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もう帰る

 

「実際、頑張ってると思うぜ? 俺と戦ってここまで耐えられた奴はいないんだからな」


 ユリアスは倒れた俺を何度も蹴りつける。殺すつもりで放っているとしか思えない蹴りに対して俺は体を丸めて可能な限り衝撃を防ぐ。


「ヴェルマー王国にも強い奴らはいたけど、お前ほどじゃないな。全員、俺が簡単にぶっ殺せたしな。英雄将軍に大賢者、剣聖、その他大勢、名前も忘れたが偉そうなだけの雑魚ばっかりだったぜ」


 そりゃあ、アンタからすれば大体が弱い奴になるでしょうね。


「今思い出しても、どいつもこいつもムカつく奴らだったな!」


 昔を思い出して感情的になったせいか、力加減を間違えたユリアスの蹴りは俺を大きく吹き飛ばした。これが最後の好機かもしれないと考えた俺は何か掴むものは無いかと必死で手を伸ばす。


「悪い、力加減を間違えた」


 地面に這いつくばる俺に対して投げかけられた言葉。俺は背後を振り返ると、ユリアスが余裕たっぷりの表情でロープを手にしていた。このままだと、同じようにやられるだけだ。

 俺は咄嗟の判断で〈弱化〉の魔法をユリアスに掛ける。上手く効くかどうかは分からないし、効いたとしてどれだけの効果があるのかの判断もつかないが、〈弱化〉で多少は身体能力が下がれば儲けものだ。後は俺に〈強化〉を掛ける。後は野となれ山となれだ。


「もうちょっと、ろうぜ? これで終わったらつまらないだろ?」

「ああ、そうだな。だが攻守は交代させてもらう」


 ユリアスがロープを引っ張ろうとした瞬間、俺も足首に掛けられたロープを全力でを引っ張った。〈強化〉が掛かった俺と〈弱化〉が掛かったユリアスでは、俺の方が力が強い。ロープで俺を引きずろうとしユリアスの方が俺に引きずられて、地面に倒れる。


「散々やってくれたな」


 俺は立ち上がり、足首に結ばれたロープを持ち上げる。あんだけ痛めつけられたら、俺だって仕返しをしたくなる。なので、俺はロープを振り回して、俺がやられたようにユリアスを地面や周囲にある建物の壁に叩きつけた。

 一回、二回、三回と叩きつけていくうちに、ユリアスを叩きつけた壁が崩れてユリアスが生き埋めになる。これで、多少は仕返しができたか? そんなことを思って俺はロープを引くが、どういうわけかビクともしない。ユリアスが態勢を立て直したのかと思い、〈強化〉を掛けて引っ張るが――


「鼻が折れちゃったじゃん」


 唐突に聞こえた声の方を視線を向けると、その直後に俺の腹に拳がねじ込まれる。拳を放ったのはユリアスだった。俺は苦痛に耐えながらロープの先を見ると、そこに繋がれていたのは、ただのレブナントであり、ご丁寧にユリアスの小剣を突き刺され、動かないように地面に縫い留められていた。


「お前の鼻も折ってやらないと、気が済まねぇな」


 ユリアスが俺の顔面にパンチを叩き込む。だが、耐えられないほど重いわけではないので、俺も即座に反撃する。〈強化〉を掛けた拳で俺もユリアスの顔面を殴るが、ユリアスは効いていないのか、平然と殴り返してくる。


「もう少し、お喋りしようぜ?」


 話せるか、ボケェ!って言ってやりたかったが、そんな余裕はない。ユリアスが放った軽いパンチを顔面に食らいつつ、俺はユリアスの顔に目掛けて拳を振り回すが、姿勢を低くしたユリアスが俺の懐に潜り込んで避ける。そして、俺の胴体に左右の拳で一発ずつ打撃を入れ、最後に俺の顎をかち上げるように殴り抜いた。

 流石にきつくなった俺はユリアスにタックルで組み付き、ユリアスの胴体を締め上げる。だが、ユリアスはそれに耐えながら、組み付く俺の背中に何度も肘を振り下ろしつつ、膝で俺の胴体を叩き続ける。

 なんだか、何をやっても裏目に出て、ダメージが蓄積している気がする。まぁ、気がするじゃなく実際にダメージが蓄積しているんだけどね。


「だいぶ弱ってきたな」


 ユリアスは組み付いた俺を引きはがすと、俺の顎先に左右の拳を連続して叩き込み、更に下から突き上げるようなパンチを放つ。何発も強烈な攻撃を食らっているせいで、意識が飛びそうになるが、まだ我慢できるので、俺は反撃の拳を放つ。思いっきり大振りで避けられても、おかしくない攻撃であったが、ユリアスはそれを顔面で受け止める。


「全く効かねぇ」


 ユリアスは俺の攻撃を食らっても平然とし、お返しとばかりに俺の腹に目掛けて突き上げるように拳を放つ。俺はそれを腕でガードするが、威力を防ぎきれずに、近くにあった建物の屋根まで吹っ飛ばされる。


「パンチ一発で屋根の上とか、おかしいだろうが」


 あまりに嫌になりすぎて、思わず口に出るけど、俺と同じ立場になったら誰もが泣き言を言っても仕方ないと同情してくれるはず。

 俺が嫌になってきてもユリアスの方は嫌になっていないのか、地上から屋根まで飛び上がり、そのまま屋根の上に倒れる俺の上に落下してきた。


「くたばれ」


 ユリアスが拳を握り、俺に向けて振り下ろそうとしている。それに当たれば死ぬだろうって予感がした俺は最後の手段に出る。


「まだ、くたばる歳じゃない」


 俺は残りの魔力を使い、拳を振り下ろそうしていたユリアスに向けて〈ファイア・ボール〉の魔法を放つ。もっとも、威力なんて殆どない。元々、こういう魔法は苦手だし、それ以前に今は魔法の使い過ぎで魔力が殆ど無い。そのため、まともな威力を出すことは初めから不可能。だが、それでも、不意を突かれたユリアスが拳の狙いを外すには充分だ。


「うぉっと?」


 ユリアスの拳は俺の顔の真横に振り下ろされ、俺の顔面ではなく屋根をぶち抜いた。そして、思いもがけない幸運が俺に訪れる。屋根をぶち抜いたユリアスの腕が、屋根から抜けなくなったのだ。

 反撃の機会は今しかない。俺は屋根に刺さった腕を抜こうともがくユリアスの顔面を蹴り飛ばした。その衝撃で、ユリアスの腕が屋根から抜けるが関係ない。俺は蹴られた衝撃で倒れたユリアスに馬乗りになり、その頭に拳を振り下ろす。

 〈強化〉の魔法を使う魔力も殆どないが、それでも〈強化〉の魔法を掛けた拳で、何度も何度もユリアスを殴る。


「くたばれ!」


 今度は俺がそう言って、ユリアスに全力の拳を振り下ろした。その衝撃で屋根が崩れ、俺とユリアスは共に建物の中に落ちる。普段なら、この程度の高さはなんともないが、全身のダメージのせいで体が軋む。


「やるじゃねぇか。少し効いたぜ」


 建物の中へ落ちた結果、ユリアスは馬乗り状態から解放され、俺の前に立っている。だが、その姿は先程までの平然とした物とは違い、僅かによろめいている。俺はそれを隙だと見て、殴りかかるが――


「よし、復活したぞ」


 殴りかかった俺の拳をユリアスは掴み、守りががら空きの胴体に前蹴りを叩き込んで、俺を吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた俺は建物の壁をぶち抜いて屋外へ、そこは市場であり、また最初の場所に戻ったことになる。


「いい加減、きついな」


 俺は死んだ冒険者の近くに落ちていた剣を拾い上げ、悠然と建物の中から出てくるユリアスに向けて構える。


「本気で感心するぜ。ここまで頑丈で、その上やる気が衰えない奴とか初めて見る」


 褒められても、あんまり嬉しくないなぁ。感心するような相手なら、ここまでボコボコにしなくてもいいじゃん。こんだけ殴られたら、ぶっ殺してやるっていう気持ち以外は無くなるし、お前のことなんか嫌いだってくらいしか思うことなくなっちゃうぜ。

 そんでもって、そういう気持ちになったら、ぶった斬るくらいしか俺のやるべきことが見えてこないわけで、俺はユリアスに最後の力を振り絞って斬りかかる。

 そんな俺を見てユリアスは肩を竦める。すると、どこからともなく長剣が飛来し、ユリアスの手に収まり、その剣で俺の剣を受け止める。


「こんな良い剣、お前には勿体ないぜ?」


 ユリアスの手に握られ、俺の剣を受け止めた長剣。それは俺の剣である〈鉄の玉座〉だった。無くしたと思ったら、いつの間にかユリアスが拾ってくれていたようだ。感謝の気持ちを伝えてやっても良いと思ったが――


「これ魔剣だろ? 俺が貰うわ」


 落とし物をパクられました、とんでもねぇ悪党だ。別にその剣が一番とか殆ど思ったことないけど、それでも俺の物なので盗まれるのは嫌だ。盗まれるくらいなら、へし折ってやろうかと思い、俺は握った剣の柄に力を込めるが、ユリアスの軽く払うような動作で俺が拾った剣は砕け散る。同じ拾い物なのに差がありすぎませんかね?


「良い剣だな。そうとう殺してきたのか、剣に怨念が染みついてるぜ? こういう剣は持ち主の血も吸いたがるっていうが、お前の血はどうなんだろうな?」


 いやぁ、俺は俺なりに大事にしてきたつもりなんで、剣も俺のことを大事にしてくれると思うから、俺のことは斬れないんじゃないかな? そんなことを伝えようとしたが、それを言う前にユリアスは俺に向けて剣を振るう。

 もはや、身を守る武器も、小細工ができる魔力も無い、そのうえ体力も尽きた。そういうわけで、これは流石に死んだ。だから、覚悟を決めるしかないかとも思うんだが――


「アロルド!」


 もう少し早く来てくれると良かったんだけど、まぁ来てくれただけでありがたいと思いながら、俺は俺を呼ぶ声を銃声を聞いた。ようやく、グレアム達が助けに来てくれたということだ。

 俺は銃声に気を取られたユリアスの一瞬の隙を突いて、腹に蹴りを入れ、ユリアスを後退させる。


「遅いぞ」

「すまん、場所の特定に戸惑ったのと、衛兵に邪魔された」


 俺とユリアスの間に俺を守るように立つグレアムとヒルダさん、そして冒険者たち。流石に体力の限界を迎えた俺は、その場に座り込む。そんな俺を見て回復魔法の使える冒険者が俺に治療にあたる。


「数に物を言わせて俺を殺る気かよ?」


 俺の剣を状態を確認しながらユリアスは俺たちに尋ねる。もっとも、答えはどうでも良いようで、すぐに吐き捨てるような言葉を放つ。


「――アホくさ」


 その言葉を切っ掛けに、グレアムさんとヒルダさんが動く。速さでは俺を除くとこの二人が、この場にいる奴らの中ではトップだ。しかし、その二人が迫ってもユリアスは俺の剣を眺めている。どうして、そんなに余裕なのか、その答えはすぐに分かった。

 グレアムとヒルダさんがユリアスに接近し、剣を振るおうとした瞬間、ユリアスから突風が放たれ、二人が弾き飛ばされる。

 ユリアスは続けて、剣を構える冒険者たちに対して、ゴミを払うような動作で軽く手を振ると、今度は剣を構えた冒険者たちが、突風に弾かれ建物の外壁に叩きつけられる。最後に銃を構える冒険者達にユリアスが視線を向けると、ユリアスの周囲に無数の石が現れ、それが銃を構える冒険者たちに降り注ぐ。


「魔法もそこまで使えるのかよ」

「剣聖を剣で殺し、賢者を魔法で殺し、暗殺者を闇夜に殺す。それでこそ最強と言える」


 そのために魔法も使えるようになりましったって? うーん、反則臭いぞ、この野郎。

 まぁ、魔法を使えると言っても、そこまで破壊力のあるものじゃない。なので、ユリアスの魔法を受けた冒険者たちも、立ち上がって武器を構えることは出来る。そして、俺も動ける。


「なんだ回復したか」


 回復魔法が使える冒険者がいてよかった。いなかったら、どうにもならんかったけど、いたから動ける程度には回復できた。後は、ここにいる奴ら全員でアイツを袋叩きにするだけだ。

 ユリアスは、まだ戦う気満々の俺達を眺めている。人数差にビビって降参してくれたらありがたいけど、降参したとしても、今に至るまでボコボコにされた仕返しはしたいが――


「――もういいや、帰る」


 ユリアスは俺たちに興味を無くしたように言うと、俺達に背中を向ける。すると、どこからともなく小剣が飛来し、ユリアスの腰の鞘に収まった。


「逃げるのか?」


 誰だよ、そんなことを言う馬鹿は。逃げてもらっていいじゃん。別に引き留めなくてもいいじゃん。帰ってもらった方がいいじゃん。戦わなくて済むんだから、それでいいじゃん。


「アホくさ。一対一で戦うことを諦めた時点でお前らは俺に負けてんだ。そんな奴らと戦っても、俺の最強ってのは揺らがないんだから、戦う必要が無い。俺が勝っても負けても、一対一は無理ですと諦めたお前らは既に俺に負けているわけで、俺が最強なのは変わらないんだから、改めて戦って最強を示す必要がない。故に戦う理由がない。だから、帰る」


 何を言っているか分からないんだけど、帰ってくれるならありがたいです。


「戦利品として剣は貰っていく。返してほしかったら、王都に来るんだな」


 そう言って、ユリアスは俺たちに背を向けたまま、歩き去っていった。

 正直、良く分からない結末ではあるが、ユリアスが逃げてくれた良かった良かった。あの野郎、実はビビってましたよ。いやぁ、残念だなぁ、戦っていたら俺達が勝っていたのにな。ユリアスが剣を持って行ったけど、それはアレだ。手ぶらで逃げ帰るのは可哀そうだから、俺が持たしてやったってことで。


「……追うかい?」


 グレアムさんがとんでもないことを聞いてきたんですけど、勘弁してください。正直、もうアイツには二度と会いたくないんですが。剣を返してほしかった王都に来い? それだったらあげますよって感じ。


「いや、いい」


 ユリアスを追うことよりも、もっと重要なことがあります。それはアレです。なんつーか、もうヴェルマー王国にはウンザリって感じのアレです。


「そんなことより、支度をしろ。帰る準備だ」


 なので、もう帰りましょう。一旦、ヴェルマー王国から出て、ゆっくり休むのが良いと思うんだよね。俺の体も結構ボロボロな感じがあるし、そもそも、ここまで来たら帰る予定もあったわけだしさ。後のことは後で考えるとして、今は休もうぜ。









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