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ヴェルマー侯アロルド

 アドラ王国から偉い人が来るらしい。急な話だよね。


 なんでも、旧ヴェルマー王国領が思った以上に広い上、開拓をしなければいけないような未開拓の土地ではないことが分かったアドラ王国の偉い人たちが俺に話を聞きに来るんだとか。ついでに、俺が色んな人に土地の所有やら何やらを認めたり、色々と好き勝手やってるのが気に食わないって話も聞いた。

 それなら、もっと早く言ってもらいたいね。今の今まで放っておいたくせに急に来て、偉そうなことを言われるのは、心の広い俺でも面白くないです。面白くないので、俺の所まで来るように言っておきました。

 偉い人達は鉄道を使ってガルデナ山脈を越え、今はテラノ砦にいるようだけど、わざわざ会いに行きたくもないんで、俺はトゥーラ市で待ってることにします。


『伯爵とか偉い方々なんですが……』


 エイジ君がテラノ砦から俺に手紙を送って来たけど無視……は流石にしないけど、返信の手紙にはこう書いておきました。


『知ったことではない。文句があるなら帰ってもらえ』


 すると、再びエイジ君から手紙が来ました。


『マジで怒ってます。我々と事を構えるつもりかって怒鳴られました』


 可哀想にな。俺だったら怒鳴られたりしたらショックで寝込んじゃうよ。まぁ、それは置いといて事を構えるってのはどういうことなんだろうね。良く分からんけども、脅されてる感じがするし、脅しに屈したら駄目だから、強気で行こう。


『望むところだと言っておけ。ついでに、それ以上調子に乗るんだったら、帰りは貨物列車で山脈を越えることになるとな』


 全く関係ない話題だけど、死体って物扱いだから貨客列車じゃなく貨物列車に詰め込むんだよね。嫌がらせとして、死体が積まれている列車に乗ってもらおうと思います。


『トゥーラ市に行くことになりました。アドラ王国のお偉方と一緒に先日の便で到着したコーネリウス大公もそちらに向かうそうです』


 アドラ王国の偉い人たちは別にどうでもいいかな。それよりもコーネリウスさんが何でこっちに来てるんでしょうね?

 南部にも旧ヴェルマー王国領のことは宣伝してたけど、コーネリウスさんが来るとは思わなかったな。自分の領地は良いんでしょうか?


 数日が経ち、トゥーラ市にアドラ王国のお偉いさんたちとコーネリウスさんが到着した。俺は一行を屋敷ではなく、トゥーラ市の城で出迎えることにした。


『玉座の間を使ってもいいかと思いますよ』


 ヨゥドリが提案してきたんで許可しました。一度くらい玉座に座ってみたいしな。

 ただ、実際に玉座に座ってみると、玉座は割とクソな椅子だった。尻の部分がとにかく硬くて長時間座っていると痔になりそう。ついでに背もたれが直角に近いから、ゆったり出来ない。あと単純な問題なんだけど、椅子が小さい。俺の体格と全く合わなくて凄い窮屈だ。

 ただまぁ、玉座の置いてある場所は部屋の中でも何段か高い場所にあるから、座りながら他の人を見下ろせるってのは、ちょっと面白いかもしれん。だけど、そういう面白さを求めるなら、ソファーみたい座り心地の良い椅子を置けばいいし、こんな椅子いらんよな。


「アドラ王国のお偉いさん達を連れてきました」


 俺が尻が痛くなりそうな玉座に四苦八苦しているとエイジ君が玉座の間の扉を開けて入ってくる。非常に気軽な感じだけど別に怒るようなことでもないし、放っておきましょう。エイジ君は入ってくるなり、真っ直ぐ俺の方に来て、俺の斜め後ろにヨゥドリと並んで控える。

 エイジ君に遅れて、コーネリウスさんが息子さんのヌーベル君を伴って入ってきた。コーネリウスさんはニコニコ、ヌーベル君はキラキラした眼で俺を見てくる。

 最後に陰気臭いオッサンどもが入ってくるけど、何処のどなたですかね? ここじゃ葬式会場じゃねぇんだし、陰気な奴らがいると空気が悪くなるから帰ってくれません? それとも物乞いか何かか? だとしたら、なおさら帰って欲しいもんだぜ。


「ご無沙汰しております、アロルド殿」


 コーネリウスさんとヌーベル君が、高い位置から見下ろしている俺に対して、低い位置で膝をつき、頭を下げて挨拶をしてきた。その姿に後ろの陰気オッサンどもが目を丸くしてやがる。どうやら、こいつらは挨拶をするっていう常識もないようだ。こういう奴らは放っておくに限るね。

 それよりも、コーネリウスさん達のことを気にしてあげよう。そんな頭を下げた状態だと堅苦しいから楽にした方が良いね。俺も玉座のひじ掛けに頬杖をついて楽な姿勢になるから、気にせず気楽に過ごして欲しい。


「うむ、楽にしていいぞ」


 一応、楽にして良いって声をかけておきました。すると、二人は膝を付いたまま、頭を上げて俺を見る。


「アロルド殿の御活躍は常日頃から聞き及んでおり、息子ともども我が事のように喜んでおりました」


 コーネリウスさんがスゲェ笑顔です。南部でイグニス帝国と戦争してた時も、この人は割と笑顔が多かったんだよね。まぁ、俺の手下になってからの話なんだけどさ。

 完全に勘で物を言ってしまうけど、この人って自分が責任を負う立場でいるのが嫌みたいなんだよね。それで常に誰か頼れる人がいないと不安みたい。逆に頼れる人がいると安心から笑顔になるんだと思う。さて、どうしてコーネリウスさんは俺と会ったら笑顔になったんでしょうか?


「つきましては、アロルド殿の御活躍にあたり、ささやかではありますが我々どもの方でお祝いの品物を用意いたしました。どうか、お納めください」


 えー、悪いっすねぇ。そんな気を遣わなくても良いのに。でもまぁ、貰っておきますかね。……それで後ろの陰気臭い連中は何か持ってきたんですかね? うん、持ってきてないって分かるぜ。だって、コーネリウスさんを見て『こいつ、マジかよ……』って顔してるもんな。


「ご苦労。長旅の疲れもあるだろう。下がって休め」


 南部から、こんな遠いところまでありがとう。長旅で大変だったろうし、休んでいて良いよって言い方を大人っぽく言ってみたんですけど、どうでしょうか?

 どうやら伝わったようで、コーネリウス親子は揃って俺に頭を下げる。おっと、言い忘れていたことがあったな。


「俺に話があるなら別の席を設けよう。希望する日時をエイジに伝えておけ」


 今は休憩して、後でお話ししましょうって感じです。おや、ヌーベル君が俺をキラキラした眼でみていますね。


「どうした、まだ何かあるのか?」


「い、いえっ! なんでもありません」


 さようですか。じゃあ、俺の方も君のことは気にしないようにしますね。


「息子はアロルド殿に憧れているのですよ」


 おっと、コーネリウスさんが何か言いだしたぞ。俺に憧れているっていった? いやぁ、まいっちゃうね。まぁ、俺は強いし、お金を持ってるし、美人のお嫁さんも何人もいるし、手下もいっぱい持ってるしで、憧れる要素は沢山あるからね。で、俺のどんな所に憧れているんですかね?


「俺のどんな所に憧れているんだ?」


 俺は頬杖をついた楽な姿勢のままヌーベル君に尋ねる。俺も楽な姿勢を取っているんだから、ヌーベル君も楽な姿勢で話してくれて良いよ。


「あの、アロルド様は御伽噺に出てくる英雄みたいな活躍をしていて……」


 随分と緊張しているようだね。言葉を選んでいるのかな? そんなに気にしなくても良いのに。子供の言うことやすることにイチイチ怒ったりしないんで、気にせず話してくれりゃ良いのにね。ジーク君のスパイ行為だってガキのすることだからって見逃してやってるくらいなんだしさ。


「えーと、家を追放されて身分を失いながらも、悪魔に捕まった聖女様を救ったり、アロルド様を慕う戦士たちと冒険の旅に出て、人々を苦しめる魔物を退治したり、悪い魔法使いに囚われたお姫様を助けたり、ドラゴンの生贄にされかけたお姫様をドラゴンを倒して救出したり、その後でイグニス帝国との戦争で英雄になったり……」


 お姫様多くねぇ? 俺の知り合いにそんなにお姫様はいねぇよ? つーか、そもそも色々と俺のやったことと違うと思うんだけど。


「その後、活躍を続けるアロルド様が疎ましくなった王家によって国から追放されても、挫けずに新たな地に自らの国を築き、王になったという話を聞いて……」


「俺が王か」


 後ろの陰気臭い人らがヌーベル君を凄い目で見てますね。ついでに俺に対しても、殺意を向けて来やがりますよ。そういう態度は良くないね。


「え、えーと、実際に王様って話ではなくて、あまり貴族のこととか分かっていない市井の人々が、アロルド様が王様だって言っているだけで……」


「別に構わんさ。俺のことを悪く言っているわけではないんだろう?」


 平民とかには貴族の細かいこととかは分からんし、いっぱい手下を持ってる奴を王様と言っても仕方ないよね。俺も良く分からんし、王様ってのは貴族の上に立つ奴ってくらいの認識しかないんだよね。


「それは勿論です。アロルド様の活躍はアドラ王国では本になってもいますし、劇としても公演されていて大人気なんですよ。それで今度、王都では『アロルド王の凱旋』という演目の劇が公演されるらしいです。その他にも……」


 そいつは凄いね。本があるんだったら読んでみたいし、持ってる奴がいたら貸してもらおうかな。


「ヌーベル、アロルド殿に会えて嬉しいのは分かるが、アロルド殿にも時間の都合があるだろう。そこまでにしておきなさい」


 俺としては別に話してもらっていても良いんだけどね。だって、俺が嫌な気分になるような話じゃないしさ。でもまぁ、後ろに陰気臭い奴らがいて、そいつらが俺と何かお話ししたいようだから、楽しそうなヌーベル君には悪いけど終わりにさせてもらいましょう。


「後で時間を取ろう。その時に、また話を聞かせてくれ」


 俺がそう言うと、コーネリウスさんとヌーベル君はニコニコ顔で俺に頭を下げて退出していきました。楽しそうなのは良いことだよね。コーネリウスさん達と入れ替わりに俺の前に立つ陰気臭い奴らにもコーネリウスさん達の愛想の良さを学んでほしいぜ。

 そんなことを思っていると、そいつらの中から一人が歩み出ると、俺に向かって名乗ってきた。


「アドラ王国軍務卿のラムゼイ・ソフィエルである」


 はぁ、そうですか。なんでコイツらはコーネリウスさん達みたく、俺に対して跪きもせず、立ったまま睨みつけてくるんでしょうかね? しかし、ソフィエリだっけ? どっかで聞いたことがあるような無いような……。


「そうか」


 思い出せないなぁ。まぁ、どうでもいいだろう。それよりも俺は疲れちゃったから、帰って休みたいんだよね。そういう感じを出したら、良い大人なんだから、色々と察して帰ってくれると思ったんだけど――


「そうかではない! 貴公はいったい何を考えている!」


 滅茶苦茶、怒鳴られました。超怖いんだけど。

 あまりの怖さに玉座の間にある隠し扉の中に隠れているグレアムさんと数名の冒険者に出番だぞって合図を出してしまいそうになりました。


「何と言われてもな。何の用があって遠路はるばるアドラ王国からやって来たのか、その理由も知らなければ適切な答えはできないな」


 聞きたいことがあったり、言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいんだよね。

 何の情報も与えずに察しろってのは良くないと思うよ。それで間違った答えを言ったら怒るんだろ? 結局の所、怒ったり文句を言ったりすることが目的なんだろうから真剣に相手をする必要はねぇよ。


「……まぁいい、今日は貴公の行動を咎めるためだけに来たのではない。先に要件を済ませてしまおう」


 ラムゼイと名乗った人はイライラを全く隠さずに投げやりな態度で俺に伝えてきた。


「陛下のお言葉を伝える。アロルド・アークス、貴公をアドラ王国ヴェルマー侯爵領の領主に任ずる。以後、ヴェルマー侯と名乗ることを許す」


 はぁ、そうですか。なんか言い方が適当だったけど、俺がヴェルマー侯爵領の領主になって、以降はヴェルマー候と名乗って良いってことね。つまり、俺はヴェルマー候アロルド・アークスって名乗るのかな?

 ……ちょっと待って欲しいんだけど、いつの間にヴェルマー侯爵領になってんの? 俺の記憶は怪しいけど、間違いなく昨日までは旧ヴェルマー王国領だったと記憶してるんだけど、いつの間にアドラ王国の物になっているんでしょうかね?


 いったいどういうことなのか、誰かに説明してもらえるんでしょうか? 







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