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急転直下


 結局、兄上がなんか言っていたけど帰ってきちゃいました。


 良く分かんなかったし返事は保留ってことでよろしくお願いしときました。

 そもそも難しい話すんなって感じだし。俺にはサッパリだし。どうでもいいだし。酔っぱらっただしの、だしだしだしだしのだし四つで気力なかったから兄上の好きにすりゃいいんじゃねって感じのことを言っておきました。


 まぁ、兄上も今はそれでいいって言っていました。

 今の状態の俺に対して何を言っても仕方はないだろうと思っていたんですって。

 失礼な話だぜ。そんな簡単に俺が変わると思ったら大間違いだっつーの。難しい話は、いつ話したって俺には無駄だから。


 ――とまぁ、そんなこんなでメシだけ食って、俺は帰ってきました。丁寧な見送りのおかげでもありますね。

 しかし、ああいう店は量が少ないのが常なのか、帰り道を歩いているうちにお腹がすいて寂しい気持ちになるのが難だね。でもまぁ我が家に到着したし別にいいか。

 いやぁ、大きい屋敷だぜ。西部で頑張った結果、お金が貯まって買えたけど、その直後に南部に行ったりでほとんど住めてねぇんだよなぁ。俺の物なんだし、もう少しゆっくりしたいもんだぜ。まぁ、しばらく休みみたいな感じだし、そういう時間はいくらでもあるだろうけど。


 俺は門を抜け、入り口の扉を開く。

 家主様の帰還だぞー、お出迎えをしろよー。なんて事を思って、俺は屋敷の中に入ったわけだけど――


「ふざけんなっ!」


 ――どうやら俺の家じゃないみたいね。

 だって屋敷の中に入るなり、怒鳴り声が聞こえるなんて俺の家としてどうなの? 俺の家は静かであり穏やかであってほしいんだけど。

 たぶん、間違って他の人の家に入っちゃったんだと思う。すぐに出ていくので怒らないでくれるかな。

 まぁ、今の所、怒られてるのは俺じゃないみたいだから、そんなに怯えなくても良いんだろうけども。


「この野郎、どの面さげて、私の前に出てきやがった!」


 怒られている人はどこかの貴族の御曹司さんみたいですね。で、怒っているのはエリアナさんです。

 今もエリアナさんの右拳が御曹司の顔面を見事に捉え、御曹司を殴り倒しています。エリアナさんも結構武闘派だから、たまに口より先に手が出るのは仕方ないね。

 しかし、アレだね。エリアナさんがいるってことはここは俺の家か?

 なんだろうか、俺の家ってお客さんが顔面ぶん殴られてしまうような暴力的殺伐空間なの? 外での疲れをとる癒しの空間ではないんでしょうか?


 ――まぁ、その程度は日常茶飯事だし、気持ち次第でいくらでも心休まる場になるから気にはならんね。人間なんて毎日、何人かは死んでるだろうし、ぶん殴られてる人間もいっぱいいるだろうから、それが偶然にも俺の家の中で起きてもおかしくないし、気にするようなことでもないかな。

 だから、まぁ屋敷の玄関のど真ん中で暴力沙汰が起きていても気にはしません。でも、絨毯に血が付きそうなので、やるなら屋敷の庭か地下室でやってくれませんかね。


 俺の見ている前で、エリアナさんの拳が御曹司の顎を打ち抜き、御曹司は膝をつく。だが、エリアナさんの追撃の手は止まらず、膝をついた御曹司の頭をつかみ、さらにその顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

 うーん、殺意に溢れてるなぁ。しかし、あの御曹司の顔はどっかで見たことあるんだけど、どこで見たっけ。


「旦那様、奥様を御止めください」


 俺が思い出せないでいるとメイドが話しかけてきました。

 えーと、西部に行ったときにエリアナさんが拾ってきた元娼婦だったかな、この娘は。身売りされて可哀想だっていうんで、エリアナさんが面倒を見るとかなんとかだったかな?

 でもまぁ、今はそんなことはどうでもいいか。俺としては今の状況でも害がないからどうでも良いんだけど、頼まれちゃったし止めに入ろうかな。


「そこまでにしておけ」


 とりあえず、声をかけます。

 嫌だって言われたら諦めますよ。メイドには御免無理だったって言って終わりにしますから。

 そういうつもりだったのだけれども、俺が声をかけるなりエリアナさんは、その拳をピタリと止め、俺の方に駆け寄り抱きついてきた。


「アロルド君、聞いて。あのクソ野郎が私を家へ連れ戻そうとするの!」


 うーん、エリアナさんが酒臭いです。目もトロンとしてるし間違いなく酔っぱらってるね。

 まぁ酔ってるエリアナさんも素敵だから俺は別に構わないけどさ。

 しかし、クソ野郎ってなんだろうね? 家へ連れもどそうとするってなんなんでしょうか、そもそもクソ野郎って誰よって感じで疑問が尽きないんだけど。とりあえず聞いてみましょうか。


「そいつは誰だ?」


 エリアナさん曰くクソ野郎らしい御曹司は口から血の混ざった泡を吹いていますが、近くにいたカタリナが回復魔法で手当てしてくれているので命に別状はないでしょう。


「私のお兄様だけど……。でも、そいつひどいのよ! 私を陥れて私が勘当される原因を作ったくせに今更戻って来いっていうの! これって絶対にアレよね、政略結婚の道具にされるんだわ。きっと脂ぎった汚らしい好色なだけの無能爺のもとに嫁がされるのよ!」


 はぁ、そうなんですか? なんだか良く分かんないけど、エリアナさんが言うならそうなのかな?

 カタリナと一緒にいたらしいキリエちゃんもエリアナさんを哀れむような眼で見ているし、本当のことかもね。


「エリアナ、可哀想……」


「キリエさん、酔っていらっしゃる方の言葉を真に受けてはいけませんよ。エリアナさんはお酒を飲むとただでさえ、その……ちょっとアレになるというか……」


 カタリナが御曹司を治療しながら反対意見出してるけど、これだとどうなんだろうね。

 酔っぱらったエリアナに乳とか尻を触られまくってるカタリナも意見の方が真実なのかもしれんけど。まぁ、どうでもいいか。


「うぐ、待ってくれ、それは誤解だ……」


 おっと、エリアナさんのお兄さんが起き上がりました。どうやら一命を取りとめたようでなによりです。

 でもまぁ、お兄さんが起き上がるなり、エリアナさんのつま先がお兄さんの喉に突き刺さるんですけどね。


「みなさん、止めてください!」


 カタリナが声をあげ、それに合わせて屋敷のメイドが総出でエリアナさんを押さえつける。

 まぁ、これじゃ話にならないから仕方ないね。で、お兄さんは本当は何の用なんざんしょ。聞くだけ聞きますよ、聞くだけで憶えられないから忘れるし、理解できない話だったりしたら、聞くのも難しいかもしんないけどさ。


「私はただエリアナの今後を考え、一度実家に戻る必要があると思っただけで――」


「私は戻らないわよ」


 取り付く島もないね、エリアナさん。

 別に実家に帰るくらいいじゃん。俺だって家を追い出されたけど家帰ったんだしさ。


「どうせ私がアロルド君と仲良くしてると王家との関係が悪くなるとかそういうのでしょ。王家寄りのイスターシャ家としては、王家と関係が良くないアロルド君の所に一人娘が身を寄せているのは気まずいわよねぇ。王家に叛意があると思われてもおかしくないし――」


 え、俺って王家と仲悪いの?

 それって、おかしくねぇ? だって、俺は王家のために行きたくもない戦争に行ってきたし、その戦争で勝ったんだから、俺のことは好意的に思っていても良いと思うんだけど。


「でも、それにしたってお兄様がイーリスの腰巾着をやってご機嫌取りをしてくれていれば済む話でしょ。もう家の事情なんて関係ないわ。私はイスターシャ家の人間じゃないんだから好きにするし、イスターシャ家がどうなったって知ったことじゃないわ。先に私を捨てたのはそっち、今度は私がそっちを捨てるわ。せいぜい、未来の王妃様のご機嫌でも取っていて頂戴」


 エリアナさんさぁ、偉そうなこと言っているけど、自分の姿を顧みた方がいいと思うんだよ。

 メイド数人の手で床に組み伏せられている状態で言うセリフじゃないような気がするしさ。


「……確かにお前を陥れたことは申し訳なく思う。あの時の私はおかしくなっていたんだ。たいした証拠もなくイーリス様の言葉だけを鵜呑みにし、お前がイーリス様を虐げていると信じてしまった。我がことながら訳が分からない。だが、イーリス様の言葉を聞くとそれが真実のように聞こえて――」


 イーリス様ねぇ。良く分からんけど、イーリスってそんなに偉くなっていたっけ?

 エリアナさんのお家って偉い貴族だったけど、そこのお坊ちゃんが様付けしないといけないほど偉いのかな?

 そんなことを考えているとキリエが俺の袖を引っ張り、耳打ちしてきた。


「……あの人、幻惑の魔法にかかった痕がある……」


 ふーん、そうなの。

 でも、人生なんてまぼろしまどいの連続で確かな物なんて何一つないみたいな噂もあるし、幻惑の魔法にかかっていてもおかしくないんじゃない? 俺だって人生絶賛幻惑中だぜ? いや、なんとなく思っただけで、そんなに迷っていないけどさ。

 でもまぁ、なんにしろ、かかった痕ってことなら、もうかかっていないんだから別にどうでもいいんじゃない。俺は興味ないな。


「それを今更言うのが遅いのよ。残念でした、もう取りかえしはつきません。お兄様たちが何を考えているかは分からないけど、私はアロルド君と結婚して幸せになります」


 ん、なんかエリアナさん凄いこと言わなかった?

 みんな、『えっ!?』ってなってるしメイドさんたちは『やった!』って感じになっているし、これって聞き返さずに流して良い案件なの?


「今、なんと言った?」


 おお、俺の代わりにお兄さんが聞いてくれました。

 しかし、俺とエリアナさんが結婚することになるなら、お兄さんじゃなくてお義兄さんになるのかぁ。まぁ、別に問題はないか。


「何度も言わせないでよ。私はアロルド君と結婚するの!」


 いやぁ、マジな話なの? 

 カタリナとキリエを見ると二人とも全く知らないって感じで首を振ってるし、何が本当なのか分からんのだけど。でもまぁ、エリアナさんは美人さんだしお嫁さんにできるなら、それはそれで良いんじゃないかな。

 しかし、そういう話をするなら、できれば床に這いつくばった姿勢のままで言わないで欲しかったかも。いや、こういうのって男側から結婚することになりましたって切り出すの? でも、俺が結婚する話は初耳なんだけど。


「待て、待ってくれ! 良く考えろ、そんな奴で本当にいいのか! そいつの何が良いんだ!?」


 お義兄さんが、俺を指差してなんか言ってます。人を指差してんじゃねぇよ、その指へし折るぞ。

 なんてことを思ったけど、もしかしたら親戚になるかもしれないし、親戚にそういうことするのは良くないと思うので気にしないようにしましょう。


「強い! お金持ってる! 権力持ってる! 顔が私の好み! 性格が好み! 贅沢させてくれる! 私の自由にさせてくれる! 将来性がある! 良い所いっぱいあるじゃない! お兄様こそ何が不満なのよ!」


 いやぁ、良い所いっぱい挙げられると照れますね。なんだか自分がすごい人物になったような気分です。もしかしたら、俺ってすごい人間なのかもねとか思ったり思わなかったりしつつ、やっぱり俺ってすごくねと思います。


「少し冷静になって考えてくれ、エリアナ。こういうことはまず父上や母上と話し合ってだな――」


「だったら、お父様の所に行くわよ、アロルド君と一緒にね。帰ってきてほしいって言っていたんだから、それで満足でしょ?」


 いやぁ、お父さんとしてはどうなんだろうね。家を追い出した娘が帰ってきたら隣に男を連れてきたとなったらさ。つーか、なんだか良く分からんけど、俺も一緒に行く流れなのかな? 話的にそんな感じなんだけど。


「アロルド君も当然来てくれるわよね?」


「ああ、問題ない」


 なんか凄い眼で見られてしまったので、やっぱり俺はエリアナさんの家に行くことになりそうだね。

 でも、何のために行くんでしたっけ? 話を聞いていたような気がするけど忘れちった、テヘ。

 まぁ、何とかなるでしょう。たぶん結婚の話らしいし? 

 えーと、俺とエリアナさんが結婚するんだっけ?

 ん? 俺としては特に問題を感じない事柄だけど、重大事件のような気もするんだよな。まぁ、別にいいか。俺は特に困らなさそうだし。


「じゃあ、日時を決めないと、早い方が良いわよね。というわけで明日で」


 早いっすね、親御さんへの挨拶。

 まぁ良いけど。でも、急にお客さんが来ると困ると思うぜ。我が家と同じでさ――



 屋敷の外に武装した奴らの気配が感じ取れる。俺が店を出た時から、そんな気配はあったから別に驚きはしないけど。つーか、見送りの人だと思ってました。

 結構な人数が揃っているようだけど、殺気はそんなにないな。何人かは満ち溢れているけど殆どは怯えてるようだし。

 外の気配は屋敷に近づき、玄関の前にたどり着くと入り口の扉を壊れるくらいの勢いで強く叩く。


「王国騎士団である! アロルド・アークス殿は在宅か!」


 いるのが分かっていて来たんじゃないのかね? それなのにわざわざ尋ねるとか良く分からん話だぜ。

 とりあえず、家に入れる理由はないけど、入れない理由もないので、俺は素直に扉をあけました。


「……アロルド・アークスに間違いないな」


 俺が扉を開けるとそこにいたのは確か王国騎士団の団長代理の人だったかな。

 夜中に何の用でしょうね。そんなに仲良かった記憶もないけど、知り合いではあるし話くらいは聞いてあげましょう。


「用があるなら中へ入れ」


「いや、結構だ。用事はこの場で済む」


 なんだと、この野郎。せっかく俺が誘ってやってるのにその態度は何だ!

 仲良くもない奴を家に招いてやろうと気を遣った俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。もう、頼んでも絶対に家に入れてやらんからな。後から何言ったって無駄だからな。


「そうか、では、さっさと済ませてくれ。こちらも取り込んでいるようでな」


「ふん、どうせ悪だくみだろう。だが、仮に何かあったとしても貴様はもうそんなことを気にせずとも良い」


 騎士団長代理の人はそう言うと腰の剣を抜き放ち、俺に向かって突きつける。

 それと同時に、屋敷の周囲に隠れていたと思わしき王国騎士団の連中も姿を現し、槍を突きつけて俺を取り囲む。

 数は二十くらいかな? その気になりゃ物の数ではないし全員ぶっ殺せるだろうな。


「アロルド・アークス。貴様は先の戦でイグニス帝国のノール皇子を逃がした。そのことから帝国との内通が疑われている。そのことについて詮議を行う故、今すぐに登城し王城にて査問会に備えよ。これは王命である」


 そういや、なんかあるって言ってたな。誰が言っていたかは忘れたけどさ。

 しかし、今の時間からっすか? 月もお空の真ん中から落ちかけてますよ。もう遅いから明日の朝行くってのはダメ?


「随分と遅い時間によくやるものだ」


「ふん、放っておけば貴様が何をしでかすか分かったものでは無いからな。先ほどもセイリオスと会っていたのを確認している。奴や他の者に知恵を借り、切り抜ける秘策でも思いつかれては厄介なのでな。時間をかけずに行動に移したというわけだ」


 そうっすか。大変ですね。

 今日王都に帰ってきて、昼間に王様と話して、兄上とメシ食ってという俺の忙しさと同じくらいの忙しさだね。


「抵抗するならしても構わんぞ。そうすれば、問答無用で有罪と判断し心置きなく貴様を処刑できるから。もしかすると陛下もそれを望んでおられるかもしれんしな」


 いやぁ、それはちょっと無理だと思うよ。

 連れてきてる騎士の半分以上が俺に対して怯えて戦力にならないようだしさ。


 ――さて、どうしようかな。

 団長代理さんの言うこと聞いて城に行くか、それとも行かないか。

 まぁ、そんなに悩むことでもないんだけど、さてどうしましょうかね?







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