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御挨拶

 

「とりあえずアロルド君は何も気にしなくて良いわ」


 ヒルダさんが俺の家にやって来た翌日、俺は馬車に乗りエリアナさんの実家に向かっていた。

 馬車の中には俺とエリアナさんは当然として、従者として連れてきたエイジ君がいる。本当だったらジーク君に頼みたかったんだけど、あのガキ、どういうわけか最近、俺のことを避けているせいで顔を会わせる機会が無いんだよな。

 そういうわけなんで、仕方なくそこら辺にいたエイジ君を連れてきたわけです。


「でもエイジ君はありとあらゆることに気を付けてね。あなたなんて路傍の石ころ以下の存在なんだから、私の家族を不快な気分にさせたら、その場で首を落とされるわよ」


「またまた、大袈裟な――」


 別に大袈裟に言っているわけでもないので、俺もエリアナさんも何も言いません。

 すると、エイジ君の顔色がみるみるうちに青くなっていきます。


「俺は帰っても……」


 駄目に決まってるだろ。従者の一人も連れずに行くとか格好がつかねぇんだよ。

 俺は馬車の中で逃げようもがくエイジ君の首を掴むと、無理矢理に馬車の座席に座らせました。

 そうしてウキウキした様子のエリアナさんと死んだ表情のエイジ君と一緒に馬車に揺られ、段々と俺たちは王都から離れていく。


「王都からは一時間とちょっとくらいの距離かしら? 王都の中にも屋敷を持っているのだけれど、お父様とお母様はそちらにはあまりいなくて、殆どを王都近郊にある屋敷で暮らしているわ」


「何故だ?」


「王都にいたってやることないからよ。公爵家によって違うんでしょうけど、うちは基本的に仕事が無いの。ただ王家と血の繋がりがあるからというだけの公爵家ですもの。貴族としての仕事は無いに等しいわ」


「それで良く食べていけますね?」


 俺とエリアナさんが話していたら、エイジ君が口を開いてしまいました。

 その瞬間、エリアナさんの手刀がエイジ君の脳天に直撃します。


「従者の分際で会話に口を挟まないように。いつもは許してるけど今日は駄目よ」


 要は黙ってろってことか。俺は黙ってるの得意だぜ。

 話さなくて済むなら、そっちの方が楽ちんだしさ。


「一応、エイジ君の疑問にも答えてあげるけど、うちは仕事が無いとは言っても王家と血の繋がりがある家だから、その血に見合った生活が出来る程度のお金は王家から貰えるわ。で、それを人に貸して利息を取り増やしたりとかもしているの」


「金貸しなんですか?」


「まぁ、そんなところね。主にというか、ほぼ貴族専門の高利貸しよ。口が堅いし、商人よりは取り立てが緩いから借りていく貴族は多いわよ。領地持ちの貴族にも融資したりして領地開発の援助をして見返りを得たり、後はお金を預かったりとかかしら? 預かったお金をやりくりして増やしたりとかもしてるわね。うちは公爵家で王家からお金を貰えるからやりくりに失敗しても破産せずに確実預かったお金を返せるから信用があるわよ」


「銀行をやってるみたいですね」


 銀行って何だよ。エイジ君は時々訳の分からないことを言うから困るぜ。


「銀行っていうのが何だかわからないから、答えようがないわね。そんなことより、もうすぐ屋敷に着くわ」


 言われて馬車の窓から外を見ると、凄まじくデカい屋敷が見えてきた。


「これ、屋敷っていうより城なんじゃ……」


 何言ってんだろうね、エイジ君は。見て分かるように城壁が無いから城じゃないぜ。


「じゃあ、エイジ君はここから口を開いては駄目よ。私たちに馴れ馴れしく話しているところを見られると使用人にマトモな教育も施せないのかって馬鹿にされて私たちが恥をかくんだから」


「まぁ、黙ってそれらしく振る舞っていればいい。おとなしくしていれば、誰もお前のことなど気にしない」


「いや、もうそれなら、俺がいなくても良いことにしません? すごく帰りたいんですけど――」


 なんかエイジ君が言っているけど、俺とエリアナさんは無視。

 どうせ、たいしたことを言っているわけじゃないだろうし、放っておいても問題ないだろ。


 ほどなくして、俺たちが乗る馬車はエリアナさんの実家の門前に到着する。

 すると、俺たちの馬車が到着するのに合わせて、屋敷の門が開かれた。


「おかえりなさいませ、お嬢様!」


 門が開いた先には、屋敷へ続く道があったが、その道の両脇に数十名もしかしたら百人近くの使用人が並んでいて鬱陶しかった。

 つーか、使用人の皆さんの顔色が悪いんですけど、なんか今日の朝に大事な来客があるとか聞いて大慌てで集まったせいで疲れたみたいにも見えるのは俺の気のせいなんでしょうかね?


「ご苦労様」


 エリアナさんは馬車の窓から顔を出し、使用人に対して一言だけ労いの言葉を発する。


「え、それだけですか?」


 エイジ君が口を開いたので俺はエイジ君の肩を掴んで黙らせる。

 良く分かんないけど、エイジ君が喋ったら駄目らしいし、エリアナさんが手を出せないなら俺が黙らせないと。


「あのねぇ、使用人と私とじゃ立場が違うんだから、その立場の差にあった対応をしないとマズいのよ。感謝の気持ちはあっても、それを見せるのは程々にしておかないと、主人に気を遣わせるとは使用人の分際で何様だって怒られるんだから」


 へぇ、そうなんすか。

 俺は父上とか母上から使用人は空気のようなものだと思えとか言われてただけだなぁ。


「エイジ君は他所の国の生まれだから分からないかもしれないけど気を付けてね。主人に迷惑をかけると物理的にクビだから。今日の場合だとアロルド君に迷惑を掛けたら駄目よ?」


「帰りてぇ……」


 やがていつかは帰れるんだから我慢しろよな。俺だって正直な所、我慢してここまでやって来てるんだから。

 だってさ、よくよく考えてみたら現状でも俺はエリアナさんとの関係に満足してるのよ?

 この状況から一歩踏み出して結婚とか言われても正直困るんだよな。


 だって、俺は愛とか良く分かんないんだもん。

 エリアナさんは俺のことが好きみたいな話だけど、俺は本気でエリアナさんを愛してるか良く分かんないんだよな。

 綺麗だから見てて幸せな気持ちになれるし、ウマが合うと言えば合うし、エロい事をしたいとは思うし、なるべくなら一緒にいた方が楽しいかなぁって思うけど、そういう気持ちを愛って言って良いのかね?

 世間の人はもっとロマンチックに愛について語っている感じだし、それに比べて俺のこれって低俗過ぎて愛と言って良いのか分からないし、そんな低俗な想いで結婚まで行って良いんだろうか?

 昨日はエリアナさんの勢いに負けちゃったのと、俺もまんざらではないって理由で了承しちゃったけど、本当にこれで良いんだろうかね?


 まぁ、疑問を抱いても、もうどうしようもないんだけどさ。

 なにせ、エリアナさんの家の玄関に着いちゃったわけだし。


「よし、到着。久しぶりの我が家だわ」


 そういえば家を追い出されてからエリアナさんは帰っていなかったんだっけ?

 俺は家を追い出されてからも、セイリオスに呼びつけられたりで何回か戻っていたんだよな。まぁ両親には会えてないけども。


「ほんとにデケェ……」


「そうでもないだろう」


 そりゃデカい屋敷だけど俺の屋敷も負けてないと思うよ。

 つーか、私語は慎んでほしいんですけどエイジ君。


「それじゃ、私の両親に挨拶しに行きましょう」


 エリアナさんは俺の左腕に自分の腕を絡めて寄り添う。まだ右腕は吊っている状態なのでエリアナさんは自然と俺の左腕を選んだ。

 エリアナさんの柔らかな胸が腕に当たり、ちょっと楽しい気分になって来たぞ。

 なんか色々と考えるよりも直情的な性欲に任せてもいいんじゃないかって思えてきた。


 もっとこう自分に都合よく考えた方が良いんじゃないかな。

 世間の愛を殊更ロマンティックに語る奴らの大半も結局はエロい事をしていて、それを誤魔化すために綺麗な言葉で修飾しているだけであり、外面は綺麗だけれども内面は低俗な欲望塗れだってことにしておこう。

 本来は低俗な欲望に根差しているなら、俺も低俗な欲望に身を任せて結婚に踏み切っても良いよな。


 でも、エロい事をするのは結婚してからだ。

 だって、結婚せずにエリアナさんとエロい事をした後で、俺が急に死んじゃったら、エリアナさんは未婚の非処女ってことになるじゃん。

 それだとエリアナさんが男遊びが激しいみたいに思われて、次の結婚相手を見つけるの大変そうじゃない? 俺は気にしないけど気にする人いるかもしんないし、そういうことでエリアナさんの人生に良くない影響が出るのはマズいと思うんだ。

 結婚した後で非処女ってことになれば未亡人ってことで、俺がそこら辺で野垂れ死んでも、処女であるかを問われるようなことは無いから、エリアナさんの今後の人生においては問題にはならなそうな感じがしない?

 つっても、そもそも俺はエリアナさんが処女かどうか知らないし分からないんだけどな。

 エリアナさんくらい美人だと既に経験済みかもしんないな。まぁ、それならそれで、経験者のエリアナさんにリードしてもらいましょう。


「どうかしたの? 私たちが仲睦まじくて、二人の仲を裂くことなんてできないという所を見せなければいけないんだから、アロルド君ももっと私にデレデレしてちょうだい」


 そうは言っても既に胸が当たっている段階でデレデレ状態なんですけど。

 えーと、こういう時はアークス家秘伝の取り繕い術で――


「既に心を奪われているというのに、随分と難しいことを言ってくれるものだ」


「あら、私の美しさに心を奪われてしまったのね。私って罪な女だわ」


「ああ、とてつもない罪人だ。幾万の軍勢すら退ける英雄を骨抜きにしてしまったのだからな」


 なんかエイジ君が信じられないものを見るような眼で俺達を見ているんだけど、注意した方が良い感じ?

 俺の貴族風な物言いに何か文句でもあるんだろうか? あるんならハッキリと言ってもらいたいもんだ。言われても聞いてやんないけどね。


 おっと、そんなことをやっているうちに屋敷の玄関扉が開いてしまいました。

 エイジ君とお話をするのは後にして、エリアナさんのご両親に挨拶をしないといけないな。


 扉が開かれた先には二人の男女がおり、俺達を出迎えてくれていた。

 雰囲気でそれなりの歳だと分かるが、見た目だけならばどちらも二十代に見えるのだけれど、エリアナさんの御兄弟でしょうか?

 まぁ、そういうのは後で聞けばわかるからどうでもいいけど、二人がエリアナさんの家族だとしたらイスターシャ家はつくづく凄いって思う。

 だって、美男美女しかいねぇんだもん。

 いや、ほんと男の方も女の方も凄い綺麗なんだよな。

 こういう家系ならエリアナさんが美人に生まれたのもわかるようなきがするな。


「よく帰ったな、エリアナ」


 男の方がバツの悪い表情でエリアナさんに声をかけました。


「ただいま帰りました、お父様」


 あら、お父さんなんだ。

 いやぁ、若いなぁ。俺の父上より二十歳は若いんじゃない? 父上はなんか苦労があるのか歳の割には老け込んでるし、若くてかっこいい父親とか羨ましいな。


「お母様もお変わりない様子でエリアナはとても嬉しく思います」


 ああ、女の人の方はお母さんなのね。言われてみれば、エリアナさんに似ているわな、

 大人の色気を加えたエリアナさんて感じですごく素敵だと思う。

 エリアナさんとエリアナさんのお兄さんを産んでいるはずなのに二十代にしか見えないんだもんスゲェわ、マジで。


「お帰りなさい、エリアナさん。話はホリスさんから聞いているわ。この方がそうなのね?」


 エリアナさんのお母さんはそう言うと俺に視線を向け、品定めするような眼差しで俺を見つめてきた。


「お部屋へどうぞ、アロルドさん。自己紹介はそこでお願いしますわ」


 エリアナさんのお父さんが俺を凄い顔で睨んでいるんだけど、どうしましょうかね? なんか怖いんだけど。

 とりあえず、俺はお義父さんになりそうな人の恐ろしい視線を受けながら、お義母さんになりそうな人の後に続いてエリアナさんのお家に上がることになった。


「こちらの部屋にどうぞ」


 そうして案内されたのは応接間だった。

 金をかけているのが良く分かる調度品の数々に囲まれた部屋の中央にある二組のソファの片方に俺とエリアナさんが隣り合って腰かけ、ソファの後ろには青い顔をしたエイジ君が立つ。

 エリアナさんのご両親は俺達と向かい合ったソファに座り、こちらを見てくる。お義父さんの方は俺を睨んでいるが、お義母さんの方の表情は微笑んでいる。

 どうやら印象は悪くないようだ。二人の内、一人に好感を持たれているなら割合としては五割の人に好意を持ってもらえてるわけだし悪くないんじゃないかな? 母数が二人しかいなくても五割は五割だから問題ないだろ。


 そんなことを考えていたら不意に脇腹を指で突かれた。隣に座るエリアナさんを見ると、俺に何かをしてほしい様子だった。ついでに言うと、全員の視線が俺に集まっている。

 何をしてほしいのか、口で言ってもらわないと分かんないんだけど、とりあえず自己紹介でもすりゃいいか。


「アロルド・アークスと申します。以後、お見知りおきを」


 結婚の挨拶に来たのに、この切り出し方はなんか違うような気がするけど、大丈夫だろう。

 とりあえず大丈夫ってことで押し通そう。


「エリアナの父のマリウスだ」


「母のミリアです。よろしくお願いしますね、アロルドさん」


 誰の母だよ。母だけじゃ分かんねぇんだけど、もしかして俺の母親なのか?

 それだったら、こんな美人の母親を持てたことが嬉しくてマザコンになってしまうなぁ。


「さて、アロルド君はどのような用件で我が家にやって来たのかな? 娘を連れてきてくれたなら、お礼はするので、受け取ったら速やかにお帰り願いたいのだが」


 なんだよ、せっかく来たってのに茶も出さねぇの?


「そうつれないことを言わないでくださいよ、お義父さん」


 うっかり、お義父さんと言ってしまいましたが、まぁお義父さんになりそうだし、別にいいよね。

 俺は細かいことを気にしないからお義父さんにも細かいことを気にしてほしくないんだけど――


「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない! さっさと帰れ!」


 ひえっ、怒りだしてしまいました。俺は何も悪いことをしてないと思うんだけどな。


「大声を出すのはやめてくださらない、お父様? アロルド様は私を助けてくださった方ですのよ。娘の恩人でもある方を邪険に扱うなど公爵家の人間に相応しい振る舞いなのかしら?」


 エリアナさんが口を開くとお義父さんの表情に後ろめたさが表れる。


「アロルド様のおかげで、お父様に・・・・家から追い出されても私は無事でいられたのに、それなのにアロルド様をまるで悪者の様に扱うなんて」


 なんだろうね、言葉は丁寧だけどエリアナさんの視線には『テメェ、今まであったことは水に流してなかったことにしてやってるんだから黙ってろよ』って思いが籠っているような気がしますよ。


 そういや、エリアナさんを家から追い出したのはお義父さんだったっけ?

 イーリスに魅了されていて、イーリスの方が正しく思えていたとか、そんな話だったよな。お義母さんの方もそんな感じだったのかな。


 修道院での一件が終わった後で聞いた話だと、イーリスの魅了はイーリスに少しでも好意を抱く発動して、好意が強まると、魅了も強力になるんだとか。でも、好意を抱いていなかったり、イーリスに失望したりすると殆ど効果が無いらしい。

 最近になって魅了が聞きにくくなったのは、イーリスに好意的な感情を向ける材料が無かったからなんだとかも言っていたな。

 今頃になって、お義父さんとかが正気に戻ったのもイーリスが実はたいしたこと無いんじゃないかって思うようになったからなんじゃないかな?


「お前には本当に悪いことをしたと思っている。あの時の私は自分で言うのもなんだが正気ではなかったのかもしれない。感情的にお前を犯人と思い込んで――」


「謝罪の言葉は必要ありませんわ、お父様。こうして仲直りが出来たのですもの、それで私は充分です」


 なんかスゲー猫被ってんだけどエリアナさん。

 俺の背後のエイジ君もドン引きしているみたいだけど、俺は二面性があって、こういうのも良いんじゃないかって最近思えてきたぞ。


「あなたもエリアナさんも過去の話はそれくらいにしましょう? まずはアロルドさんにしっかりとお礼を申しませんと」


 お義母さんが微笑みを浮かべながら二人の間に割って入る。

 チラリと俺の方を見てくるけど、何を考えてるか分からなくて怖いんですけど。


「う、うむ、ミリアの言うとおりだな。アロルド君、娘をここまで守ってくれたことは感謝する」


「いえ、たいしたことではないので、お気になさらず、お義父さん」


 俺がお義父さんと言うと、お義父さんの顔が険しくなる。だけど、お義父さんは必死にこらえて黙っているようだ。


「ところでアロルドさん。ここへはエリアナさんを連れてきただけではないのでしょう? 他に何か言うことがあるんではなくて?」


 お義父さんの視線がお義母さんの方に向かう。

 お義父さんの視線には余計なことを言うなという思いが込められていそうだけれど、何が余計なことなんだろうか?

 そんなことを考えていると、脇腹をエリアナさんに指で突っつかれる。

 俺が何事かと思ってエリアナさんを見ると、何か言えという強い思いが籠った眼差しをエリアナさんから向けられた。

 父親の方は『言うな』なのに娘の方は『言え』とか、俺はどっちを優先したら良いんだろうか?


 でもまぁ考えてみると、父親の方は俺の実の父親ってわけじゃないし言うことを聞く筋合いはないよね。

 となるとエリアナさんの言うことを聞く方が正解だよな。

 でもってエリアナさんのお母さんからは何しに来たのか聞かれてるわけだし、答えるのが筋だよね。

 だから単刀直入に用件を切り出すことにしました。


「娘さんとの結婚の許可をいただきに来ました」


 俺は結婚していいのか分からないけど、エリアナさんは乗り気だし、断ってエリアナさんに嫌な思いをさせるのも抵抗があるんで結婚することにしました。ついでにエロい事をして良いと認められる仲にもなりたいです。


「まぁ、随分と率直でいらっしゃること」


 お義母さんの方は口元に手を当て、微笑んでくれているけれど――


「駄目だ駄目だ駄目だ!」


 お義父さんの方は本気で怒っています。

 これってどうなんだろうね。割合でみると五割が賛成で五割が反対な感じなんだけど、過半数取れてないってマズいかな。

 お義父さんが起こる様子を目の当たりにしながらもエリアナさんは動じることなく、隣に座る俺に対して更にピッタリと寄り添うと、切実な表情を作りお義父さんに向けて言う。


「お父様、私たちは愛し合っているの」


 いや、それは分かんない。

 愛が何なのか俺は良く分かってないんで、エリアナさんにそれを向けられているかは自信がないので、エリアナさんほどハッキリ言えません。

 俺がハッキリと愛してるって分からない以上、相互関係は結べていないわけだし、正確には『私は愛してるの』だよね?


「お前たちが愛し合っているかどうかなんて関係ない! 私はそんなの認めないぞ!」


 あ、マズい。エリアナさんのイライラがドンドンと高まっていく。

 そろそろ猫被るのにも限界が来そう。俺の後ろのエイジ君もヤバい気配を察したのか、逃げたい気配を出している。


「はぁ? 私は認めてくださいと言っているつもりはないんだけど? 私は認めろって命令してるつもりなんだけど?」


「なんだ、その口の利き方は!」


「いい加減、猫を被るのも疲れたのよ。あのね、少しでも私に申し訳ない気持ちがあるなら、何も言わずに祝福しなさいよ。イーリスの訴えにだけ耳を貸して私の弁解を聞き届けなかったことに対する負い目は無いわけ? 少しでもあるなら私の言うことに従いなさいよ。そうすれば本当に許してあげるわ」


「申し訳ないという気持ちは確かにあるが、それとこれとは話が別だ! そんな男との結婚など認められるか!」


「そんな男って何よ! アロルド君の何が悪いわけ!?」


「暴力的で野蛮、貴族としての品格があるかも怪しく、王家や貴族に対する敬意も何もない無礼者などに可愛い娘を渡せるか!」


「その可愛い娘を身一つで家から追い出したくせに偉そうなことを言わないでよ!」


「その負い目があるから、お前には幸せになって欲しいんだ! そんな男と結ばれたところで幸せになれるはずがない! だいたい、そんな男のどこが良いというんだ!?」


「腕っぷしが強くて頼りになる! お金持ちで私に贅沢をさせてくれるしワガママも聞いてくれる! 権力を持っている! 顔が私の好み! 性格が私の好み! 私にとっては良い所しかないじゃない!」


 いやぁ、エキサイティング。

 お義母さんの方は口元に手を当てて笑っていらっしゃるけど止めないのかね?


「お前は自棄やけになっているだけだ。そんな男より、もっとお前に相応しい相手を私が見つけてやる」


 いい加減に疲れたのか、二人の勢いが若干だけれど弱まる。

 つーか、お義父さんのお前に相応しい相手という言葉でエリアナさんの目が光ったのはどういうことなんでしょうかね。


「それなら、私に相応しい相手を教えてください、お父様」


 そう言うとエリアナさんは俺から少し離れて悲し気な表情を向けてきた。


「ごめんなさい、アロルド君。あなたのことは好きだけれど、あなたより素敵な人が現れたら私はきっとその人に心を奪われてしまうの」


 まぁ、それは仕方ないんじゃない。

 もっと良い条件の相手がいれば、そっちの方が良いと思うのは人間として当然の反応じゃないかな。

 俺だってそうだしさ。


「俺もエリアナより美しい女性が現れれば、そちらに心を奪われるかもしれないから偉そうなことは言えないさ」


 俺もなぁ、エリアナさんより綺麗な人がいれば、そっちになびいちゃうと思うんだ。

 俺の答えを受けると、エリアナさんはお義父さんに向き直り、言う。


「――というわけで、お父様。アロルド君の了解も得られたので、私に相応しい相手を教えてください。私の希望はアロルド君より強くて、アロルド君よりお金を持っていて、アロルド君より権力を持っている、顔と性格が私好みで、私と年齢が近い方です」


 そういう奴はいるのかな?

 まぁいるのかもしれないけど、お義父さんはすぐに名前を挙げられない様子だ。


「娘に相応しい相手と言っているくせに娘の望んだ相手の名前も出せないのかしら?」


「いや、待て。そんな即物的な条件ではなく、もっと精神的な部分で深く理解し合える相手をだな――」


 エリアナさんが再び俺の方を見てくる。


「ごめんなさい、アロルド君。あなたのことは好きだけれど、あなたより素敵な人が現れたら私はきっとその人に心を奪われてしまうわ。でも、そういう人が見つからないみたいだし、今の所はアロルド君が一番よ」


「俺もエリアナより美しい女性が現れれば、そちらに心を奪われるかもしれないから偉そうなことは言えないさ。とはいえ、エリアナより美しい女性は存在しないだろうから、俺の一番は永久にお前だよ」


 なんか後ろでエイジ君が俺たちに対してドン引きしてる気配があるんだけど、なんかおかしいのかね?

 つーか、ぼそりと『破れ鍋に綴じ蓋』とか言わなかったか? 後でどういう意味なのか憶えていたら聞いておかないとな。


「私は認めん。そんな男との結婚など認めんぞ!」


 お義父さんは必死の形相です。

 ですが、その隣に座るお義母さんの方はというと――


「もう、よろしいのではなくて、アナタ?」


 穏やかな表情でお義父さんに言い聞かせるような口調で言葉を発する。


「二人は性格の相性も良いようですし、何よりエリアナさんが望んでいるのです、認めて差し上げましょう?」


「だが、この男は――」


「それほど悪い方には私は・・見えませんわ。私がそうは見えないということはアナタもそうではなくて?」


 あ、なんか怖いぞ、お義母さん。

 笑ってるんだけど、眼光がヤバい。言うことを聞かないと殺すぞって眼だわ。


「う、うむ。お前がそういうのならば、そうなのかもしれないが、でも――」


「心配でいらっしゃるなら正式に婚約という形にして少し様子を見るということにすればよろしいのではありません? エリアナさんもアロルドさんも急に結婚というは些か急過ぎますし、お二人ともまだまだ若いのですから焦ることは無いと思うのですけど」


 若いって言えば若いのかな? 地方の貴族は早婚だけど、中央の貴族は学校行ったり、ギリギリまで良い条件の相手を探そうとするせいで、婚期が遅れるとかグレアムさんが言っていたような。まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 とにかく、もう少し時間を置けとお義母さんは言いたいわけなのかね? でも、エリアナさんの性格だと、そういうのは嫌がりそうなんだけどな。エリアナさんはどうするんでしょうね?


「分かったわ、お母様。婚約という形でお願いします」


 あら、意外に素直だね。


「アロルドさんは素敵な方ですし、我が家にも利益になるでしょうから歓迎しますわ。ホリスさんは当主にするには少し頼りないと思っていたのですけれど、頼りがいのあるアロルドさんが身内に加わってくれればイスターシャ公爵家も安泰ですわね」


 ホリスさんって誰だよ。身内みたいだしエリアナさんのお兄さんかな?

 まぁ、それは置いておいて、結婚は無理だけど婚約って流れになるのは確定で良いのかな。


「アロルドさん、私は婚約は許しますけど婚前交渉は許可しませんよ? 結婚するまではエリアナさんには清い体でいてもらいたいのは分かりますよね?」


 婚前交渉って何語だよ。つーか、どういう意味?

 エロい事をしちゃだめっていうなら分かるし、結婚するまでそういうことはしない予定だから別に構わないけど。でも、そういや、殿下とイーリスは結婚する前にエロい事をしているらしいけど、それは良いのかな?


「無いとは思いますけど、破談になった際に清い体でないと、その後のエリアナさんの結婚相手を見つけるのに難儀することになりますから」


 その事は重々承知なので大丈夫ですよ。

 俺のことは心配いらないので、お義母さんは隣にいるお義父さんの方を心配してください。

 お義父さんの方は頭を抱えてうなっていますよ。


「うぐぐ、こんな男にエリアナを渡すことになるとは。一時的とはいえ正気を失っていたことの罰なのか?」


「あなた、まだ正式に結婚が決まったわけではありませんわ。これから先、アロルドさんがエリアナさんに相応しくないとなるかもしれませんし、エリアナさんがアロルドさんに相応しくないとなるかもしれませんのですから、その時は結婚を認めないとすればいいのですよ」


 お義母さんはそう言うと意味深な眼差しで俺達を見る。

 後ろでエイジ君が『こえーよ、帰りてーよ』ってすげぇ小さい声でぼそぼそ言っているけど何が怖いんだろうか良く分からないので後で話を聞こう。


 まぁ、なんにせよ、婚約だけでも許してもらえただけでも充分だし、そのことについてはお礼を言おう。


「お義父さん、お義母さん、婚約を認めていただきありがとうございます。これから先、お嬢さんに愛想を尽かされないように頑張ります」


「あら、お義母さんだなんて。息子が増えてしまったようだわ。でも、アロルドさん、私たちはまだ身内ではないので、そういう呼び方はやめてくださらないかしら?」


 嫌と言いながらも笑ってくれているから、本当はもっと言ってほしいんじゃないかな。

 まぁ、それは今度会った時にしようかな、とりあえず今日の所はエリアナさんの要望を完全に叶えられたわけじゃないけど、ほどほどには叶えてあげたわけだし、これで充分だろ。


「じゃあ、アロルド君。話もまとまったことだし、帰りましょうか?」


「帰るとはどういうことだ。戻って来たのではないのか!?」


 いや、エリアナさんは俺の屋敷に住んでいるわけだし、帰るって言ったら俺の屋敷だろ。

 エリアナさんが立ち上がってので俺も立ち上がると、エリアナさんは再び俺にピッタリと寄り添う。


「待て待て待て! 同棲は駄目だ! そんなふしだらなことは私が許さんぞ!」


「今更、まともな父親ぶらないでくださいます?」


 まぁ、娘を追い出しちゃったからなぁ、お義父さん。

 何を言っても説得力に欠けるのは否めないよね。


「お父様、お母様、失礼いたします。次に会うときは結婚式にしますので、ちゃんといらしてくださいね。親族の席に誰もいないという寂しい結婚式は嫌なので、こうして顔を出したのだと理解していただければ幸いです。そういう事情が無ければ顔も見せなかったということも察していただければ尚良いのですが」


 最後の最後で何を言っているのかな、エリアナさん。

 いやまぁ、結婚するなら結婚式を挙げる必要はあるし、その際に俺もエリアナさんも家から追い出された身だから親族席は空になりそうだけどさ。

 それが嫌だから、わざわざ来たっていうことなの?


「私はなるべく多くの方に祝福されたいのでそこの所を忘れないように」


「ええ、エリアナさん、理解していますよ。結婚式が開かれるなら・・・・・・、私たちは必ず出席しますので。出席できなかったら恥をかいてしまいますし、血縁者の結婚を知らなかったということがあればイスターシャ公爵家の名に泥を塗りかねないので」


 お義母さんはニコニコしていて楽しそうで何よりです。


「お父様はそうではないかもしれませんけれど、私はアロルドさんを歓迎しているので、そこは勘違いなさらないでね。今のままなら・・・・・・アロルドさんはイスターシャ公爵家にとって有益な人物ですし何も不満はありませんわ。どうか娘をよろしくお願いします」


「言われずとも大丈夫です。お二方のように一時の気の迷いでエリアナを手放すようなことはないと思うので、その点だけはご安心ください」


 よろしくって言われたから、大丈夫だ任せておけっていうつもりで言ったんだけど、なんかお義父さんとお義母さんからイラッとした気配を感じたんだけど、何かあったんだろうか?

 でもまぁ、気にするようなことじゃないかな。


 そんなこんなで今すぐの結婚は無理だけど、結婚の約束。つまりは婚約をエリアナさんのご両親に正式に認めてもらえました。ついでにエリアナさんもイスターシャ公爵家の人間に正式に戻ったとか。

 まぁ、正直な所、いきなり結婚と言われても実感が湧かなかったし、少し猶予期間があってもいいと思うんだ。

 そういうわけなんで婚約という落としどころを見つけてくれたエリアナさんのお母さんには感謝しかありません。エリアナさんも、この結果に充分満足がいっているようで良かった良かった。


 そういえば、エリアナさんの実家から帰る時、屋敷の方から人間の頭サイズの石が飛んできてエイジ君の頭に直撃したけど何だったんだろうね?

 まぁ、エイジ君は死にはしなかったから取り立てて大騒ぎすることでもないし放っておいてもいいか。

 エリアナさんも『お母様のいつもの発作だから』気にしなくて良いって言ってたし、俺も気にしないでおこうっと。







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