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本当のところ


 殴り合うと心が通じることってあるよね。あってほしいね。


「こいつ、本気で殴ったわ!」


「あんたこそ、思いっきり殴ったじゃない!」


 エリアナさんとイーリスは思い切り殴り合っています。

 スカートを穿いているせいでキックは出来ないようだけど、二人とも中々キレのあるパンチの応酬を繰り広げています。

 女の子って平手でバッチンバッチン頬を張ると思っていたけど、二人ともグーパンだから凄いよね。よっぽど相手のことがムカついていたんでしょうか?


「あの、アロルド様、エリアナさんはイーリス様の身を守るつもりでここまで来たのですよね?」


「そうだな」


「ええと、それならば、どうして殴り合っているのでしょうか? エリアナさんがイーリス様に対して腹に据えかねている物があることは知っていますけれど、この場でその鬱憤を晴らすというのは、少し良くないような……」


「互いに加減しているんだから大丈夫だろう」


 じゃれついてるだけだと思うから気にしない方が良いと思うんだよね。

 何に対して怒っているのかは良く分かんないけど、二人とも相手の急所を狙うような危ないことはしてないし冷静だろうからさ。


「いや、駄目だと思うぞ。鼻血出てるし」


 何言ってんですかね、ヒルダさん。女の子が殴り合いで鼻血出すなんて――あ、出てますね。

 まぁ、人間なんだし鼻血くらい出るよね。よくあるよくある。


「これは止めた方が良いな」


 そう言ってヒルダさんがイーリスを取り押さえにかかり、カタリナもエリアナさんを取り押さえにかかります。俺とキリエは見てるだけです。


「手伝わないのか?」


「……怖いから無理……」


 なんだよ、ビビりだなぁ。もっと勇気出していこうぜ、俺みたいにさ。


「……手伝わないの?」


「今は様子を見ている」


 おいおい、何を言っているんですかね、俺に女性同士の争いに突っ込んでいくような勇気はないよ?

 男だったら二人とも殴って終わりだけど、女の子の場合はそういうわけにもいかないような気がするんだよね。そうなると俺のできることなんてないから見てるだけが一番だと思うの。

 実際、見ているだけでもなんとかなりそうだしね。


「二人とも落ち着け」


「エリアナさん、駄目ですよ」


 ヒルダさんとカタリナが二人を引き離す。

 引き離されたエリアナさんとイーリスはお互い敵意満々といった表情で相手を睨みつけています。


「せっかく助けに来てあげたっていうのに!」


「余計なお世話よ! あんたたちが来なけりゃ今頃逃げきれてたっていうのに、全部台無しじゃない!」


 いやぁ、荒れていらっしゃる。


「はぁ!? なにそれ、ふざけてんの!」


「命が危ない可能性が出てきたら逃げるにきまってるでしょう! 甘んじて審問を受けるなんて馬鹿のすることよ!」


 ヒルダさんとカタリナさんはイーリスの様子に困惑して目を丸くしているようだけど、別におかしくはないと思うんだけどな。

 別に豹変したわけじゃないしさ。だって、知り合いの婚約者を奪ったうえ自分の婚約者を捨ててるんだぜ、そんなの面の皮が相当厚くなきゃ無理だって。

 俺からすると今までおとなしくしてたことの方が凄いと思うんだけどな。


「ほーら、本性出した。やっぱり最悪ね、こいつ」


「本性がにじみ出てる間抜け女に言われたくはないわね。ちょっと勉強できて、見た目が良くて、家柄が良いからって、いい気になってたアンタのことなんか皆嫌ってたわよ!」


「みんなって誰よ!」


「皆は皆よ。実際、あんたのことを庇ってくれる人なんかいなかったじゃない!」


 あら、エリアナさん嫌われてたのか、俺は好きだけどね。

 つっても、学園にいた頃だったら、エリアナさんが困っていても俺も無視したかな。面倒くさいしさ。

 でも、今はそれなりに付き合いがあるから助けてやっても良いと思うよ。


「私があんたを追い出すために色々と細工したっていうのに誰も何も言わないどころか乗っかってくるくらいに嫌われてるのよ、あんたは! ウーゼル殿下だって、あんたの傲慢ちきで人を見下した本心を察して傷ついてたから、あんたを学園から追い出すのも家から追い出すのも手伝ってくれたわ!」


 ん? なんか重要なことをサラッと言ったような気がするぞ。

 えーと、エリアナさんを陥れたのがイーリスとウーゼル殿下なのか、俺は初めて知ったぞ。


「そんなことだろうと思ったわよ。ああ、もう殊勝な態度を見せたら守ってあげようかなって思ったけど、大間違いだったわ! あなたなんか、聖騎士連中に酷いことでもされりゃいいのよ!」


「はぁ? あたしは絶対逃げるわよ! せっかく玉の輿に乗れそうだってのに、こんなところで死ねるわけないでしょ。ほとぼりが冷めた頃に殿下の前に顔を出して助けてもらうわよ。あたし愛されてるもの」


 愛し合ってる二人とかなんか良いね。ロマンがあると思います。


「あ、この女、とうとう本音をぶちまけたわ! みんな聞いた? 玉の輿って言ったわよ、この女! 性根の卑しさが遂に出たわね。うわぁ、やっぱり魔族なんじゃないの? じゃなきゃ、こんな最低のことは言えないわ。でもまぁ、魔族だったら、頭悪くて最低の性格でも仕方ないかぁ。ごめんね? 生まれ持った能力の限界を要求して。私の方があなたに歩み寄るべきだったわよね、ごめんなさいね」


 へぇ、もしかしたら魔族かもしれないのかイーリスって、うーん怖い怖い。

 でもまぁ、本当に魔族だったら、今まで気づかれないのは変だし、魔族じゃないんじゃない?


「魔族で悪いか! 魔族を馬鹿にすんな! 魔族より性格悪いクソ女の癖に、魔族のあたしに何か言える立場か!」


 あ、やっぱり魔族なんだ。

 ん? 魔族なのか? なんか、一気に場の空気が凍ったんだけど、どうしたんでしょうね。

 イーリスもヤバいことを口走ってしまったって顔だし、どうかしたのかな?


「えーと、その、なんだ……聞き間違いか?」


「……聞き間違いですわ、ヒルダさん。ちょっと興奮してしまって上手く口が回らなかったんですの」


 イーリスを抑えているヒルダさんが困惑しています。

 イーリスの方は先ほどまでの熱くなっていた様子から一変し、お淑やかな状態になっていますね。


「最後の機会と思って積もり積もった鬱憤をぶちまけようと思ったら、ちょっと予想外のことになったわね」


 あ、意図してキレてたのね、エリアナさん。その割には途中から本気だったようだけど。

 まぁ、それは置いといて、イーリスは本当に魔族なのかね? ちょっと分からないんで聞いてみましょうか。なんか凄い力持ってたら怖いから剣を抜いてお話をしましょう。


「みなさん勘違いしていらっしゃるわ、私が言いたかったのは……。いえ、私も皆さんも気が動転してあらぬことを口走ってしまっているようですので、一度冷静になりません? 私は部屋に残っているので皆さんは、一旦部屋の外に出て――」


 なんか喋りたそうだったけど、俺は無視して剣をイーリスの眼前に突きつけた。魔族だったらヤバいらしいし先手必勝ぶった斬りにしてやろうと思います。

 ヒルダさんは俺の動きに対してどうしようか迷っているようだけど、成り行きを見守る気持ちの方が強そうだから、放っておいても良いでしょう。


「魔族なのか?」


 俺に剣を突きつけられたイーリスは怯えてへたり込む。

 カタリナの話を聞いた限りでは魔族ってヤバい奴らみたいな話だけど、全然そんな気配はないんだよな。もしも違っていたら謝ろう。


「……魔族です……」


 よっしゃ、謝る必要はなくなったぞ。

 あ、でもイーリスが魔族ってことを自ら認めたってことは、えーとどうなんだ?

 うーむ、難しく考えてはいけない……そうか、イーリスが魔族なのか!

 ……で? だからどうなるんでしょうか?


「あの、何でもするんで命だけは助けてもらえないでしょうか?」


「ああん?」


 何言ってんだろうね。最初から殺すつもりなんてないのにな。理由も無く殺すとか俺を気違いだとでも思ってんのか、ぶっ殺すぞ?


「ああ、ごめんなさいごめんない!」


 完全に平伏してるんだけど、どうしてしまったんだろうかイーリスは?

 なんか悪いことしてしまったんだろうか? まぁ、エリアナさんと殴り合ったのは良くないと思うよ。

 だから、謝るなら俺じゃなくエリアナさんに謝って。エリアナさんもイーリスにごめんなさいするはずだから――


「謝られるよりも冷静に(・・・)お話をしたいのだけどもいいかしら?」


 あ、謝る必要はないそうです。良かったね。

 しかし、エリアナさんは何で勝ち誇った表情をしていらっしゃるんでしょうか?

 まぁ、冷静になったみたいだし、気にする必要はないかな。


「ええと、なにがなんだか……」


「……困った……」


「うーむ、これはどうすれば……」


 話についていけてない三人がいるけど気にしないでおきましょう。

 とりあえず、エリアナさんとイーリスは顔が酷い状態だから手当てした方が良いと思うよ。

 話をするのはそれからで良いんじゃないかな?






 それから数分後――


 カタリナの回復魔法で手当てをし、綺麗な顔に戻った二人は向かい合い座っていた。

 つっても、エリアナさんが椅子でイーリスは床だけど。


「私としては私を陥れて酷い目に遭わせたうえ実は魔族だったって女を助けてやる義理はないのよねー。魔族じゃなかったら、死なれるのは寝覚めが悪いから助けようかなぁっていう考えもあったけど魔族じゃねぇ……」


 イーリスが魔族だっていう話になってからはエリアナさんは強気です。

 弱みはイーリスの方にあるから仕方ないと言えば仕方ないとも思うけどね。


「まぁ、魔族であっても知り合いだし、聖騎士に突き出す前に最後の話くらいは聞いてあげるわ」


「できれば、聞くだけじゃなく見逃してもらえると助かるような……」


 俺は全くヤバいとか思わないけど、世間の人は魔族ヤバいって認識だし、問答無用で殺されても仕方ないからどうしようかなぁって感じです。もうっちゃっても良いんじゃない?


「ねぇ、貴女って最初から魔族だったの? 最初から私たちを騙していたということかしら?」


「最初からっていう定義が難しいけれども、私だって最初は人間だったのよ? 魔族になったのは、確かそう十歳の頃だったわ――ある日魔族が私に乗り移り、それで――」


「そういう話は良い」


 長くなりそうだったので止めさせました。どうせ、たいした話じゃないよ。

 つーか、魔族が乗り移ったって話が出来てる時点で割と正気だよね。乗り移られたとか言ってる割には魔族の方を客観視してるしさ。


「ええと、私の方としては騙しているつもりはなかったというか……そもそも、田舎の貧乏貴族家の小娘が王都の大貴族も通うような学校に普通に入れるわけがないじゃない。私としては私が魔族の能力を使って入学したってことに気づかない人たちが悪いと思うの」


 そうか、じゃあ悪いのは俺たちか。

 ……え? 俺たちが悪いの?


「つまりイーリス様は最初から魔族であることを隠し学園に入学したということか」


 まだイーリス様って呼ぶのねヒルダさん。律儀なことだね。


「だが、何のために危険を冒して学園に潜り込んだんだ? 魔族であることが発覚すればただでは済まないことは分かるはずだろう?」


「何のためって、それは閉じられた世界で暮らすのは嫌で、広い世界を見てみたくて……それにお友達も欲しかったの、住んでいたところでは友達になってくれる人いなかったし……」


 そうかぁ、色々あるんだねぇ。


「本当は玉の輿目当てでしょ?」


 うーん、エリアナさん、良い話になりそうだったのに、そんなことを言ってはダメだと思うよ。

 イーリスもそんなことを言われたら悲しむぜ。……って平気な顔してますね。


「そりゃそうよ、あんな田舎で人生を終えるなんて真っ平御免! 私は華やかな世界で生きていたの、それで贅沢したいし、ちやほやされたいのよ、分かるでしょ?」


 うん、すっげー良く分かるよ。エリアナさんも頷いてるし、俺も同意見です。

 カタリナ、キリエ、ヒルダさんはドン引きしてるようだけど、俺たちからすると彼女らの感覚の方が分かりづらいのよね。質素倹約とか慎ましくも穏やかな暮らしとか絶対に嫌だぜ。

 個人的には派手で華やかでありながら、ほどよく厄介ごとがあるけど全く困らずに対処出来るような平穏な生活が良いよね。


「そのために私を陥れて、ウーゼル殿下の婚約者の座に収まったと」


「ええ、どうせなら頂点を目指して王妃様よ。そのために邪魔となりそうな奴は蹴落とすわ」


 ひえー、もっと穏やかに行こうぜ。

 エリアナさんは同意見みたいな雰囲気を出してるけど、俺ドン引きなんだけど。


「でも、もう御終い。バレちゃったし、こうなってはどうにもならないわ、せっかくここまで猫被って生きてきたっていうのに全部台無しだもの」


 色々と調子よく喋ってはいるけど、実際はショックだったのかイーリスの声の調子が段々と弱くなっていきます。まぁ、元気出してください。今の人生はダメでも来世でどうにかなるかもしんないからさ。


「別に殿下を狙わなくてもアロルド君で充分だったじゃない。高望みのしすぎよ」


「うーん、あたしアロルドの見た目とか好みじゃないから無理。あと性格も無理。つーか、全体的に無理だから。実際、こんな奴を選ぶとか趣味悪くない?」


 なんか俺の悪口が言われているような気がするんだけど気のせいかな。自分に都合の悪いことは聞こえない性質だからしょうがないね。


「へぇ、随分と上から物を言うのね」


 あ、エリアナさんの表情筋がピクピクしてきました。もうすぐキレそうです。


「玉の輿目当てで好きでもない男と結婚しようとする女が随分と偉そうだこと」


「はぁ? あたしが殿下を好きじゃないって、いつ言ったのよ?」


 あ、イーリスの方もイラついてきてますね。

 魔族っていっても自分の愛を否定されたら怒るんだ。


「素敵じゃない、殿下。顔は綺麗だし、頭も良いし、血筋も良いし、財力だってあるし、何よりあの性格が良いわ。劣等感に凝り固まって、能力はそれなりにあるくせに、やることなすこと全部が裏目に出るダメな感じが最高なのよ。そして、あたしが慰めてあげないと、どんどん落ち込んで行くところとかも良いわ」


 殿下のことが好きなんだなぁ。


「分かる? 男はダメであればあるほど良いのよ! そして、その男が甘えて依存してくるのが良いのよ! 分かる!? なんていうか、こう、母性本能がくすぐられる感じ! これが一番の快感なのよ!」


 イーリスはダメな男が好きなのかな? となると殿下はダメ男なのか。

 中々変わった趣味をお持ちのようで、理解できるようなできないような。でもまぁ、イーリスが殿下を好きなのは間違いないから良いんじゃないか?


「男の趣味悪っ!」


「あんたに言われたくないわよ!」


 エリアナさんとイーリスの仲が良くて何よりです。

 二人とも猫被らずに素で付き合ってたら仲良くなれたと思うね。


「言っておくけどね、あたしと殿下の相性はバッチリなのよ。夜の方も完璧だし、殿下の子供も産んであげられるし」


 いや、女の人はそういうものなんじゃないの?

 あ、でも上手くいかない人もいるから、一括りにするのは良くないよな。

 それに子どもが出来ない理由を女の人だけに求めるのは普通に考えるとおかしいよね。夜の行為は夫婦の共同作業なのに片方にだけ責任を押し付けるとか理屈に合わないしさ。共同で作業するな成功も失敗も互いに分かち合うべきだよね。


「あたしは魔族としては淫魔サキュバスに分類されるから分かるのよ。ウーゼル殿下は種無し・・・だってね」


 イーリスのその言葉で場の空気が凍りました。


「聞かなかったことにするわ」


「聞かなかったことにしよう」


「聞かなかったことにします」


「……種無しが何か分からない」


 俺はキリエちゃんと同じで種無しってのが何だったか思い出せません。でも、どっかで聞いたことがあるのは確かなんだよなぁ、一体どこで聞いたのやら。

 つーか、なんでみんな聞かなかったことにしてんの、殿下が種無しだと何か困るのかな?


「でも、あたしなら大丈夫! 淫魔は子種で孕むんじゃなくて相手の魂をちょっと頂くと孕むから!」


 へぇ、凄い生き物なんだな、淫魔って。なんだか良く分からんけどさ。

 ただ、殿下に子どもが出来ないみたいな心配はしなくて良いってことは分かったよ。なんか良く分からんけど、淫魔パワーでなんとかなるってことだろ?


「聞いてないって言ってるでしょ!」


「次期国王にお世継ぎが作れませんなんて分かったら政治闘争が激しく……うう、知らない私は何も知らないぞ」


「私は何も聞いていません。これが公になれば、ウーゼル殿下のお立場を悪くするので何も知りません。無用な混乱を起こすような話は何も聞いておりません」


「……子種が何か分からない……」


 みんな、そんなに気にすることでもないと思うんだけどな。

 イーリスがいれば殿下は子どもが出来るんで幸せって話だ。イーリスも殿下のことが好きみたいだし、殿下もイーリスが好きみたいだから良いんじゃない?

 この際、魔族とか関係ないよ。ヤバいって言われてても、イーリスに関してはヤバさを感じないし、実害なければ放っておいて良いと思うんだけどな。


「う、うむ、とりあえず、イーリスが殿下を想っているようだということは分かったぞ。だが、それはそれとして、魔法を使って殿下達の心を操ったのは許されることではないと思う」


 ヒルダさんが頑張って話を変えましたね。もう、イーリスに様をつけるのはやめたのかな? そういう気分てことかもしれんけど、人の気持ちは分からないのでヒルダさんがどう思っているかは分かりません。

 さて、話を振られたイーリスの方はというと、こちらはキョトンとしていますが、どうしたんでしょうね。


「魔法で殿下達を操った? は、なにそれ?」


「なにそれじゃなく、あなたはその疑いがあるから魔族としても疑われてるのよ?」


「ああ、イーリスが魔族の魔法で殿下達の心を誑かし思いのままに操っているという話だ」


 そういや、そういう話だったね。でも、このイーリスにそれができるのかね。


「え、ちょっと待って、そういう流れであたしが魔族って疑われたの? 普通に何か怪しいから魔族だろうっていう感じじゃなく? え、なにそれ訳が分からないんだけど――」


 なんだろうね、イーリスの方も困惑してるんだけど何か変なことでもあったのかな?


「――だって、あたしはそんな魔法は使えないわよ?」


 あれ? なんか雲行きが怪しくなりそうじゃありませんか?


「でも、殿下はあなたの虜になっているわよね。殿下だけじゃなく他の人たちもだけど」


「それはそういう魔法を使っているからであって、あたしの魔法はあたしに対して好意を持っている人がより好意的になるっていう魔法だから人の心を操るなんてできないわ」


「それが操るってことに繋がるんじゃないの?」


「繋がらないわよ。だって、あたしのことを好きになるだけだもの。心までは操れないわ。それに、そんな人の心を操る魔法を持っていたら猫被って誰からも好かれる女の子なんて演じなかったわよ」


 どういうことなんでしょうかね?


「私の魔法はまず人に好意を抱かれなきゃならないし、より好きになるっていっても上昇には限度があるし、常に好かれる努力をしなければならないのよ。心を操る魔法なんてあったら、そんな面倒なことはせずにいるわよ」


 でも、それが本当かは分かんないよね。イーリスが口から出まかせ言ってる可能性だってあるしさ。

 しかし、もしもイーリスの言っていることが本当だとすると、殿下にかかっている魔法は誰がかけたものだったんだろうかっていう話になるんだよなぁ。

 結果的には真実だったようだけど、イーリスが魔族だって疑われたせいで色んな人が困っているし、人を困らせるのが好きな奴がどこかにいるんだとしたら、それはそれで怖い話だよね。

 イーリスみたいなショボい魔族より、そっちの方が俺には厄介だと思うんだけど、どうなんだろうね。


 そんな風に俺が考え事をしていると不意に袖が引っ張られる。

 引っ張っていたのはキリエだけれども、俺に何か用でもあるんでしょうかね?


「……鎧を着た人たちが来てる……」


 〈探知〉の魔法を使ったのか、キリエがそんな報告をしてきた。

 言われて俺も周囲の気配を探ってみると、確かにそれなりの数の完全武装した連中が修道院の中に乗り込んできているようだった。


 こっちはこっちで立て込んでいるってのに、さらに来客とは騒がしいこった。できれば面倒は起きないと楽なんだけど、そうもいかない気がして全く辛いことこの上ないぜ。

 とはいえ、イーリスをどうにかしろってことで個々に来たわけだし、やって来たのがどこのどちらさんかは存じませんけれど我慢して応対するとしますかね。






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