お約束をしよう
王城から帰ってくると俺の屋敷の前に物乞いがいた。
「あ、アロルド殿!」
物乞いは俺に気付いたのか馴れ馴れしく名前を呼んでくる。
物乞いごときが俺に気安く話しかけてくるとはどういう了見なんだろうかと思い、俺は物乞いの姿を改めて確認してみる。
見た所、鎧を着ていて、腰に剣を帯びた綺麗な女の人だった。
女の物乞いっていうのは珍しい。女の人は食うに困り、どうにもならなくなれば最終手段として体を売るっていうのが出来るので、物乞いに落ちる割合は少ないんだとかいう話をどこかで聞いたな。
「何か用か?」
とりあえず用件を聞いてみました。どうせ何か恵んでくださいってだけだろうけども。一応、話だけでも聞いてやろうと思う。
「用があると言えばあるのだが、その……」
物乞いの女は言い出しづらいことがあるのかもじもじとしている。
身なりは武装して物騒だけれども、仕草は女性らしくて素敵だと思う。ちなみに武装して物騒はダジャレなんだが、口に出しておくべきだっただろうか? 武装と物騒でかけてるんだけれど、ちょっと高度かもしれないな。ついていける奴は少なそうだから黙っていることにしよう。
「出来れば……。いや、これを口にしては騎士の恥だ。でもなぁ……」
一人で悶々としてるんだけど、どうしたら良いんだろうか?
俺としては物乞いに構っている暇はないんだよなぁ。ぶっちゃけ忙しくないけど、忙しいふりしていないといけないから暇じゃないんだよ。
もう面倒くさいから、こいつのことは無視して屋敷の中に入ろうかな――
「あら、ヒルダじゃない。何をしているの?」
――と思ったら、屋敷の敷地内からエリアナさんが姿を現し、物乞いの名前を呼びました。
ああ、そう言えばヒルダさんだったね。すっかり忘れてました。
誰だよヒルダさんを物乞いだとか思っていた奴はさ。こんな身なりの綺麗な物乞いがいるわけないじゃんね。俺だったら、一目見ただけで、どこかのお姫様かな? って感想を抱くよ。
「いや、何をしているのかと聞かれると少し困るんだが――」
「聞かれて困ることをしているのかしら?」
「いや、そんなことは無くてだな。なんというか、その……少し恥ずかしい頼みがあってだな」
なんか面倒くさいなぁ。
「立ち話もなんだ、長くなりそうなら中で話そう」
立ち話をしているのも疲れるし、いつまでもヒルダさんが話すのを待っているのも間抜けな感じがするんで俺はヒルダさんを屋敷へ招き入れることにしました。座って話すのも立って話すのもたいして変わらないわけだしさ。
しかし、そんな流れで屋敷の応接間へヒルダさんを招いたはいいものの――
「いい加減、用があるなら話してほしいんだが?」
もじもじするばかりで一向に話そうとしやがらねぇ。なんなんだろうか、この人は?
「ああ、うん、そうだな。話さないといけないっていうのは分かるんだが……」
「どうせ、イーリスの護衛をクビになって、家を追い出されたとかそんな話でしょう?」
ヒルダさんの代わりにエリアナさんが口を開きました。
なんだ、勘当でもされたのか? それなら、どういう理由で勘当されたんだろうか気になる所だね。
「なんで、それを知っている!?」
「普通に考えて分かるわよ。だって、貴女は勝手に部外者をイーリスに接触させて、独断で護衛として私たちをつかったんだもん、これはクビ案件ね。そして、軍務卿であらせられる貴女のお父様からすれば、それなりに責任のある立場の貴女の独断専行を許すわけにはいかないわ。自分の娘だからって甘い処分をすれば公人としての資質を疑われることになるのだし」
エリアナさんが説明してくれているけれども、俺もヒルダさんも話についていけてないぞ。
できれば、そういう話は終わりにして、お茶でも飲んでノンビリ過ごそうぜ。俺としては美人二人に囲まれてお茶とかで、セイリオスと顔を会わせて摩耗した精神を癒したいんだけど。
そういえば、何かやることがあった気がするけど、それは明日で良いや。明日でもいいことは明日やろうぜ。
「そ、そういうことなのか? 父上は私にはちゃんと説明してくれなかったぞ? 父上は私にアロルド殿の元に行けとしか言わず、家を追い出したのだし」
へぇ、ヒルダさんのお父さんが俺の所に来いって言ったのね。綺麗な人を寄越してくれてありがとうございますってお手紙でも送りましょうか?
「ああ、それってアロルド君の女になれってことよ、きっと」
「は?」
え? そうなの?
全くの予想外だったのか、ヒルダさんが目を丸くしているし、俺もちょっと驚きです。
そりゃヒルダさんは美人だし、俺の女にしていいっていうなら俺としては嬉しいし、喜ばしいことだと思うけど、ヒルダさんの気持ちも大事なんじゃない? 俺は嫌がる女の子を無理やり物にする趣味は持ってないしなぁ。心の内では泣きながら日々を過ごすってヒルダさんは見たくないぜ。
まぁ、俺には人の心の内を見通す力はないから、ヒルダさんが内心を隠していても気づかないから、実際は問題ないのかもしれないけどさ。気づかなければ、無いも同じなわけだし。
「何を驚いているのよ。アロルド君は今の所は王国で一番の武力を有しているし、戦功だって挙げていて王国内における影響力では並ぶ者がいないのだし、関係を深めておきたいと思うのが普通よ? そのためなら娘を差し出すのだって惜しくないと思うわよ?」
「いや、それはおかしくないか? 私は婚約者が決まっていたんだぞ?」
「そんなの都合次第でいくらでも変わるわよ。貴女のお父さんからすれば、今の婚約者の近衛騎士団長の息子さんより、アロルド君の方が魅力的だったんでしょう」
男の人に魅力的だと言われるのはあんまり嬉しくないなぁ。
ヒルダさんのお父さんが、ソッチの趣味だったらどうしましょうかね?
「というか、貴女のことだから、どうせ家に帰った際にアロルド君が格好良かったとか、無邪気に貴女のお父さんに言ったんでしょう。憎からず思っているなら、アロルド君でも良いかという親心もあったんじゃない?
「確かに言った覚えはあるが……」
「それと貴方、あんまり今の婚約者のこと好きではないみたいだし、好きでもない相手と娘が結婚するのも哀れだとか思われたのかもね。貴女のお父さんからすればアロルド君が相手でもさして問題は無いのだし、それならいっそ娘の好みの方でという感じじゃないのかしら?」
つっても、いきなり娘さんを送り込んで込まれても困るんですけど。
できれば、もう少し話を詰めてからさぁ。
「まぁ、確かに今の婚約者に対して気に入らない部分はある。私自身に女性としての魅力が欠けているという自覚はあるが、それでも多少は心配してくれてもいいとは思わないか?」
あれ、なんだか話の流れが変わっていません?
「私が戦いに巻き込まれて人を斬ったという話をしても、あの男はイーリスの心配だけしていたのだぞ! 婚約者であるはずの私のことなどは眼中になしだ。私の方にも恋愛感情は無いとはいえ、それはあんまりだと思わないか!? あんな男とは一緒にはなれん、奴にはほとほと愛想が尽きた!」
うーん、溜まりに溜まっていた鬱憤が爆発してしまったようですね。
「貴女のお父さんもそういう貴女の気持ちを読み取ってアロルド君の所に送ってよこしたのかもしれないわね。――で、本題だけど結局どうしたいの?」
ああ、そういえば、それをハッキリさせないとな。結局の所何をしにきたのか分からないし。
「私はただアロルド殿の所に置いていただければそれでいいだろうと思っていて――」
「置いたとしてどうするの? 何もせずに穀潰し?」
「言われれば何でもするぞ」
何でもするって簡単に言って良いんでしょうかね?
つーか、何でもって簡単に言うけど、できないことだってあるだろうに安請け合いしていいのかな?
なんかエリアナさんが悪い顔をしているけれども、大丈夫なんでしょうかね?
まぁ、ヒルダさんは友達みたいだし、そんなに無茶なことは言わないと思うんだけど――
「じゃあ、アロルド君の側室になって」
「は?」
側室ってなんだろうね?
まぁ、俺が知らなくてもなんとかなるだろう。エリアナさんとヒルダさんは理解しているみたいだし、ここに三人いる内の二人が分かっているってことは六割の人間が理解しているってことだし、それだけの人が分かっていれば充分だろう。
「いや、え、えーと、急に言われても困るんだが……」
「何でもするって言ったじゃない。それにこれは貴女のお父さんも望んでいることだし、私としても有り難いわ。それなりに良い家柄の子が奥さんの一人になってくれると、家柄を理由に有象無象を断りやすくなるもの」
そういや、王都に帰って来てから、俺に女の子を紹介しようとする人が増えたんだよな。
なんで急にモテだしたかは分からないけども、いろんな人に好かれるってのは良いことだと思うし、悪いことではないから気にしていなかったけど。
でも、殆どの女の子はエリアナさんに門前払いを食らっていたんだよなぁ。
「奥さんはいっぱいいた方が良いわ。コネが出来るものね。でも質の悪いのは却下。顔が良くて、能力があって、性格が良くないといけないのだけれど、ヒルダは充分に条件を満たしているから、私的には問題なしだわ」
「いや、待ってほしい。エリアナはそのアロルド殿を婚約しているのだったよな? 自分の夫となる男に余計な女がくっつくのは平気なのか?」
「平気よ。だって私が一番だもの。私より優れていて、アロルド君の寵愛が私より向けられそうな女なら排除するけど、貴方とかカタリナとかキリエとかだったら私より下だし、私より劣っている女がいくらいても私の優位は揺らがないのだから、いくらいても問題ないわ。むしろ私が一番だってことを強く認識できるから、アロルド君の周りの女の子は多くても構わないのよ」
そういや俺の周りにいる女の子はエリアナさん以外、見た目は良いけど控えめな感じの子しかいないよな。
もしかしてエリアナさんに排除されてきたのかな? だとしたら怖いような気もするけど、全部排除されなくて良かったと考えるべきなのかな。
「妻としての序列は私が一番! それさえ理解してくれていれば、別に何をしようが構わないわ」
ヒルダさんがどういう反応をすればいいのか分からずに助けを求めるような眼で俺を見てきます。
俺もどうすればいいかは良く分からないけど、とりあえずヒルダさんは行くところあるのかな?
「エリアナの話は置いておくとして、ヒルダ嬢は俺に断られたとして行くところがあるのか?」
行くところが無いのなら大変だね。頑張って野宿してくださいって感じです。
「それは、なんとも恥ずかしい話だが考えが無くて……」
「なら泊まっていきなさいよ。別にアロルド君がどうとかじゃなくて、友達としての提案だから遠慮しなくても良いわ。アロルド君も良いわよね?」
「ああ、構わない。幸い、俺の屋敷は急な来客が来ても百人くらいなら泊められる程度には大きいので、ヒルダ嬢には不便はかけさせないだろう」
綺麗な女の人がお泊りとか、割と興奮するシチュエーションだよね。
俺としては願ってもない状況なのでエリアナさんの提案を断る道理がないので了承しました。
まぁヒルダさんが泊まったとことで俺が何をするわけでもないんだけどね。お互い未婚の身の上だし清い交際をしなきゃ駄目だと思うのよ、俺はさ。
やりたくなったからってすぐに行為に及ぶとか動物じゃないんだから、もっと理性的に行こうぜってな感じです。
「感謝する。私としては、その、今すぐアロルド殿と男女の関係になるのは抵抗があるので難しいが、泊めてくれた恩は必ず返そう」
難しいって表現が良く分かんないな。それって、不可能ってわけじゃないってことか?
ヒルダさんは俺と男女の関係なっても良いとか思ってんの?
まぁ、俺は綺麗な女の人とだったら、喜んでそういう関係にはなりたいと思っているから望むところなんだけどさ。
「まぁ、別にアロルド君とどうなろうが私は構わないけども、それならそれで、今後の身の振り方もあるし、色々と考えておくことね。恩を返すなら、そういう諸々が決まってからにしてちょうだいね」
とりあえず、ヒルダさんをうちに泊めるということで、この話は終わりかな?
ヒルダさんが俺の側室だかになるみたいな話だけど、俺の正室って何時決まったの? つーか、俺が結婚する流れになってるけど、みんな承知の上でのこの話の流れなんだろうか?
それなら、ここで俺が知らないっていうと馬鹿みたいで恥ずかしいし、黙っていた方が良いかな? よし黙っていよう。
そういや、エリアナさんに言わなきゃいけないことがあったんだよな。
「ヒルダ嬢の話が済んだのなら、俺も話があるんだが、良いかエリアナ?」
「何かしら?」
とりあえず俺はエリアナさんに半年間くらい王都を追い出されるという話をしました。
「あら、そうなの。じゃあ、旅行の準備をしなければいけないわね」
「ああ、そうなんだ。どこに行くかはまだ決めていないが、しばらく王都を離れることになると皆に伝えてくれ」
「分かったわ。カタリナとキリエは勿論のこと、ギルドの冒険者にも声をかけておくわね」
エリアナさんは王都を離れると聞かされても特に驚く様子は無く、すぐに理解してくれました。やっぱり頭の出来が良い人は違うね。
「いや、待ってくれ、横で話を聞いているだけの私が口を挟むのもおかしいが、なぜに二人はそんなに冷静なんだ。王都から追放なんだぞ?」
「別になんの問題もないわよ。これが一生だったら、私も色々と言いたくなるけど半年間なんだから、別に構わないわ。最近、働きづめだったし、ちょっと長めの休暇だと思えばむしろありがたいくらいよ」
「そんな簡単に言って……」
ヒルダさんは俺とエリアナさんを見て、ちょっと引いているけれども何かおかしいんだろうか?
別に王都が世の中の全てってわけじゃないんだし、王都からちょっと離れたからなんだってんだって思うんだけどな。俺にいわせりゃヒルダさんの方が深刻に考えすぎだと思うのよ。
「でも、王都を離れるとなると、やっておかないといけないことがあるわね――」
エリアナさんも旅行の計画を練り始めたようで、旅行の前に済ませておかなければならないことに思考を巡らせているようです。
俺は着の身着のままで今すぐ出発できるんだけど、そこは女の子のエリアナさん男の俺とは違って色々と準備があるわけで――
「決めたわ。王都を出る前に私の両親に会って、結婚の許しを貰うわ」
へぇ、エリアナさん結婚するんだ。
相手は誰なんだろうね? エリアナさんみたいな美人さんをお嫁さんに出来るとか、そいつは幸せだね。
「というわけでアロルド君。私の実家に一緒に行きましょう?」
いや、そういうのは結婚相手と行ってくださいよ。
それってアレだろ? 奥さんになる人の親御さんの所にいって、親父さんにぶん殴られて『貴様に娘はやらん! 欲しければ儂を殺して見せろ!』とかいう奴だろ?
別にエリアナさんと、その彼氏のために助太刀に行くのは構わないんだけど、俺って右腕怪我してるからなぁ。出来ることは左腕で鉄兜を握りつぶしたり、岩石を殴って粉砕するくらい?
娘を奪おうとするクソ野郎を殺す為だったら父親ってのは無敵になるとか、どこかで聞いたことあるし、ちょっと不安だなぁ。
「私たちの結婚の許しを貰いに行かないと」
「ああ」
あれ、結婚相手って俺だったのか?
結婚の約束は……したような気がするな。えーと、いつだったかな?
確か、城に連行される直前だったっけ? エリアナさん酔っぱらっていたのにそういうことだけは憶えているんだ。
まぁ、結婚の許しを貰いに行くのが俺ならば、無敵になったエリアナさんのお父さんを倒す助太刀はしなくて済むな。いやぁ、良かった良かった。
なんか、色々と間違っている気がするけど、間違い探しをするのが面倒だから気のせいってことにしておこう。
今はとりあえずエリアナさんが俺のお嫁さんになりそうっていうことを喜んでおけばいいよな。
いやぁ、エリアナさんは美人だし、性格も俺にとっては割と付き合いやすい方だし、こんな素敵な人をお嫁さんに出来るなんて俺は幸せ者だぜ。
「……少し冷静になった方が良いと思うのは私だけなんだろうか?」
ヒルダさんが何か言っていますけど、ヒルダさんだけだと思うので無視。
とりあえず、明日エリアナさんのご両親と会うことになったみたいなのは分かったけど、何か準備をした方が良いんだろうか?
まぁ、結婚しても良いですかって聞きに行くだけだし別に準備しなくていいよな。
明日エリアナさんのご両親と話す時は自然体で行くとしよう。
面と向かって話せば、エリアナさんの両親に俺の誠実な想いは伝わるはず……ところで誠実な想いってなんなんだろうか?
……あれ? 今、気づいたんだけど、もしかして結婚の許しを貰いに行くってご両親と顔合わせるわけだし、俺がエリアナさんのお父さんに殴られるのか?
え、ちょっと待って、どうしよう。なんか急に行きたくない気分になったんだけど――
「お父様もお母様も私たちを祝福してくれるわよ、アロルド君」
エリアナさんは乗り気だし、どうすりゃいいんだろうな。
これを断ったら、エリアナさん泣きそうだし、全く困った展開になったぜ。
エリアナさんと結婚するのはいいけど、そのためにエリアナさんのお父さんに殴られるのは嫌なんだよなぁ。
さて、どうしたもんかね。




