屋敷の住人
町の奥に見える屋敷に向かった俺たちは特に問題もなく到着する。途中で町の衛兵とすれ違ったが、特に咎められるようなことは無かった。
「まぁ、素性の確認は町に入る前に門番が済ませてるわけだからねぇ。町の中に入ってるなら、それは問題が無いと判断された人物ってことだから、いちいち呼び止めはしないよねぇ」
そういうのって良くないと俺は思うね。もっとこう、怪しい奴だと思ったら積極的に声をかけてくべきだと思うの。まぁ、レブナントは喋れないのが多いので、声をかけるといっても無理だろうけどさ。
まぁ、そういうわけで、俺たちは誰にも咎められことなく屋敷にまで到着しました。
「思ったよりも小さいな。遠くから見たときは、もっと大きかったように感じたのだが……」
ヒルダさんが言うように屋敷は思ったよりも小さかった。町自体が大きくないわけだし仕方ないよね。でもまぁ、ボロい感じではないから悪くは無いと思う。一生の住処にするのはどうかと思うけども、別荘にするなら良い感じだとは思う。ただ、そうするにしても、今のままだと、ちょっと問題がある。
「――何かいるな」
屋敷の中に気配を感じたので呟いてみると、周囲の冒険者たちが頷き、数名が屋敷の正面玄関に無言で近づく。何をしたいのかは分からんけども、泥棒をしたいなら正面からは良くないだろうと思うし、そうでないなら、ちゃんとノックをするべきだと思う。
「礼儀正しくやれ」
一応、俺も貴族のお坊ちゃんなんで、他人様の家に上がる時の礼儀くらいはちゃんとしておかないとね。そういう俺の意図が通じたのか、冒険者は玄関を強くノックする。
間違いなく、屋敷の中にいる奴には聞こえただろうけど、屋敷の中の気配はノックが聞こえたと同時に慌ただしいものに変わった。
「ちょっと違うようだねぇ」
グレアムさんも屋敷の中の気配を察知したのか、そんなことを言った。何が違うのかは良く分からんけど、仮にレブナントだとしたら随分と機敏だよね。他のレブナントとかはドアがノックされた音に反応できるかも怪しいわけだし。
「……一匹、屋敷の中を走っています。反応はこれまでのレブナントと変わりません」
〈探知〉の魔法を使える冒険者が屋敷の中を探り、その結果を俺に報告する。
「俺達から逃げようとしているのか?」
「いえ、隠れようとしている動きです。場所は……すみません、見失いました。魔法でこちらの〈探知〉を妨害したようです」
へぇ、そんなんことが出来るレブナントもいるんだね。頭のいいレブナントもいるもんだなぁと感動しました。
「あのモーディウスというのと同じようなタイプかねぇ?」
「さぁ、どうだろうな」
そういえば、モーディウスさんもレブナントなのか。モーディウスさんのこととか、すっかり忘れてたよ。しかし、モーディウスさんと同じくらいの奴かぁ、ここに来るまでは見なかったけど、案外いるもんなんだろうか?
「とりあえず話を聞いてみたいものだな」
言葉が通じるならレブナントだからって、いきなり殺したら良くないよね。話してみて殺した方が良いんじゃね?ってなったら、殺すけど。
「突入しますか?」
「いや、なるべく綺麗なまま手に入れたい」
屋敷の中にいるレブナントじゃなく屋敷のことね。もしかしたら別荘にするかもしんないから。レブナントの方は話が出来ればいいんで、別に綺麗じゃなくてもいいんです。というわけで、屋敷を無事なまま手に入れたいんで、俺は居留守を決め込もうとしているレブナントに対して、屋敷のどこに隠れていても聞こえるくらいの大きな声で呼びかける。
「出てこい! 今すぐ出てこなければ、屋敷に火をつけるぞ!」
こう言えば出てくるでしょう。いやぁ、俺って賢いね。
しばらくすると、屋敷の中の気配が玄関に近づいてくるのを感じた。
「……えーと、どちらさま――ッ!?」
玄関のドアが開き、中のレブナントが顔を出した瞬間、玄関近くに隠れていた冒険者がレブナントに襲い掛かり、身柄を拘束した。良く分かんない相手だし、こっちの安全のためにはこういうのも仕方ないよね。じゃあ、安全が確保できたんでお話しでもしましょうか。
「――私はヤーグバール・テルベリエと申します」
縄で縛り上げられたレブナントは、さして動じる様子も無く俺達に名乗った。テルベリエと言うとモーディウスさんと同じ姓だね。奇妙な偶然もあるもんだ。それとも、テルベリエって姓の人は多いのかな。
「えー、とりあえず事情は分かりました。正直に言うと全く分からない部分が多いのですが、それは追々自分で調べるので、お気遣いなく」
グレアムさんとか冒険者連中がここに来るまでの経緯やら何やらを丁寧に教えたので、ヤーグバールさんは理解してくれたようです。物分かりが良い人は助かるね。
「皆さんのお話にあったモーディウスは私の親父でしょう。親父が無理を言ったようで、皆さんに迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
別にいいんですけどね。だって、言われるまで忘れてたしさ。そもそも、モーディウスさんに何を頼まれたんだっけ?
「貴方は随分と物分かりが良いんだねぇ、ヤーグバールさん」
「ヤーグと呼んでもらって結構です。物分かりに関しては、まぁ死んだ身でも、長くこの世に居れば、賢くなりますし、様々な物事を受け入れる度量もつくんで、大したことはないかと思いますね」
しかし、捕まえたは良いけど、何を聞けばいいんでしょうかね。話を聞くみたいな感じだったけど、いざ話を聞くにしても聞きたいことが俺は無いんだよな。
「この町に名前はあるのかい?」
「あるけど忘れました。頭を使うことが少ないので記憶容量が減少しているのです」
「ここで何をしているんだい?」
「特に何も。行くところがないので、仕方なくここに滞在しつつ、いつか人が訪れた時のために町を維持しています」
「なぜ、町の維持を?」
「この地にヴェルマー王国という国があったことを後世に残すため。それと、いつかヴェルマー王国に人が戻ってきた時の手助けになるようにです」
「町が綺麗な理由は?」
「私が命令して、整備させてました。あなた方がレブナントと呼ぶ奴らにね。面白いことに、会話は出来ないんですが、命令はできるんです」
「隠れようとした理由は?」
「長い間、まともに人に会ってないうえ、素性の知れない輩が来たんですから警戒くらいはしますよ」
「俺たちに協力する気はあるかい?」
俺は聞きたいことが無いんで、代わりにグレアムさんに聞いてもらっているんですが、なんかヤーグさんが俺に向ける視線がちょっと怖いです。
「無くはないです。いや、協力したい気はあるんですが、アークス家の末裔がトップに立つ集団はちょっと……」
「俺の血筋に何か文句でも?」
良く分からん理由で嫌われるのはちょっと納得いかないんで、これについては俺も質問します。
「無くはないですね。親父殿は詳しく言わなかったかもしれないですが、アークス家の人間はいまいち信用できないので。ああ、勘違いしないでください。能力やら何やらは全面的に信用しているんです。ただ一つ、人間性がちょっとね」
「血筋で人間性が決まるわけではないぞ」
「まぁ、そうなんですがね。しかしながら、アークス家の人間は割と問題を起こす印象があるので、血筋に問題があるのではと思うことが多々あるんです」
うーん、ご先祖様たちは一体なにをやらかしたんでしょうか。こんだけ嫌われるとか信じらんないんだけど、ちょっとは俺を見習ってほしいもんだぜ。俺は、俺の認識の範囲内だと少しの人にしか嫌われてないんだぜ? そういう俺を見習うべきだよな。
「とはいえ、そういう理由で協力しないというのも、過去を引きずってる尻の穴の小さい男のようで嫌なので、アロルド殿に協力するのも吝かではありません。ただ、私は親父殿と違って、イスターシャ家の御令嬢を擁立してのヴェルマー王国復興には乗り気ではないので、その点はご了承ください。ああ、それと自分は死ぬのは嫌です。レブナントで長生きしてるからといって、永遠の生に絶望して、死を求めてるとかは全くないので殺さないでいただけると助かります」
すまん。途中から聞いてなかったけど、なんとなく分かった。永遠の命と絶望って言っていたから、長生きしすぎて楽しくないから早く死にたいってことね。よっしゃ、用済みになったら殺してやるべきだな。可愛そうな気もするけど、それが救いなんだから仕方ないね。
「――というわけで、協力する気になったので、縄を解いてもらえると助かります。我々は痛覚やら何やらの感覚は無いのですが、気分的には良くないので」
それなら解いてやりましょうか。しかし、ヤーグさんは良く口が回るなぁ。どうしてそんなに口が回るのか聞いてみましょうか、俺もヤーグさんくらい口が回るようになりたいんでね。
「会話する相手がいなかったのに、よくもまぁそんなに口が回るものだな。誰とも会話をしないでいれば、言葉も忘れてしまいそうなものだが」
「それはまぁ、たまに会いに来る人がいますからね。あまり会いたくは無い人ですが――」
縄を解かれたヤーグさんは立ちあがり、俺に手を差し出してきたので、それに応じて俺はヤーグさんと握手する。これで協力関係は結べたってことかな? とんとん拍子に話が進むのは助かるけれど、何か嫌な予感が――
「色々と危険を冒したとしても、あのクソ野郎を始末してもらえると思えば、どんなことでも我慢できま――」
そこまで言って、ヤーグさんの言葉が途切れる。どうしたのかと思い表情を見ると、ヤーグさんは俺の背後にある窓を見て硬直していた。
「――ユリアス・アークス」
その呟きが俺の耳に届くと同時に、俺の背後からヤーグさんの顔面に短剣が飛来し、突き刺さる。
俺は即座に振り返り、短剣を放った奴の姿を見つける。そこにいたのは窓の淵に腰掛ける一人の男だった。
「どうも、ヴェルマー王国において今なお悪名高きアークス家の末裔君。同じアークス家として来訪を歓迎するぜ」




