスを殺すために動き出す。
その様を見て、ベイオールと副団長の間には上司と部下以上の絆があるのだろうとセイリオスは思う。そして、どうやら自分は副団長に良い贈り物を持ってこれたと確信する。
セイリオスには知る由も無いが家族のような絆があるのだろう。それを引き裂いたままでは申し訳ない。絆を引き裂いた身としては、その絆を取り戻すための手助けくらいはしてやるべきだし、そのための準備もある。
「殺って良いぞ、騎士団長」
命令を受け、セイリオスの背後から漆黒の影が躍り出る。どこに隠れていたのか、それは突然姿を現し、セイリオスを守るように副団長との間に立ちはだかる。
「どけぇぇぇぇ!」
他の獣心兵は動かない。
ただ一匹、セイリオスを守る獣心兵だけが動く。その獣心兵は明らかに他の兵とは差別化されており、漆黒の鎧とマントは一段上質な物になり、狼の兜もまた質の良さが見て取れる。他の獣心兵がただの兵士だとしたら、その獣心兵は狼頭の騎士とも言うべき存在であった。
「―――――ッ!」
兜の奥から声にならない叫びをあげながら、狼頭の騎士は電光石火の速さで剣を抜き放ち、斬りつける。
副団長には全く反応できない速さの一撃。だが、奇跡的に構えた剣に当たり防ぐことに成功する。しかし、それ以降は無い。狼頭の騎士は副団長に飛び掛かり、組み伏せる。
「まさか……!?」
絶体絶命の中にあっても、それ以上に気を取られることがあったようで副団長は呆然とした表情を浮かべている。
それを見てセイリオスは自分の贈り物が驚きを以て受け取ってもらえたことを察し、満足を覚えながらネタばらしをするのだった。
「御想像の通り、君の大事な騎士団長のベイオール氏だよ。感動の再会だと思うんだが、どうだろうか? 気に入ってもらえなくても僕は構わないが、人生の最後に会わせてあげたんだから、感謝はしてくれ」
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
「それは中々強情でね。加減を間違う程度には心を折るのに苦労したせいで、心も体も壊れている。だけど、それは人間という生物としての破綻というだけで、性能自体は他の獣心兵を上回っている。強さだけなら僕が作った中では一番アロルドに近いんで、アークス家の騎士団の団長に据えているんだが、どうだろうか?」
狼頭の騎士の鎧の隙間から触手が這い出る。狼頭の兜の狼の口を模した部分から黒い粘液が漏れ出し、副団長の顔にかかる。粘液は強い酸性を帯びているのか、粘液がかかった部分から白い煙が立ち昇り、顔を溶かされた副団長が悲鳴をあげる。
「あとは二人でごゆっくりどうぞ」
最後まで見届けるのは野暮というもの。後は絆で結ばれた者同士仲良くやるといい。
セイリオスは残る近衛兵に目を向けると、殆どが死にかけで抵抗の意思は消え去ったようだ。しかし、それでも彼らは玉座を背にしたまま動く気配がない。
どうやら、玉座に何か秘密があるようだ。
城に攻めこんだ時には王は北部大公と会談をしていて、そこを獣心兵が襲撃する手筈だったのだが、それは空振りに終わった。獣心兵が玉座の間に突入した時には王はおらず、副団長が足止めとして残っていただけだ。
王がどうやって逃たのか、玉座に秘密があるのだろうとセイリオスは予測するが、それだけだった。セイリオスは玉座を一瞥し、それきり玉座を無視することにした。
「生きている奴らを連れていけ。そいつらも獣心兵にする」
セイリオスは生き残りの近衛兵を獣心兵たちに連行させる。
ここには、もう用はない。王と北部大公に会えず逃げられたのは残念だが、セイリオスにとっては気にするほどの事でもない。
おそらく革命軍の方も城にいた高位の貴族に逃げられているだろうとセイリオスは予測する。もっとも、それに関してはセイリオスの方で失敗するような人材を選んでいた部分もある。
結果だけなら城と王都を手に入れた。しかし、王と高位の貴族には逃げられてしまった。
王という正当な統治者が残っている以上、体制を壊すことには失敗した。
革命は成功してこそ革命と呼ばれるのであって、今の状況では革命ではなく反乱と言われてもおかしくない。王や高位貴族に言わせれば欲に狂った貴族たちの反乱だ。もう大義名分も何もない。
「こうなると、必死で戦うしかないな」
セイリオスはこみあげてくる笑いをこらえきれない。
こうなってしまえば、民主主義者どもは革命軍を切るだろう。彼らにしてみれば欲に狂った貴族などは最大の敵だ。もっとも、だからといって王家側につくとは思えない。王こそ貴族の頂点なのだから、王都で流行る民主主義においては最大の悪とされている。
「そして、我らが求める新たな王の御登場だ」
セイリオスは玉座の間を出て、外の景色を眺める。
視線の先にあるのは王都を取り囲む軍勢。その軍勢が掲げる旗にはイグニス帝国の紋章が描かれていた。
「さて、奴らも踊ってくれるアホだと助かるんだが」
翻るイグニス帝国の旗を見ながら、セイリオスは不敵な笑みを浮かべ、新たな主君に思いを馳せるのだった。
年内に後一回くらいは更新したい。




