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根本的な勘違い


 ヒルダさんがエリアナたちを連れてきた。というのも、脱出するための道のりの安全を粗方確保できたからだ。

 まだ、悲鳴やらは聞こえてくるが、そちらの方まで何とかしている余裕はないので放っておきます。可哀想だけれども、見ず知らずの人より自分の身とかエリアナさん達の安全の方が大事だから仕方ないね。

 その辺はエリアナさん達も理解してくれてるから余計なことは言いません。物わかりの良い人達で助かるよ。


「聖女殿はヲルトナガルとは何か御存じだろうか?」


 道すがらヒルダさんがカタリナにそんなことを尋ねました。

 ヲルトナガルって何だっけ? どっかで聞いた気がするけど忘れちった、てへ。

 俺ってどうでもいい事とか物の名前とか憶えるの苦手だからしょうがないね。でもまぁ、俺の人生においてはそれで困ったこと無いし、それってつまりは憶えなくてもいいってことなんじゃね? 忘れるってことはたいしたことじゃないし、ヲルトナガルに関してもたいした問題じゃないでしょ。


「私は聞いたことがありませんが、それがなにか?」


「うむ、先ほど交戦した聖騎士が聖神ヲルトナガルなどと言っていたので気になってだな」


「少なくとも私の知る限りでは聖神様に固有の名前があった記憶はないのですが」


「うーむ、そうなんだよなぁ。私も聞いたことが無くてな、不思議に思ったんだが、一体何なんだろうな?」


 なんか難しい話ですかね。

 最近は俺も難しい話を聞こうかなって思うようになってきたので、ちょっと話に加わってみましょうかね。


「奴らの考えたものだろう」


 ヒルダさんとカタリナが俺を怪訝な顔で見てきますね。

 いや、だってさ。ああいう閉鎖的な感じの人たちって妄想逞しそうじゃん?

 楽しいこととか現実に見いだせないと、こう精神的な物に行きそうだし、精神的な何かを考えるにしたって基礎になるものが必要だから、聖神みたいな物と一緒にしちゃったんじゃない?

『ぼくのかんがえたさいきょうのかみさま』なんだから、実は聖神でしたってのもありだろうし、ひたすらに設定を盛っていったら、聖神ヲルトナガル様って感じになったんじゃないの?


「奴らは自分たちで空想上の神ヲルトナガルを見出し、それを聖神と同一視しただけだろうな」


 神様なんて目に見えないものでいるかいないかも分からないんだし、好きなものを信じればいいと思うし、俺はどうでもいいな。


「ですが、そうなると、聖騎士が異端の教えに生きているということになりますが」


「では、そうなのだろうな。聖騎士は本来の教会の教えと異なる神を崇拝しているんだろう」


「異端崇拝は教会の禁忌だが、聖騎士は許されるのだろうか、聖女殿?」


 ヒルダさんがカタリナに尋ねるとカタリナは首を横に振りました。

 なるほどなぁ、聖神教会の聖騎士が怪しい宗教に嵌まるのは悪いことなのか。でも、聖神教会の教義を知らない俺からすると聖神教も怪しい宗教だけどさ。つっても、聖神教に関しては信じてる人が多いから怪しくても、あれって怪しくねぇ? とか空気の読めないことは言いませんけど。

 しかし、聖騎士が信じてるヲルトナガル? それに関しては聖騎士しか信じてないみたいだし、きっと怪しい宗教だから、みんなに怪しいって言いふらしておきましょうかね。


 胡散臭い宗教に嵌まる人が出ないようにヲルトナガルとかいう邪神がいますとでも言っておこう。

 邪神かどうかは知らないけど良い神様だったら、みんなが知っているだろうし、知らないってことはたいして良くない神様だろうし、面倒くさいからついでに邪神ってことにしておこうと思うんです。そっちの方が聞く人の受けがいいだろうしさ。

 で、聖騎士の人が邪神の教えに嵌まっていて、剣とかブワーって感じになってとてもヤバいとかも付け加えておこうかな。やっぱ、話を聞いてもらうには面白い感じじゃないと駄目だと思うのよね。だから、なんか大変なことになるみたいな脚色でもして、邪神かどうかは知らないけど、なんだか良くなさそうな神様のヲルトナガルには気を付けましょうって注意を促そう。


「……ねぇ、アロルド……」


 邪魔しないでくれますかね、キリエちゃん。

 俺は世間の人が怪しい宗教に嵌まらないように、怪しい宗教に嵌まっている人を大変な目に遭わせてやろうかなって足りない頭を使って一生懸命考えているところなんですよ。


「……私たち以外に生きている人がいなくなった……」


 そりゃ大変だ。世界の終わりかな。

 でもまぁ、男と女がいれば人間は増やせるから大丈夫なんじゃないかな?

 生き残っている俺達で子供を作らないとなると人類は絶滅だね。でも、俺と子供を作るのが嫌だっていうなら無理強いはせずに緩やかに絶滅までの時を過ごしましょう。


「それは聖騎士もどきがいなくなったということかしら?」


 あ、そっちの話ですか、エリアナさん。

 俺はてっきり世界中から生きている人がいなくなったと思いました。

 キリエちゃんさぁ、ちょっと言葉が足りないんじゃない? 黙っていたから良いけど、喋ってたら俺が大恥かいてたよ?


「じゃあ、もう大丈夫ということなのね。これでアタシが死ぬ心配も、ここから逃げ出す必要もないわけね?」


 イーリスが喜びながらも、気が抜けたのかへたり込む。

 でも、俺はそうやって安心するのは早いような気が済んだよな。

 だって、俺たちに近づいてくる気配があるし。


「魔法で調べたか?」


 俺は一応キリエに尋ねてみますが、キリエは頷くだけでした。

 じゃあ、この気配はなんなんだろうね? どんどんとこっちに近づいてくるんだけどさ。

 俺たちがいる場所は多少幅が広い通路のど真ん中で先には扉が見えていて。その扉の奥に俺は人の気配を感じるわけだけど、俺以外の人は気づいてないんだよな。


 さて、どうしたもんかと俺が考えているうちに扉が開く。

 扉を開けた奴は急いでいるというわけではなさそうだけれども、一体誰なんでしょうかね。

 とりあえず、様子を見て――


「――アロルドか?」


 突然、俺の名前が呼ばれた。

 その声は扉を開けた人物から発せられたもので、声の方を見ると、そこには俺の兄のセイリオス・アークスがいた。

 兄上は一瞬、目を細めたけれども、すぐに穏やかな笑みを浮かべて、俺に近づいてくる。その手には誰を斬ったのか分からないが血の付いた剣があった。


「こんなところにいるとは思わなかったが、無事のようで良かった」


 そりゃまぁ、特に何かあったわけでもないしな。

 殺し合いなんかは日常茶飯事だから、特段騒ぐことでもないわけだし、何もなかったな。

 つーか、どうして兄上がここにいるんですかね?


「待て、なぜ貴公がここにいる!」


 ヒルダさんがどういうわけか物騒です。

 自分の剣は折れてしまったので、拾った剣を兄上に突きつけています。


「教会の聖騎士がイーリス嬢の襲撃を計画していると聞き駆け付けたんだ。恥ずかしい話だが、私も彼らに嵌められていたんだ」


 マジかよ、聖騎士は悪い奴らだなぁ。


「奴らはどさくさに紛れてイーリス嬢を魔族とでっちあげ殺害しようとしていた。そして、ウーゼル殿下を魔族と交わった汚らわしい存在として、その権威を失墜させようとしていたのだ。そのことを突き止め、私は急いでここまでやって来たんだ」


「一人でか?」


「無論、違う。私は王国の正規兵を引き連れ、ここまで駆け付けたのだが、彼らは聖騎士達の手によって……」


 うーん、兄上がなんだか悲しそうだ。連れてきた兵が死んでしまったのが悲しいのかな?


「口を挟んで申し訳ないのですが、修道院を襲撃した人々は聖騎士ではございません。彼らの――」


「装備が違うというのだろう、カタリナ嬢? それが教会の策なのだ。奴らは聖騎士の鎧に極めて似た鎧を着た兵を密かに有している。その使い方は、今の状況のように教会の手の物ではないと錯覚させるためだ。偽物を身に着けているから教会の関係者ではない、そんな風に我々を思い込ませようとする。仮に偽物と気づかれなければ、教会側が偽物であると指摘し、疑いから逃れようとするだろう」


 はぇー、教会の奴らは色々と考えるんだね。

 しかし、そんな面倒なことをするやつらだろうかね? いや、俺は教会の人に知り合いとかいないから分からないんだよね。いたような気もするけど、思い出すのが面倒くさいからいないってことにしておこう。


「聖騎士や教会の連中は状況が悪くなったため、既に撤退を始めているが、ここにいては何が起こるか分からない。イーリス嬢は私が安全な場所に保護しよう」


 うーん、兄上に預けてしまった方が楽な気もするんだけど、どうしたもんかね。

 あ、エリアナさん、兄上の前に出てどうしましたか?


「申し出は有り難いのですが、危険な輩が排除されたとなれば、ここから動く必要はありませんわ」


「いや、ここにいる方が危険だ。イーリス嬢が魔族の力を用いて聖騎士達を屠ったというでっち上げをされてはかなわないし、既に一度襲撃を成功させている以上、二度目が無いとは限らない。そうならないためにも私が誰にも知られぬうちにイーリス嬢の身柄を隠しておこうと思うのだ」


 兄上もエリアナさんも余所行きの言葉ですね。

 もっと素で話しても良いと思うんだけど、素で話せない事情があるのかな?


「一度はイーリスさんを陥れようとした貴方が、どうしてそこまでイーリスさんのために行動してくださるのか理解できないのですが」


「私が陥れようとしたからだ、エリアナ嬢。騙されていたとはいえ、無実の少女を陥れ命すら失いかねない状況に追い込んだのは私の罪であり、その罪滅ぼしになるのならば、どのようなことでもするつもりだ。これは損得ではなく私の矜持の問題なのだ」


 そういうのを気にする人だったかな、兄上はさ。

 まぁ、損得は気にしないってのは本当だと思うけど、矜持があるかって言ったら無いんじゃない?

 あったら、申し訳ないと思うけどさ。


 エリアナさんが俺の方を見てきます。

 どういう意味の視線だかは良く分からないので、理解できませんという意味で肩を竦めて見せました。

 すると、エリアナさんはどういうわけか、兄上の前からどいてイーリスまでの道を開けたけど、一体なんなんだろうね。


「安心してほしい、貴女の身の安全は保障する」


 兄上は穏やかな笑みを浮かべながらイーリスに近づいていきます。

 イーリスの方もホッと一安心しているようだし、良かった良かった。これで兄上に匿ってもらうなりすれば、当座は安全なんでしょう。


「ウーゼル殿下にも既に報告しているので心配はいらないし、王家も私が貴女を保護することは了承済みだ」


 用意周到だね。

 そんだけ、迅速に対応できるなら事前になんとかして欲しかった気もするけど、そういうのって言っては駄目なんですかね。つーか、そんな風にあっちこっちに連絡している時間なんて、よくあったもんだ。

 まぁ、色々と言いたいことはあるけれども、イーリスが安心しているみたいだし良いか。


 兄上はイーリスに近づき、手を差し伸べる。

 俺たちに見せていた態度を隠し、イーリスは兄上の手を取ろうとするが――


「……待って……!」


 唐突にキリエが声をあげて、それを止めた。


「……その人は駄目……!」


 いつになくキリエが必死だけれども、どうしたんだろうね?


「どうかしたのかな、キリエ嬢?」


 兄上の目が一瞬だけ細められるが、すぐに戻り、穏やかな表情でキリエを見る。


「……あなたは駄目……!」


 駄目と言われても、それだけだと兄上も困ってしまうよ。

 兄上だけじゃなく、みんな困惑してるし、キリエちゃんには納得のいく説明をしてもらいたいなぁ。


「……あなたの魔力と、エリアナのお兄さんにかかっていた魔法の残滓が同じ……」


「それは一体どういうことだろうか?」


「……魔法を使えば、魔法の痕跡に使った人の魔力が少し残る……」


 はぁ? なにそれ初耳なんだけど。でも兄上がエリアナさんのお兄さんに魔法をかけていたところで何か問題があるんだろうか?


「……どうして、エリアナのお兄さんに幻惑の魔法をかけたの? 理由もなく人にそんな魔法をかける人は危ないと思う……」


 キリエのその言葉に兄上の目が再び細められる。

 ちょっと嫌な予感がしたので、俺はキリエちゃんの肩を掴んで引き寄せ、背中に隠す。

 難癖つけられたからって、兄上はそうそうキレることはないと思うけど、何があるかは分からないしさ。


「彼とは友人で、ふざけ半分に魔法をかけたと言えば信じるかい?」


 兄上の弁解に対してキリエは首を横に振る。


「まいったな。どうやら、あまり信用してもらえないらしい」


 兄上は苦笑しつつ、俺たちに向かって尋ねる。


「君達がどのような疑いを私に持っているかは分からないが、私に言わせれば君達の方こそ疑わしい。なるべく弟のことを疑いたくはないので、触れなかったが君たちが、どうしてここにいるのか聞きたいものだな。もしかすると、君達もこの状況に何か一枚噛んでいるのではないか?」


「俺たちは単にイーリスの護衛にやって来ただけだ」


 別に隠すことでもないので、素直に答えました。

 その答えにどういうわけか兄上は額を抑えてしまいましたが。


「それはおかしな話だ。アロルド達とイーリス嬢の関係は良くなかったと記憶しているが、どういうことだろうか?」


「知り合いに死んでもらうのも気分が悪いというだけだ」


 まぁ、なんだかんだでも元婚約者だし、まったく知らないわけでもないから助けてやっても良いかなって気分にはなるよ。

 あと、死なれると寝覚めが悪いってこともあるんじゃない、エリアナさんとかはさ。


「それがおかしな話だ。そうも簡単に人間は過去を水に流せるのだろうか? イーリス嬢を助けるという考えは本当に君達の心からの思いか?」


 たぶん、そうなんじゃないの?

 なんだか、兄上の様子が先ほどまでと一変し、険しい表情でイーリスを見ていますが、どうしたんですかね?


「やはり、人を誑かしたか魔族め」


 兄上はそんなことを言いながらイーリスに剣を突きつけました。


「何をしている!」


 ヒルダさんが動き出すけど、やめた方が良いと思うので肩を掴んで動きを止めておきます。

 たぶんだけど、まともに戦ったらヒルダさんじゃ一分持たないで殺されてしまうだろうしさ。


「何をしているのか? 私は君達の心を誑かした魔族を始末しようとしているだけだ」


 あれ、言っていることがさっきまでと違いません?


「私の真の任務は魔族であるイーリス・エルレンシアを始末することだった。教会に魔族である証拠を掴まれる前に、王家はイーリスを教会の手によって魔族の烙印を負わされたただの人間として殺す。それによって王家は魔族と交わっていたという事実を闇に葬るはずだったんだ」


「待て、それでは聖騎士達は――」


「奴らとは単にイーリスの身柄の奪い合いをしていただけだ」


 えーと、兄上は最初からイーリスを殺すつもりだったということですかね。


「私たちを騙すつもりだったということね」


「ああ、その通りだ。本来ならば、この場で殺すつもりだったが運の悪いことに君達がいた。君達にとって学友でもあった者が目の前で殺されるのも忍びないと思い、別の場所で始末しようと思ったのだが――」


 兄上はイーリスに対して明確な殺意を向け、それを受けたイーリスが腰を抜かしへたり込む。

 兄上の鬼気迫る様子に気おされたのか、この場において動けるのは俺だけのようだけど、どうしたもんか。


「アロルド達ですら誑かされるのであれば長引かせれば何が起こるか分からない。速やかに始末させてもらおう!」


 そう言い放ち、兄上は剣を振り上げる。


「待ちなさい! 貴方の言葉は信用できないわ!」


 エリアナさんが声をあげるが、兄上は剣を下げるようなことはしない。


「興奮しすぎだエリアナ嬢、心配しなくても君達には危害は加えないさ。アロルドの女に危害を加えるような真似は僕は・・しない。君は自分たちを騙していた悪女が死ぬところを見届ければいい」


 兄上はそう言うと剣を振り下ろし――


「なんのつもりだ?」


 ――俺がその剣を受け止めた。


「なんのつもりと言われてもな」


 俺は横から剣を突き出して、振り下ろされた兄上の剣がイーリスに届くのを阻んでいる。

 理由は見て分かるようにイーリスを殺されないようにするためだ。


「お前を騙し、傷つけた女を庇うのか?」


 騙された覚えも傷つけられた記憶もないんだけどな。あったかもしれないけど、忘れちまったのかも。

 つーか、俺が何かされたからってイーリスを守らないのは変じゃないかね。俺はエリアナさんとかからイーリスを守って欲しいみたいなことを頼まれたわけだし。俺がどう思うとかは関係なくない?


「憎しみ、恨んだ相手ではないのか? この女のせいでお前は恥をかき、家も追放された。そんな仕打ちを受ける原因になった相手を許すと?」


 なんかさ根本的な勘違いがないかな?

 いや、兄上だけじゃなく、これは皆に言えることなんだけど――


「許すも何も、俺がイーリスを憎んでいると、いつ言った?」


 誰にも言った記憶はないと思うし、そもそも憎んだりとか恨んだりとかした記憶ないぜ。

 そりゃ、ちょっとムカつくなぁって思ったことはあるけどそんなの時々ならエリアナさんにだって感じるし、オリアスさんとグレアムさん相手ならしょっちゅうだぜ。

 勝手に婚約破棄されて俺が捨てられたのだって、俺に問題があったかもしんないし、ウーゼル殿下のことを好きになっちゃったならしょうがなくね。ウーゼル殿下の方が見た目とか色々と良いし、向こうを選ぶのも当然のことだから、それを怒ってもなぁ。

 で、そういうのを根に持つとか人間的にセコイし、俺の性根に合わないんだよね。ただまぁ、勝手に色々とやられて面白くないなぁって思いはあるから、ちょっと意地悪したくなる時はあるけども。

 それにイーリスのせいで家を追い出されたと言っても、それで俺が困ったことなんかないしなぁ。困ったことがないのに恨むとか、俺が気違いみたいじゃねぇか。

 まぁ、そういう色々があって俺はイーリスに何か思う所があるってわけでもないです。そもそも、仮にイーリスのことを憎んでいたりしてもさ、死ねとまでは思わんのだけどもね。


「そもそもの話、仮に俺が憎んでいたとしても、俺がイーリスの死を願うことは無い」


 つーか、みんな気づいていないかもしれないけど――


「俺は憎しみや恨みを第一の動機して人を殺したことはない。そんな俺が憎しみや恨みを理由に死を願うわけがないだろう」


 俺は感情的になって人を殺そうとしたことはないと思うよ。

 まぁ、殺しておいた方が面倒だし楽だからとか、必要があるからって理由で殺してたし、それが感情に基づいて殺すのよりマシだとは言い切れないけどさ。

 つっても、記憶力に関して怪しいから、実際は憎しみで人を殺したことがあるかもしんないし、本当は大きな声で言いたくないんだよね。


 俺は怒ったりしても、怒る切っ掛けになった出来事とか忘れちゃって、そういう気持ちがあんまり長続きしないほうだから、感情的になって何かやるのが向いてないんだよな。

 でもまぁ、そういう感情に囚われて生きている人が幸せにも見えないから、すぐに忘れられるのは良いことなのかもしれんけどさ。

 で、そうなると今の気分だけでどうしようか判断しなきゃならなくなるわけだけど、それだとイーリスが殺されるのはなんだか可哀想だよね。それにイーリス殺されるとウーゼル殿下も悲しく感じるかもしれないし、そういうのも可哀想だよな。

 一応、ウーゼル殿下とは学友であるし、婚約披露のパーティーにも誘われる程度には仲がいいわけだから、知り合いのよしみとしてなんとかしてあげるのもやぶさかではないと思うの。別にウーゼル殿下のこととか俺は嫌いじゃないし。


「良く考えて物を言っているか? 僕は・・殺すべきだと思っている。その僕の考えに反する行動を取るっていうのが、今後どういうことになるか分かっているか?」


「分からないな。そちらこそ俺が分からないと言うことくらい分からなかったのか?」


 俺に先のことを予想して行動しろってのが無理な話なのよ。

 だって、今日はイーリスを助けてやっても良いかなって思ってるけど、明日は俺がぶっ殺してるかもしんないしさ。

 俺は基本的にその時その時のことしか考えられないし、行き当たりばったりの思い付きと直感で生きてるんだぜ。先のことを考えてどうこうするのは無理だし、行動に一貫性なんかは持てません。


「殺すべきだったと後悔することになるかもしれないが、その時はどうする?」


「殺すべきではなかったと後悔することになるかもしれないが、その時はどうする?」


 質問に質問で返したら兄上の目が少し細くなりました。

 いやさ、だって逆のことも言えるじゃない? 兄上は俺が間違ってるみたいな調子で言っているけど、兄上の方が間違っている可能性もあるしさ。


 結局の所、明日どうなるかなんて誰にも分かんないんじゃないかな。

 だったら、その時その時で自分が一番良いと思う行動をするのが、後悔の少なくなる方法だと思うのよ。

 その結果、言ってることとかやってることが真逆になっても仕方ねぇって。だって、その時一番良いと思ったことをやってるだけだしさ。

 そんで、今の俺はイーリスの命を助けてやるってのが一番良いと思える選択なので、そうしてるわけだ。

 エリアナさん達も喜ぶだろうし、イーリスも生き残って嬉しい、ウーゼル殿下も恋人生きていて嬉しいだろうしさ。みんな幸せならそれで良いんじゃないかな。

 兄上は面白くないかもしんないけど、良い大人なんだから我慢してください。


「そうか、そうか、なんにしても僕の邪魔をする気というわけか」


 兄上は穏やかに笑っています。

 どうやら、俺の気持ちが分かったのかな? 俺は兄上が何を考えているかは分からないけどさ。


「いや、参ったな。お前は僕のやりたいことを多少なりとも理解してくれていると思ったんだが。いや、分かってなくても、何も言わず余計な手出しもせず言うことを聞いてくれると思っていたんだが」


「思い込みだな。俺は他人のやりたいことを理解したことなど一度もないし、言うことを聞くのも兄弟の関係で許せる範囲までだ」


 俺は人の考えてることが分かるような凄い能力持ってませんからね。相手はこんな風に考えてるんじゃないかなって思いこんで行動することはあるけどさ。

 兄上の言うことを聞いていたのだって、それは俺が弟だからであって、兄上の言っていることが正しいからってわけじゃないぜ。弟として兄を立てていただけだし、兄と弟の上下関係で納得できる範囲外のことであれば言うことなんか聞きませんよ。

 で、イーリスを殺すみたいな話は俺の納得できる範囲じゃないんだよね。だから言うことは聞きません。


「ここに来て、お前は本当にどうしようもない奴だな……」


 兄上はため息を吐きながら、呆れた様子で剣を引く。

 呆れるような要素があったんだろうかね? 俺は今までとたいして変わりはないと思うんだけどな。

 でもまぁ、人間ていうのは一秒一秒進歩していくものだし、俺は昔のこととか憶えてらんないから一貫した行動とか取れないし、一日ごとに行動が違っても仕方ないね。


「俺がどんな人間か理解しきれていない、そちらの方がどうしようもないと思うがな」


 俺の言葉を受けて、兄上が肩を竦める。


「まったくだ。ここに来て、理解していると思った奴に邪魔をされるとは僕の方こそどうしようもない」


 どうしようもないのが理解出来たら帰ってくれると助かるんだけどな。でも、帰ってくれそうな気配がないし、どうする気なんだろ?


「だがな、そんなどうしようもない僕にも出来ることがある」


「それがなんだか聞いてみたいな」


 俺が尋ねる中、兄上は剣を持たない左手を握り締め、拳を作ると――


「それはな――」


 その拳を俺の顔面に叩き込んだ。


「馬鹿な弟の躾だよ――」








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