貴族の義務?
もう少しランキングに残れると良いですね。
トゥーラ市を攻め落としたので今日はお休みにしようと思います。だって、俺は頑張ったし、自分にご褒美をあげてもいいと思うんです。なので、テラノ砦にある自分の部屋に引きこもって、ノンビリと過ごそうと思ったんですが……
「いい加減になさってください!」
今、俺は怒られています。誰に怒られているのかって? さぁ、誰なんでしょうね。確かエリアナさんが雇ったメイドだったと思います。そういえばメイド長だったかもしれませんね。まぁ、俺みたいな高貴な生まれの人間にとっては使用人なんか空気みたいなもんですので、覚えていなくても仕方ないよね。
まぁ、それは良いとして、なんでメイド長は怒っているんでしょうか? 俺の部屋のゴミ箱なんかを手にもってさ。
「旦那様も年頃の男子ですので、少し回数が多い程度ならば仕方ないと思えますが、流石にこの回数は看過できません!」
そう言ってメイド長はゴミ箱の中を俺に見せつける。別に見せられてもね。
俺が一人で色々と頑張った形跡を受け止めた紙がぐしゃぐしゃに丸められてゴミ箱を満杯にしているだけじゃないですか。多少……いや、けっこう生臭いだけで、特に問題はないだろうに。
紙だって、アドラ王国じゃ鼻をかむのに使える程度は出回ってるんだし、俺が俺自身から吐き出したものを拭くのに使ったって良いだろうに。なんの文句があるというのか。
「あんなにも美しい奥様がいらっしゃるのに、一人で何をやっているのですか!」
何をやっているって、ナニをやってるんだよ、文句あんのか。
いやさぁ、だって結婚するまで、そういうことってしたら駄目って教わったから、一人で悶々とする気持ちを吐き出していたんだけど。
それにエリアナさんのお母さんにも手を出したらいけないって言われてるしさぁ、そういう約束を破ったら良くないと思うんだよね。
そもそも、性欲に流されて、その場の快楽だけを求めるのは良くないことだって、色んな偉い人が言っているんだぜ? 誰が言っていたかは知らんけど、まぁ、そういうが社会の常識だと俺は習った気がします。
「ゴミ箱に捨てたうちの十分の一でも、奥様に出していただけたのなら、今頃は御子息の一人や二人はいたでしょうに、全くもって嘆かわしい」
いやいや、それは無理でしょう。子供ってのは生まれるまで何か月もかかるんだから、一人作ったからって、すぐに二人目とはいかないんだぜ?
しかし、なんだって、このメイドは俺に干渉してくるんですかね? 手を出してはいけないんだから、自分で自分を慰めるしかないんだし、そういう俺の気持ちを分かる努力をしろよって思う。つーか、そもそも使用人が雇い主にゴチャゴチャ言うなよ。
「貴様に俺の性生活に干渉できる権限があるのか? ゴチャゴチャと文句を言うな」
「旦那様のお部屋を掃除しているのはわたくしです! 毎日ゴミ箱の処理をさせられているのですから、文句の一つも言いたくなります!」
逆ギレかよ、こえーな。
「こんなこと、旦那様には言うまでも無いとは思いますが、あえて言わせていただきます。良いですか?
お世継ぎがいなければ、お家取り潰し、家臣は路頭に迷い、奥様がたも苦しい生活に陥るか、修道院に入れられてしまうのですよ?
世継ぎに恵まれなかった貴族家の末路は悲惨としか言いようがないのです」
いやぁ、エリアナさんとかは俺がいなくてもなんとかやっていけると思うよ。まぁ、オリアスさんとかグレアムさんが助けてくれないと厳しいところはあるだろうけどさ。
なんにせよ、そこまで心配することは無いと思うんだ。
というか、お世継ぎって言うけど、俺ってアークス家の正式な跡継ぎでもないし、俺に子供が生まれても、伯爵家は継げないんだよね? そもそも、貴族として認知されるのか?
一応、貴族の血を引いてるから、貴族とは言えるだろうけど、正式な領地も、王家に仕えて仕事をしているわけでもないのに、貴族って言っていいのか?
俺の持ち物って言えるのは、ええと……旧ヴェルマー王国領の土地くらいか? 持ってると言っても、生きている所有者がいないから、勝手に俺の物だって言っているだけなんだけどさ。
一応、ちゃんと自分の物ですって言えるように、適当な土地に俺の手下の連中を配置したりして、土地を奪いに来た奴らをぶっ殺せと命令も出してるんだけど、これでも俺の土地ですと言っては駄目なんだろうか? 世の中には分からないことばかりだぜ。
「わたくしの話をちゃんと聞いていますか?」
すまん、聞いてませんでした。つーか、なんでコイツはこんなに口うるさいんだよ。俺は母上にも殆ど叱られたことが無いから、怒られるのとか慣れてないし、嫌なんだけど。
「いや、聞いてはいたぞ。主人と仕える家の行く末を心から案じる素晴らしい使用人だと分かった。貴様のような者を雇うことができたことは幸運であったと心から思っているぞ」
何を言っていたかは良く分からないけど、そういう時はとりあえず褒めておけばいいと思うんだ。
「そのような言葉を聞きたいのではありません!」
あ、しくじってしまいましたね。これはマズいんじゃないだろうか。
「わたくしの機嫌を取りたいのなら、言葉より態度と行動で示してください! 具体的にはさっさと奥様を押し倒し、孕ませてください!」
とんでもないことを言っているんだけど、この女。なんでエリアナさんはこんな女をメイド長にしてるんでしょうか?
「俺は女をそんな風に扱いたくはないんだがな」
小さいころに読んだ本には女の人は大切にしましょうって書いてあったぜ?
大切にするってことは、女性の権利を認め、人格を持った一人の人間として尊重するってことで、男の付属物として扱ったり、召使いや欲望のはけ口にしてはいけないってことだと思うんだけど、そういうことではないんだろうか?
まぁ、俺だって、エリアナさんを見てムラムラしたりすることはあるけど、そのムラムラをその場の感情に流されて相手にぶつけるのは良くないことだと思うんだ。なので、俺は性欲に負けて女性に手を出すことはしませんよ。小さいころに読んだ『立派な人間になるために』っていう本にもそうするべきだって書かれてました。
「……そんなことを言っているから、旦那様はいつまでも童貞なのですよ」
は? 今なんて言った。
「旦那様の年齢で童貞の貴族など存在しておりません。特に学園に通えるような家柄であるならば、入学前に女を教えるというのも珍しくは無いことです。
悪い女に騙されないようにするため、そして女に溺れないようにするために女を知るのです。それなのに旦那様は今に至るまで、誰ともそういう経験が無いという。それは普通の貴族の男子ではありえないことですよ?」
いやいやいやいや、ちょっと待って欲しい。おかしくね? 絶対おかしいって! え、むしろ、おかしいのって俺なのか?
俺のクラスメイトって、俺と比べて貧弱な奴らばっかりだったんだけど、そういう奴らでも出来るもんなの? そういうのって、もっとこうハードルが高い物なんじゃないのか? なんつーか、そんな簡単にお試し感覚で出来ることなの?
「冗談だろう?」
なんか、ちょっと声が震えてきてるんだけど。つーか、何でこの女、俺が童貞だって知ってるんだ?俺は誰にも言ってないと思うんだけど……いや、言った。
間違いなく言った記憶がある。それも人前だし、グレアムさんとかしかいなかったわけじゃなくて、俺の手下も何人かいたような気がする。
「冗談ではございません。わたくし自身、旦那様にお仕えする前に仕えていた家で、その家の御子息のお相手をしたことがありますので」
えぇ、嘘でしょう。ちょっとユリアスにボコボコにされた時よりダメージが大きい感じなんですが。もう色々と耐えられないんだけど。
「巷では旦那様が不能という噂も流れておりまして、このままでは旦那様の名誉にも関わることになるかと——どうなさいました?」
「……ちょっと出かけてくる」
気分が悪いので、ちょっと外に出て風に当たろうと思います。ついてこないでくれると嬉しいし、できれば金輪際、そういう話はしないでくれると嬉しいです。
俺はズタズタになった精神状態を少しでも回復させるために、テラノ砦の中を散策する。すると、ヨゥドリが女性の冒険者に囲まれている場面に出くわした。
ヨゥドリは俺に気づくと、女性冒険者の囲みを抜けて、にこやかな笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。
「今日は休日だったのでは?」
「ちょっとな……少し付き合ってくれ」
もしかしたら、コイツもか? 確認したい気持ちが芽生えたので、俺は砦の中にある酒場にヨゥドリを誘ってみた。
「お前は、どれくらい女性経験があるんだ?」
ちょっとお酒が回ってきたタイミングで単刀直入に質問をした。すると、ちょっと困った顔をしつつも、指を折り曲げて人数を数えだす。
……一本……二本……三本……そして四本目を折り曲げようとした、その瞬間ヨゥドリは俺の顔を見て、苦笑を浮かべながら、四本目を曲げずに戻した。
「三人ですね」
「嘘を吐くな」
絶対、本当は四人以上だよ、コイツ! めっちゃムカつくんだけど! でも、気を遣ってくれたんだろうから、許そう。
「いやいや、嘘じゃないですよ。本当に四人だけです」
「さっき、三人と言わなかったか?」
そうでしたっけ? とヨゥドリは首を傾げる。なんとなくだけど、コイツは人数とか数えるのも馬鹿らしいくらい、女に手を出してると思う。こういう奴は女性を泣かせてると思うので、罰として股間の物を切り落とすべきだと思う。
わけが分からんのだけど、世の中の男にとって、女性とそういうことを致すのは食事をするのと同じくらい簡単なことなんだろうか? ちょっと世の中の風紀が乱れているのではありませんか?
「しかし、急にどうしてそんなことを聞くんです? そういうことに興味ないかと思っていたんですが」
「ちょっとな……」
「もしかして、アロルド殿が童貞であることに触れた人がいるんですか?」
なんだよ、マジでみんな知ってんのか。
「いやはや、勇気のある人がいるもんですね。そのことには触れてはいけないっていう暗黙の了解が出来ていたと思うんですが。で、その人は始末したんですか? 噂では、その話題を出した人は抹殺されると聞いていたんですが」
「その程度のことで殺すかよ」
そりゃあ、ちょっと恥ずかしいけど、それだけだしな。その恥ずかしいだって、みんなが普通に経験で来てることを経験できてないから恥ずかしいと思うだけだし、そんなに切実な問題でもないんだよね。
「その程度って言いますけど、貴族は血を繋げて、子々孫々に至るまで支配者の家系を残していくのが義務みたいな所もあるので、ただ未経験であるから童貞っていう場合ならまだしも、不能なんかが理由で童貞であるなら非常にマズいことになりますよ?」
「それならば問題は無い」
世継ぎが居なかった、お家取り潰しもありえるって話だろう? そんでもって家臣が路頭に迷うとか、そんな話はさっき聞きました。
「なら、いいんですがね。まぁ、なんにしても、さっさと捨てていいと思いますよ。後生大事にとっておくものでもないですし」
ぐぬぬ、なんだか上から目線だぞ、この野郎。ちょっとくらい経験があるからって偉そうにしていいのか? 良くない! しかし、俺が負けているのも事実なので、強気には出られない。では、この状況を覆すにはどうするべきか。それは勿論、女の子とそういうことをすればいいだけなんだけど、そういうのって俺には難しい。
「何をやってるんだい?」
困ってる俺に追い打ちをかけるようにオリアスさんとグレアムさんという、どうしようもない連中がやってきた。
俺としてはどこかに消えてほしかったのだが、ヨゥドリが何を話していたのかを説明しだしたのがマズかった。二人は興味津々といった様子で、俺達のテーブルに同席する。
「俺は数えられないくらいだねぇ」
グレアムさんには聞いてないんですけど。数えられないくらいとか言ってますけど、みんな年増とか熟女だよね? そういう独特な性癖とか女性の趣味とか聞きたくないんですけど。
「俺はちゃんと付き合ったことがあるのは三人ぐらいか?」
オリアスさんの言葉にその場にいた全員が目を丸くする。
なぜなら、このクソ野郎はもうすぐ三十代になるくせに、十代前半くらいの見た目の女の子が大好きという変態であり、娼館に行っても少女になったばかりという見た目の女の子しか抱けない狂人である。
そんな奴が女の子と付き合っていたなど犯罪の臭いしかしない。王国でも度の過ぎた少女愛は御法度なのだ。
「お前らがどんな勘違いをしているか知らねぇが、俺は大人の女でも大丈夫だぞ?」
そうですか。でも、普通の男の人はわざわざ大人の女性でも大丈夫とか言いませんよ。だって、普通に大人の女性に興奮するんだからさ。
しかし、本格的にマズいかもしれん。まさかのオリアスさんまで普通にそういうことをしてるとか信じらんないんだが。もしかして、全くそういうことができない俺が異常なのか?
そんな不安を抱きながら、俺の休日は過ぎていった。でもまぁ、夜中に自分で自分を慰めてスッキリしたら、別にどうでも良くなりました。
別に慌ててヤる必要も無いよな。要は俺が殺られなきゃいいだけの話だし。それに結婚する予定だってあるんだから、いくらでもヤる機会はあるんだし、焦る必要なんかないさ。
なんで、しばらくはそういうことをしなくてもいいだろうという結論に達しました。色々とスッキリさせたら不安もなくなったので、とりあえず、めでたしめでたしです。




