凱旋
兄上に関して色々と言っていたもののケイネンハイムさんはちゃんと仕事をしてくれていたようで、俺が立ちよった町にはケイネンハイムさんが言っていた装備が準備されていました。
鎧やら剣やら槍やら、更には馬まで用意されているうえ、そのどれもが一級品のようです。なんでハッキリしないかというと俺が武具の価値が分からない男なせいです。まぁ、俺以外もケイネンハイムさんが用意した武器はお気に召さないようですけどね。
「なんで魔法使いだからって杖を持たなきゃなんねぇんだよ。そりゃ使う時もあるけどよ、杖使うんだったら殆ど機能が同じの槍とか使うぞ。杖との違いなんざ先端が刃物かどうかしかねぇんだからよ」
「これ戦場じゃ無理でしょ。こんなに細い剣じゃ折れちゃうよ。いやまぁ、レイピアも悪くないけどさぁ、戦場で使う武器としたちゃアレなんじゃない?」
オリアスさんとグレアムさんがブツブツとそんなことを言いながら、ケイネンハイムさんが用意した武具を身に着けています。二人とも身に着けている衣服やら何やらが血を浴び過ぎてどす黒い色合いになっているから仕方ないと思うよ。
「うーん、アロルド君に似合うのは無いわねぇ」
俺の装備はエリアナさんが見繕ってくれていますが、どうにも感触は良くないようで俺の装備はいつもの黒鎧になりそうです。
あと馬に関してですけど、俺が普段乗っているドラウギースは見た目がちょっと厳つすぎるとか言うのでそれなりに質の良さそうな軍馬が用意されていました。ドラウギースじゃないと竜槍を手に持った俺は乗せられないので凱旋の際は剣を帯びるだけだとか。
まぁ、なんというかお金かかってますよ。だって数千人分の武具を用意したわけですからね。
正直な話、ここまでしてもらわなくてもいいような気がするけど、演出の為にはこれくらい必要だとか何とからしいし大変だね。
俺の財布を扱ってるエリアナさんも仕方ないと言っているし仕方ないんでしょう。これを企画してくれた兄上も費用を折半してくれるらしいけど、それでも俺が払うが結構な物らしいね。
つっても、支払いなんかは誰かがやってくれるらしいし、お金の工面も誰かが頑張ってくれるだろうから俺が気にすることじゃないけど。
「えーと、それじゃ行進の隊形に並んでみて」
エリアナさんの指示に合わせて汚した新品の武具を身に着けた冒険者達が王都に向けて行進する際の隊形を取る。
がっちりとした鎧なんかを着こんで、キビキビ動けばそれなりに見栄えがするから良いね。見た感じなら騎士団と間違われてもおかしくないかな。まぁ、中身はゴロツキなんだけどさ。
「マジで、これで行くのかよ?」
「親父やお袋が見たらなんて言うかなぁ」
「俺らが着てるこれって終わったら貰えんの? 貰えないならちょろまかしても良い?」
「早く女遊びしてぇな」
「遊びじゃなく本気で行こうぜ、この格好なら落とし放題だ」
「王都に帰ったらプロポーズするんだ」
どいつもこいつも私語ばっかだなぁ。もっとちゃんとやった方が良いんじゃないかな?
俺が言うのもなんだけど、一応言っておきますかね。
「――ふざけた真似も多少なら許すが、俺の気に障らない程度に留めておけよ」
別に気に障るような真似をしても怒りはせずに何か嫌だなぁって気分になるだけなんだけどさ。俺は気分よく過ごしたいから気をつけてねってつもりで言ったんだけど、どういうわけか場の空気が一気に冷え込んでみんな黙り込んでしまいました。別に多少なら話していても良いんだけどね。
「はい、じゃあ静かになったところで段取り確認しましょう。まず行進の先頭は――」
エリアナさんが色々と指示を出してくれてるけど、全部ケイネンハイムさんが用意してくれてたんだよね。
本来だったら着の身着のままで王都に戻ってもなんとかなるにはなるらしいんだけど、演出効果を入れたいのが兄上の要望なんだとさ。気に入らない相手でも仕事で頼まれた以上はきちんとやるのはケイネンハイムさんの良いところだよね。
「これって、どういう意図でやるんですか? いや、そもそも王族が予算を割きたくないから地味に帰って来たのに、俺達が派手なことをやったら神経を逆撫でするんじゃ……?」
凱旋式には参加せずお留守番のエイジ君が余計な心配をしていますね。異国人ってことで参加を見送ったけど、それに関しては気にしていないようで何よりです。
「王家には金が無いが俺には金がある。金がある以上は祝い事は盛大にやるものだろう? 王家がやらない代わりに俺が代わりにやるんだ。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないだろう。もしも、これで文句を言えば俺は王家が狭量だと訴えるだけだ」
金はあるよ。他人のだけどさ。
文句を言われても最悪謝れば良いしさ。でもまぁ、文句は言えないんじゃないかな。
つーか、始まったら認めてくれると思うよ。だって、認めないと王様無視して俺らが勝手にやったってことになるし、そうなると王族なんか無視できる程度の存在だってことにもなるじゃん。
王様なんか気になんねーから勝手にやれますって人がいるとなると色々と甘く見られちゃうじゃん、王様はさ。やっぱり偉い人は舐められたら駄目よね。俺も気をつけよう。
しかし、やっぱり王様とか殿下も良くないって思うよ。
王都の周辺の人達なんかはイマイチ勝ったって感じしてないしさ。戦争に勝ったって実感を抱かせてないのは良くないと思うな。
やっぱり自分の国が勝ったって分かれば嬉しいだろうし、そういう気持ちを持たせてやらないとさ。自分は戦ってなくても自分の所属してる所が勝ったら自分も勝ったような気分になって嬉しくなるだろうし。
そういう嬉しさを味わうために今後も戦争に協力してくれるようになるだろうからさ。ついでに偉い人の言うことも聞いてくれるようになるんじゃない?
「よし、段取り確認終了。じゃあ、アロルド君がんばって」
おっと、考え事をしている間にエリアナさんの段取り確認が終了してしまいました。
まぁ別に俺は何するわけでも無いから良いんだけどさ。馬に乗ってノンビリと歩きながら観衆に手を振れば良いだけらしいしさ。
ケイネンハイムさんが観衆に自分の手下を紛れ込ませててそいつらが盛り上げてくれるらしい、俺らは適当に手でも振ってりゃいいんだとか。
兄上の計画だとここで俺を戦争の英雄にしたいんだとか。
戦争の英雄となれば、王家も手出しできなくなるらしく、今後の強力な旗頭になれるとか兄上からの手紙に書いてあった。なんの旗頭かは知らんけど、あんまり大変なのは勘弁して欲しいぜ。
そんなことを考えていたら行進の列が進んでいき、エリアナさんが手を振ってくる。
エリアナさんを筆頭に女性陣は基本的に凱旋式には参加しないそうだ。俺は別に構わないんだけど、ケイネンハイムさんの演出としては女性が混ざると硬派な雰囲気が薄れるんだとか。
あんまり良く分からん理屈だけど、女の人がいると、そんなにきつい戦いじゃなかったと思う人間もいないとは限らないんだとか。こういうのに女性が加わっても大丈夫になりそうなのは人間が皆平等であるって意識が身についてからじゃないと無理そうだね。
まぁ、今はそれは置いといて俺は行進の列に加わり、ゆっくりと進んでいく。
実用性には疑問が残る武具もこうして歩くだけなら見栄えが良いので何も問題は無い。
歩く距離も大した距離じゃない。数十分も歩けば到着する距離だから昼前には王都につくだろう。
で、王都についたら街中を練り歩いて観衆に手を振って喜ばせ、最後には王城の前に行く。
後は兄上が何とかしてくれるんだったっけか? まぁこれだけ知ってりゃだいたい大丈夫だろう。駄目だったら、その時はその時だしさ。
やがて、俺達は王都の門の前に到着する。
ここを出てきたのはしばらく前にも感じるが見た感じは変わっていない。まぁ変わっていても俺は気づかないだろうけどさ。
王都の門番たちは俺達の姿を見るなり、最敬礼で道を譲る。たぶん、予めケイネンハイムさん辺りが話を通していたんだろう。
「ご苦労」
王都の中に入る俺達を見送る門番にとりあえず労いの言葉をかけておきました。
本気でご苦労様って思ってるわけじゃないけど、まぁ形だけね。口開くくらい大した労力でもないしさ。
すると、俺の言葉に門番たちは感極まった様子を見せながら居住まいを正して、俺に対して畏敬というのかそんな眼差しを向けてきた。
別にそんな風に見られるようなことをした記憶は無いんだけどな。まぁ敬われるのは悪い気がしないので、良い気分だけ心に残して後のことは気にしないでおきましょう。
そうして、俺達は特に苦労もなく王都に入ることが出来ました。
この時は何となくそんなに苦労もせずに城まで辿り着けるだろうと思い、俺達は王都の門をくぐり抜けたのだけれど――
その直後に凄まじい歓声が俺達に襲い掛かった。
門を抜けた先には何千何万という大観衆が俺達を待ち構えていた。
全ての人間が歓声をあげ、勝利を祝い、俺達を讃えている。
そんな観衆たちを抑える人影も見えるが、それはケイネンハイムさんの手配した警備兵かなにかだろう。
そいつらがいるから、観衆は俺達に歓声だけを向けるに留まっているが、いなければ俺達に押し寄せ大変になっていたことだろう。
しかし、こんなに熱狂するなんてケイネンハイムさんはどんな扇動をしたんだろうね。
まぁ、チヤホヤされるのは嫌いじゃないから、こういう歓声も悪くないと思うんで良いんだけどさ。
俺は人々をかき分けて作られた道の真ん中を歩きながら観衆の期待に応えるために軽く手を振る。
こういうサービス精神が大事らしいし、たいした苦労でもないので俺は勿体付けるようなことはしない。
その瞬間、人々が一気に湧き立ち、俺を讃える大歓声が王都に轟く。
その言葉は統一されたものではないので判別は出来なかったが、王都の人々が俺に対して敬意を抱いているのは間違いないように感じた。
そして俺はそんな大歓声の中を悠々と進んでいく。
人々の視線は俺に釘づけとなり、俺を讃える言葉は途切れることなく人々の興奮も冷める様子は見えない。
人々の声を聞き、視線を受けていると、自分が世界の中心となったようなそんな気分さえしてくるから不思議だ。
もっとも、明日にはみんな忘れてるだろうけどさ。俺だって今は気分が良いけども、明日には今の気分は忘れて普通に生きてるだろう。人間ってのは波がある生き物なんだから、何事も永遠に続くなんて思わない方が良いね。明日には嫌われてるかもしれないしさ。
でもまぁ、今は良い気分なんで、この瞬間くらいは自分が世界の中心にいるような気分で過ごすのも悪くないかな。
俺達は人々に見送られながら王城の前までの道を行く。誰も彼も何処も彼処も戦勝を祝う活気に満ち溢れている。戦に勝ったと聞かされても、その喜びを発散する場所が与えられなかったから、そのうっぷん晴らしもあって余計に騒いでいるのかもしれない。
俺達はそんな人々の中をゆっくりと進み、そして王城の前に辿り着く。
城の前は広場となっており、ここまでならば平民でも来ることは出来るので広場は俺達を一目見ようと押しよせた人々でごった返している。
さて、到着したは良いものの、どうしたもんかね。何をするんだったかな?
とりあえず、一列になってるのもアレだし、整列させ直そうか。そういうわけでグレアムさんよろしく。
俺が目で合図するとグレアムさんは頷き、広場に中央に冒険者たちを整列させる。
グレアムさんの指示に従い一糸乱れぬ動きで冒険者たちは整列し、その動きに観衆が感嘆の声をあげる。
昨日の夜に泣くまで練習させた甲斐があったってもんだ。で、整列させたは良いけど、どうしたものかね?
そんなことを考えてたら、王城の方が俄かに騒がしくなってきた。誰か来るんでしょうかね? こっちは取込中なんだけどな。
「国王陛下が参られるのだぞ、面を下げよ!」
城からそんな大声を出しながら、騎士っぽい格好をした人やってきます。
なんか良く分からんけど、陛下が来るんですか。一緒にお祝いしてくれるのかな。だったら有り難いね。
とりあえず、馬からは降りておこうかね。流石に馬上から話しかけるような常識のないことはしませんよ。面倒くさい時はするかもしれませんけどね。
俺が馬から降りると、既に他の人は王城の方に向かって跪き、顔を伏せていた。
俺はそこまでやれとは聞かされてないので立ったままです。前はエリアナさんが陛下が目の前に来たら何かしろって言っていたけど、今はエリアナさんいないし良いだろ。
「国王陛下のおなぁ~り~!」
先触れがそんな声を出しながらやってくる。そして、その後に続いて陛下が険しい表情で城から広場までの道を歩いて来る。
よくよく考えたら、陛下がお祝いの言葉でも言わなきゃ、シメがイマイチだから陛下は必要だよね。きっと兄上が呼んでくれたんだろう。いやぁ、有り難いね。
でも、慌ててやって来たせいなのか衣装がちょっとショボいね。まるで、さっき知らされて慌てて用意したみたいだけど、兄上の連絡が遅かったのかね。まぁ、格好なんて俺は気にしませんよ。
つっても、俺と並ぶと俺の方が偉そうに見えそうだけど、それに関して陛下とか周りの人は気にするかもしれんね。まぁ、良い大人なんだし上手く自分で折り合い付けてください。
「アロルドよ――」
俺の前にゆっくりと歩いてきた陛下が低い声で俺に呼びかける。
陛下と陛下の周りの人から刺すような視線を向けられているけども、祝いの席なんだからもう少し和やかに言ってほしいもんだね。
「――此度の働き、見事であった。余は貴様のような家臣を得られて鼻が高い」
うーん褒められてしまいました。ちょっと声が低くて感情が籠ってないのが気になるね。
まぁ、周りの人も何も言ってないし、俺だけがそんな風に感じてるだけかもしれんし気にしない方が良いかな。でも俺だけ褒められているのもアレだし、褒め返しておきましょうかね
「お褒め頂き、ありがとうございます。しかしながら、俺は臣としての務めを果たしただけ。此度の俺の働きも陛下と国を思えばこそ為せた物と心得ております。俺が存分に槍を振るえたのも陛下のような良き王を持つが故のことかと」
こんな感じかな?
生まれた時から一人称は俺だから俺って言っちゃうのは仕方ないよね。まぁ大丈夫だろう。
ついでに頭を下げず、跪かず顔を見合わせたまま言っちゃったけど大丈夫だろ。俺は気にしないし、陛下も気にしないんじゃないかな。王様だし心広いだろうしさ。
「――そうか、そうかそうか。うむ、やはり余は貴公のような臣を得られて幸せ者だ。今、そう実感したぞ」
口調は柔らかくなりました。
でも、顔は引きつってるし俺を見る目は全く笑ってないんだよなぁ。俺は笑いかけてやれるんだけどさ。
それすると、更に目が釣り上がるし、どうしようね。
「――アロルドへの褒美は後日とする――」
あら、今日くれないの?
出来れば今日が良いんだけどさ。物によってはケイネンハイムさんに売り払うんで。
ショボい物だったら、俺の後ろにいる武装した連中みんなで大暴れしてゴネてやろうと思ったけど、後で良いものくれるかもしれないし、大暴れすんのはやめておきましょう。でも、今日貰えないのはなぁ……。
俺がそんな風に残念に思っていると陛下は俺から広場に集まっている人々へと向き直り、声をあげる。
「皆の者、面を上げ祝うが良い! アドラ王国が愚かな侵略者たちを打ち破り、そして王国に新たな英雄が生まれたことを! 今日こそが我らの戦勝記念日である!」
その言葉は人々に届いた瞬間、王都に歓声が轟いた。
聞こえてくるのはアドラ王国万歳やら、国王陛下万歳、そして俺を讃える声だ。
「後は好きにするがよい。だが、このような真似がいつまでも続けられると思うな。傲慢にはいつか必ず罰が下るぞ」
陛下は俺にだけ聞こえるような小さな声でそう言うと背を向け立ち去って行く。
国王陛下万歳と言いながらも観衆は去って行く陛下には向けられておらず、王都の空に響くだけだった。
俺に対して何が言いたいのかは良く分からなかったけど、まぁ何か思う所があるのかもね。俺は陛下に対しては思う所とか全く無いんだけどさ。
まぁ、どうでも良い話かな。
国王陛下から労いの言葉を貰った事だしこれでやることは終わったから、後は酒でも飲んでお家でゆっくりとしましょうか。本当だったら、勲章授与とかあるはずでケイネンハイムさんが予定組んでたけど、それ無かったんだよな。まぁ早く終わったから良いけど。
御祝いってことでケイネンハイムさんが王都中にお酒やら食い物を配ってるし、王都はお祭り騒ぎだろうから俺は家に引き籠もってようっと。
でもまぁ、そんな風に予定を立てても、そういう時に限って上手くいかないもので――
「失礼します、アロルド様。セイリオス様が夕食をご一緒したいと」
国王陛下から労いの言葉を頂き、それから一通り王都を練り歩き、適当なところで解散して後は自由ってことにしようと思っていた矢先、執事風の装いをした男に声をかけられた。たぶん実家の家令だったよな。記憶が曖昧だけど、俺の人生にとっちゃさして重要でもない人物だからどうでもいいや。重要なのは伝えに来た内容の方かな。
うーん、兄上とメシか。かなり前にそんな約束をしていた気もするし別に行くのは嫌じゃないし、別に良いかな。久々に兄弟水入らずでメシ食って酒飲んで、お話しするとしましょう。
もっとも、兄上と同じテーブルで食事した記憶なんて殆ど無いけどさ。
まぁ、楽しくやれるでしょう。家族なんだしさ。




