和解
「何があったのか説明せよ」
ウーゼル殿下が馬上から偉そうに言いつつ、俺とセイリオスの間に割って入りました。
いやぁ、それはやめておいた方が良いと思うんだけど。今のプッツン状態のセイリオスの前に立つのは危険じゃない?
――と思ったけど、どういうわけかセイリオスから殺気が消えてしまいました。ついでに開いていた上着の前も閉じていますが、どうしたんでしょうかね?
まぁ、ウーゼル殿下が連れてきたっぽい完全武装した数十人に囲まれていれば慎重になるかな?
「ただの兄弟喧嘩ですよ、殿下。殿下も弟君をお持ちであるのですから男兄弟ならば良くあることとご存知でしょう?」
セイリオスは口元の血を拭いながら殿下に対して言う。
まぁ、兄弟喧嘩ってのは否定しないよ。でも、兄弟喧嘩って骨折ったり、命の危険があるくらいまで激しくやるもんだっけか?
「そのような怪我を負う兄弟喧嘩があるものか!」
どうやら殿下も俺と同じ意見のようです。
偉いらしい人が言っているんだから、きっと正しい意見だろうし、その人と同じ考えの俺も正しいよね。
なので、間違っているのはセイリオスの方だと思うんだけど、どうなんだろうか?
「何があったかは既に彼女たちから聞き及んでいる」
殿下はそう言うと兵士の集団の方を指差した。
その先ではエリアナさん達が無事な様子で俺のこと心配そうに見ている。
まぁ、心配だろうね。右腕は骨がなくなっちまったみたいにグニャグニャだし、左腕は変な方向に曲がってる。内臓を痛めてるのか時折、せき込むと血を吐く。こんな俺の姿を見て無事と思える人は少ないと思うし、心配するのが普通だよね。
「私が兵を引き連れここに来たのは彼女たちの言によるものだ。その際に貴公の振る舞いについても当然話は及んだのだぞ」
ああ、なるほど、修道院を逃げ出した後でそのまま殿下のとこに駆け込んだのね。
で、俺がセイリオスに殴られてますよって話をして、殿下やって来たわけか。
エリアナさん達が俺の弁護をしてくれたのかどうかは知らんけど殿下の標的は完全にセイリオスだね。殿下はセイリオスが何か悪いことしたんじゃないかと思っているんだろう。
殿下は俺に味方してくれそうな感じだけど、できれば数十人と言わずに数百人くらい兵士を連れてきてほしかったんだけどな。それかエリアナさん達がグレアムさんかオリアスさんを呼んできてくれりゃ良かったんだけど。
まぁ今更言っても仕方ないので黙っています。
「貴公にも言い分があるだろうと思い、まずは尋ねたのだがそのような愚にもつかない答えをするとは思わなかったぞ、セイリオス」
あ、呼び捨てなのね。まぁセイリオスの方が立場が下だからかな。ウーゼル殿下は王子で、セイリオスは伯爵家の次期当主ってだけだし。
「改めて問うぞ、セイリオスよ。何があった?」
ウーゼル殿下がセイリオスに鋭い眼差しを向けているけど、ぶっちゃけ怖くもなんともないんだよな。
俺がそうなんだし、セイリオスの方もそうなんじゃない? 殿下は威圧しているつもりなのかもしれないけど全く効いてないと思うよ。
「私と弟の間で考えの行き違いがあり、そのために喧嘩になったというだけですよ、殿下。高貴な御身を煩わせるようなことなど何一つありません」
セイリオスは悪びれる様子もなく言ってのける。
まぁ、事実だよね。俺もセイリオスの言っていることとかやろうとしていることについていけなくて喧嘩になったわけだしさ。
「良く言えたものね。イーリスを勝手に殺そうとしていたくせに」
エリアナさんがやってきてしまいました。
猫被っている様子もないんだけど、どういうつもりなんだろうか。そんだけ腹が立っているということですかね?
つーか、それは置いといて、ウーゼル殿下もそうだけどエリアナさんとかセイリオスの前に出てこないで欲しいんだけど。
「それはそうする必要があったというだけだ。王家をウーゼル殿下を守るために」
あ、王家のためのとか言い出しましたよ、こいつ。
うーん、それ言われるとどうなんだろう。悪意の立証ってできないよね?
善意の行動を起こしておいてそれが後で大きな過ちだったと分かっても、善意によるものだとなると情状酌量の余地とかあるのかな? まぁ善意か悪意かは立証のしようがないんだけどもね。
「よくもまぁいけしゃあしゃあとそんなことを言えるものね。独断専行で王国の兵士を死なせたくせに」
エリアナさんが苦虫を噛み潰したような表情になっていますが、どうしたんでしょうかね? ウーゼル殿下も面白くなさそうだし、なんぞ嫌なことでもあったんだろうか?
おや、殿下の連れてきた兵士がやってきて殿下に何か耳打ちしていますね。
「――聖堂の中にいた。いや、修道院の中の王国兵は全て偽者だそうだ」
はぁ? 聖堂ってなんでしょうかね?
「それは真ですか、殿下!?」
セイリオスが驚愕の表情を浮かべ、頭を抱えている。
思ってもみなかったって雰囲気じゃなく、なんか演技くさいんだよなぁ。
「これはどういうことだ、セイリオスよ」
殿下に尋ねられてセイリオスは必死に何かを考えている演技をする。
なんつーか、雰囲気っていうか匂いっていうか、そういうのでセイリオスを胡散臭いとしか感じられなくなってんだよね、俺はさ。
「――おそらく、私は罠に嵌められたのでしょう」
セイリオスは思いつめた表情で、いかにも責任を感じてますという雰囲気を醸し出している。
「全ては聖神教会の罠なのです。奴らは偽者の聖騎士たちを動員したうえで、偽者の王国兵を私に接触させた。私は聖神教会に踊らされていたのでしょう」
なんか嘘くさいけど指摘した方が良いのかな?
でもなぁ、それするとなぁ……
「何を言っている?」
ウーゼル殿下も困惑気味ですよ。いやまぁ、たぶん全員が困惑していると思うんだけどさ。
「教会は偽の聖騎士を動員した。その聖騎士たちの手でイーリス嬢が魔族であるという偽証をすれば魔族を妃に迎えようとしていた王家とウーゼル殿下の権威は失墜したでしょう。それに加えて教会は偽の王国兵を動員し、先だって修道院に向かわせた偽の聖騎士と殺し合わせれば、王家が口封じのために聖騎士達を抹殺しようとしたという構図を演出することができる」
「偽者たちを使う意味がない」
「いいえ、あるのです。偽物の王国兵を使えば当然ですが殿下や王家は関わりを否定するでしょう。それを教会は王家側の言い逃れとして糾弾し、民衆に対し王家の不正を訴えるでしょう。そうすれば王家の権威は更なる失墜を迎えます。イーリス嬢が魔族であるという疑いがある現状においては大義名分は残念ながら教会側にあるのです。事が起これば教会側はイーリス嬢が魔族であるということの証拠隠滅を王家が画策したと声高に主張するでしょう。そうすれば移り気な民衆の目には王家側が魔族の疑いのあるイーリス嬢を庇っているとしか見えなくなるはずです」
なげーよ。要約してくんねぇかな?
俺が要約すると、教会はとりあえず色々とあった時に言い逃れ出来るように参加者を偽者で固めてたってこと? でも本物っぽい聖騎士もいたよな?
まぁ、それは置いといて、偽者の王国兵が修道院に来ると、そんなの送ったのは知らないから王家は『俺なにもしてねーよ、そいつらなんか知らねぇから』って言うよね。
すると教会側が――
『人が死んでんねんぞ、それなのにこいつら言い逃れしてますわ。こういう奴ら胡散臭くねぇ。やっぱりイーリスって女は魔族でそいつを庇ってるんだろうなぁ。やっぱり俺らが疑っていたのは事実なんじゃね? 事実を知ったから俺らの手下は殺されちまったんだ。そこら辺にいる皆さんはどう思いますかね?』
で民衆はというと――
『良く分かんないけど、疑われていた人が死んだり行方不明になってたり、その人関係で人がいっぱい死んでいたら何かあるんじゃない? え、実は王家が兵士を送っていたって? そんでいっぱい兵士の死体があるけど、それは王国兵の偽者だって言ってるの? いやぁ、俺は平民だからって何もわからないわけじゃないぜ。王家は怪しい! 間違いない! 教会? うーん、教会の人は疑わしい人を調べに言ったんだよね、それなのに殺されちゃって大変だね。とにかく話だけ聞いてると、兵隊を送ったくせに王家は自分たちは何もやってないって言ってるんだろ? 何か嘘ついてる感じがするぞ。失望しました、王家のことを信じるのをやめます』
うーん、要約になっていないぞ。
まぁ、俺にとっては特に重要な話でもない、世間一般の人にとっても今の段階では重要な話じゃないような気がするし、この場はスルーしておきましょう。
「そうなると、貴方にも非があるわね。イーリスを殺そうとしたことは間違いなく王家を追い詰めることに繋がったわ。それについてはどう言い訳するつもりなのかしら?」
だぁかぁらぁ、エリアナさんは下がっていてくれませんかね? 不用意にセイリオスに話しかけたり近づいたら良くないって。
「言い訳のしようがない。見事に踊らされてしまったのだからな。王家のためのと思いながら行動しながらも、実際は王家を窮地に陥れる企みに加担していたとは面目次第もない」
「己を非を認めるというのだな。独断行動を行いイーリスを殺害しようとし、更には自覚は無かったものの王家を窮地に陥れようとしたことを」
殿下も愛しのイーリスが殺されそうになったから熱くなってんのかな。
もう少し冷静になってもらいたいんだけどな。俺は冷静に見えるけど実際の所は体中痛くて何もする気がないだけですし、エリアナさんは俺が怪我してるのが面白くないのかちょっと怒り気味ですし、カタリナ、キリエ、ヒルダさん、その他大勢の兵士さん達はみんな成り行きを見守るくらいで何もしやがらねぇしさ。
これはなんか良くない流れだと思う。
「確かにその通りです、殿下。この度の一件に関しては私は言い逃れのしようもない失態を重ねました。その咎に対しての罰は幾らでも受け入れる所存でございます。ですが――」
言葉の最中、セイリオスは急に涙を流し始めた。
嘘泣きじゃなく、本気で涙を流していて、ちょっと引くんだけど。どうしたんだよ、こいつ?
「ですが、私のこの行いは全て王家を思ってのことだと理解していただきたい! アドラ王国と王家の未来を思えばこそ、私はこのような汚れ仕事を自らの判断にて行うことを決意し、事に及んだのです!」
なんかセイリオスに場の空気が呑まれてるような雰囲気があるんだけど、どうすんだろうね、これ?
「その結果、王家に不利益が及んだのならば臣下として罰を受けるのは当然であり、その覚悟はもっております! ですが、どうか! どうか! この場にいる方々には理解していただきたい! 此度の私の行いには欠片も私的な思惑などなかったことを!」
うーん、見た感じは凄まじく熱がこもってんだけど、さっき滅茶苦茶にぶん殴られた身としては、ちょっと話を聞いていると白けるし、まともに聞いてやろうって気がなくなるな。
「しかしながら此度の私の過ちは命を持って償わなければならないことでしょう! 私自身は踊らされていたとはいえ、王家を危うい立場に追い込む恐れのあるようなことをしでかしてしまったのですから! そのことについて抗議をするようなことなどは私は致しません! どうか私の胸を、その手に持つ槍で貫き、我が身に裁きを!」
セイリオスは殿下の連れてきた兵士たちに呼びかける。
「そして君達にだけでも憶えておいてもらいたい! 王家に忠誠を誓い、身を尽くすことを心に決めながらも、それを果たすことのできなかった愚かな私のことを! そして願おう! 私を貫いた槍を持つ君達に私の想いが伝わり、王家に対して変わらぬ忠誠を抱いてくれることを」
セイリオスは堂々とした物言いで、兵士たちの前に身を晒す。
兵士たちの方は完全に戸惑っているようで、セイリオスに対して危害を加えていいものか迷っているようだ。
つーか、言ってることがズルいんだよな。全部王家の為だとか抜かして、主君思いだけど行き過ぎて失敗したみたいな雰囲気にして、もしかしてこいつはそこまで悪い奴じゃないようなって気持ちに兵士たちをさせてるしさ。
「さぁ、殿下! どうか彼らに私を貫くご命令を! 私に罪があるというのならそれは罰せられるべきです! どうか、この忠義を果たせなかった愚かな臣下に裁きという救いをお与えください!」
これで一応、ウーゼル殿下の一言があればセイリオスを殺せるんだろうけど、ちょっと殿下にはきついような。
正直な話、殺さなきゃならないほどセイリオスは悪いことをしたかっていうと、俺的にはしている気がするんだけど、この場の雰囲気だとセイリオスも教会に踊らされた被害者みたいになってんだよね。
セイリオスは自分のやったことは全部王家とか殿下のためみたいな物言いだし、王家に尽くしたらしい忠臣みたいな奴を情状酌量の余地もなしに、この場で殺しちゃっても良いんですかって雰囲気なんだよな。
そもそも、この状況は最初からセイリオスに有利過ぎるんだよなぁ。
言いくるめることができれば良し、それが無理ならばここにいる全員をぶっ殺せば済む訳で、何があっても大丈夫って感じだしさ。
「う、うむ……」
あーあ、殿下が場の雰囲気に呑まれてしまいました。
殿下の連れてきた兵士が露骨にセイリオスを殺すのは嫌って感じだし、殿下は困るよな。
兵士からすれば、もしかしたらセイリオスは良い奴で今回は騙されただけに見えてるかもしんないし、そんな奴を不当に殺したりして後で何か言われたり、責任を取らされるのは嫌だろうしな。
ここで殿下が、『私が全ての責任を取るのでセイリオスを殺せ』とでも言ってくれりゃ兵士も渋々ながら言うことを聞いてくれるかもしんないけど、殿下には無理かな。
まぁ、無理であった方が良いのかもしんないけど。だって命令したら間違いなく皆殺しにされただろうしね。
「確かに今回の貴公の行動には問題があったが、貴公をここで断罪し命を奪うほどではないとも私は思う。しかし、王家を危険にさらした以上、何の処分も無しというわけにはいかない。追って処分が下されることになるであろう」
「殿下!」
エリアナさんは不満気だ。俺としてもこの場から逃がすのはヤバい気がするから、殿下には頑張ってセイリオスを殺してほしいから、不満て言えば不満なんだけども、ちょっと分が悪いのも事実なんだよな。
なんにせよエリアナさんがセイリオスとことを構えると危ないので、ちょっとエリアナさんの側に行きましょう。
「この場から彼を逃がすことは後々のためになりませんわ!」
「逃げるなどと人聞きが悪いなエリアナ嬢。私はどんな罰でも受けるつもりであり、私は罰が下されるまでこの場を離れ屋敷にて待機するというだけだ」
そういうのが嘘くせぇんだよな。つーか、俺の勘だけど、この場で殺しきれないと当分セイリオスは殺せない気がするんだよね。だから、今後の安全を考えると、この場で殺したいとは思うんだけど――
「……セイリオスよ。イーリスの件に関しては先ほど言ったように場を改めて処分を下そう。だが、アロルドとの兄弟喧嘩に関しては話は別だ」
ん? なんで俺の喧嘩の話が出てくるんだろうね。
「イーリスの件に関しては王家の威信にも関わることゆえ、処分は場を改める必要があるが、アロルドとの喧嘩は私的な物であり、この場で何らかの決着をつける必要があると思うのだが? 流石にアロルドの有様を見るに只事ではない事情があったように見えるのだしな」
殿下が俺になんか意味ありげな視線を向けてくるけど、そういうの困るよ。
セイリオスも俺を見てきてるし、満身創痍なんだからあんまり負担がかかるようなことを要求しないで欲しいなぁ。
「お気になさらず、ただの兄弟喧嘩ですよ、殿下。込み入った事情もなどは何もありません」
セイリオスの方も俺に意味ありげな視線を向けてきたし、俺もなんか答えないといけない流れかな。
えーと、兄弟喧嘩の事情だっけ? うーん、それに関しては――
「セイリオスの言う通り、ただの兄弟喧嘩だ。裁かれるような事柄など何一つない」
「アロルド君――!」
エリアナさんが何か言いそうだったけど、エリアナさんの側に近づいていた俺は、エリアナさんの肩を折れた腕を頑張って動かし、叩いて止める。
まぁ、この場で難癖つけて兄弟喧嘩をしていたけど、セイリオスに関しては殺した方が良いんじゃない?っていう方向性に持って行けたし、殿下とエリアナさんは持っていきたかったんだけど、俺的には勘弁。
だってさ、ここでセイリオスを殺そうとすると――
俺以外全員死ぬから
この場でセイリオスを殺すことを決定すると、まず位置の問題でウーゼル殿下が一瞬でセイリオスに殴り殺され、次の瞬間にはエリアナさんも殺される。だから、あまりセイリオスに近づかないで欲しかったんだけどな。
セイリオスもボロボロだけど、それでも俺より速いわけだし、セイリオスが動き出したら妨害の手段がないんだよな。
そんでもって殿下が連れてきた兵士が動き出してセイリオスに襲い掛かるだろうけど、そいつらを一人殺すのにセイリオスは十秒もかからないから、ほんの少しの時間で兵士はみんな死ぬ。
それでも少しは時間稼ぎができるだろうから、俺がカタリナの所に行って両腕を回復魔法で治してもらう。
で、治る頃にはたぶんキリエもヒルダさんもイーリスも殺されているだろう。
そうなると残るのは俺とカタリナだけど、セイリオス相手にカタリナを守りながら戦うのは無理だし、たぶんカタリナも戦いに巻き込まれて死ぬ。
そして最終的には俺とセイリオスしか残らないって結末になりそうなんだよな。
俺としてはエリアナさん達みたいな美人さんに死なれるのは嬉しくないし嫌だから、そういうことになりそうな気配がする選択はしません。だから、この場は何もなかったということでセイリオスを帰してしまいましょうって気持ちなんですよ。
「弟もああ言っていることですし、我々の怪我はただの兄弟喧嘩でついたものだとご理解いただけましたか?」
セイリオスは顔に余裕の色を浮かべながら殿下に言う。対する殿下は苦虫を噛み潰したような表情だけれども、セイリオスに殺されずに済んだんから喜んで欲しいもんだ。
「これ以上、何もないのならば私は下がらせていただきます。自分が犯した過ちを反省しながら、処分を待たねばならないので」
セイリオスは一礼するとボロボロの姿のまま、殿下と俺たちに背を向けて歩き去る。
俺に対しては一度も目を合わせようとはしないどころか殺気を放ってくる。
「誰かに送らせよう」
「いえ、結構です」
殿下からの申し出を断り、セイリオスは修道院を去っていった。
結局の所、セイリオスをどうこうすることはできなかったけど、俺はこれで良いんじゃないかなと思う。
これ以上、ここであいつとことを構えると悲惨なことにしかならなかったろうしさ。
「アロルド」
セイリオスが立ち去るのを見届けると殿下が俺の側に近寄ってきた。
その腕にイーリスを抱き、二人で寄り添いながらという愛し合う者同士の姿を見せつけながら。
えーと、エリアナさん必要以上に俺に密着するのはやめてくれません?
イーリスが殿下から見えない角度で勝ち誇った顔をこっちに向けてるからって、殿下達と同じようには無理だから。だって腕折れてるし。
「何か用か?」
近寄って来たからには何かあるんだと思って尋ねる、殿下はなんとも言い辛そうな感じに口を開き――
「イーリスの命を守ってくれたことは感謝する」
じゃあ、ありがとうって言えよ。
俺としては感謝するって言われるより、ありがとうって言われないと分かりづらいんだよ。
世間の人達は感謝しますといえば感謝したってことにしてるけど、俺はありがとうって言ってもらわないと感謝された気になりにくいのよね。
「これまでの全てを水に流すということはできないしする気もないが、それと今回の事は別だ。イーリスを守ってくれたことは素直に感謝したい、ありがとう」
うん、どういたしまして。
すげー痛い思いしたけど、まぁ友達の恋人が無事なら良いんじゃないかな。
「この借りは必ず返す。だが、勘違いするなよ、私は貴様と馴れ合うつもりはないのだからな」
まぁまぁ、そう言わずに仲良くしようぜ。
今まで仲良くしてきた記憶はないけど、婚約披露パーティーに呼んでくれる程度には仲が良い友達なんだからさ。
なんてことを思っていると殿下が手を差し出してきました。なんの意味がある手なんだろうか?
「これが今の私に出来る貴様へと最大の譲歩だ」
差し出されても腕が折れてるから無理臭いんだよな。
まぁ殿下の手の上に俺の手を乗せる程度で妥協してもらおう。
「いいか? 過去は水に流すつもりはない。そこだけは勘違いするなよ? 私が借りを返すのはイーリスを守ってくれたことに対してのみ、それが済んだら、今までの通りだ。いいな? 私は貴様が憎いし、嫌いなのは変わらない」
ウーゼル殿下はそう言うと俺の手を離し、イーリスを抱き寄せたまま俺に背を向けて立ち去っていった。
仲が悪かった記憶はないけど、なんだか仲直りしたみたいな感じなのは不思議だね。
「少しくらい優しくしてあげてもいいかもしれないわね」
エリアナさんが去っていく殿下とイーリスの姿を見送りながら、そんなことを言った。
なんつーかエリアナさんのイーリスに対するわだかまりが少し無くなったように見えるのはどういうことなんだろうか? まぁ、そのせいかは分からないけど更に綺麗になったようにも見えるから、俺としては文句ないし、どうでもいいかな。
まぁ、なんにせよ、とりあえずこれで一段落だ。
セイリオスとは仲が悪くなってしまったけど、こうなっちゃ仕方ない。でもまぁ、なるようになるだろ。
今まで、どうにもならなかったことは無いしさ。
とにかく、今は屋敷に帰って風呂入って、メシ食って、酒飲んで、ゆっくり寝て、体を休めるとしようかね。色々考えたり、誰かに考えてもらうのは明日にしようっと。




