野営地
「襲われないのは分かったけれど、このまま行くのかしら?」
それは俺も思いましたエリアナさん。
俺は輿に乗ったエリアナさんから視線を移し、俺達に何も言わずついてくる奴らを見る。
結局の所、まともに言葉を交わせないのしかおらず、話が出来ても意味の分からない言葉を羅列するだけで会話にならないから、どういう素性なのかはさっぱり分からなかった。
素性が分からないなら、もう消えてもらっていいんだが、俺達が進むとエリアナさんを追ってなのかいつまでもついてくる。
「まぁ、役には立つから良いだろう」
自分で考えることは出来ないけれども命令を出せば従ってくれるので使いようがあるのが救いだな。
それにメシを食わなくても大丈夫みたいだから、普通に冒険者を働かせるより安上がりといえば安上がりなのも助かる所ではある。
まぁ、命令を出す際にエリアナさんがコイツに従えって毎回言わないと駄目なのが面倒くさいけども。
とはいえ、エリアナさんがそう言いさえすれば、後は誰が指示を出しても言うことを聞いてくれるから、そこまで大変ではないけどさ。
ただ、俺のそばには近づけないで欲しいかな。なんていうか生きてるのか死んでるのか分からなくて気持ち悪い連中だし。
とまぁ、そんなこんなで俺達は使い潰しても罪悪感が湧かない労働力を得たので、それを使ってガルデナ山脈を西へ西へと進んでいる次第です。
ツヴェルの町から続いている道づくりも労働力が増えたので問題なく進み中らしい。でもって、軌道馬車だっけか?線路の上を走る馬車に関しても、線路の延長作業は滞りなく進んでるみたい。
なんで伝聞みたいなのかというと、あんまり興味も無いので他の人に任せてるから、線路に関してはメーゼルとかいう冒険者が頑張ってるみたいだから、俺が何か言うことも無いしさ。
「思ったよりも楽だな」
色々と皆が取り計らってくれてるので、山歩きをしながら、そんなことを呟いてしまう程度には楽な状況にはなっている。つっても、何処に向かってるかは分からんのだよね。
なんか俺が先頭になって歩いているんだけど俺は道が分からないんだし、こういう場合って他の人が先導するべきなんじゃなかろうか。どうして誰も先頭に立たないんだろうかね?
俺は道案内に自信が無いって感じを堂々と自信を持った態度で示しているんだけど、どうして誰も察してくれないのか。
とりあえず、誰も何も言ってくれないんで西へ西へと向かっているんだけど、このままだと迷いそうな気もするんだがね。どうして、俺の後ろをついてくる奴らは俺に頼る感じになっているんだろうか?
「あの、自信があるのは分かるんですけど、何処に向かってるか教えてもらえませんか?」
ジーク君が尋ねてきた。
そんなの俺にも知らんよ。俺たちは一体どこに向かっているんだろうか?
とはいえ、そもそも人生というもの自体が進むべき道のハッキリと分かるものではないし、それを考えたら俺がどこへ向かうのか分からなくても、それは仕方がないのではないだろうか。
まぁ、それはそれとして分からないとか言うのは恥ずかしいから、分かってるふりをしよう。
「何処に向かっているか? 目的地に決まっているだろう」
目的地ってどこなんでしょうね?
俺には分からんのだけど、ジーク君には分かるだろうか? まぁ分からないだろうけど。
「その目的地が知りたいんですけど……」
なんか言ってるけど無視。
だって、聞かれても答えられないことなんだもん仕方ないね。
そうして、ジーク君を無視して進んでいると不意に靴底に今までと違った感触を覚えた。
俺は立ち止まり足元を見る。足元には何もなかったが、変な物を踏んだという感触ではなかったので別におかしくもない。俺は感触の原因を探るために足元の地面を軽く掘り起こす。
すると出てきたのは――
「石畳ですね」
「そうだな」
石畳の上に土が積もって隠れていたってことかね。
まぁ、石畳くらいは俺達も道を造りながら進んでいるから見慣れてるし別に不思議な物でもないな。
「もしかして、ここって昔は人の往来があったんじゃ?」
そりゃ人くらい通るだろ。現に俺達だって通ってるわけだしな。
何年位前かは知らんけど、昔の人も頑張って道を造って、ここを通っていてもおかしくは無いんじゃね?
魔物いっぱい出るけど、別に出会ったら即死するって魔物はいなかったしそんなに危ない所でもない気がするしさ。
「もういいだろう。行くぞ」
ジーク君は石畳を見て何か考え込んでいるようだけど、そんなに考えなきゃいけないほど難しいことなんてあっただろうか?
俺達は昔に誰かが造った道を通っているってだけの話だろうに。
「いや、このまま進んで大丈夫なんですか?」
なんか言ってるけど無視して俺達は進む。
別に問題は無いと思うな。だって、明らかに人の手が入った道になっているしさ。
そうして、俺と俺の後ろをついて歩く冒険者達はそのまま大昔に人の手が入ったらしき道に沿って進み。そして――
「これって、もしかして――」
道を進んだ先にあった光景。それを目の当たりジーク君はその光景に目を見開いている。
だけど、そんなに変な光景かね。ジーク君だって見慣れてるとは思うんだけどな。だって、ただの――
「野営地だな」
道の先にあったのは野営地であり、そこにいたのは俺達に襲い掛かってきた、今では俺達の言うことを聞くようになった連中。そいつらと同じ装備を身にまとった奴らがたむろしていた。
「いや、なんで奴らがこんなっていうか、奴らは何を?」
何をって言われてもね。見ればわかると思うけど、普通に生活してるよ。
なんか全体的に動作がおかしいけれど、見える範囲内では普通の生活をしてる感じだ。
「どうするんですか?」
どうするって言われてもね。
ちょっと後ろにエリアナさんがいるから、エリアナさんを呼んできて説得を――ってのは無理そうだね。なんか囲まれてるみたいだし、エリアナさんに危ない所へ来られても嫌だしな。
野営地にいる奴らと全く関係ない奴らが数十人って所だろうか。それくらいの数が俺達を取り囲んで監視しているようだけど、さてどうしたものか。
「戦ってやっても良いんだがな」
ちょっと隊列が間延びしちゃって後ろの奴らと分断されちゃってるから数が不安だけど、こっちの方が間違いなく多いんだよな。戦ったら勝てるとは思うんだけど――
「こっちに気付いたかもしれませんよ?」
ジーク君の声に釣られて野営地の方を見ると何やら慌ただしい動きを目にした。
つっても、野営地にいる奴らの大多数は何をやっているんだか分からない動きをしているだけで、一部の奴が野営地から出撃する準備をしているくらいか。
「武器を構えさせろ」
襲われたら怖いし、襲われる前に襲った方が良いと思うんでそういう方向性で行こうとジーク君に話しかける。
ジーク君が慌てて俺の後ろについてきている冒険者連中にそのことを伝えに行くと、それと入れ違いにエリアナさんがやって来た。
「どうして止まってるのかしら――ってアレは何かしら?」
後ろからやって来たエリアナさんが状況を理解する。
前へ来られても危ないだけだからやめてほしいんだけど、来てしまったもんはしょうがない。
「さぁな。俺には分からん」
俺とエリアナさんがぼんやりと野営地を遠目に眺めていると、野営地のから武装した一群が俺達の方へと向かってくる。
向こうの殺る気がどんなもんかは分からんけど、こっちはいつでも殺る気満々なんで、いつでもかかってこいって感じ。むしろ、こっちから仕掛けてやっても良いかもしれんね。
「ねぇ、ここって危なくないかしら?」
「俺の近くが危ないと思うか?」
危ないと思うんで後ろに下がって欲しいんだけどね。でもまぁ、今下がろうとすると突進決めてやろうとしてる冒険者の邪魔になりそうな気もするけど、どうすんだろうか?
「むしろ安心ね。じゃあ、私はアロルド君の傍にいるわ」
それは俺が困るような気がすんだけど、俺の都合はどうなるんでしょうかね。
まぁ、別にエリアナさんがいるからって不利になるようなことは無いと思うけどさ。
段々と野営地から向かってくる一群が俺達に近づいてくる。
それに合わせて、俺の後ろの冒険者連中の戦意も高まっている。
俺的には後ろに気持ちが昂っている奴らがいるのは暑苦しくて敵わんので、さっさとどっか行って欲しい気分っつーことで命令を出す。命令は勿論――
「突げ――」
「お待ちくだされ! こちらに戦う意思は御座いません!」
何か声が聞こえて俺の命令が遮られたんですけど。
誰の声か良く分からんし空耳の気もするんで気にせずに、もう一回行っとくか?
「アロルド君、なんか来るけど?」
そうだね。なんか一人飛び出してこっちに向かってくる奴がいるね。
でも、一人くらい飛び出してきても問題なく踏みつぶせるから、やっちまえるぜ。
というわけで、突げ――
「話くらい聞いてあげたら?」
そうだね。話くらい聞いてやるか。
なんか必死な感じだし、そういう相手を問答無用に殺そうとか考える奴って頭おかしいよね。もっと寛容な精神をもって人と関わろうぜ。
「武器を捨てて、こちらに来い」
俺が呼びかけると、飛び出してきた男は腰に帯びていた剣を放り捨てて、俺達の方に近づいてくる。
丸腰で向かってくるとは良い度胸だね。まぁ、俺だって、それくらいは簡単に出来るから尊敬はしないけども。
「思ったよりは年寄りだな」
近づいてくる奴は初老の男だった。
装備は古ぼけて錆が浮いているが、遠目で見てもハッキリと質の良さが分かる。
「指揮官みたいね」
エリアナさんがそんなことを言ったけれど、どこから判断したんだろうね?
俺には良く分かんねぇや。まぁ分かんなくても、俺以外の分かる人から教えてもらえば良いだけだから困らないし、別にどうでもいいことだね。
「私の言葉を聞き届けていただき、感謝の言葉もありません」
初老の男は俺とエリアナさんの前に着くなり、いきなり跪き、そう言った。
感謝の言葉が出ないほど感謝してても、感謝の言葉はいっぱい言った方が良いと思うよ。
やっぱ、言葉を重ねるってことは重要だし、心でどう思っているかなんて分かんないだし、何らかの形で示す方が誠実な感じがしません?
「頭を下げる前に言うべきことがあると思うんだがな」
俺がそう言うと初老の男は顔を上げ、俺を見る。
「これは失礼をいたしました。私はモーディウス・テルベリエと申します。不肖の身なれどヴェルマー王国にて将軍の座の末席を汚していた者でございます」
「ヴェルマー王国とは聞いたことが無いな」
エイジ君がヴァディス王国って言っていたのは聞いたことがあるけど、ヴェルマー王国なんてのは聞いたことが無いんだけど、どういうことなんですかね。
まぁ、そもそもの話として俺は地理とか知らんし国名もアドラ王国とイグニス帝国くらいしか分からないから、それ以外の国の名前を出されても分からないんだよね。
というわけで、物知りのエリアナさんはどうなんでしょうと、ちょっとエリアナさんの方を見るとエリアナさんは肩を竦めて見せているだけで良く分からん。口で言っても貰わんと俺は分かんないんだけど。
「それは仕方ないことでしょう。そのことについて詳しくお話ししたいのですが――」
「それ以外にも貴方たちが何なのかを教えてもらえると助かるんだけど、それについても当然、説明してもらえるのよね?」
ああ、あの良く分からん奴らね。
このモーディウスって人はちゃんと喋れてるけど、おそらくアイツらと同類だろうしな。
できれば、そのこともちゃんと教えてもらえると助かる人は多いんじゃないかな。
俺はさして困ってるわけではないから、別に教えてもらわなくても平気だけど。
「それは勿論。ですが、そのことを説明するに辺り、皆様には我々の拠点へお越しいただきたいのですが。如何でしょうか?」
「お前らの野営地に俺達が足を運べというのか?」
俺としては出来るだけ汚い所には行きたくないし、知らない人の住処に行くってのも抵抗があるんだけど、そういう俺の心情はこの場合どうなるんですかね?
まぁ、エリアナさんが行きたいって言うなら行ってもいいんじゃないとは思うし、その時に俺にもついて来いって言ってきたらついていくだろうけども。
「納得いただけないのは承知の上ですが、どうかご理解頂きたく――」
モーディウスさん的にはどうしても来てもらいたいようだけど、どうしたもんか。
まぁ行ってやってもいいかね。なんかあったらその時はその時って感じで、モーディウスさんにキッチリと落とし前をつけさせりゃいいだけだしさ。




