鉄道
「要するに、馬では動力として貧弱になってきたから、魔法で走らせようって結論に達したわけだ」
目の下に隈を作ったオリアスさんがドアがついた四角い箱を後ろにして説明する。
魔法で組み上げられた石材製の四角い箱の下の方には車輪がついており、その車輪はレールの上に乗っている。レールは軌道馬車の時と異なり鉄製だった。軌道馬車の時のレールは魔法で石を成型したものだったけれど、どういう理由なのか今は鉄製になっている。
「まぁ、とりあえずは見てくれ」
オリアスさんがそう言うと、四角い箱に人が乗り込んだ。乗り込んだ人の顔は何故か真っ青であった。
「よし、発進!」
その言葉と共に、四角い箱はレールの上を凄まじい速度で駆け抜け、脱線し、吹っ飛んでいった。
吹っ飛んだ箱は数十メートルほど地面を転がって、ようやく落ち着く。
「「「おおお!」」」
なんだか良く分かんねぇけど、超スゲェ! 今まで見たことがないほど速い乗り物だし、ド派手な大事故だ。その場にいた俺以外の奴らも感動していますね。ところで、箱の中は生きてるんでしょうか?
「なかなか凄い攻城兵器だねぇ。一人の犠牲で城壁も崩せそうだ」
待機していた医療班が箱の中の人を救出し、担架で運んでいくのが見える。箱に関しては魔法で組み上げればいいだけなので、壊れても惜しくないようだ。
「兵器じゃねぇよ、乗り物だ!」
いやぁ、どう見ても兵器でしょ。それとも処刑道具?
「凄い乗り物ね。これなら何処へでも行けそうだわ。特に天国なら一瞬で行けそう」
エリアナさんはニコニコしてて機嫌が良さそうだ。わざわざ鉄製のレールを用意して、試運転のコースを頑張って作ったって俺に教えてくれるくらい楽しみにしてたんだし、面白いものが見られて良かったね。
「お前らな、これでも進歩してるんだぞ? 最初の内は軌道馬車で使う石のレールを使ったら、一瞬でレールが壊れて吹っ飛んでいった。それが今じゃ……」
「……十秒は持つようになった……」
目の下に隈を作って眠そうなキリエちゃんが教えてくれました。俺の中だと十秒も一瞬の内に入るんだけど、時間の感覚ってのは人によって違うんだね。
「どう見ても速度を出し過ぎですし、もう少し減速出来ないんですか? というか、どういう魔法を付与しているのか、それを先に知りたいくらいなんですがね」
ユリアスの一件に関してはそれほど役に立っていたとは思えないヤーグさんが自分の出番だと言わんばかりに口を挟んでくる。質問されたオリアスさんは俺に何かを尋ねるような視線を向けてくる。
「ヴェルマー王国の魔法使いよ。オリアスとキリエちゃんはヤーグと協力して鉄道の開発を急いで」
エリアナさんにそう言われるとオリアスさんとキリエちゃんは願っても無いといった様子で歓迎の態度を示すと、すぐさまヤーグさんを拉致して、その場から立ち去って行った。
長生きしているヤーグさんは知識も知恵もあるだろうし、これで研究が上手く進むでしょう。
――そして二日後
「えー、とりあえず分かったんですが、速度を落とすのは無理でした。最高速度を百だとして、五十とか八十の速度は出せません。絶対に百になります」
説明するヤーグさんの背後には改良された四角い箱がある。
「以後、これを魔法で動く車、魔動車と名付けます。で、問題の速度なのですが、魔動車は仕組みとしては、車輪を動かす魔法を掛けた魔石で車輪を回して進むものです。しかしながら、現状では魔石に封じてある車輪を動かす魔法は力が制御できないので、常に最高の力を発揮してしまいます」
ヤーグさんの後ろの魔動車の後方に似たような形をした車両が取り付けられる。
「とりあえず単体では出力が大きすぎるので、その出力を無駄にしないために、後ろに車を曳かせることにしました。後ろの車の重さによって、魔動車のスピードも落ちると思われます」
前回同様、真っ青な顔をした運転手が乗り込む。
「では、発進」
ヤーグさんの合図で魔動車が発進する。魔動車はヤーグさんの言った通り、多少、速度が抑えられてレールの上を走る。しかし、カーブに差し掛かり、レールに沿って曲がろうとした瞬間に横転し、二度三度転がって止まった。
「これは恐らくレールの幅が狭いせいで安定感が足りないからでしょう。次は広いのに変えますね」
魔動車の中から運転手が運び出されるのを見ながら、ヤーグさんは改善点を述べて逃げ去った。
――更に三日後
「レールの幅を広げるついでに車体の幅を広げ、安定感を向上させています。これで、そうそう横転はしないでしょう」
ヤーグさんは自信満々である。自信があるのは良いことです。きっと良い結果が出るでしょう。と、思ったのも束の間、結果はどうなったのかというと……
「止まらないわね」
「止まらないねぇ」
「止まらんな」
俺達が見ているのは延々とレールの上を走る魔動車。たしかに横転はしないし、レールの幅に合わせて車体を広げたから、更に重量は増したし、速度も多少遅くなったので、吹っ飛んでいったりもしない。
で、成功だと思ったんだけど、俺達は気づいた。どうやって止めればいいか分からないのである。今まで、何もせずとも横転したり、脱線したりするせいで止まることを意識せずともともっていたけど、今回はそれがない。だから、止まらないし止められない。
「まぁ、魔石に込められている魔力が切れたら、魔法も切れて止まるでしょう。せっかくなんで魔石一個でどれくらい走るかのデータも取っておきたいですね」
まぁ、助けようとしても、助ける手段なんてないし危ないからね。だって、とんでもない速さでレールの上を周回してる物を止めるなんてどうすんのかって感じだし。
そうして十五分ほど眺めていたけれど、止まる気配がないので、今日はお開きということになりました。ずっと周回してるだけの魔動車を見ていられるほど俺達は暇ではないのです。
――そして、数日後
「えー、この間の魔動車について、走っていた時間は五時間で、周回数から算出した走行距離は約500km。一時間でだいたい100kmは走れる計算です」
そういう報告があったけど、俺達はいい加減ウンザリです。ハッキリ言って迷惑なんだよね。いつまでたっても完成しないものの実験に付き合わされるのはさ。
「いい加減、成果を出してもらいたいものだな」
思わず、こういうことを言っちゃうくらいには俺も面倒くさい気分になっているわけで、さっさと何とかしてほしいもんだ。
「とりあえず、前回の反省を活かし、魔動車を止める方法を考えた」
説明してくれるのはオリアスさんでした。目の下の隈は消えているが、これは寝なくても良いヤーグさんに仕事を押し付けているからだった。
「アロルドの使う〈弱化〉に似た効果の魔法が車輪に掛かる装置を取り付けてみた」
そう言ってオリアスさんは新たな魔動車をお披露目するが、外見で変わったところはない。まぁ、中の装置なんでしょうね。
紹介が終わると、運転手が魔動車の中に乗り込む。どういうわけか、今日の運転手は安心していたけれど、なんで彼は自分が安全であると確信しているのだろうか?
「では、発進」
オリアスさんの合図で魔動車が走り出す。前回同様、後ろの車両が良い重りになっているのか、スピードは脱線しない程度までに落ちている。
「よし、停車だ」
オリアスさんが手で合図をすると、魔動車の中から外の様子を見ていた運転手が停止装置を起動させる。すると……結果を伝える前によく考えてほしいんだけどさ。走っている途中で、足を引っかけられたら転ぶよね? 人間も馬も止まる時って、急停止ではなく制動を掛けながら止まると思うんだ。
まぁ、何が言いたいかと言うと、最高速で走っていた魔動車が100から0へ一瞬で速度を落とした結果、事故ったというだけだ。ただまぁ、横転じゃなく縦に転がったのは信じられないけどさ。
「こいつは凄い!」
魔動車の前輪が急停止した瞬間、車両の後部が浮き上がり、連結していた車両が外れてレールの上から落ちる。それがあってもなお、魔動車の後部は浮き上がるのを止めずに、そのままの勢いで一回転してしまった。
「見世物としては面白いな。まぁ、これも成果か」
割とマジで感動してるんだけどね。今までに無い大事故だし、スゲー興奮したよ。
「……よし! 課題は見つかったぞ!」
呆然としていたオリアスさんも気を取り直してくれました。
「もう、これで運行しちゃわない? 連結してある車両に人とか物が入ってれば、きっと浮かび上がったりしても、元に戻せるでしょ」
エリアナさんはウンザリといった感じです。あんだけ凄いものを見れたのにどうしたんでしょうかね?
止まる時は必ず急停止、ついでに一番前の車両の後部が浮き上がるくらいだから、まぁ運行しても問題ないとは思うよ。
――更に数日後
とうとう魔動車の実験には俺とエリアナさんしか見に来なくなりました。
「なんか凄くお金を無駄にしている気がするんだけど」
エリアナさんが自嘲的な笑みを浮かべています。まぁ、良い女には金がかかるからエリアナさんがお金を無駄にしようが何をしようが俺は構いませんよ。
「いや、無駄にはなっていない。ついに制動機能は完成し、同時に減速も出来るようになった」
あ、まだ改良してたんだ。そっちの方は無駄な気がするから止めようね。たまに大事故ショーを見せてくれるくらいの頑張りで良いからさ。
「へぇ、そうなの」
エリアナさんはどうでもいいって感じでお茶を飲んでいる。今日は天気が良いのでピクニックのつもりで来ているので、俺も実験はどうでもいい。
「気のない返事だが、まぁいい。とにかく見ろ」
もう発進の合図もせずに魔動車が走り出す。今日はどんな大事故をやらかしてくれるのだろうか? そう思ってみていたのだが、何も起こらなかったのでガッカリ。
普通にレールの上を走って、普通にカーブを減速して曲がり、普通に減速して停止した。どうやら、失敗のようだ。
俺は大事故ショーを見に来たというのに、これでは何をしにここに来たか分からない。金を返せと言ってやりたい気分だ。
「車輪を回す方を弱めることは出来ないが、車輪の回転を弱めるのは調整できる。ただし、装置は二十弱める、四十弱める、六十弱めるといった具合に、度合いによって複数の装置を使い分けなければいけないが、一応止めることも減速も出来るようになったぞ」
オリアスさんは自慢げにはなしているけど、俺としては面白くない。
なんか退屈だなぁと思って、再び動き出した魔動車を見ていると、減速しようとしているが止まらない様子が見える。
「あれはどうしたんだ」
「ああ、あれはだな。二十の減速から、四十の減速に行くまでに素早く装置を切り替えないと、速度が戻るんだ。まぁ、特には問題ない。運転手の練習次第でなんとでもなる」
――と言った矢先に、魔動車は脱線して横転する。
「減速を掛ける手順を間違えたんだな。まぁ、たまにはある」
うーん、もっと派手に事故るかと思ったから残念です。
「もう、これで運行しましょ。あとは運を天に任せる方向性で」
ところで思ったんだけどさ。そんなに止めたきゃ、魔石を取り外せば良くない?
ガッて止めようとするから車輪もクワッってなって、車体もガバッてなるんだから、魔動車についてる魔石を外せば魔法も止まるし、そうすりゃ後は勝手に止まると思うんだけど?
思いついたけど、言った方が良いのかな? まぁ、別に急いで伝えることでもないし、的外れな意見だったら恥ずかしいから、後でコッソリとキリエちゃん辺りに話してみようっと。




