進んでいく、その前に
「こんなことをして欲しいと頼んだ覚えはないんだが……」
俺がツヴェルの町の開発に勤しんでいた、ある日のこと、オレイバルガスの兄弟がツヴェルの街にやって来た。
「俺も言われた覚えはないな」
どうやら馬鹿兄弟は俺がツヴェル村の周囲を開発したことが不満のようで文句を言いに来たらしい。
その割にはおっかなびっくりで俺の機嫌を窺うような態度だけど、高圧的な態度よりは今の態度の方がマシなので気にしないでおこう。
とはいえ、どんな態度であれ文句を言われるというのは面白くないけどさ。
「では、なぜツヴェル村の開発などしているのか理由を聞きたいんだが……」
それは俺の方が聞きたいんだけどな。
気付いたら、こうなってましたって感じなのよ。
なんというか、最初は別の目的があったように思うんだけど、その目的のための準備をしていたら、それが思いのほか楽しくてさ。
「聞かれても困るな。俺は成り行きに任せて、その時その時に応じて適切な行動を取っているだけだ。今のこの状況も適切な行動をした結果だろう」
当初の目的は忘れちまったけど、結果としてはクソ田舎の村が少し田舎の町になったんだから、俺は良いことをしたんじゃないかしらね。
「適切な行動がこれなのか……」
馬鹿兄弟は二人揃って窓から外の様子を眺めているけど、何もおかしいことはないよな。
建物は魔法工兵に仕事をさせた結果、石造りの直方体が並んでるけれど、木造のボロ家よりはマシだから問題ない。
樹海から切り出してきた木を材木に加工する工場も建設してるから産業も確保できてる、工場で働いている奴はそこら辺を歩いていた浮浪者とか無職を王都やキルゲンスから連れてきているから失業者対策も出来てる。
魔物は見つけ次第、皆殺しにしているんで安全も確保出来ていて、最近では畜産も出来るようになっている。家畜が魔物に殺される心配は無くなってるから問題が無くなったらしい。
で、殺した魔物は食料にしたり、加工して冒険者ギルド名産の魔物製品になったり。で、それが無理なのは魔石だけ抜いて焼いているから、魔物の死体で衛生面に問題が出る心配は無いらしい。
「ああ、その通りだ。何か問題があるか?」
あるって言ったら、俺は問題が無いと思っているんで不満をぶちまけますよ。
「……いや、ない……」
何か文句を言いたそうだけれど、馬鹿兄弟は二人とも諦めた顔でうつむいてしまいました。
言いたいことがあるならハッキリと言った方が良いと思うんだけどな。我慢すると精神的に良くないと思うしさ。なので、俺は思ったことをハッキリと言います。
「俺はお前たちにあるがな」
文句を言う権利は俺にもあるよね。
なんか、馬鹿兄弟がビクッとしたけど、そんなに怖がることなくねぇ?
別にそんなに難しいことを言うわけじゃないぜ。
「村人に転居の許可を与えないのは何故だ?」
最近、これが気になって仕方ないんだよね。
ツヴェル村の元の住人が俺に文句を言ってくるから、嫌なら出ていけって言いたいんだけど、領主から転居の自由を認められていないから無理だとか言いやがるのよ。
話を聞く限りじゃ、王国は割と土地から離れるのは自由らしいけど、それでも農民なんかを土地に縛り付ける奴はいるらしくて、オレイバルガス大公領もそうみたい。
「それは……えー、まぁアレです。自由に移動を許可するとオレイバルガス大公領から皆が逃げてしまうからです」
あ、そうなんですか。それなら仕方ないね。どうしてそれが困るのかは良く分からないけど。
「やはり、この地には魔物が多く。自由な移動を認めてしまいますと逃げ出すものが後を絶たず――」
「我々としても心苦しいのですが、村人のツヴェル村からの移動を認めるとなると、他の村もそれを認めないと不公平となるので――」
別に細かい理由はどうでもいいんだけどね。つーか、そんなに聞きたくないし。
「人がいなくなれば税を取り立てることも難しく、そうなると大公家の財政も厳しくなり、我々の生活も脅かされるので……」
「それは大変だな」
俺は貧乏を味わったことがないから分かんないなぁ。
お金なんか俺が特に何も意識しなくても自分から転がり込んでくるしさ。
「まぁ、それはそれとして、ツヴェル村の住人の転居を認めろ。税の取り立てが出来なくなるのが不満ならこれをやろう」
村だった頃を懐かしむ煩い奴らが消えてくれるなら、別に惜しくもないので俺は金貨が入った袋を馬鹿兄弟の前に置きました。
恐る恐る中身を確認すると馬鹿兄弟が青ざめた顔で俺に尋ねてきた。
「認めれば、これを頂けるのですか?」
何を当たり前のことを聞いてくるんだろうと思いつつ俺は頷く。
すると、馬鹿兄弟は喜色満面で言うのだった。
「認めます! 認めますとも! すぐに認めます!」
「兄者! 今すぐサインをした方が良いぞ! これさえあれば今年一年は困らない!」
俺にとってはたいした額ではないんだけど、馬鹿兄弟にとってはそれなりに魅力的な額だったようで、すぐに転居の自由を認める書類に一筆残してくれた。
これと金貨を何枚か包んで渡してやれば、元の住人は退去してくれるだろう。これでツヴェルの町をどうこうしても俺に文句をいう奴はいないぞ。
――と思っていたら……
町の端に新しい家がいっぱい建っていました。
それだけだったら俺は気にならないんだけど、そこの住人が問題で――
まぁ、簡単に言うと追い出したと思ったツヴェル村の住人なのよね。そいつらがツヴェルの町の端っこに家を建ててしまったわけ。
家は町の中央にある建物と同じように直方体の石造だから、魔法工兵に各自が金を払って家を建ててもらったとかそんな感じだと思う。ギルドの魔法工兵は個人で仕事を請け負うのを禁止しているわけではないから、金さえもらえれば家くらいは建てるだろう。
「まぁ、どこへでも行けとは言ったのは俺だ。そして向かった先が町の端だろうと咎める気は起きないな。その上で住居までこさえたのも文句は言うまい。ただまぁ、知らん顔を決め込もうという性根は好かんがな」
町の端に家が建った次の日、俺は村長だった人を連れてきてもらいました。
町の中央に建てた俺のとりあえずの住まいにある応接室には俺と元村長とグレアムさん、オリアスさんがいます。
村長さんは青い顔だけど、俺は別に怒る気はないんだけどな。グレアムさんもオリアスさんも暇だからいるってだけで、元村長さんをぶっ殺そうとか思っているわけじゃないと思うぜ?
「さて、元村長のムスタフ氏の言い分を聞こうか?」
ようやく村長さんの名前を記憶しました。金を貰ってさっさと消えていく人だったら憶えるってことはなかったと思うけど、消えなかったから憶えることにしました。
――で、ムスタフさんの言い分に関してだけど正直な所、聞かなくても良いと思うんだけどね。だって、どうするかは決まってるし。
「わ、我々は生まれ育った土地を離れるのに抵抗があり――それで、その、町の端、というか我々の家は町の外にあるので、その位置にあるのならばアロルド殿に言われた村から離れるという条件は満たしているので問題は無いかと――」
そりゃ問題ないね。
生まれ育った土地が大事っていう気持ちは分かるような分からないような感じだけど、見知らぬ土地に行くのが嫌だっていう気持ちは分かるぜ。俺もここにいるのスゲー嫌だもん。俺みたいな都会っ子は王都が一番だしね。
そんで、出ていけみたいなことは確かに言ったし、それでちょっと外へ行ったのも出て行ったと認めても良いかもしんないね。
「度胸があるなぁ」
「今のアドラ王国でアロルドにそんな真似する奴は今はいねぇと思うぜ?」
グレアムさんとオリアスさんがニヤニヤしながら言っているけど、何がそんなにおかしいのかね?
まぁ、どうでもいいけどさ。
「こ、この小賢しい振る舞いは全て独断でして他の者に罪は無く、どうかご容赦を――」
跪いて額を床につけてるけど、何をやっているんだろうね。
そんなことをする必要は無いと思うんだけども。
「別に怒ってはいないさ。問題があるとすれば、正確に指示をしなかった俺にも責任がある」
とはいえ、イラついていないわけでもないけどさ。
だって、勝手に住まわれた土地に何か大きいものを建てることが出来たかもしんないし、土地は有限なんだから、勝手なことをして使える場所を減らさないで欲しいんだよなぁ。
「まぁ、こうなっては仕方がない。家を建てた場所は居住区とでもしよう。そして元村長殿は勝手なことをした罰として、区長にでもなってもらおうか」
現状は掘っ立て小屋ではないけれど、魔法で作った石の直方体に住んでいるわけだし、家は必要だよね。
そんでもって、仕事場と家が繋がっているとか公私の線引きが出来てない感じがしていて俺は嫌だから、居住区はなるべくだけど、工場とか工房とかを近くに置かないようにしよう。
「く、区長ですか?」
なんだよ、またいたんですか?
何? もしかして区長になるのが嫌なの?
でも、文句を言っても俺は聞きませんよ。あなたの事情に斟酌してやる筋合いも無いしさ。
「懲罰の意味もあるので拒否は許さん。それと満足に任を果たせないなら首が落ちるのも覚悟しておくんだな」
まぁ、実際に落とすってのは無いから冗談なんだけどね。
いちいち小者の命をどうこうしていたらキリがないし、そもそも田舎の村長が出自の人にそんなに期待するわけないしさ。なので、区長さんには気楽にやってもらいたいね。
「仕事は俺は関知しないが、俺の不興を買わないように努力するんだな」
「で、でしたら、その、まずは居住区の周囲に外壁を造っていただけると安全も確保できるので――」
なんで外壁?
まぁ、王国のそれなりに大きな町は大なり小なり城壁とか外壁とかは備えてるから欲しくなるけど、俺はアレ要らないと思うんだよなぁ。
「それは却下だ」
俺が要らないと思う物に許可は出せません。
なんで要らないかと思ったかというとね――
「壁を造ると町を大きくしづらいだろう?」
城壁とかあると城壁の中で完結しようとするから、都市とか広がりにくいような気がするんだよね。
壁の外は安全じゃないって認識だから、壁の外に建物とかを建てようとする人はいないし、壁を造ると入り口を大量に作らなきゃ、壁の内と外でスムーズな行き来が出来ないし、入り口を造ったとしてもそれって結局入り口の所まで移動しなきゃいけないからスムーズとは言えないよね。
結構あっちこっち見て回って来たけど、敵が攻めてくるっていうなら城壁があった方が安心感はあるんだろうけど、平和な時は文字通り街中を移動する際の壁にしかならないような気がするんだよね。
というわけで、俺の結論としては城塞都市は時代遅れ。なので、城塞都市を、城塞都市たらしめる城壁なんかはいりません。これからはもっと都市もオープンに人の往来がしやすい形にしようぜ。
「で、ですが、それですと、魔物や野盗が襲ってきた際にどうすれば――」
そんなの俺に聞くなよ。
俺はオープンな感じの町が欲しいんだよ。
町とかに入るのに、一々門番とかに止められて何処の何某ですとか説明すんのが嫌なの。
俺は俺の嫌なのを無くすことを考えたんだから、他のことを考えるのは別の奴の仕事だろ?
でもまぁ、思いついたことがあるにはあるぜ。
「見張り塔でも建てれば良い」
魔法工兵に頼めば二日くらいで塔の天辺に大砲を備え付けた石の塔を造ってくれるだろうし、それを使って迅速な対応をしてりゃ多少は大丈夫だろう。
つーか、そもそもさぁ。
「もっとも、二三週間もすれば、この辺りで人間相手に襲い掛かってくるような魔物や、襲撃を仕掛けてくる野盗などはいなくなるだろうがな」
俺はグレアムさんを見る。
すると、グレアムさんは肩を竦めながら口を開いた。
「樹海付近の多少知能のある魔物はだいたいが逃げ出したね。まぁ、恐怖心を感じるような頭が無い魔物はまだ残っているだろうけど、それも狩っているから心配はいらないだろうねぇ。で、野盗の方だけど、そっちは俺の管轄じゃないから良く分からないね」
となると野盗の方はオリアスさんか。
「この辺りの景気が良くなってきてっから、そのおこぼれに与ろうと野盗が増えてんのは事実だ。もっとも、増えた分はキッチリ始末しているけどな。ここ数日で百人から二百人は始末してるから、近いうち、この辺りで悪事を働こうなんて奴はいなくなるだろうよ」
――という、グレアムさんとオリアスさんの話でした。
「これでも不安だというなら、俺ではなくそちらの二人にその不安の理由を伝えた方が良いな。二人が言うにはこの地の安全は確保されているようだが、それでも区長が不安に感じるということは区長だけが分かる至らぬ点が二人にあるということだろうしな。それを教授してやるといい」
まぁ、俺と違って、その二人は気が短いから何か言ったらすぐにキレると思うから言葉は選んだ方が良いと思うけどさ。でもまぁ、区長さんも爺さんだし、言って良いことと悪いことの判断くらいはつくだろうから大丈夫だろうけどね。
「何か言うことがあんのか?」
「俺たちのやっていることに問題があるなら言ってほしいねぇ?」
二人も協力的な感じだし、言いたいことがあったらハッキリ言った方が良いと思うよ。俺は言論の自由は認めているしさ。
でもまぁ、言いたいことを言って、無事で済む保証は無いんだけどさ。言論の自由は認めているけど、自由な言論によって生じる問題に対しての安全は保障してないし。
「……いえ、特には……」
区長さんは後ろに立つ二人の顔を見比べると、消え入るような小さな声でそう言った。
「ならば、もういいな。では、お帰り願おうか」
もう用事は無いので俺は区長さんを帰すことにする。
疲れ切った様子で肩を落とした区長さんが俺に背を向けて部屋から出て行く。
すると、区長さんと入れ違いにエイジ君が部屋に入ってきた。
なんで、こいつがやってくるんだろうかと思ったけど、まぁ来られても困るわけじゃないから、気にしないことにする。
「えーと、今大丈夫ですか?」
聞かなきゃ分かんねぇのかよ、テメーはよぉ。
「大丈夫だ。何か用か?」
大丈夫に決まってんだろ。
用事があるならさっさと話してくれませんかね?
「町から山までの道が一通り完成したんですが」
一通りってのが良く分かんないっす。
そういう抽象的な物言いはやめてくんないかな?
「詳しく話せ」
「ええと、町の西の出口から山の入り口付近に繋がるまでの道を完全に舗装して石畳にしました。馬車を何往復かさせても問題は無いので完成で良いと思います。あと、樹海の真ん中に休憩所もいくつか建設したので、疲労することなく山まで辿り着けると思います」
へぇ、そうなんですか。
そういえば、そんなことを指示したような……、していないような……。
まぁ、なんにしても仕事が早くていいね。魔法工兵がいれば工事期間なんか幾らでも短縮できるしさ。
三か月くらい一日十六時間労働させて経験を積ませた魔法工兵は幅が二メートルまでなら一キロの距離を一人で舗装して一日で道を造れるわけだし、それが百人以上いれば山までの道なんてすぐなのは当然だよな。
「じゃあ、そろそろ本格的に山登りを始めんのか?」
オリアスさんが随分とアウトドアな感じの事を言っているけど、俺はインドア派なんだよね。
何が楽しくて山登りなんかしたがるのか理解できないよ。山を登るのって疲れるじゃない。
「山登りなどする必要は無いな」
俺は疲れるのが嫌なんで、拒否を表明しておきました。
「登らないでどうやって山を越えるんだい? 山越えが目的だろう?」
山越えが目的なのに山に登るっていう感覚の方が俺には分からねぇんだけど。
山の向こうに行くのが山越えだろ? で、山登りっていうのは山の頂上を目指して進むっていうアレだろ? 俺的にはその二つが全く結びつかねぇことなんだよな。なんて、山の向こうに行くのに、どうして山を苦労して登んなきゃなんねぇのって感じ。
「簡単な話だ。登らずに、ただ進めばいい」
俺の言葉にみんながキョトンとしているけど、こいつらは何なんだろうな?
もう少し頭を使ってほしいもんだぜ。今までの流れを見ていたら分かるだろうによ。
「まぁ、見ていろ。俺が冴えたやり方というのを愚鈍なお前らに見せてやる」
こうさぁ、とりあえず山を越えたいから山を登るみたいな頭を使わないで体力に物を言わせるやり方じゃない、賢いやり方って言うのを思いついたわけよ。
俺だって成長してるわけだし、まぁちょっと賢くなった俺のやり方を見ていると良い。そんでもってキミらも、もう少し頭を使ったやり方っていうのを学んでくれよな。
というわけで、さっさと山越えをするとしますかね。
なに、さほど大変なことでもないさ、スマートな俺のやり方を見ていろよ?




