準備を整え
みんなが忙しなく働いているのを俺は眺めています。
旧ヴェルマー王国の王都ロードヴェルムに侵攻するという話はすぐに俺の領地の全域に伝えられ、そのための準備が始まりました。兵士の募集をしたり武器の増産をしたり糧秣の用意をしたりと、まぁ色々と準備があるようです。
兵士に関しては農閑期だからか集まりが良いようで、質はともかく侯爵軍と合わせて6000程度はいける感じで
、そいつらの装備も急ごしらえだけど何とか揃いつつある。糧秣に関しても、収穫期を終えたばかりだし、とりあえず大丈夫だろう。なんかあってもヨゥドリが解決してくれるはずだし、俺が心配することじゃないね。
――というわけで、俺は王都へ向けての出陣に関しては特に何の心配もすることなく、いろんな奴が慌ただしく出陣の準備をしているのを眺めていられるわけです。
こういう時に偉い人がバタバタと仕事をしているのも何だか格好が悪いよね。世の中には偉い人ほど働かなきゃいけない雰囲気があったりするけど、それって仕事の分担を適切に出来ていないだけだと思うんだよね。
あと、上に立つ人間が一生懸命働きすぎてたりすると、そのうち下の人間にも必死で働くように押し付ける雰囲気が出来そうだから気を付けないとね。
上に立つ奴がほどほどに働くってことの見本を示して、それを周知させていかないと必死になって働くことが素晴らしいし、そうしなければいけないっていう空気になるだろうし、そうなると息苦しいと思うんだよね。
なので、俺は一生懸命働かないんですよ。一生懸命働くってことが素晴らしいって思ってる時点で奴隷根性が染みついていると思うし、俺は貴族の生まれなんで不労所得が最高って思うんですよね。
まぁ、そういう話はどうでも良いか。俺が働かなくても遠征の準備は出来ているってことが言いたいだけなんで。
ただまぁ、全く問題が無いわけでもないんだよね。それは遠征とか王都侵攻とかの大きな話じゃなく、俺個人の問題でさ。
勿体付けるような話でもないんで言っちゃうけど、俺の武器が無いんだよね。
俺の剣はユリアスに盗まれたままで、ここ最近は適当に見繕った剣を使っていたんだけど、小枝かよってくらいポキポキ折れるんだよ。流石にそんな武器でユリアスとは戦いたくねぇんだわ。というわけで、俺はこういう時に頼れる人を呼びました。
誰かというと、ザランドの爺さんです。ユリアスに盗まれた俺の剣を打ったり、俺の鎧を作ったり、冒険者ギルドの工房で銃の設計をしていたりするお爺さんです。
その人を呼んで、俺の武器を何とかしてもらおうと思ったんですが――
「普段は儂のことなど忘れておるくせに、こんな時だけ何の用じゃ!」
俺の所にやってくるなり、こんな調子で怒鳴ってきやがるんですよね。老い先短い爺なんだから、大人しく俺の言うことを聞いていてもらいたいぜ。
「儂の剣を盗まれたくせに、儂に謝罪も無しか!」
「お前の剣ではなく、俺の剣だがな」
怒りの勢いで押し切られないように事実関係はハッキリさせておきましょう。あれは俺の剣です。
俺がなんやかんやで、お前から譲ってもらったもんだし、そこら辺は間違えてはいけないと思うんだよね。
「儂が打ったんだから儂の剣じゃろうが!」
「わかったわかった。そういうことにしておこう」
はいはい、分かりました。貴方の剣で良いですよ。
そんなことを話し合ってる場合じゃないし、下らない案件はさっさと片付けで本題にいきましょう。
「ふん、分かれば良いんじゃ。……で、用件はなんじゃ?」
ようやく話し合いができる流れなんで、俺は面倒なことにならないようにさっさと用件を伝えることにする。
「剣がいる。折れない剣だ」
「ふん、そんなことだろうと思って、既に用意しておるわい」
お、準備が良いですね。
ザランド爺さんが呼び掛けると、爺さんの弟子らしき人たちが二人係で布に包まれた大きな物体を俺の前に持ってきた。
「手に取ってみろ」
爺さんはそう言って俺の前に置かれた物から布を取る。すると、中から出てきたのは巨大な剣であった。
俺は爺さんに言われた通り、その剣を手に取って眺める。
長さはエリアナさんの身長と同じくらいで幅は20cmくらい。割と重いけど全身鎧を着ている人間よりは軽いし、振り回すのには苦労しないと思う。
「全長170cmの大剣じゃ、お主以外に使える奴などおらん」
そいつは凄いね。まぁ、俺としては、そんなことよりも折れないかどうかが大事なんだよね。
「どれくらい耐えられる?」
「くだらんことを聞くな。絶対に折れないようにするために剣身を太く厚くしておるんじゃぞ」
つまりは耐えられるってことかな?
俺はちょっと試してみようと思い、〈強化〉の魔法を使いながら大剣に対して、折れないかどうか力を掛けてみるが、俺がどんなに力を込めても大剣はビクともせずに、歪みすらしなかった。
それを見たザランド爺さんが俺に対してドヤ顔を向けてきて、なんだかムカつくけど、良い剣を持ってきたんだから許してやろうと思う。
「悪くないな」
「じゃろう? ただ、問題があってのぉ」
問題って何だろうね?
「剣身が分厚く仕上げたせいで上手く砥げんかったんじゃ、そのせいで見た目は刃がついておるように見えるかもしれんが、刃は付いておらん」
はぁ、どういうことなんですかね?
良く分からんので、俺は手に持った大剣を眺めて確認する。すると、良く見れば刃の部分の先端が水平になっていることが分かり、普通の剣であれば刃はくさび型になっているはずなのに、この大剣は真っ平であった。
「見た目は剣じゃが、武器としては鈍器じゃな。平たくて長い金属の板じゃからのう」
おいおい、俺は剣を頼んだんだぜ? 誰が鈍器を頼んだよ。
剣を持ってこいよ、剣をよぉ!
「まぁ、悪い武器じゃないぞい。刃がついていないせいで、多少乱暴に扱っても構わんし、その重量じゃ斬れようが、斬れなかろうが当たれば即死なんじゃし、刃の有無はどうでも良いじゃろう?」
まぁ、それもそうか。別に武器として折れずに使えれば、それで良いよな。じゃあ、この武器は貰っておこう。
「気に入ってもらえたようでなによりじゃわい」
気に入ってはいませんけどね。俺は剣の形をした鈍器じゃなく真っ当な剣が欲しかったんだがね。
この大剣を使うのも、他に代わりがないから仕方ないってだけなんだよなぁ。
「まったく、貴様もヨゥドリとかいう小僧も面倒な注文をしおってからに。儂の仕事は貴様らの得物を用意するだけではないんじゃぞ」
ヨゥドリもザランド爺さんに何か頼んでいたのかな? まぁ、あんまり興味ないから別に良いや。
そんなことより、忙しい中で俺の武器を仕上げてくれた爺さんに対して、どんな御礼が良いか聞く方が重要だよね。
「それは悪かったな。手間をかけた詫びと剣を用意してくれた褒美をやろう。何か欲しいものはあるか?」
「なんもいらんわい。儂の苦労に報いるつもりがあるなら儂の剣をさっさと取り返してこい」
アンタの剣じゃなく俺の剣だけどな。まぁ、それに関してはアンタに言われるまでも無いよ。結局の所、あの剣が一番手に馴染む上に質も良いからな。
俺は何も言わなかったけど、俺に剣を取り返す意思があるってことが分かったザランド爺さんは満足げに帰っていきました。
とりあえず、これで俺の問題の内の武器に関しては解決しました。
これだけ解決すれば、戦うこと自体は問題ないんだよね。他に問題があるとしても、それは遠征だったり、王都ロードヴェルムへの侵攻自体には何の影響もないし。でもまぁ、だからって無視して良いってわけでもないんだよね。
「アロルド君、ちょっと良いかしら?」
そんな風に無視するべきじゃないだろうなぁって考えていると、問題が自分からやってきました。
問題の原因はエリアナさんであり、そのエリアナさんは両腕に色とりどりの布を抱え、その布が俺を煩わしい気分にさせてくれます。
「やっぱり、マントの色は黒か赤が良いと思うの。アロルド君の鎧って黒いし、そうなると青とかって微妙な気がするのよね」
エリアナさんは楽しそうに俺の身に着けるマントとかを見繕い、それに対して意見を求めてきたりします。
それが俺にとっては面倒くさい問題なんだよね。俺はどうでも良いと思うんだけど、それを口にするとエリアナさんは不機嫌になるし、俺も不機嫌にはさせたくないから興味なくても、エリアナさんに話をあわせるしかないわけです。
「王都を攻め落とす将軍となるとみっともない格好は出来ないし、派手でカッコいい格好をしないとね。歴史に名を残すことになるんだから、それに相応しい装いじゃないと」
ユリアスと殺し合いするのに格好のことなんか気にはしてられないと思うけどね。まぁ、そんなことはエリアナさんは知らないし、こんな風に呑気な調子なのも仕方ないといえば仕方ないんだけどさ。
エリアナさんに限らず、俺らはユリアスの強さとかをあんまり詳しく話してないんだよね。話して不安にさせるのも良くないし、不安のせいで領内の空気が悪くなるのも嫌だし、士気が下がったりするのも避けたかったから、ユリアスの強さについては直接戦うことになる予定の奴ら以外には教えていない。
なので、大半の連中が今回の遠征も楽勝みたいに思ってたりするんだよね。なんだかんだで、ユリアス以外のレブナントには余裕で勝ってるわけだし、今回も余裕で王都を落とせると大半の連中が思ってるみたい。
だけど、実際はヤバいかもしれなかったりするんだよね。
まぁ、ヤバいかもしれないんでエリアナさんはトゥーラ市でお留守番です。カタリナとか他の子も留守番という感じで話がまとまりました。
エリアナさんは軍事的なことは全く分からないので、こういう決断には口を挟まないので説得は簡単だったけど、ヒルダはなんで自分を連れて行かないんだとかで、クソうるさかった。
最終的にヒルダには侯爵領に残る兵士たちの指揮を執る指揮官の役職を与えて納得してもらい、事なきを得ました。
後、コーネリウスさんの所の息子さんに俺が留守の間は領主の仕事を代行するように頼んでおいた。将来、偉くなるんだから、今の内から経験を積んでおいた方が良いよね。
それとジーク君に関しても留守番です。理由はヨゥドリがジーク君のことは信用できないって、ジーク君の同行を拒否したからってのが主な理由。俺としてもジーク君の存在とヨゥドリの機嫌を天秤にかけた場合、ヨゥドリの機嫌の方に天秤が傾くから仕方ない。
――とまぁ、こんな感じに兵士を集め、装備を整え、俺が留守の間のことも適当に決め、そして俺達は王都ロードヴェルムに向けて出発しました。
事情を知らない兵士どもは鼻歌交じりに、事情を知っている俺達は憂鬱な気分で、二度と帰ってこれないんじゃないかなぁって思いながらトゥーラ市を旅立ったわけです。




