将来的な話
俺とヒルダさんの二人きりの状況なんだけど、さてどうしたものだろうか。外からは銃声やら何やらが聞こえてくるけれど、もしかしたら俺もそっちに行った方が良かったとか、そういう感じなんでしょうか。じゃあ、ヒルダさんはここに置いていって——
「アロルド殿」
呼び止められてしまいました。これで出ていくのはマズいよね。何か用があるんだったら言ってもらいたいんだけど。
「どうした?」
俺が尋ねるとヒルダさんが困った顔になります。なんでしょうかね、呼び止めたんだから、さっさと言ってもらえると助かるんですが。それともアレですかね、俺と話すのが実は嫌とかそういうことか?
「何か気にくわないことでもあるのか?」
俺に何か問題があるなら言ってもらった方が良いね。直せるところは直す努力をしようと考えてはみるんで。まぁ、考えるだけかもしれませんけど。だって、他の人には今のままの俺の方が素敵かもしれませんし。
「いや、まぁ、なんというか……あると言えばあるんだが……」
「それは俺のことか?」
「いや、それは違うんだ。アロルド殿ことではなくてだな……」
俺のことじゃないなら、俺がどうこうすることじゃないね。なんか問題があっても、俺じゃ上手く解決できませんし。
「こういうことを口にするのが何となく恥ずかしいのだが、なんというか、その——」
はぁ、そうですか。じゃあ言わなくていいんじゃない?と言いたくなってしまったけど、女の子にそういうのは良くないって誰かが言っていたかもしれないので黙っています。
「私って役立たずではないか?」
「そうだな」
あ、思わず本音を言ってしまいました。だって、最近ドン引き顔を見せるくらいしかしていなかったような……いや、さっきレブナントって名前を付けてくれたから、充分仕事をしてるよね。いや、マジでゴメン。泣かしてしまいました。
「そうかぁ やっぱりなぁ。うん、実はなんとなく気づいていたんだ。だから、全然悲しくないぞ」
涙をこらえて笑っているけど、ズビズビと鼻を啜る音が聞こえます。なんか、罪悪感が芽生えてきたぞ。色々な奴に命乞いの涙を流させてきた時は、罪悪感なんか無かったけど、今は違う感じ。
「うん、もうこれはアレだ。実家に帰るべきだな。役立たずなんていらないだろうし、今をときめく英雄であるアロルド殿の傍にいるのは相応しくないからな。そもそも、私なんかが武の道を志したのがいけなかったんだな。剣になど、うつつを抜かさずに花嫁修業でもしておけばよかったということだな」
そうだね——というのは流石にヤバい気がします。流石に俺でも気づきますよ。しかし、なんでこんなに思い詰めてるんでしょうかね。
「誰かに何か言われたのか?」
よくよく考えると、俺が言ってたよ。でも、認めるとヤバいので誰か別の奴が言っていたということにしましょう。
——おい、どこの誰だヒルダさんに酷いことを言った奴は。ぶっ殺してやる。
「誰かに言われたというんではなくて、ただ自分が情けないんだ。もう少し役に立つと思っていたのに、役立たずだ」
いやまぁ、そんなに思いつめないくださいって感じ。よくよく考えてみてほしいんだけどさ。
「役に立ってはいないかもしれないが、足を引っ張っているわけではないんだ、そんなに思いつめることもないだろう」
成果をあげたり、貢献が明らかだったりしないと、働いてないみたいな風潮は良くないと思うの。別にいいじゃない、ただいるだけでもさ。足を引っ張ってマイナスにするよりかは、プラスもなければマイナスもないゼロの奴の方が良いと思うよ。
「あまり慰めになってないんだが」
「別に慰めようとしているわけではない。事実を言っているだけだ」
あんまり役に立ってないけど、気にするなっていう話をしたいだけです。で、その話についてなんだけど——
「そもそも、現在の所ヒルダは見習いも同然であり、経験がないのだから役に立つか立たないかを論ずる段階にない。未経験の者が役に立たないのは当然だが、ある程度の経験を経てなお足を引っ張るのであれば、俺も本当に役立たずと判断する他ない」
「うーん……」
ヒルダさんが俺の言葉に唸っています。納得がいってないのか、そうでもないのか。俺には判断がつきません。
まぁ、納得いってなくても、こっちはあっちこっちに行って魔物退治やったり戦争やったりしながら、大変な思いで今の手際の良さを身に着けたわけで、それをヒルダさんがいきなりできたとしたら、こっちが無能だったかのかって感じになるから、できなくて当然であって欲しいと思ったり思わなかったり。
「仮に、経験を積んでもマトモな働きが出来なかったとしても、それはヒルダに合った仕事を任せていないことが原因かもしれないのだから、責めるようなことはせずにヒルダに向いている仕事を探すだけだ」
適材適所って感じだね。探せばヒルダさんに向いてる仕事だってあるよ。何が向いてるかは俺には分からんけど、エリアナさん辺りが割り振ってくれるでしょう。
仮に仕事無くても、俺のお嫁さんになるんだから良いじゃない、働かなくてもさ。……と言うのはなんか良くなさそうなので黙っていますけど、まぁアレです。
「冒険者としては役に立っていなくても、一緒に来てくれているだけで俺の心が安らぐ。なので、少なくとも俺の役には立っているわけだが、それだけでは不満か?」
エリアナさんとかは馬に乗って俺についてくるとかできないから、ヒルダさんが一緒に来てくれているのは有難いのは確かなんだよね。綺麗な女性を見ていると目の保養になって精神の安定が保てるんで、そういう点ではヒルダさんの存在は俺にとっては大きいわけです。
「い、いや……不満ではないが、なんというか……その……」
俺が見つめるとヒルダさんが俺から顔を背けます。そういうことされると、顔が見えないので、俺はヒルダさんの顎に優しく手を添えて、俺の方に顔を向けさせる。
「あ、アロルド殿っ?」
「なんだ?」
うーん、やっぱり美人さんだね。物語に出てくるような女騎士って感じのキリッとした顔だけど、表情が良く動くせいで、堅い印象がないのが良いよね。まぁ、堅物でも好みだけどさ。
「わ、私の、し仕事と言ったが、こ、これもわた、私のしごとなのか!?」
「そうだな」
俺の精神衛生のために大人しく顔を見せてくれるっていうのも仕事だよね。
「そ、そうか、そうか!? わかった! 女は度胸! よ、よっしゃ来い!」
ヒルダさんが自分に気合いを入れ始めると同時に酒場の入り口がノックがされる。
「入って良いぞ」
「いや、待って!?」
別に俺はエリアナさんの顎をクイっとしながら、その顔を見つめているだけなんで、入ってこられても困らないわけです。
「だいたい掃除が済んだんだけど——なんだ、お楽しみ中か」
グレアムさんが入ってくるなり、俺たちを見て、しくじったという顔をする。
「もう少し時間を潰してきた方が良かったかな?」
「いや、結構だ!」
ヒルダさんが俺の手を払って立ち上がる。もう少し見ていたかったような気もするけれど、充分に満足はしているので別に構わない。
「と、とにかく、私もやるべきことをやらないとな、うん。まずは冒険者――というか、アロルド殿の配下としての任務に慣れていかないといけないということだな!」
そんなことを言ってヒルダさんは酒場の外へと慌てた様子で出て行ってしまいました。
「エリアナだったら、俺に失せろって言うんだろうけどねぇ。まぁ、性格の違いは仕方ないかねぇ」
代わって、グレアムさんが椅子に座り、俺とお話しをしたいような雰囲気を出しています。まぁ、話しをするくらいは別に構わないんで、俺も応じるような雰囲気を出しておきます。
「――まぁ、ヒルダのことは置いといて。二人きりだし、良い機会だから聞いておきたいんだが——」
グレアムさんは世間話をするような調子で俺に聞く。
「――いつ反乱を起こすんだ?」
反乱? なんの話をしているのか分からないんですがね。でもまぁ、何も分かってない馬鹿だと思われるのも嫌なんで、意味深に微笑んでみます。なんか考えてたり隠してる感じを出すにはこれが一番だね。
「別に今の状況が嫌ってわけでもないんだけどねぇ。ただ、アロルド君がその気になって命令すれば、簡単に決着をつけられるんだし、こんなところで時間を潰してるのもどうかと思うんだよねぇ」
「俺にどんな命令を期待してるんだ?」
良く分からないので質問したら、グレアムさんは肩をすくめる。この野郎、はっきり言わねぇつもりかと、俺がイライラしそうになるとグレアムさんは——
「アドラ王家を潰せって命令さ」
はぁ? 何を言ってんのかね、この人はさ。
「もう隠す必要もないじゃないか。反乱を起こせば間違いなくアロルド君が勝つぜ?」
「その根拠は?」
「まず、冒険者ギルドっていうアロルド君の命令で動く兵がいる。王国の西部と南部の大多数の貴族はアロルド君の味方だ。従わない貴族でもアロルド君と敵対はしないさ、散々怖がらせたからね」
まぁ、戦争したり、お金を貸してあげたり色々してあげてますからね。ついでに、俺と仲良くしたくない奴らはイジメたりもした記憶があったりなかったり。
「戦争をやって恩を売ってきたから、不義理を働く輩も少ないだろう。ついでに西と南の大公家は精神的にもアロルド君の下についてるから逆らわない。彼らにとってはアロルド君の方が王家より優先順位が上だからねぇ」
まぁ、オレイバルガスの所の兄弟は俺の言うことなら何でも聞きそうだし、俺もあいつらに命令をするのって抵抗ないんだよね。正直、エリアナさんに頼み事するほうが百倍くらい気を遣うし。
コーネリウスさんとは仲良しだから、別に下についてもらってる感じはないかな。ただ、困ったことがあると俺に手紙を出してきたりするのは良くないと思う。大人なんだから、自分のことは自分でやれよって感じ。
「東のケイネンハイム大公は味方にはならないけれど、敵にもならないから問題は無いね」
あの人は自分の所だけ良ければ、後はどうでもいいって人だからね。たまに噂を聞くけど、最近だと東部はアドラ王国っていうよりも、ケイネンハイム王国みたいな状況らしいんだよね。地元で滅茶苦茶調子に乗れるなら、他所にはいかないのも仕方ないね。
「王妃が北の大公家の生まれだから、北部は王家の味方かもしれないけれど、取るに足らない相手だ。戦力的には正面から王家に喧嘩を売っても勝てる算段はある」
「解説どうも。で、結局、俺にどうして欲しいんだ」
色々と俺が勝てるみたいな話をしてくれてたけど、だから何なんですかって感じ。結論を言ってくれよ、結論をさぁ。
「簡単な話さ——さっさと王家をぶっ潰して、王になれよ」
はぁ、そういうことですか。……なんか勘違いしてるやつらが多いなぁ。これはハッキリ言わないと駄目かな。
「断る」
だって、俺って王様が嫌いなわけじゃないし、恨みがあるわけでもないので、王家を潰す気にはならないな。
多少ムカつくことはあるけど、俺だって相手をムカつかせてるかもしれないから、それを理由に殺すっていうのちょっと乱暴すぎて怖いです。ムカつくから殺してたら、俺にムカついた奴に殺されちゃうし、そういう感情的なのは良くないと思うのだ。
あと、王になるってのもね。贅沢な暮らしができるっていうのは良いけど、それのためだけに王様を殺して地位を奪うってのもなぁ。多少、恨みつらみがあればできるのかもしれないけど、全く恨みもない奴を欲のためだけに殺すのはちょっとね。
「そうか」
グレアムさんは俺の返事に頷く。なんか、思いのほかアッサリと引き下がったので拍子抜けです。
「構わんのか?」
「まぁ、アロルド君が嫌って言うなら、それに従うだけだからね。だって、俺ってアロルド君の家臣だしねぇ」
「家臣?」
「だって、そうだろう? どのみち、この地を手に入れたらアロルド君は王様なんだ。山を越えてアドラ王家がアロルド君に命令を出すのは難しいんだし、この地はアロルド君が自由にできるんだから、王様って言っていいだろ? そしたら、アロルド君の手下連中はアロルド王の家臣であり、俺も例外じゃないってわけ」
はぇー、言われてみればそうですね。そういやそうか、アドラ王国は山脈の向こう側だし、こっち側には干渉しにくいから、俺が好き勝手やっても何にも言われないし、言われても無視して問題ないのね。なるほどなぁ、今まで気づかんかったぜ。つーか、王様になっちゃうのか、俺? なんか良く分からんけどさ。
「そういうような話をエリアナがしていてね。それをネタにケイネンハイム大公から融資を引き出そうとか、人を集めようとか色々と工作しているようだよ」
マジかぁ、全然そんな話は無かったんだけど、やめてくんないかなぁ、そういうの。だって、派手に宣伝して王様になれなかったら、恥ずかしいじゃん。
別に王様になりたいわけじゃないけど、恥をかかないためには頑張って征服していくしかないんかなぁ。うわぁ、なんか面倒くさくなってきちゃったぞ。




