夢中の別れ
目を覚ますと知らない場所だった。いやまぁ、実はなんとなく見覚えあるんだけどね。
なんかもやもやとした、だだっ広い真っ白な空間なんだけど何でこんな所にいるんでしょうかね。
えーと、ここに来る前は…………何があったか思い出せないな。
疲れたからエリアナさんと一緒にノンビリお酒を飲んでいたような記憶があるような無いような。実は一人で飲んでいてエリアナさんは俺の空想の産物だったとかいう展開もしれないな。
しかし、そうなると俺が今まで一緒にいたエリアナさんも本物なんだろうか、実はそれも空想の産物なのかもしれない。いや、もしかしたら俺のいる世界そのものが幻で俺自身も誰かの空想の産物なのかもしれないぞ。
自分の存在が現実の存在であるかを真に確認する方法はないんだよな。
「いや、現実の存在だから」
おや、いつの間にか誰かいるようですね。
えーと、どこかで見た顔だけど、どこで見たんでしたっけ?
黄色っぽい肌の色の貧弱な体格の男の人ですけど、こんな知り合いはいたかな? いたような気もするけど、まぁどうでもいいか。
「いや、流すなよ。もっと真剣にさ」
なんだよ、馴れ馴れしいな。どこの誰だか知らんけど俺に気安く話しかけてんじゃねーよ。
基本的に許すけど、許したくない気分の時もあるから馴れ馴れしいのは止めてくれません?
つーか、お前誰だよ、まずは名乗れよな。
「何で忘れてんだよ、ハルヨシだよ、ハルヨシ。前にここで何度か会ってるだろ?」
ああ、ハルヨシ君ですか。
そういや会っていたよな。うーん相変わらず地味でパッとしないなぁ。こんな地味な雰囲気で生きていくのって楽しいんだろうか? 俺は派手なのが好きだから理解できないなぁ。
「うるせーよ、俺は目立ちたくないから平凡な感じで良いんだよ」
ああ、そうですか。
まぁ、そういう人生も良いんじゃない? 俺は嫌だけどさ。
しかし、平凡な人生を送りたいっていう割には、君の顔はなんだか平凡な人生に似つかわしくないほど疲れ切っているようだけど。どうしたんでしょうね?
「アスラに訓練と称したお仕置きを受けたんだよ。本当に辛かった……まぁ辛い思いしたせいで、色々と出来るようになったけどな」
ああ、そういや、こっそりとアスラさんの所から逃げ出そうと色々としていたんだっけか?
「ああ、自分の世界に帰るためにアスラの力を盗もうとしていたけど駄目だった。で、盗もうとしていた罰として色々とさせられたってわけだ。いやもう、本当に辛かったぞ、あの野郎のお仕置きは」
まぁ疲れている表情を見ればだいたい分かるよ。でも、なんだか吹っ切れた表情をしているようにも見えるのはどういうことなんだろうかね?
「お前が戦争をしている間に俺も人生経験を積んできたんだよ。色んな異世界に修行に出されたし、それに知りたくないことも知ってしまったしな」
はぁ、そうですか。そりゃ大変だったね。
俺は興味ないから、どうでもいいです。
「お前なぁ、できれば聞いて欲しいんだよ、俺は。だから、なんか意味深に話しているんじゃないか」
んだよ、構ってちゃんかよ。鬱陶しいなぁ。
どっかに消えるかしてもらいたいね。それか自分のいた世界に帰りたいみたいなことを言っていたから帰れば良いんじゃない? 帰りたいって気持ちになるくらいなんだし、元居た場所は良い所なんだろ。
「いや、それが無理なんだよ」
なんかハルヨシが寂しそうに笑っています。帰り道が分からないのかね?
まぁ、気にすんなよ。俺も出かけると帰り道分からなくなるけど、毎回なんとか帰れてるし、ハルヨシも帰れるんじゃない? 帰れなかったら野宿でもすればいいと思うよ。
「帰り道は分かるんだよ。ただな、帰っても居場所がないんだ」
だったら居座る場所を作ればいいんじゃないですかね?
人や物をどかすなり、頼んで場所を詰めてもらうとか色々とやりようはあると思うけども。
「それができれば良いんだけどな。でも、死んだことになっている奴にそれができるんだろうか?」
ん? 何を言っているんだろうかね、ハルヨシは?
自分が死人だと言いたいのかな。俺の見た限りじゃ生きているようにしか見えないけど――
「いや、死んでいるよ。あの野郎は何も言わなかったし、俺も完全に忘れていたけど俺は死んでいた。ヲルトナガルは転移って感じで俺をこっちに連れてきていたが実際は違ったってわけだ」
はぁ、そうなんですか。じゃあ、幽霊ってことかな? いやん、幽霊怖い、夜眠れなくなっちゃう。まぁ、眠くなったら寝てしまうんだけどね。
しかし、幽霊の癖に転移してくるとか、俺の世界に来たらどうなるんだろうね? 幽霊のままやって来ても、除霊されて御終いの気がするんだけど。
「元の世界で死んだりして元の肉体みたいな、実体をもたない奴が異世界に来るときに取る定番の手段があるから問題はないんだよ」
あんまり興味ないな。聞いているふりしてるから勝手に話してていいよ。
「それは転生って言ってな、生まれてくる赤ん坊に乗り移り、記憶とかを持ったまま赤ん坊から人生をやり直すんだ」
うわぁ、面倒くさそう。
この歳まで生きていくだけで相当に面倒くさいことがいっぱいあったのに、それをもう一回こなしていくとか勘弁なんだけど。
「俺も転生は嫌だな。流石に赤ん坊からやり直すのは辛い」
いや、ハルヨシは転生した方が良いんじゃない?
赤ん坊からやり直せば、今より少しは顔が良くなるかもしれないぜ。
「転生した方がブサイクでしたっていうオチが見えそうだな」
おや、なんだか余裕があるね、ハルヨシ。
前だったら、なんか言い返してきそうなのに、今は冗談を返すようになっていてなんだか不思議。
「まぁ色々あってな。余裕ができたというか、色々とどうでもいいんだ」
そんな捨て鉢にならずに、前向きに生きていこうぜ。
俺なんか後ろ向きになったこと一度もないぜ。後ろ向きになっても、向いた方向を前と設定し直して進んでいくから、常に前向きだ。
「流石に今はそういう気分にはならないな。生きていると思ったら実は死んでいて、自分の世界に帰ったとしても肉体は死んでいて存在しない。まぁ、それ以前にヲルトナガルの口車に乗って、こんな状況になってしまった自分が情けない。転移だと思ったら転生で、そのうえ転生には失敗して、行くはずだった異世界を真実を何も知らずに眺める日々だ」
だったら、思い切ってその転生とやらをしちゃえよ。ここでグダグダしてるよりはいいんじゃねぇの?
「何も知らない頃だったら、それも良いかもしれないと思っていただろうけど、最近はそれもどうなんだろうなって思うようになってきてな」
ハルヨシは疲れた表情で俺を見る。
複雑な想いがその眼差しには籠っているけど、その想いの全てを察することは難しい。
「俺が赤ん坊の中に入ると、その赤ん坊の元の精神は消える。自分の都合で人間一人を消してしまっていいのか。そして、消してしまった精神の代わりが俺で良いのかってな」
良いんじゃないの? まずは自分の都合を優先しようぜ。
「俺が代わりになったから出来ることもあるんだろうけど、俺には逆立ちしたってできないことがある。本来の精神と人格ならば果たせたことも、俺が肉体を奪ってしまったせいで果たせない。それで幸せになる人間もいれば不幸せになる人間もいる。それを思うと転生して生まれてくる誰かの肉体と精神、そして未来を奪うのは抵抗があるんだよ」
どういうわけかハルヨシは俺を見つめている。
何か言いたいことがあったら言ってくれりゃいいのにね。
「俺にだって言いたくないことくらいある。我慢してくれよ」
じゃあ我慢しましょう。
「そもそも、お前の世界なんて恐ろしくて行きたくねーよ。それに、お前の周りの一癖も二癖あるような奴らと上手くやっていくなんて御免だし無理だ」
そうかなぁ。割と良い所だし、俺の周りの奴らだってムカつくところはそれなりにあるけど普通の奴らだぜ?
「そう思えるようなお前じゃないと無理だったんだろうな。俺はお前の様になるのは無理だ」
そうかなぁ、ハルヨシも頑張ればできるんじゃない?
「身の程くらいはわきまえてる。俺がお前に代わったって、お前と同じことは出来なかった。それくらいは分かるんだ」
ハルヨシはなんだか寂しそうな感じだけど、どうしたんだろうね。
「何も知らなかった時はお前のことはどうしようもない奴だと思っていたけど、今なら素直に凄いと思えるよ。俺はお前の様にできなかっただろうし、お前で良かったんだと思う」
なんだ褒めてくれてんの? もっと褒めても良いぜ。
しかし、なんか変な物言いだな、まるでハルヨシが俺の代わりになる予定だったみたいな。
「調子に乗られると嫌だから褒めねぇよ」
そりゃ、残念だ。で、褒めないならどうすんの?
グダグダと意味のない話をするためだけに来たわけじゃないんだろうし、本題があるならそっちに移って欲しいんだけど?
「本題って言われてもな。ただ、どうするのか聞きたかっただけなんだ。セイリオスをな」
どうって言われてもなぁ、散々ぶん殴られたから腹は立っているけど、一応兄弟だしなぁ。
逆襲しても良いような気もするけど、血の繋がった兄弟に対する情みたいなのがあるからな。ほら、小さい頃に家族とは仲良くしなさいって良く言われるし、仲良くした方が良いと思うんだけど――
「奴はお前と仲良くするつもりはないと思うぜ。それでもお前は奴と仲良くしたいって?」
向こうがどうとかじゃなくて、俺の気持ちというかなんというかね。
「奴を野放しにしておくと、お前の世界の人間が悲惨な目に遭うとしてもか?」
そんなこと言ったって良く分かんないんだよね。悲惨の程度がどんなもんなのかってのがさ。
新品の服を、すっ転んで泥まみれにしても悲惨と言えば悲惨だろ?
世界中の人間が悲惨な目にあっていても、それは俺から見ればたいしたことないってことがあるかも。まぁ、目の前で悲惨な目にあって可哀想な感じになっている人がいれば、助けてあげても良いかなって気持ちくらいにはなるだろうけど。
「やっぱり状況分かってないよなぁ」
ハルヨシはため息を吐きながら言うけれども、何故か口元には笑みが浮かんでいる。
「いつだって状況理解とか危機感やら何やらが欠如しているけど、そういう奴だったから今まで上手くいってきたのも事実だし、俺は何も言えねぇよ」
まぁ、なんだか良く分かんないけど人生で困ったことなんて無いしな、俺は。
困ったことがあっても忘れてるだけかもしんないけど。
「お前に自分で考えてどうこうしろって言うのは難しそうだから、じゃあこうしよう。俺はお前に頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
頼まれごとなら聞きますよ。
困っている人の頼みを断るとか単なる嫌な人だし、俺は嫌な人じゃないんで聞いてあげます。
今までもなるべく人の頼みは聞いてきてあげたし、それが人として正しいことだとも思うのよね。
正しい人間ていうのが何なのかは知らないし興味もないけども。
「じゃあ、セイリオス・アークスを敵と認識し、奴と戦い、奴を倒してくれ。それが俺の頼みだ」
えーと、なにそれ。
うーん、頼まれたからには何とかしてあげたいけど、どうしようかな。
つーか、なんでそんなこと頼む訳? ハルヨシ、セイリオスに何かされたの?
「何もされてないけど、こうでも言わなきゃお前は動かないだろうが。誰もお前に奴を何とかしろとは頼まないだろうし、事が起きたとしてもお前に奴を何とかしろっていう雰囲気になるだけだ。雰囲気ができたって空気が読めないお前は行動を起こしにくいし、俺が言ってやらなきゃどうにもならないだろ」
つってもなぁ、イマイチ乗り気になれないというか。
倒すにしても、あの野郎にボコボコに殴られそうだし――
「なら、しょうがないか。でも俺はお前に頼んだ、それだけは忘れないでくれ。……って言っても忘れるんだろうけどな」
ハルヨシはあまり執着する様子もなく、肩を竦めながら俺に微笑みかけてくる。
「俺はそっちの世界に行けなかったし、誰かになることも出来なかった。誰かになったとしても何もできなかったかもしれない。でも、そんな俺でも最後にそっちの世界のためになることができたような気がするから、少しは気分が晴れた」
何もしてないような気がするけどな。
「いや、しっかり頼んだろ。お前は人の頼みは聞いてくれるし叶えてくれるからな。これで大丈夫だ」
忘れそうだけどな。
「忘れても思い出してくれるだろ? 今までだって、そうだった。だいたいなんとかしてくれる」
ハルヨシはそう言って、俺に背を向ける。
どこかに行くんだろうか? 帰る場所がないとか言っていたし、あてもなくほっつき回るのも疲れるだろうし、もう少し話をして暇を潰してやってもいいんだけどな。
それにもう少し、俺に対して何か言いたいことがあるんじゃない?
「――家主を殺して家を奪おうとしていた奴が家主に面と向かって話すのも気まずいんだぜ」
何のことだろうか、言っていることが良く分からないな。
「分かってもらわれると俺が困るから、そのままにしておいてくれ。まぁ、気まずいってのも理由の一つだが、俺もそろそろ行かないといけないんだ。流石に色々と事情を知っておいて、いつまでもここに居座るのもどうかと思うし、どこか別の所に行こうと思う」
行く先は決まっているんだろうかね。
「アスラカーズに相談してみるよ。あいつはあまり好きじゃないし、あいつの助けを借りると良くないことが起こりそうだけど、住所不定無職の身で贅沢は言っていられないからな」
だったら、転生を頼んでみてもいいんじゃない?
そんで俺の世界に来ればいいんじゃないか? 多少は面倒見てやっても良いぜ。
まぁ、もしも俺の子供に転生してきたりなんかしたら、気持ち悪いから問答無用でぶっ殺すけど。
「そういうのは嫌だって言っただろ? 俺の話を聞いて……いや、聞いていないな。まぁいつも通りで何よりか。そうだな、もしも転生することにでもなったら、その時は頼むよ。なるべくお前の子供に生まれないように努力するからさ」
どうやって努力するのか想像できないんだけど。
「俺もだ」
じゃあ、言うなよ。つっても努力の仕方が分かんないし偶然はあるのかな?
それだったら本人の過失じゃないし、俺の子供として生まれてきても二三発殴るだけで許してやるとしよう。
「お前に殴られたら死んじまうよ」
ハルヨシは俺に背を向けたまま歩き出す。だが、不意に振り返り、俺に尋ねる。
「もしも赤ん坊だったお前の中に俺が入っていたら、どうなっていたと思う?」
何を言ってんだか、それって俺とハルヨシが肉体の主導権を奪い合うって話だろ?
そんなの決まってんじゃないか。
「お前の魂をぶっ潰して終わりだ」
俺がお前みたいなカスに負けるわけないだろ。
いくら赤ん坊で自我がなくても生まれ持った精神力で瞬殺ですよ。
あまりに当然のことを聞くので思わず声が出てしまったくらいです。
「じゃあ、俺は転生しなくて正解だったな」
ハルヨシはそう言うと笑みを浮かべる。
どういうわけか踏ん切りがついた表情になっていたけど、なんなんだろうね?
「いや、お前はとんでもないなぁってつくづく思っただけだよ。そして俺はお前にはなれないんだろうなぁって諦めがついたし、お前と同じことは俺には出来ないって完全に理解したよ」
そしてハルヨシは再び俺に背を向けると、俺から離れるように歩き出す。
その背中はどこか晴れ晴れとしていたように見える。
「俺の頼みを思い出せよ」
ハルヨシは俺に背を向けたまま、そう言い残し、段々と俺から遠ざかり、やがてその姿は霧がかかったように曖昧になり、ついには俺の視界から消え去った。
どういうわけだろうか、もう二度と会うことが無いような気がする。
たぶん会うことが無いだろうと思う人間は今までに多くいたが、それとは比較にならない確信とも言える感覚だった。たぶんではなく、絶対に会うことがないとさえ思えてくる。
色々と口うるさかったが嫌いじゃなかったように思う。
よくよく思い返せば気楽な相手だった。なにせ思ったことがそのまま伝わるんだから、言葉で話して誤解が生じることもなく気持ちが通じていたしな。
顔を合わせる機会は少なくても、一番話した相手のような気もするくらいだ。もっとも、口を動かした記憶はないけども。
こんなに急に別れることになるなら、もう少し仲良くしてやりゃよかったかな。まぁ今更言っても仕方ないことだけど。
――そういや、なんか頼みごとをされていたけど、なんだっけ?
まぁ、そのうち思い出すだろうし、どうでもいいか。




