知的な力
「なるほど、思っていたよりは険しいな」
ツヴェルの町からガルデナ山脈までの道が開通したという報告を受けてから数日後、俺はガルデナ山脈の入り口にいた。
まぁ、山脈の入り口と言っても整備された山道があるわけではなくて、比較的傾斜が緩やかな開けた土地をそう言っているだけなんだけど、とりあえず入り口ってことにしておいた方が面倒が無いよね。
で、そうやって決めた入り口から俺は山を見上げているわけだけど、まぁさっきの呟きの通り、ちょっと道が険しいかな。
樹海を抜けて少し木々の密度も薄くなっているけど、それでもやっぱり森は深いし、段々と地面に傾斜がついてきているのも鬱陶しい。つっても、この入り口付近はそうでもないんだけどさ。
なにせ、近くの木は全部切り倒してるから、山の入り口付近はそれなりの大きさの広場になっているし、休憩するための建物も何棟も完成しているわけだからさ。なので、山が険しいと言っても、俺はこの入り口付近を拠点にゆっくりと攻略していけるわけです。
ひぃひぃ言いながら、手荷物だけで山を進もうなんて効率の悪いことはしたくないしさ。
「それで、どうするんだい? 俺たちのことを愚鈍と言った手前、何か考えがあるんだろう?」
グレアムさんが俺の隣に立って何か言ってきますけど、まぁ任せておいてほしいって感じ。
俺はグレアムさん達みたいに力押ししかできなわいけじゃなく、知的に素敵に冴えたやり方っていうのを心得ているわけです。
「準備できました」
魔法工兵が俺に報告してきた。
そいつの背後を見ると、魔法工兵が隊列を作り、山の入り口に待機している。うん、いい感じです。
やっぱり一日休みを与えたのが良かったのか顔色も良いね。休みを与える前は死人のような土気色の顔色が真っ青な状態に戻っているぞ。
「では、始めろ」
俺がそう言うと報告してきた奴は列に戻っていき、魔法工兵に指示を出していく。
「何をするんだい?」
「まぁ、見ていろ」
俺はそう言って魔法工兵の集団を見ているように促す。
すると、その直後、魔法工兵の隊列の先頭が魔力を溜めはじめ――
魔法で目の前を吹き飛ばした。
山の入り口は木が生い茂っているわけだけれど、それを魔法工兵が薙ぎ払ったというわけだ。
そして、そこから先頭の魔法使いたちは前へと進んでいき、魔法で次々と木を薙ぎはらっていく。
続けて先頭の後ろが、薙ぎ払われてそこらに転がっている木を魔法を使って除けていく。
木が除けられて地面が露わになった個所を、その後ろの魔法使いが掘り起こし、木の根や大きな石ころを地中から取り除きながら、地面を均していく。
均された地面を、その後ろの魔法使いが固め、更に後ろの魔法使いが石で魔法を作り出して、その上に敷き詰めていき、道が出来上がる。
「んー?」
グレアムさんが首を傾げているけれど気にしない方向性で行こう。
――で、こういう風に山の入り口の斜面を進んでいき、八百メートルくらい進んだ所で昼になったので休憩を取らせる。
何もない地面で休憩というのは都会派の俺としては許せないので、魔法工兵に屋根の建物を石を生み出す魔法で造らせ、そこで休憩。
クソ不味い飯を食いつつ、前衛役の冒険者が山の入り口から寝具やら何やらの生活用品を持ってくるのを待つ。
既に綺麗に舗装された道があるから荷物を運ぶのも楽チンだし、石の道は敢えて石畳にせずに平らな一枚の石の板にしてあるので、車輪がでこぼこの道で揺れたりしないから馬車も使えるので輸送は早い。
「では、作業再開だ。先頭はここで明日まで休憩。次に並んでいる奴が一つ前の奴らの役割をこなせ」
入り口から連れてきた元気な魔法工兵を最後列に配置して隊列を組み直して、魔法工兵は午前と同じ手順で進んでいく。
俺は魔法工兵についていくけれど、グレアムさんは休憩を取った場所で待機し、周囲の環境を荷物を運んできた前衛役の魔法使いと一緒に整えてもらう。
で、代わりとして俺の隣にオリアスさんが山の入り口からやってきた。どういうわけか、オリアスさんも魔法工兵の働きを見ながら首を傾げている。
「うーむ」
なんか納得のいっていない感じだけど、俺的には今の状況は極めて納得のいく仕上がりなんでオリアスさんの感性は無視しておきましょう。
「すいません、お頭、ちょっと――」
魔法工兵が道を造っていくのを眺めていると、昼頃に荷物を運んできた冒険者の一人が話しかけてきた。
俺はそんなに忙しいわけでもないので、とりあえず話くらいは聞いてやることにした。
「石の道は俺ら人間には楽ですけど、馬車を引っ張る馬にはちと辛いかもしれやせん」
冒険者はそんなことを俺に伝えてきた。
なんでも石の斜面だと、蹄が食い込まず、踏ん張りがきかないどころか蹄が滑って危ないんだとかなんとか。
今なら斜面もきつくないから、まだ大丈夫だけれど傾斜きつくなれば、大丈夫とは言えなくなるかもしれないとか、馬車の車輪が坂道を上がっていく最中に後ろの方向に回ってしまって馬車に引っ張られることになるかもしれないんだとかも言っていた。
「人が歩く道の脇に馬車の道を造れ」
まぁ、対策としてはこれくらいしかないよね。
歩く道は歩道で、馬車とかが走る馬の道は車道かな。なんだか良く分かんないけど、この言葉がしっくりくるぞ。
そうすると手順が増えるけれども、さして手間がかかるわけでもないから問題ないな。整地したうえで石を張らない箇所を作ればいいだけだしさ。でも、これはこれで問題もあるんだよな。
やっぱり、土の地面を走らせると馬車の車輪が地面にめり込んだりするトラブルもあったりするわけだし、そういうトラブルが無くてスムーズに走れる石の道の方が早いのは早いんだよなぁ。
これもなんとかしなきゃいけない問題だろうけど、まぁ誰かが何か考えてくれるだろう。
そうこうしているうちに夕方になったので今日の仕事は終わりにすることにした。
途中で仕様変更があったので、午前よりも作業時間が長かったのにも関わらず、進んだ距離は午前よりも短く五百メートルだった。
とりあえず、今日の所は道路づくりは終了。
でも、魔法工兵の仕事は終わらず、野営地づくりの仕事もあるわけで、魔法工兵に泊まることの出来る石の建物を建てさせる。
それが終了した頃、最初の休憩所から前衛役の冒険者が食料やら寝具やらを馬車に詰め込んで運んできたので、それで晩飯を作り、屋根のある建物の中でベッドに潜り込みぐっすりと眠ることにする。
基本的には山の入り口とたいして変わらない環境で過ごすことができるので疲れも残らない。
そして翌日。
昨日の午後に先頭だった魔法使いたちは休み。
列は一つ繰り上がり、昨日の午前に地面を掘り起こしていた魔法使いたちが前方の障害物を吹き飛ばす役割になった。
「えーと、なんと言えばいいんですかね?」
昨日の夕方にやって来たエイジ君が俺の隣につく。
オリアスさんは第二休憩所で、周囲の環境を整えてもらうことにした。
流石にこの辺りまで上がってくると、俺たちのことを知らない魔物も多いようで、昨日の夜にちょっとした襲撃があったんだとか。今後そういうことがないようにオリアスさんには近くの魔物をシメてきてもらおうと思う。
「言うべきことが分からないなら黙っていろ」
要領の得ない言葉を聞かされると疲れるので、何と言おうか迷っているエイジ君には黙っていても貰うことにして、俺は魔法工兵に作業を再開させる。
最後尾の石を張る役目には昨日の夕方にエイジ君と一緒にやって来た魔法使いたちにやってもらうことにした。そして、昨日の午前に先頭で魔法を撃っていた奴らは午後に合流して最後尾についてもらう予定だ。
一日を午前と午後の二回に分けて役割を交代、二回分休んだら復帰してって感じで作業を回していこうと思う。
もっとも仕事が遅ければ、その限りではないけど。
「お頭、魔物がこっちを見張っています」
進んでいると、そんな報告が入ってきた。
先行させている斥候役の冒険者が、周囲の状況に関して俺に伝えてきているわけだけど、さてどうしたもんかね。
まぁ、問題ないような気もするし、気にせずに進んでいきましょう。
「魔物が出たぞー」
ほどなくして、そんなノンビリとした声が上がる。
その直後に銃声が山中に轟き、続けて魔物の悲鳴が辺りに響き渡る。
「魔物の片付け終了、作業再開ー」
とまぁ、こんな風に楽勝なわけです。
そりゃあ、普通の労働者だったら俺も少しは心配するけど、こいつらは実戦経験が豊富だし魔物程度じゃビビらんし、返り討ちだから心配とかいらないんだよな。
ついでに最初の休憩所から前衛役の冒険者も護衛についているわけだし余裕綽々だしな。
で、その後も何回か魔物の襲撃はあったけど、全部返り討ち。
殺した魔物は俺たちの晩メシに早変わり。たいして美味くはないんだけど、量が増えるっていうのは良いね。
「魔物の巣を見つけましたが、どうしますか?」
斥候役の冒険者がそんな報告をしてきたけど、どうしたもんかね。
そっちの対処をしようとすると、こうやって進んでいくペースに乱れが生じそうだから嫌なんだよな。
「対処は後で良い。こちらが一区切りついたら皆殺しだ」
なので、それまでちゃんと見張っていてねって感じで頼んでおきました。
そうこうしている内に時間は過ぎて昼頃。
魔物の襲撃もあった割には五百メートルは進めたので何よりって感じ。
つっても、進んだのは距離であって高さじゃないから、高さ自体はそんなに登れてないんだよな。
麓から見た感じだと、そろそろ山林地帯を抜けて岩山になってきそうだけど、どんなもんだろうか?
岩山の方が傾斜はきつそうだけれど、まぁ同じように前方の障害物を吹き飛ばして地面を整地してその上に進みやすいように石を貼っていけば良いよな。
「これって登山なんですかね?」
俺が考え事をしているとエイジ君がそんなことを言ってきた。
まぁ、広義では登山なんじゃない? 山を登っているわけだしさ。
「俺の考えていた山越えっていうのは、もっとこう少人数で進んでいくようなものだったような気がするんですけど」
「なんで大人数がいるのに少人数で行く必要があるんだ?」
「なんでと言われても……」
俺は辛い思いをしたかったり、限界に挑戦しようと思って山に登ろうってわけじゃないし、楽に済むならそっちの方が良いんだよね。
「それよりも、休憩するたびに休憩所を建物まで造るっていうのは、これってどうなんですかね?」
「ゆっくり休めて良いだろう? それに何かあった時のための避難場所を大量に用意しておくのは悪くないだろう」
テントに泊まったりして山で夜を過ごさなきゃいけないのはそれしか無いからであって、俺たちの場合だと幾らでも家やら何やらを建てられるし、それが出来るならわざわざテントに寝る必要は無いよな。
ついでに道を造ってあるから、交代要員も必要な物資もどんどん山の上に運んでいけるし、物資の消費に注意する必要も無し。
昔に呼んだ本では山で食料が尽きて大変なことになったり、テントで寒い思いをしていたけど、俺たちの場合だとそういう辛い思いをする可能性は低い。
なにせ、食料は常に歩いて戻れる距離の休憩所に蓄えてあるし、建物が無いなら魔法を数十分で建てれば良いだけだしさ。
やっぱり、大規模にやる方が楽なんだよな。
英雄がどうこう言っていたけど、そいつらは少人数で荷物を背負って山を越えようとしていたらしいし、よくもまぁそんな大変な方を選ぶもんだって思うよ。俺なんか大人数で進んでいくからスゲー楽なのにさ。
「……ひとつ言って良いですか?」
どうやらエイジ君が何か言いたいことがあるみたいです。
別に何を言われても気にしないので、どうぞって感じ。
「これって物凄く力押しじゃないですかね?」
うーん、それがどうかしたのかね?
「冴えたやり方って言うから、もっとスマートに行くかと思ったら、大人数を動員して障害物を全部吹き飛ばして、道を造って輸送体制を整えてって、これって力技すぎるような――」
しょうがないじゃん。これが一番楽なんだもん。
俺はヒィヒィ言いながら一生懸命山を登るのとか嫌なの。道を造るなりなんなりしてスムーズに進んでいきたいのよ。
現状、スゲー楽だし、これ以上に冴えたやり方とか無いと思うぜ?
「最も冴えた知的な方法が力押しだったというだけだ」
俺はエイジ君の肩を叩いてなだめるように言う。
「頭を使うのが非効率的ならば、体を使う方が冴えているだろう? 今の状況がそれにあたるというわけだ」
というわけで、俺の冴えたやり方というのは頑張って登るんじゃなくて道を切り開いていくというものです。
なんかエイジ君は納得できてない様子だけど俺は無視します。だって、このやり方が俺には楽だし。
さて、エイジ君とつまらない話をしていたら、そろそろ昼の休憩も終わりだし、作業を再開させなきゃな。今の所は順調だし、この調子ならそのうち山を越えていけるだろう。
つっても、山脈の大きさがどれくらいか分かんないから、実際の所はどうなるか分かんないんだけどもね。
でも、何とかなるんじゃないかな。まぁ、なんとかならなかったら諦めて帰れば良いだけだし、そんなに思いつめるような事柄でもないから気楽にいくとしようかね。




