厄介な人
アドラ王国の偉い人達との話を終えた俺はコーネリウスさん達と話をすることにした。もっとも、そんなたいした話をするつもりもなく、俺へのお祝いの品を貰い、世間話をする程度で済ませようと思っていた。しかし、予定は脆くも崩れ去る。
「恥ずかしい話なんですが、実を言うと領主をクビになってしまいました」
コーネリウスさんは俺が世間話をしようとするなり、先手を取って、そんなとんでもないことを口走った。
領主をクビってどういうことだよ? 割と意味が分かんないんですけど。じゃあ、アンタはどういう立場で俺の所にやってきたわけ? 大公としてお祝いしに来たんじゃないの?
俺の頭の中は疑問でいっぱいなのだが、そんな俺の状況など知る由も無いコーネリウスさんは、これぞ歴戦の騎士といった凛々しい顔立ちで情けない話を始めた。
「王都で宮廷貴族をしていた弟が急に帰って来まして、帰ってくるなり私の領地経営に難癖をつけてきたんです……」
ほうほう、それで? そんな舐めたことをされたからにはキッチリぶっ殺してきたんだろうな?
「その後で私の統治に不満がある家臣やら領民を味方につけて、私を領主の座から引きずり降ろそうとしてきて……」
なるほどなぁ、俺はコーネリウスさんがどういう統治をしてきたのかは知らんけど、人柄を見る分に白黒ハッキリさせずに、なぁなぁで色んなことを済ませてきたんだろう。それか、決断が必要になることは先延ばしにしたりとかかな?
まぁ、そんなことをしてたら不満も溜まるかもしれんね。もっとも、俺はコーネリウスが領地をどんな風に統治していたか分からないんで全部想像だし、おかしいことを言っているのは弟の方かもしれないんだよね。
「それで、あんまりにも文句を言われるし、何をやっても否定されるので何もかも嫌になって、それならお前たちでやってみろ!って怒鳴って、弟に家督を譲ってしまったんです」
クビになってねぇじゃん。完全に勢い任せの自主退職じゃん。ちょっと責められたくらいで領主を辞めるなよ。流石の俺もビビるわ。俺はてっきりキレて弟とその仲間を皆殺しにしたら、領主を辞めさせられて、ここまで逃げてきたのかと思ったんだが、全然違うじゃん。
「さすがにそれはどうかと思うな」
せめて戦えよって思う。
「そうは言いますがね、奴らは何にでも文句をつけるんですよ? 普通に特に問題なく仕事をしていても、もっと良い方があるとか、効率的な方法があるとか言ってくるんです。
そのくせ、具体的にどうすれば良いのか言ってこないし、挙句の果てには、それを考えるのは私の仕事だとか言ってくるんですよ? もう、私はどうすればいいのか分からないし、色々嫌になって気づいたら、弟に家督を譲ってしまったんです」
「まぁ、大変だったことは分かった」
じゃあ、そんな状況で何でウチに来たんですかね? それについて詳しく聞きたい。
「家督を譲った後、弟から追放されそうになりまして、無理やり追い出されるよりはマシだろうと思い、先手を打ち、家族と私を慕ってくれる家臣や領民と共にヴェルマー侯爵領にやって来た次第です」
この野郎、南部の時と同じことをしやがりましたよ。あの時も、自分は限界なので何とかしてくださいって感じで俺に丸投げしたよね? でもまぁ、あの時はそっちの方が俺も都合が良かったから助かったけど、今の状況でそれをやられるとなぁ。
「アロルド殿ならば、苦境にある我々に手を差し伸べてくださると思い、ここまでやって来たのです。我々を見捨てるようなことなどは、決して無いだろうと皆を説得してきた以上、ここで見捨てられたら、私は息子ともども自らの命を以て、私に従ってくれた者たちに償わなければいけません。どうか我々に救いの手を!」
スゲェよな。こういう人って甘えても大丈夫そうな人間が本能的に分かるし、どこまで図々しくなって良いかも分かるんだろうね。実際、俺は頼み事は断らない男ですし、俺を頼るのは間違ってはいないわけだしさ。
「わかった。助けてやろう。ただし――」
「無論、我々はアロルド殿の臣下となります!」
うーん、俺の手下になれって言いたかったが、まぁ同じような意味なので良いでしょう。しかし、侯爵が大公の上に立っても良いんだろうか? まぁ、コーネリウスさんは元大公だから良いのか。
「よろしくお願いします、アロルド様!」
ヌーベル君は状況が分かっているのかいないのか、眼をキラキラさせながら俺を見てくる。キミの親父が隣で割と情けないセリフを吐き続けていたのにキミはどうしてそんなに澄んだ眼で俺を見てくるんでしょうか?
「父上ともども、アロルド様のお力になれるよう努力していきます!」
「ああ、期待している」
実際、マジで期待はしてるんだよね。南部で帝国と戦争している時も、コーネリウスさんは無難に働いてくれていたしさ。
責任を取らなきゃいけない立場とか臨機応変な対応が必要な場面は絶対に無理だけど、言ったことは絶対にやってくれるし、それを部下にも徹底してくれるから働きは信用できるんだよね。
「それで領地は如何ほど頂けるのでしょうか?」
おっと、コーネリウスさんが図々しいことを言いだしました。
「いや、我ながら図々しい事を言っているとは承知の上ですが、私も家臣と領民を引き連れてやって来た身ですので、彼らをどう養っていくか悩んでおりまして。
それと領主を辞したとはいえ、大公家の血筋を継ぐ者として、私はともかく息子は相応の地位につけ、領主貴族としての伝統を受け継いでいきたいのです」
良く喋るなぁ。誰に対してもこうなんだろうか? 多分、違うんだろうね。俺にはこういう感じで話した方が効果的だって本能的に理解しているんだと思う。南部で戦争していた時は割と俺を刺激しないようにしていたし、相手と状況を見て対応を変えてるんだろう。
『トゥーラ市の周辺は無理です』
こっそりと近寄ってきたヨゥドリが俺に耳打ちしてきた。どうやら、俺が領地をあげるもんだと察したらしい、実際あげたくないわけでもないし間違ってはいないんだよな。
でもまぁ、トゥーラ市の周りは大人気だから、いきなりやって来た奴にどうぞってあげるのは無理だよね。今まで土地を手に入れようと頑張ってきた人の努力を足蹴にすることになるわけだしさ。となると――
「では、ニブル市の周辺は任せよう。お前らで好きに使っていいぞ」
ただし、俺への貢ぎ物は忘れないように。それを忘れなければ、コーネリウスさんが自由に治めて結構です。ヌーベル君に継がせるのも自由なんで、勝手にやってくれて良いよ。
「ありがたき幸せ。ニーズベル・コーネリウス、この御恩は一生忘れず、子々孫々まで語り継ぐことを誓いましょう」
子孫が迷惑だからやめたほうが良いと思うよ。
「お礼と言ってはなんですが、アロルド殿に直接お仕えしたいと申し出ている者たちを紹介いたします」
いやぁ、遠慮しておきたいですね。なんか嫌な予感がするし。
「南部貴族の娘たちなのですが、アロルド殿のもとで行儀見習いに励みたいと申しているのですが、如何でしょうか?」
「正直言って遠慮したい」
思わず声に出てしまいました。だって、ヤバそうな気配がするんだもん。
「そのようなことは言わずに、少しくらい良いではないですか。その者たちの中には私の親戚もいるのです。私の顔を立てて、どうかお願いいたします。なんなら、ちょっと手を付けても構わないので!」
この野郎、何を言っていやがるんだろうか? お前の親戚とヤって子供が出来たら、俺はお前と親戚関係になっちゃうじゃん。嫌だよ、俺の親戚コーネリウスさんとかなったらさ。
「みな、美しい少女たちです! ですが、貴族の出身といえども貧しい育ちの者も多く、アロルド殿に救っていただかなければ、身売りするしかない者もいるのです。それに、南部の貴族とも約束してしまったのです! この件を成し遂げれば、いつか我々がコーネリウス領を取り返す時に力になってくれると」
「全部、お前の事情だろうが。そんな女たちのことなど俺は知らん。お前が責任を取れ」
「そう言わずに、良いではないですか。メイドでも何でもいいので使ってやってください。重ねて申し上げますが、手を付けても構わないので」
コイツ、俺が怒らないと思って調子に乗ってやがるな。まぁ、実際に怒るようなことでもないので怒らないけどさ。それに人手は必要だから、全面的に悪い話ってわけでもないんだよな。メイド長からも使用人の数を増やせって言われてるし。
「素性は確かですし、性格に問題のある者もいないので、どうかお願いします」
「僕からもお願いします、アロルド様」
おっと、ここに来て親子での合体攻撃です。まぁ、別に拒否する理由も無いし、ここまで必死にお願いされると、応えてあげたくなるじゃん。
「分かった。俺の方でエリアナに話しておこう」
ただし、採用はエリアナさん次第だけどね。だって、エリアナさんは俺の将来の正妻ですし、家のことを取り仕切るのエリアナさんの役目だよね。本人も家のことは自分の仕事だって張り切っているしさ。
「おお、感謝いたします。これで私も面目が立ちます」
思うんだけど、コーネリウスさんは人から何か頼まれても、それが自分の力だけで何とか出来そうもないことなら断ったほうが良いね。
まぁ、コーネリウスさんのおかげで多少は使える人が増えたんだから、色々と面倒をかけられたにしても良しとしておこうか。




