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イーリスを知る

「聖騎士は聖神教会の有する戦闘集団です」


 俺は自分の屋敷でカタリナから聖騎士についての話を聞いています。

 結局の所、誰も聖騎士がなんなのか説明してくれないし、教会の関係者のカタリナに聞くほかなかったわけです。


「彼らの任務は教会が定める邪悪な存在を滅することであり、魔物の討伐を主としていますが、魔族の討伐も彼らの任務の内です」


 その魔族ってのが分からんのよね。俺の人生においてはそういうのと全く関わりなかったし、今後も関わりないと思って興味を持たなかったしさ。


「魔族について詳しく知りたいな。俺は興味の範囲が狭い性質なんで知らないことが多い」


「では、魔族について説明しますね。……とは言っても、私も上手く説明出来るわけではないのですが――」


 おや、どういうことなんですかね。

 教会の人は魔族は悪者みたいに言っているのに教会関係者のカタリナさんが説明できないってのも変な話だね。


「教会が定める魔族とは邪悪な存在です。なぜ邪悪とされるかというと、魔族は人々を誑かし堕落させ、傷つけ害する。それらの行為を本能もしくは習性として有しているからだそうです」


 じゃあ人間とたいして変わらんね。


「魔族は人とさほど変わらぬ姿と高い知能を持つ魔物と教会は伝えています」


 魔族は魔物の一種なんですか。じゃあ、ぶっ殺さないと駄目だな。

 見た目は人間と同じだけどオークとかゴブリンとかと変わらないんだったら殺しても何も思わないかな、俺は。


「しかしながら、教会の定める魔族の定義は極めて曖昧であり、不確かなものです。実際の所、教会は魔族を正しく判別する方法などは持っておらず、教会の都合次第で魔族の定義は容易く変わります」


 うーん、なんだか良く分かんないんだけど教会って勘で魔族を決めてるのかね?

 もしかしたらさ、『こいつ気に入らねぇから魔族なんじゃね?』っていうノリで決めてたりして。

 魔族なんだから人間じゃねぇし、魔物の仲間なんだから酷い目に遭わせても良いとか酷いことするのを正当化できそうだね。


「過去には王国の少数民族が教会から魔族認定され滅んだという事件もあります。その時、滅ぼされた人々は肌の色が王国人の一般的なものとは異なっていただけで、魔族であったという証拠は何一つありません」


 ひえー、肌の色がちょっと違うだけで人外認定で皆殺しですか。エイジ君なんかも肌の色が違うから、ぶっ殺されそうだよね。もしかしたらエイジ君も魔族なのかな? だったら今のうちに始末しておいた方がいいんかね?

 そういや、ノール皇子の手下にも魔族がいたような気がするけど、あの人はなんなんだろうね。話を聞く分には邪悪な感じは全くなかったんだけどな。


「で、結局の所、魔族ってのは何なんだ?」


 なんか色々と説明されたけど良く分かんなかったんだよね。なんかイマイチハッキリとした話はなかったしさ。

 分かったのは教会の人の気分次第で魔族ってことになって酷い目に遭いそうってくらい? つーか、色々とありすぎて良く分からん。


「それは私にも分かりません。魔族自体は存在する可能性は高いですが、教会が魔族と認定した人の中にどれだけ本当の魔族がいたかは定かではなく、おそらくは大半の人が普通の人間であったかと。教会は自分たちを魔族という邪悪を滅する者と称して権威を高めてきましたし、場合によっては自分たちの邪魔となる存在を魔族認定して――」


「始末してきたのか?」


 カタリナは俺の言葉に頷く。

 うーん、今日の俺は冴えてるな。普段より頭が切れるかもしれないぞ。できれば、褒めてほしいんだけど、誰か褒めてくれませんかね。


「恥ずべきことですが聖神教会にも後ろ暗い部分は数多くあります。その後ろ暗い面の大半を担ってきたのも聖騎士ですので、彼らは極めて危険な存在であるかもしれません」


 かもしれないってことは危険じゃない可能性もあるのかな?

 じゃあ危険じゃないって考えようかな。そっちの方が精神衛生上は良いような気もするしさ。

 しかし、教会にも色々あるのね。結構悪いことやってる感じだし、俺はもうちょっと穏やかな人たちだと思ってたよ。つっても、殴り合いは苦手で回復魔法使えるくらいしか、聖神教会の人のことは知らんのだけどもね。


「――で、魔族認定されかかっているイーリスはこれからどうなる?」


 忘れそうになるけど、イーリスの身を守れって言われてるからね。

 しかし、俺は危ない人たちとは関わり合いになりたくないような気もするのよ。多少の揉め事は歓迎だけど気違いが関わる揉め事はこじれそうだから嫌だぜ? 俺は平穏な揉め事が好みなんだからさ。


「一般的には審問がかけられると思います。審問の内容はその――」


 カタリナが口ごもっているけど何か怖いことでもあるのかね?

 多分あれだろうな、殺すつもりで色々とするんじゃないかな?

 人間じゃない可能性もあるんだから多少キツめにやっても良いかって思って、真実を話すまで痛めつけるんだと思う。

 で、その途中で死んじゃったら、『この程度で死ぬなら魔族じゃないな。良かった良かった』となり、悪い魔族はいなかったんだって感じでハッピーエンド。

 死ななかったら『こんだけやっても死なないなら、テメェ魔族だな! 殺す』となって悪い魔族を殺してハッピーエンドかな?

 どっちもハッピーエンドのようだけど、どっちでもイーリス死んじゃうね。

 ついでによくよく考えてみると真実って何だって話になるんだよな。イーリスが人間でも魔族でも教会の人間が『嘘言ってる気がするので、本当のことを話すまで痛めつけます』ってなったら大変だと思う。


「殺害を前提にしたものよ」


 どこに行っていたのか居場所が分からなかったエリアナさんがやってきましたね。

 割と不機嫌な様子ですが、不機嫌な表情でも美人だから素晴らしいね。


「とはいっても教会もイーリスを殺すつもりがあるかどうかは怪しいわね。いくらなんでも魔族の疑いがあるとはいえ、疑いだけで将来の王妃になる可能性がある娘を害するわけにはいかないわ。教会が欲しいのは王家の譲歩、正確には未来の国王のウーゼル殿下の譲歩かしら?」


 また難しい話ですかね。

 俺も最近は難しい話を聞けるようになったとはいえ、聞くにしても一日あたりの限界時間がありますよ。今日はもう限界なので聞いているふりをしておきます。


「イーリスを人質に取ってウーゼル殿下を屈服させる。ウーゼル殿下がおとなしく教会に従えば、イーリスは魔族ではなかったと解放されるかもしれないし、同時にウーゼル殿下が魔族であるイーリスにたぶらかされていた疑いも解ける。もっとも解けるだけで疑われてた事実は消せないから、ウーゼル殿下にとっては今後の弱みになるでしょうけどね。一生、教会から正気だという保証を受けてないといけないでしょうから」


 そりゃ一回頭おかしいってなったらねぇ。大丈夫だって言われても本当かしらってなるだろうからなぁ。


「では、イーリス様は無事に済むのですか?」


「それが良く分からないところなのよね。教会としてはイーリスを魔族として殺しても特に問題はないから。やはり魔族だったと言い張り、ウーゼル殿下を魔族の邪悪な術に誑かされたことにしてもいいのよ。そうなったら、ウーゼル殿下は教会に問題ないと認定されるまで魔族の術にかかったままということになるから、教会に頭を下げて問題ないという認定を貰うほかなく、やはり屈服せざるをえないもの」


 イーリスが死のうが死ぬまいが、結局ウーゼル殿下は教会に頭を下げて、正常ですよってお墨付きを貰わないといけないってことなのね。貰わないとなると、頭がおかしい状態が続いているって教会に言われるし、頭おかしい人の言うことなんか誰も従わないよね。

 でも、ウーゼル殿下がイーリスが酷い目に遭ったと知ってキレないとは限らないような。キレて教会の連中を皆殺しにするとかなる可能性があるけど、そういう可能性は気にしないのかな?


「ウーゼル殿下に関しては私たちにはどうしようもないわ。もっとも最初からどうこうするつもりはないけれどもね」


 あら厳しい。イーリスに優しくしようっていうなら殿下にも優しくしてやりゃいいのにね。


「その言い方だと、イーリスに関しては何とかしようという考えがあるようだが」


「あると言ってもたいしたものじゃないわ。聖騎士がイーリスの所に顔を出した時、その場にアロルド君がいるだけで良いと思うの。教会だって馬鹿じゃないから王家と今や時の人のアロルド君を同時に敵に回したくはないだろうしね」


 俺ってそんなに有名人かね。仮にそうだとしても、あまり実感がないんだよなぁ。

 有名人なら、ちやほやされても良いのに俺はちやほやされるどころか怖がられてる感じだしさ。


「あと、イーリスが本当に魔族だった時はヒルダには悪いけど手を引くわ。ここまではイーリスが人間であるという前提で守るという話を進めてきたけれど、流石に魔族と明らかになったら助けようという気にはならないわ。魔族を庇うとなると損にしかならないもの」


 まぁ、そりゃそうよね。邪悪な存在って言われてる魔族を助けるとか俺たちも魔族とか疑われるしさ。

 今の段階なら疑いがあるってだけだし、言い訳ができそうだけど魔族とハッキリわかってる奴を助けるのは言い訳すんのが難しそうだしさ。


「とりあえず、イーリスに会いに行くか。そこで魔族かどうかあたりをつけておくのも良いだろう」


 俺としては、聖騎士さんたちが来るより早くイーリスが魔族かどうか知っておきたいようにも思うのよ。

 聖騎士さんたちが変なことしないように見張りは勿論するけどさ、当日になってイーリスが魔族でしたって驚くのも嫌だしさ。


「じゃあ、ヒルダに連絡をしておくわ。もしかしたら今生の別れになるかもしれないし今のうちに言いたいことは言っておきたいもの」


 そういうわけで、俺たちは一度イーリスの様子を見に行くことにしました。

 まぁ、イーリスがどこにいるかは俺は知らないんだけども、誰か知っている人がいるだろうから、その人についていくことにしましょう。



 そして、数日後――


 俺とエリアナさん、カタリナ、キリエは王都の郊外に向かう馬車の中にいた。

 なんでもイーリスがいる場所が、その辺りにあるらしくて馬車で移動している次第です。


「結構良いところに軟禁されてるのね」


 そう言いながら馬車の窓から外を眺めるエリアナさんの視線の先には城のような建物があります。


「タビサ修道院です。王家の方が近親者の喪に服する。もしくは貴族として表舞台に生きることがかなわなくなった人たちが余生を過ごす場所です」


「生きていても厄介の種にしかならない人を閉じ込めておく場所と言うべきね。まぁ、表ざたにできない事情がある人が閉じこもるにはいいと思うわよ」


 いいねぇ、俺もそういう所に行きたいもんだ。余生があるとしたらそういう所で一生を終えたいね。

 俺はまだ若いから、そういう所にとどまる気は起きないけども。


 まぁそれは置いておくとして、なんでカタリナとか乗ってるんだろうね。いや、まぁいなくていいってわけじゃないんだけどさ。ただ、自然な感じでここにいたから、ちょっと驚きなのよ。


「どうかなされましたか?」


 カタリナが俺に尋ねてくるけれども、俺の方が何でいるのか聞きたいんだけど。


「……帰りたい……」


 キリエちゃんは帰りたいって言ってるぜ。

 正直、俺も面倒くさくなってきたから帰りたい。

 頼み事は聞くけど、やる気を出すかに関しては別問題なわけだしね。


「駄目よ。護衛の対象が女性なんだから変な噂が流れないようにするために男の人は呼べないし、貴方達くらいしか頼りにできる人はいないんだから」


 エリアナさんはそう言うけどもカタリナもキリエも荒事になったら、たいして役に立たないと思うけどね。

 でもまぁ、男臭い冒険者連中を女性ばっかりの修道院の護衛にさせるのはちょっと良くないような気もするし仕方ないかなぁ。


「まぁ、ほどほどに頑張ってくれ」


 エリアナさんの話の感じだと俺たちは聖騎士の人たちが無茶なことをしないように見張っているだけで良いらしいし、ちょっと我慢してください。


「……うん、がんばる」


「はい、微力ながらお手伝いをさせていただきます」


 良いお返事を貰えてなによりです。

 話をしているうちに、タビサ修道院に到着したようですし、さっさと降りてイーリスと顔を会わせますかね。

 しかし、遠くから見た時も凄いとは思ったけど近づくとさらに凄いね。修道院っていうより完全に城だよ。きちんと門も構えてあるしさ。まぁ、表舞台に出らんなくなった王族の終の住処とかになるわけだし、しっかりしてないとまずいのかもね。


「……人が少ないかも……」


 キリエが〈探知〉の魔法を発動させ、周囲の様子を探りながら、そんなことを言いました。

 確かに人の気配が少ないように思うけど、普段がどんなもんなのか知らないから少ないって言うのも変だと思うな。むしろ多い可能性だってあるぜ?


 そんなこと考えていたら、修道院の入り口の門が開き、中からヒルダさんが顔を出しました。

 一応、門を開ける人員はいるようだけど、その人たちにしたってやる気が感じられないね。


「よく来てくれた、感謝する!」


 ヒルダさんの元気が良いようで何よりです。まぁ、俺たちの人数とメンツを見て表情は暗くなったけどね。


「その人数でか……」


「人数なら、そっちだって殆どいないじゃない。落ち込んでないで、さっさと案内する」


 エリアナさんに急かされてヒルダさんは俺たちの案内をはじめます。


「この修道院へ送られたのは陛下の判断でな。目立たず、内密にことを進められるからだそうだ。最初の審問もここで行われることになるだろうと陛下はおっしゃっていた」


 歩きながらヒルダさんが説明してくれます。


「こうなるまでは将来の王妃として散々媚びを売っていた奴らも今では知らん顔だ。自前で賄える人材がいないから陛下から人を借りているものの、誰も魔族の疑いのあるイーリス様と関わりたがらず、人が足りない。もともと城の管理をしていた者たちもイーリス様が来るという話をきくなり休みを貰って立ち去ったというありさまなんだ」


 そりゃ大変だね。でもまぁ、厄介ごとに関わりたくないってのが普通の人だし、しょうがないんじゃない? 厄介ごとに好き好んで首を突っ込んでる俺たちが普通じゃないってことになるけどさ。


「イーリス様はこの部屋だ」


 そう言って、ヒルダさんが俺たちを案内したのは修道院の最上階にある部屋でした。


「随分と良い部屋を貰ったのね」


 あ、エリアナさんの顔が引き攣ってます。

 でもまぁ、仕方ないかも。眺めも良いしフロア全体が華やかだから羨ましいのかもしんないね。


「ああ、そうなんだ。この部屋は代々の王妃様が使っていたという部屋でな。ウーゼル殿下がイーリス様にせめて不自由な生活はさせまいとして用意させたんだ」


 おや、エリアナさんが額を抑えて呆れた様子です。

 表情がクルクル変わって面白いね。


「王妃が使っていた部屋を今はまだ王族でもなんでもない小娘に使わせるとか……しかも、その小娘は立場が悪いってのに……はぁ……」


 殿下も太っ腹で良いね。恋人のためだから頑張ったんじゃない?

 イーリスも立場が悪くなって辛い思いをしているわけだし、少しでも慰めになればって思ったんだと思うよ。


「イーリス様、アロルド殿をお連れしました」


 ヒルダさんが部屋の扉をノックし、中にいるらしいイーリスに声をかける。だが、部屋の中から声は返ってこない。


「世を儚んで自ら命を絶ったのかもしれないわね」


 エリアナさんがどこか遠くを見るような眼差しでそんなことを言った。

 それだったら、俺たちも残念だったねと言って帰れるんだけど、部屋の中に生きている人の気配はあるんだよなぁ。


「なんだと、それは大変だ!」


 大変なのか? 何が大変なのか分からんよ。

 イーリスかは知らんけど、部屋の住人は生きているんだしさ。


「今、お助けします、イーリス様!」


 ヒルダさんが慌てた様子で部屋の扉を蹴破る。生きている気配だから問題ないと思うけど、死んでたら助けるも何もないよね。

 ヒルダさんが蹴破った扉から急いで部屋の中に入ると、俺たちもその後に続く。そして部屋の中に入るなり俺たちの目に入ったのは――


「皆様、どうかなさいましたか?」


 平然とした様子で椅子に座り茶を口にするイーリスの姿だった。

 ――つっても、演技しているような雰囲気が凄いんだけどね。明らかに汗かいた跡があるし、呼吸も無理やり整えようとしているし、足元に何か隠してるみたいなんだけど。

 エリアナさんも訝しげな表情でイーリスを見ているし、何かあるんでしょうね。


「ご返事をしていただけなかったため、何事かあったのかと思い、扉を蹴破り御無事を確かめるため入室いたしました。お騒がせしたことはご容赦ください」


 ヒルダさんがイーリスに跪き、頭を下げる。

 イーリスはというと鷹揚な態度でヒルダさんの無礼を許すようだった。うーん、なんでこいつこんなに偉そうなんだ?


「私のことを思ってしてくれたことを咎めるような真似はいたしません。頭を上げてください」


 なんか思ったより余裕の様子だね、イーリスは。

 殺されるかもしれないって言うなら、もう少し取り乱しても良いような気がするんだけども。


「アロルド様もエリアナ様もようこそお越しくださいました。ヒルダから皆様が私の護衛をしてくださるという話を聞いております。ですが、私は甘んじて教会の審判を受けようと思うので、皆さまのお力を貸していただく必要はございません」


 あ、そうですか。じゃあ、帰りますね。

 いやぁ、面倒が片付いてよかったよかった。自分で大丈夫って言っているし、俺たちが手を貸してやる必要はないってことだから、ここで手を貸すと余計なことをしてるってんで嫌がられそうだから帰った方が良いよね。


「御考え直しください、イーリス様。聖騎士が魔族の疑いのある者に科す責め苦は死を前提としたもの。私たちが立ち会わねば何をされるかは分かりません」


 カタリナが心からのイーリスを心配する言葉を放つがイーリスは首を横に振る。

 ちなみに、エリアナさんだけでなくキリエも疑いの眼差しをイーリスに向けるようになりました。

 何を疑っているんだろうね、アレかな? イーリスの足元に見えている鞄の一部が気になるのかね? 最初は気づかなかったけど、イーリスが話しているうちに隠していたらしいものが見えてきたんだよね。


「必要ありません。神様は正しく判断を下してくれるはずですから、私が裁きの場に姿を現せば必ずや神様が助けてくれすはずです。これは信仰を試す試練の場でもあり、神を疑い、人の力を借りて無事にことを収めれば神様は私に対して失望の念を抱くでしょう。私は責め苦を受けるより、その方が辛いのです」


 うーん、なんだろうか?

 なんでこう自然に自分は問題ないと思えるのか理解できないなぁ。カタリナも何言ってるんだって首を傾げてるよ。イーリスの言い分だと自分は神様に愛されてるみたいにも受け取れるよね。

 自分が愛されてると思えるなんて結構思い上がってるような気がするのは俺だけかな?


「へぇ、その割には逃げ出そうとしていたようだけれども。それについてはどう説明するのかしらね?」


 黙っていたエリアナさんが遂に口を開きました。

 イーリスと仲良くしようとすると思っていたんだけど、今は目が座っていますね。

 エリアナさんはイーリスの足元にある鞄を指差しています。みんな気になっていたけれど、指摘するタイミングがなかった鞄です。


「えっと、これはその……。お世話になった方へのお手紙を入れた鞄で、私にもしも何かあったら――」


 言っている途中で鞄から宝石がゴロンと落ちてきました。コロンじゃなくてゴロンですよ、ゴロン! 滅茶苦茶大きい宝石です。


「それは何かしら? お手紙が入っているのよね?」


「こ、これはその、お手紙だけでは感謝の気持ちが伝わらないと思ったので、何か贈り物をと思い――」


 いやぁ、流石の俺でもその大きさの宝石は贈り物にしないと思うよ。大きいだけで華やかな加工がしてあるわけじゃないし、換金する以外使い道なさそうだもん。


「……これは何……?」


 何かに気付いたのかキリエが部屋の窓に近づき、何かを引っ張り上げます。

 引っ張り上げ、出てきたのはカーテンを結んでロープ状にしたものです。


「それは……カーテンが埃まみれだったので、少し日に当てようと思い――」


 うーん、カーテンが新品に見えるのは俺だけでしょうか?


「……その、このようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが、お召し物が急いで脱いで着たように乱れているのですが……あと、口になさっているお茶ですが淹れてからしばらく経つように見えるのですが」


「えーと、暑くて汗をかいてしまったので体を拭くために一度脱いだので、それと私は熱いお茶は苦手ですので――」


 暑いって言われてもなぁ。今ってようやく冬が明けるかって時期だったような。あと熱いお茶は苦手って言っても、時間が経ちすぎて温くなるどころか冷えたお茶を好んで飲むってのも不思議な話だよな。


「イーリス様、見慣れぬ衣服がそこに落ちていたのですが、これはどのようになさいましょうか? 人肌に温まっているようですが――」


 ヒルダさんがイーリスが隠していたようにしか見えない服を見つけました。

 女物で動きやすそうな服だし、イーリスの物だと思うんだけど、イーリスは無言で首を横に振る。


「ねぇ、自分で言う? それとも私たちに言ってもらいたい?」


 エリアナさんがイーリスに詰め寄ります。一体何を言うのやら、俺にはさっぱりですね。

 イーリスの顔色が悪くなっているけど、何か言われるとまずいことでもあるんでしょうかね?


「言いたくないなら私が言うけど、あなた逃げようとしてたでしょう?」


 え、そうなの?


「鞄の中には換金可能な宝石とか貴金属を入れ、自分は動きやすい服装に着替えて、ロープ状にしたカーテンを伝って部屋から脱走するつもりだった。でも、私たちがやってきたので取り繕うために慌てて着替えて今の状況に至るわけね。これで間違いないでしょう?」


「あの、その鞄の中には着替えとかも入っていて――」


「そういう細かいことはどうでもいいのよ」


 あ、エリアナさんがキレていらっしゃる。お酒でも飲ませておけば、イーリスの顔面にパンチが入っていたと思う。ヒルダさんは何発か殴っても大丈夫そうだけど、イーリスは死んじゃいそうだから気をつけないとね。


「さっきあれだけ偉そうなことを言っておいて、裏では逃げる算段とかどういうつもりなのかしらね。信用できない娘だと思っていたけど、まさかここまで姑息だとは思わなかったわ」


 うーん、エリアナさんもそこまでにしておいた方がいいと思うよ。イーリスの方も目が座ってきたしさ。


「――は? 人の邪魔しておいて、その態度は何よ。ちょっと思い上がってるんじゃない?」


「え、なに? あなた、自分が私に口答えできる立場だと思ってるの?」


 なんか雲行きが怪しくなってきましたね。

 やばい空気を感じ取ったのか、カタリナ、キリエ、ヒルダの三人が部屋の隅に逃げます。


「あんたこそ、私に偉そうな口を利ける立場なの? 今のあんたは貴族でも何でもないただの小娘なんだけど」


「今、私のことをあんたって言った? ねぇ、言ったわよね。遂に本性を現したわ、この子! ああ、やっぱり品の無い田舎娘だったようね、育ちの良さってこういう所に出るものだわ」


「いくら育ちが良くても戦うしか能がない野蛮人の情婦になるしかないなら、私は田舎娘でも結構ですけどね。というか、育ちが良くても、その程度の相手しか見つけられないとか、あんたって物凄く程度が低いんじゃないの?」


「おい、今なんて言った? 私の男にケチをつけた上に私を馬鹿にしたわよね? もしかして、能無し王子を物にしたから調子に乗ってるの? そうだとしたら、ちゃんちゃらおかしいんだけど、育ちが良いだけで面白みのない男を捕まえただけで誇ってるあんたの方が程度が低いわよ」


「その面白味のない男に捨てられたくせに偉そうな口を利くわね」


「男を寝取るくらいしか能がない股の緩い女が偉そうな口を利くわね」


「その股の緩い女に捨てられた男に拾われた最下層女のくせに」


 あ、やばいかもしれない。

 いや、やばくないかも、エリアナさんの中で何かが切れて逆に冷静になったようだぞ。


「やめましょう。あなただって、これからどうなるか分からないんだし争っている場合じゃないわ」


 おお、エリアナさんが大人の対応で左手を差し出しました。

 それに応えるようにイーリスも左手を差し出します。


「申し訳ありません、エリアナ様。私も気が動転していたようで、酷いことを言ってしまいました」


「私もそうよ。あなただって辛い時なのに酷いことを言ってしまってごめんなさい。許してくれるかしら」


「こちらこそエリアナ様に許していただけるかどうか――」


 二人は互いに差し出した左手で握手し――


 これで仲直り。いやぁ一時はどうなることか思ったよ。


 右手を互いの顔面に叩き込んだ――


 うん、俺は何も見なかったし、何も起きてない。

 エリアナさんとイーリスは握手して仲直りした、それで良いじゃない。


 ……良いよね? 良いってことにしてくれると助かるんだけどな。

 無理なら俺が頑張るしかないんだけど。頑張りたくねぇなぁ……。






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