昔日の人
「まぁ、行ってやっても良いだろう」
俺はモーディウスとかいう人の言うことに従って、野営地に行くことにしました。
一応、エリアナさんもついてくるってことになったんで、細かい話はエリアナさん憶えていてもらうことにします。後、俺が戻るのが遅いように感じたらグレアムさんとオリアスさんが問答無用で攻め込む手筈にいつの間にか決まっていたりで、何かあった時の対策は俺は把握していないけれど大丈夫でしょう。
なので、安心して敵地っぽい所に乗り込めるわけです。
「こちらになります」
そう言われてモーディウスさんに案内された彼らの野営地はなんというか、まぁなんというかって感じだった。ホントになんというかって感じで、まぁなんというか言葉にしづらい。なにせ――
「無意味なことをしているな」
料理番らしき兵士はひたすらに何も入っていない鍋をかき混ぜているし、配膳係らしい奴は料理なんか何もないにも関わらず器に盛りつける動作だけを繰り返していて、その何も乗っていない皿を受け取るために列に並んでる奴もいる。
座って食事している風な奴らもいるけれど、器の中には何も入っておらず、スプーンなんかの食器を動かしてるだけだった。
「あれは一番酷い状態の者たちでして。他の者たちは――」
モーディウスさんがそんなことを言うけれども、俺の見る限り全員が酷いと思うけどな。
野営地にいる奴らの殆どが意味のないことをしてるようにしか見えないしさ。
「なんだか気味が悪いわね」
そうっすかね?
別に俺はそう思わないけど。だって、アレじゃん。
よくさぁ、広場とかで芸人やってる大道芸に似たようなのあるじゃんか。
えーと、パントマイムだっけ? そんな感じの奴にそっくりだと思えば別に何とも思わなくね?
「まぁこいつらが普通でないのは分かった。だが、こんな奴らを見せるだけで終わりなのか?」
パントマイムが上手で凄いとは思うけども、さほど面白い物ではないのでこれで終わりなら、さっさと帰りたいんですけど、でもってつまんない物を見せてくれたお礼替わりで、お前ら殲滅すんぞ。
「ええ、見せるものはこれ以上はありませんが、何が原因でこうなったかをお話ししますのでこちらへどうぞ」
モーディウスさんはそう言って、俺とエリアナさんを野営地で一番大きい天幕の内へと案内する。
多分だけれども、モーディウスさんの住居なんだろう。中に入ってみると若干だが生活感があった。
「飲み物は出せないのが心苦しいのですが、ご容赦いただけると助かります」
えー容赦しねぇよ。俺は喉が渇いてんだけど。
「我々は飲食物を口にしませんので蓄えが無いのです」
じゃあ、しょうがないね。無い物を出せって言ってもどうしようもないだろうし、我慢しましょう。
つーか、飲み食いしなくて平気とか便利な体だなぁ。俺もそういう体になりたいぜ。
「何も食べなくても生きていけるの?」
エリアナさんのモーディウスさんを見る眼がちょっと穏やかじゃない感じ。
別に生きていけると思うんだけど、何が変なんですかね。俺だって二日くらいだったら何も食べなくても生きていけるし、そんなにおかしいことだとは思わないんだが。それとは何か違うんだろうか?
「そういう存在になったのですよ我々は。お二方には我々がどんな存在かを知ってもらう方が良いようですね」
モーディウスさんは俺とエリアナさんに椅子に座るように促すと自分も椅子に座り、語り始める。
「先ほども言いましたが、我々はこのガルデナ山脈の西にあるヴェルマー王国という国の兵でした」
「ヴァディス王国ではなく?」
「それはヴェルマー王国の前に存在していた国ですな。我々が生きていた時代から数百年以上も昔にあった国なので私は詳しく知らないため何もお教えできるようなことはありませんが」
「ならいい。話を続けてくれ」
エイジ君の知識は当てにならんなぁ。
まぁそんなに期待もしていなかったから別に間違えていようと構わんのだけどね。
「では、我々がヴェルマー王国の人間であるということはお伝えしましたが、おそらく今はもうその国は無いでしょう。お二人を見ればそれは察することが出来ます」
「察するとは言うけれど、私たちを見て何が分かるというのかしら?」
「過ぎていった時間ですよ」
はぁ、そうですか。
そういうもったいぶった物言いは必要ないんで、さっさと本題を話していただけませんかね?
正直、面倒くさいとしか思えない状態だし。
「あなた方を見て、私たちの時代はとうの昔に過ぎ去ったことが分かります。それはお二人がヴェルマー王国の名を知らなかったことからも明らか。つかぬことを伺いますが、お二人の国はなんというお名前でしょうか?」
なんとなく寂しそうな感じでモーディウスさんは言うけれど、何が言いたいのか俺にはさっぱりです。
まぁ、それはそれとして、俺の住んでいる国の名前くらいは教えて欲しいみたいだから、何を言っているのか良く分からない相手でも意地悪をしないで教えてあげましょう。
「アドラ王国だ」
そう言った瞬間、モーディウスさんの目つきが鋭くなり、全身から殺気があふれ出す。
俺たちの方に殺気が向いているわけではないから別に無視しても大丈夫だろう。
「アドラと申しましたかな。もしや、アドラ家の者が王を僭称していると、そういうことですかな?」
「ああ、王家はアドラ姓だな」
「それはそれは――」
モーディウスさんはフッと殺気を消して穏やかに笑うと――
「これは皆殺しにせねばなりませんなぁ」
物騒なことを言っているけれど笑っているし冗談かね。あんまりおもしろくないからやめてほしいもんだ。
「これは失敬。物騒なことを思わず口走ってしまいました」
「構わないけれど、何を怒っているのかしら?」
あら、怒ってんの?
俺が見た感じだと笑ってるんだけど、これ怒ってるんだ。笑いながら怒るとか器用だね。
まぁモーディウスさんが器用なのは良いとして、怒っていても構わないって凄いね、エリアナさん。俺は人前でキレる人とかとは絶対に話したくないんだけども。
ちょっと話をしたくらいでプッツンするような人とか正気か怪しいし、正気じゃない人と話してると俺も正気を保てなくなりそうだから、話したくないんだけどな。
「それはアドラ家の不義理についてでして、あの恥知らずな一族が私の頼みも無視して、山脈の向こう側に自分の国を築いたというのが許せずに取り乱してしまいました」
なんだ約束を破ったのか。俺と比べると駄目な奴がいたもんだな。
俺は約束を破ったことが無いぞ。そもそも何を約束していたか忘れちまうしな。
「その話を聞く限りだと、貴方たちは何百年も前の時代の人たちみたいね」
なんでそうなるんですかね?
できれば、そうなる理由を俺にも説明して欲しいけど、なんだか俺以外の人はみんな理解しているみたいだから、この状況で教えてって言うのも恥ずかしいから黙っていよう。
「正確な時代が判断できないのがもどかしい限りですが、それは間違いないでしょうな」
つまりは大昔の人ってことか、随分と長生きだね。
もしかしたら俺も長生きできるかもしんないけど、長く生きた所でやりたいことがあるわけでもないし、あんまり興味ないなぁ。
「私も起きていたならば、月日を数えることも出来ていたのですが、なにぶん数週間ほど前に目を覚ましたばかりでして。どうやら、それまで私を含め、意識のハッキリしている者たちは眠りについていたようです」
「何百年も眠っていて、数週間前に目を覚ましたということ?」
エリアナさんが尋ねると、モーディウスさんが頷く。
どうやら長生きの秘訣は良く寝ることのようだ。とはいえ、数百年も寝てるのは俺は無理だなぁ。
つまり、俺に長生きは無理ってことか。まぁ長生きしようって気もないから別にいいけど。
「何が切っ掛けで目を覚ましたのか分かる?」
「おそらくは山脈の中ほどに貴方がたが差し掛かったせいでしょうな。ヴェルマー王国への侵入者であると感知したから我々が目を覚まし、一部の者たちが貴方がたに襲い掛かったのでしょう」
山歩きをしてたら、誰かの家の敷地内に入ってしまったということか。まぁ、それなら襲ってくるのも仕方ないね。踏み入っただけじゃなく、やたらめったら切り開いたり道造ったりしていたわけだし、怒るのも無理ないかな。
「ちょっと待って欲しいんだけど、侵入者が入ったら目覚めて襲い掛かって来るとか、それって人間なのかしら。というか話が通じるからなるべく気にしないようにしていたけれど、そもそもの話、あなた達って何者なの?」
細かいことを気にするんだなぁ、エリアナさん。
俺は別に気にならないんだけどな。俺達に対して敵意があるわけでもないんだから、別に放っておいても良いよ。
「何者と言われましても、私はヴェルマー王国の将軍であるモーディウスとしか答えようがないのです。ただまぁ、おそらく人間ではなくなっているでしょうな」
そんなことを言いながら、モーディウスさんはおもむろにナイフを抜くと、それを自分の掌に突き刺した。
エリアナさんが、その動きにビクッとするけども、攻撃されたわけでもないんだし、そんなに驚くことじゃないよね。
「ご婦人には刺激が強かったようですが、ご安心を。この通り、手には穴が開いただけで何ともありません」
そう言いながらモーディウスさんは手に刺さったナイフを引き抜くと傷跡を俺達に見せてくる。
そうして見せられた傷跡からは血が流れるような様子もなく、ただナイフが刺さった跡だけがあった。
「アンデッドに近いな」
ゾンビとかそれと似た奴をぶち殺しまわってると良く見る傷跡だ。
オリアスさん曰く体液が流れている量が多いほど、アンデッドとしては出来が悪いらしく、生を捨てているのに生の象徴の一つである血液が流れているのはアンデッドとして不完全だとか何とか。で、その話を思い出したうえで見るとモーディウスさんはかなり出来が良いアンデッドのようだ。
「ええ、おそらくはアンデッドでしょう」
「自我があるアンデッドとかいるの?」
エリアナさんが若干怯えているけども、何が怖いんですかね?
モーディウスさんはゾンビかもしれないけど、話聞いてる限りではオリアスさんとかグレアムさんとか、セイリオスとかに比べると話が分かりやすいし、人間としては上等に見えるし怖くもなんともないと思うんだけど。
「ヴェルマー王国では自我を持ったアンデッドの研究は行われていたので、まぁそれを考えればおかしなことではないでしょうな」
「なんだか突拍子もない話ね」
「ですが現実として我々は何百年もの時を経た今も自我を保ったまま、この地におります。こればかりは受け入れてもらう他はないですな」
「まぁ、事実として貴方たちが普通の人間でないのは分かったから、それは受け入れるわ。で、それを受け入れた上で聞きたいのだけれど、貴方たちは何者? そもそもヴェルマー王国ってなんなのかしら? それに私を姫様という理由と、どうして貴方たちがここにいるのか。それを教えてもらわないと私としては貴方たちをアンデッドであることは受け入れられるけれど、存在は受け入れることは出来ないわね」
そういや肝心なことを何も聞いてないわな。
まぁ、俺はたいして興味ないし、どうでもいいんだけどもね。
攻撃してきそうな気配は無いから放っておいても害はないだろうし、そういう奴らと積極的に関わる理由も無いしさ。
「それは当然でしょうな。無論我々としても、それらの事柄についてはお伝えするつもりでおりました」
長くなりそうな話なら遠慮したいんだけどな。
「まずは何から話すべきか。まずはヴェルマー王国についてお話ししましょう――」
そう言ってモーディウスさんはゆっくりと口を開き、話し始める。
俺としてはあんまり興味ある話題ではないんだけど、エリアナさんが聞く気満々だから聞くしかないわな。
まぁ、聞いているフリをしましょう。
別に話を聞いたからって俺の行動が変化するわけでもないし、聞いても効かなくてもどっちでも同じなら、労力が少ない方を選びますよ、俺はね。




