眼差しの先
結局の所、南部を出てから俺が王都に帰って来るまでに一か月以上かかってしまいました。
だって、何泊も勧めてくる町長さんとかいるんだもん、困っちゃうぜ。滞在するのは良いんだけど、どこの町や村も食糧が不足しているみたいで俺が提供しなけりゃいけないのが辛かったね。
まぁ、俺が食糧をあげたから飢え死にとかはしなくて済むようになったし、別の町に襲撃をして略奪をしなくて済むようになったとか言われたから良いことしたんじゃないかな?
しかし、みなさん物騒だね。すぐに人の物を奪うって発想になるとか蛮族かよ。もっと理性的に穏やかに行こうぜ。暴力に訴えるのは二番目の手段くらいにしないとさ。
俺だって、いきなり暴力を振るったりはしませんよ? ちょっと考えた末にやっぱり暴力で解決したほうが手っ取り早いし、後腐れねぇなって思って行動に移すことが多いけどさ。
なんにしても道中無事に帰って来れて良かったね。
戦の為に大量に買った食料は全部放出しちゃったけど仕方ないね。いつまでも俺の方で抱えてるのもきつい物があったわけだし良い具合に処分できてよかったんじゃない? 村とか町の人にあげたけど、後で少ないけど代金になるものも貰えるわけだしさ。
そういや、義勇兵とか食い詰め者の傭兵とかの数が二割くらい減っちゃったんだよな。まぁ、それでも無事に帰って来れたと言えば帰って来れたかな。だって、減った二割はろくでなしばっかりだったしさ。
盗む犯す殺すをやっちまうような奴らばっかりだったし、そういうことをする奴らを放っておくと治安が悪くなるんで丁寧に始末しておきました。
中には俺の下から離れてどっかの村を占領しようと馬鹿もいたくらいだし、やっぱアレだね。武器を持った、ならず者を野放しにしておくと危ないな。下っ端の兵隊なんて大半が道徳心吹っ飛んでるし、何しでかすか分かんねぇもん。
兵隊に関しては有事の時はいっぱい用意する方法を考えて、平時はどれだけ数を減らすかの方法を考えないと駄目だね。今回は大半が食い詰め者で生かしておいてたところで生産性が何もないから、一般の人の平和な生活の為に死んでもらったけど、毎回これは面倒だから、もっといい方法を誰かが考えてくれると良いね。
もっとも、そういう話はもう俺には関係なくなりそうだけどね。
だって、王都についたらお役御免って話だしさ。いっぱい働いた分の報酬を貰ってしばらく悠々自適に暮らしますよ。
「アークス卿! 少々お待ちを!」
誰かが俺のことを呼んでいるようですが気のせいでしょう。
つーか、気のせいであってくれると面倒が無くていいんだけどな。足止めを喰らわなければ、今日の深夜位には王都の門を潜れるらしいんだけど。
「ケイネンハイム大公の使いの者です。大公閣下はアークス卿にお話しがあるとおっしゃっておりました!」
ケイネンハイムさんねぇ。誰だっけ?
お金を借りていた人がそんな名前だった気がするけど多分違う人だろう。
つーか、俺はお金を借りていたっけ?
借りていたような気もするけど忘れたいし、忘れようと思う。はい、忘れた。借りていた事実には俺は覚えがありません。
「アークス卿を連れていかなければ私が閣下から罰を受けてしまいます。どうかお立ち止まりください」
甘んじて受けてください。
俺としてはそんな気持ちだったけど、俺の周囲を歩いていた奴らの歩みが緩やかになっていきます。
「立ち止まってあげた方が良いんじゃない? なんだか泣いてるし可哀想だわ」
馬に乗って俺の隣を進むエリアナさんがそんなことを言ってきました。
まぁ、そう言うのなら止まってあげましょう。ついでにケイネンハイムさんの所に行ってやっても良いかな。
「おお、ありがとうございます。ありがとうございます。これで私の首も繋がりました」
それは良いから、さっさと用件を済ませましょう。俺はさっさと王都に帰ってゆっくりしたいんです。
ケイネンハイムさんの使いという人に連れられ、俺は王都にほど近いそれなりに大きな町にやってきました。
「アークス卿も御存じかと思いますが、この町は王都から運ばれる積み荷の一時集積地でして、南部と東部へ運ばれる荷は一旦この町に集められ、荷の品物ごとに馬車に積まれ運ばれていくのです。それらの馬車の護衛には卿の率いる冒険者の方々にお願いしておりまして、卿にはそのことの御礼も――」
悪いけどご存じでもないし興味もないっす。そういう情報を出されても俺には今後一切関係ないと思うんで、どうでも良いしさ。俺がそういうことを知らなくても俺の周りにはそういうことを知っている人がいるだろうしそう言う人達にお任せします。
「さっさと案内してくれ」
面倒くさくなってきたので、俺がそう言うと使いの人は慌てた様子で俺を案内してくれました。
そうして案内された先は古ぼけたような佇まいの宿屋でした。まぁ、客なんかはいなさそうで、静かだろうしお話しするなら良いんじゃないですかね。
「どうぞ、アークス卿」
そう言って、使いの人はドアを開けると仕事が終わったのか、俺に一礼して立ち去ってしまった。
まぁ、特に用事の無い人だから別に構わないけどさ。
俺は開けて貰ったドアをくぐり宿の中に入る。
外観と同じで中も古臭く、そしてカビ臭い。よくもまぁ、こんなところで待ち合わせが出来るもんだと、ちょっと尊敬。でもまぁ、こんな汚いところを場所にしている時点で神経疑うし、好感度は総合的に見ると下がってるけどさ。
ボロい宿の中に人の気配は一人だけなので、いるのはケイネンハイムさんだけだろう。まぁ、宿の外に何人か武器を持った奴らがいるみたいだけど、そいつらは関係ないだろうから放っておこう。
「呼び立ててすまなかったね」
俺が宿の中を眺めているとケイネンハイムさんが声をかけてきた。
相も変わらずハンサムなおじさんで羨ましいね。気取って脚を組みながらボロい椅子に腰かけてるけど、それでもカッコいいのは流石だね。
「すまないと思うなら最初からやらないでほしいな」
呼び止められなければ、明日くらいには王都のお家でゆっくり眠れたのにさ。文句を言いたくなるのは当然じゃないかね。まぁ、本気で文句は言いませんけどね。俺だって大人になってきましたから。我慢も覚えましたし。
「これは手厳しい。しかし、君を呼びつけたのは君の兄上からの頼みでもあるので、不満があるならば私だけではなくセイリオス殿にも言ってもらいたいな」
「兄上が何の用だ?」
兄弟だし家族なんだから兄上の頼み事なら聞いても良いし、別に足止めされても文句をいう気にはならないかな。まぁ、ついでにケイネンハイムさんも許しましょう。
「私は単刀直入は嫌いではないが、世間話をしようとすらしないのは良い面もあるが悪い面もあると思うね」
「世間話をするほど関係が深いわけでも無いだろう?」
会ったのは一回限りだしね。それもちょっとしか話していないし。
関わりがあるって言っても、戦をするためにお金を借りていたくらいの付き合いしかないからなぁ。話すことも無いのよね。
「それはそうだね。まぁ、手早く済むのは嫌いではないので良いとしようか」
分かってくれて有難いですね。俺もさっさと切り上げて、王都に帰りたいんです。
そういうことでさっさと話しをしてください。
「では、私がなぜ君を呼びつけたかと言うと、私は君の兄上から君が王都に凱旋する際の準備を手伝うように頼まれていてね。それの打ち合わせて必要な品の受け渡しの為なんだ」
「凱旋?」
「そう凱旋さ。せっかく戦争に勝ったんだから、その勝利の立役者を盛大に讃えようという催しだね。王家は戦費がかさんだせいで緊縮財政を取らざるをえず、そういう催しを行えなかったから、我々がそれを代わりにやろうということさ」
はぁ、そうなんですか。しかし、戦に勝った程度のことで催しを行わないと駄目なのは大変ね。まぁ、やれないのはもっと駄目なんじゃないかって思うけど。
やっぱし勝ったってのは分かりやすく示さないと駄目だよね。直接戦争に行ってない人も戦争のせいで色々と面倒な思いをしたり我慢を要求されたかもしれんし、もしかしたら応援だってしてくれたかもだからね。勝った所を見せてその我慢とか応援が報われたって気持ちにさせんといかんよな。
口だけで勝ったと言われたってピンとこないしさ。自分たちの貢献が実を結んだってことを見て分かるようにしないとな。それがないと自分たちが頑張る必要ないんじゃないかって思って次があったら協力してくれなくなりそうだしさ。
「城の人間は大半が民衆の感情の機微に疎い。政治は貴族が握っているが、社会は貴族だけでは成り立たない。民衆を煽てて、味方につけることが肝要だが、それのやり方を知らないしする必要も無いと思っている。それで、大丈夫な時代がいつまで続くかね?」
なんだろうね。ケイネンハイムさんは結構良い家の貴族なんだろうけど、あんまり貴族にこだわりはないみたいね。まぁ、そんなことは俺には関係ないし、どうでもいいことだけどさ。
そんなことより話を進めようぜ。
「凱旋式を行いたいというのは分かった。それで兄上はどうしたいと言っているんだ?」
「ああ、それに関しては私が全部準備を進めているよ。この手の準備はセイリオス殿だけでは難しいようでね、必要なものは全て用立てておいた」
ケイネンハイムさんはそう言うと懐から紙を取り出し、テーブルの上にそれを広げた。
そこにはケイネンハイムさんが用立てた品がリストになって書き連ねてあったけれども、この手の事はエリアナさんとかエイジ君に任せているので、俺は関知しません。
「新品に綺麗な汚れを付けた鎧や武器なんかを君の兵達には用意してあるので、それに着替えてくれ。こんなことは言いたくないが、君達の身に着けている武具は些か見栄えが悪いので民衆の目に映える物を用意した。あまり綺麗だと戦っていないようにも見えるから多少汚してもあるので、それを着て王都の通りを行進してくれ。他にも民衆に酒や食物も無料で振る舞い、君達の活躍を讃える舞台劇なども行われる予定だ」
色々と用意してんだね。
戦争に参加してない王都の人達としては、俺達が戦争で勝つとタダでお酒やら食べ物を貰えて劇やら何やらを見物できるってわけか。
しかし、なんだか話を聞くとお金がかかりそうね。俺はお金ないし兄上も持っているんだろうか? つーか、ケイネンハイムさんに俺は既に借金してるんだよなぁ。返済してない記憶もあるし、そこん所大丈夫なんでしょうか?
まぁ、大丈夫だから、こんな風に話してるんだろうね。きっと諸々の費用もケイネンハイムさんが出してくれるんじゃなかろうか?
「――さて、本題に移ろう。私が貸していた金と今回の凱旋式の費用の支払いについてだが――」
タダだろ? もしくは金貨千枚とか?
今の相場だと金貨一枚で一般的な平民の数か月分の収入とからしいけど、金貨一枚なんて俺は二、三日で使いきっちまうし、千枚とかだったらまぁ払えないわけでは無いと思うんだけど――
「金貨一千万枚を支払ってもらおうかな」
あ、ぼったくりだ。絶対払わねぇ。
払うくらいだったら、ケイネンハイムさんをぶっ殺して、ケイネンハイムさんの家に火をつけて借金の証書燃やすわ。ついでに、俺の借金を知ってそうなケイネンハイムさんの関係者も始末しねぇと。
でもまぁ、一応聞いておかねぇとな。
「取りすぎじゃないか?」
聞いたことない額なんだけども絶対ありえねぇって。
だって、あれだろ。食糧を買い占めたり、武器や防具を買い占めたり、人を雇ったり?
戦争中でグチャグチャになった南部の経済を動かすのにただひたすらに金を注いだくらい?
一地方の財政を国の援助なく自腹で回してたくらいで、そんなに金使うの? いや、無いって。
そりゃ数か月間、何万人を俺が自腹で養ってたけどさ、そいつらに金貨一枚分を使ったとしても百万枚じゃねぇの?
いや、でも他に諸々に使っていたし、もしかしたらアレ?
なんかマズイかもしれんから、ぼったくりということにしておこう。
俺の金遣いは荒くないから問題ないはず。
「はははは、それは私のセリフだ。君は人の金と思って浪費しすぎたな。私の屋敷の金庫の一つが空っぽになってしまったよ。さて、状況も分かっただろうから耳を揃えて払ってもらおうかな」
「無理だ。払えん。踏み倒す」
俺がそう言うとケイネンハイムさんの目が釣り上がる。
払えないものは払えないんだ。むしろ、借金を返す方法を一緒に考えようぜ。
流石に額がヤバいし返してもらわないとそっちだってマズいだろうから、一緒に頑張ろう。
「どうしても払えないのかい?」
鋭い目つきでケイネンハイムさんが俺を睨みながら尋ねてきます。
俺は無言でそれに頷いておきました。
「そうか――」
ケイネンハイムさんは目を瞑り考え込むような仕草を見せる。そして――
「では百万枚にまけようじゃないか」
穏やかな表情に戻り、そんなことを言いだしました。
「払えないならば仕方がない。しかし譲歩できるのは百万枚まで、それを何年がかりでも良いから返してくれないか?」
やっぱり、ぼったくりだったじゃねぇか。
まぁ、百万枚なら何年かあれば返せるし良いでしょう。その額で返済しても良いですよ。
借りる時には弱気で返す時は強気にいくことにしようと思うので、金を返す時も返してやるってくらいの気持ちで行こうと思います。
「俺の方としてはありがたいが、どうして額を下げた?」
「充分元は取れてるからね。そこまで神経質になって返済を迫らなくていいのさ。さっき言ってた私の屋敷の金庫にしても一つは空っぽになったが、新しくもう一つ造る必要が出来たくらいなのさ」
なんで、そんなに儲かってるんでしょうかね。悪いことやってんのかしら?
「君が品物を大量に発注してくれる上、その情報は常に私へ手紙で真っ先に届く。それによって私は市場のコントロールが出来たのさ。君の要求する品物は大量だからね、需要が増すので市場の相場は急激に値上がりするけれども私は予めそれを知っているので、いくらでも対策が練られる。それを利用して儲けていたのさ」
言っていることが分かんねぇな。
確かに南部の奴らを養うのに色んな物に関して大量発注を掛けた覚えはあるし、それをケイネンハイムさんに伝えた覚えはあるけど、それでどうやって設けるんだろうか?
まぁ、俺が頼んだものは大体市場から無くなっちまうらしいし、売れるなら高くして儲けを大きくしてやろうって奴らもいるかな?
面倒くせぇなぁ、商売って。そういうのを考えるのが面倒だからエリアナさんに全部任せてるんだよな、俺はさ。
「君と誼ができただけで儲けは充分にでた。貸した分も回収は出来たから、後は少しずつ返してもらえば良いというのが私の判断だ。それに私はもうすぐ中央を離れる。あまり大金を持って東部までは移動はしたくないんでね」
あれ帰るんですか?
もう少し王都にいればいいのに。
「何か用事でもあるのか?」
まぁ、もともと東部の人らしいから帰るのも別に変ではないんですけどね。
「特には無いね。ただ君の兄上と話をしてみて、この件が終わったら、しばらく王都から離れて様子を見た方が良いと思っただけだよ」
凱旋式の件で話をしたんだろうけど、なんだろうね。
兄上となんかあったんでしょうか? 兄上はそんなに問題を起こすような人じゃないと思うんだけどな。
「家族の前でこんなことを言うのは気が引けるけれども、私はこれ以上セイリオスとは関わらない。彼は危険だ」
「確かに人の家族を危険というのはどうかと思うな」
俺は今の所、兄上に対して危険て感じたことは無いけどな。
ケイネンハイムさんの気のせいとか、ケイネンハイムさんが兄上を怒らせたとかそんな感じじゃないの?
まぁ、俺も兄上を怒らせたらどうなるか分からない所ではあるけどさ。怒ったところ見たことが無いし、怒ったら凄くヤバい人の可能性は無いわけじゃないよな。
「――私が彼を危険と感じるのは彼の眼差しの先にあるもののせいだ」
俺がケイネンハイムさんの兄上に対する認識に疑問を抱いていると、ケイネンハイムさんがゆっくりと口を開いた。
「アロルド君、君はどこを見て生きている?」
急に何言ってんだ、この人は?
そんなもん一つしかないと思うんだけどな。
「目の前だ」
前向きってわけですよ。
後ろ見たりしてたら転んじゃうじゃんね。
なんか違う気がするけど、合ってると思うんだけどどうなんでしょうかね?
「君はそうだろう。己を信じて恐れず未来へと進んでいく、そんなタイプだ」
そうなのかね? 意識したことは無いけどな。
まぁ、こんなタイプ判断とかは当てにならないから話半分に聞いておきましょう。
しかし、実際の道の話なのか、生き方の問題なのかどっちなんざんしょ。良く分からんし、話聞くにしても黙ってよう。
「私は君とは違って横を見ながら進む。隣を進む奴はいないか、そいつらに追い抜かれないかを気にしながらね」
横向きっすね。
人の事を気にしながら生きていくってことなのかな。
出し抜いたりされないかビビりながら生きる人生は面倒くさそうね。
まぁ、隣の人が中の良い人だったら、それはそれで楽しいのかな?
「そして、後ろを見ながら進む人間もいる。追いかけてくるものに怯え、過ぎ去った物に囚われている人間だ」
後ろ向きだねぇ。
それは誰なんだろうね。俺の知り合いにいたかしら?
でもまぁ、後ろ向きも良いんじゃねぇの?
追っかけてくるものの全てが全て悪いもんってわけじゃないだろ。追いついてきた奴が実は良い奴で背中を押して進むのを助けててくれるかもしれないしさ。そういう奴かどうか判断するには後ろを向いてた方が良いんじゃないかな? 目が合ったら助けてくれる奴かもしれんしね。
――で、俺の兄上はどういうタイプなのかね?
「君の兄上――セイリオスは空を見上げて生きている人間だ」
それの何が悪いんだろうね。望みが高そうで良いし平和そうで良くない?
「彼のような人間の眼差しの先にはっきりとした目的地は無い。私達のような人間は具体的な目的地はなくとも眼差しの先にあるのは大地であり、やがていつかは辿り着ける場所だ。
だが、彼らは届かぬものだけを求めて足元すら気にせずに歩んでいく。歩く道の正しさすら気にもせず、自分の望む空だけを見ている。当然、彼らの視界には低きを歩む私達のことなど視界に入ってはいない」
それ言ったら、俺だってちゃんとはしてないけどな。だって、横とか後とか見て生きてないし。
ただまぁ、足元とか目の前に人がいないかは気にするよ。すっ転んだら怖いし、前を歩いている人がぶつかっても大丈夫な人か判断せにゃならんしさ。
「とてもではないがそんな輩には付き合い切れない。君のようなタイプならば良い。横を向き周りを気にする私を前を向き続ける君が引っ張っり、前へ進む力をくれる。そして前しか見ていない君に、君と並んで進む奴がいれば、それを私が教えることも出来る。後ろを向いて生きている人間とだって上手く調和を取ることは出来る。だが、セイリオスのような人間は駄目だ」
ハッキリと断言しましたね。
まぁ、色々と思う所があるんだろうから俺が咎めるようなことはしないけど。
「彼のような人間は自分についてくる人間を引き連れ、先に待ち構える断崖に落ちようとも構わない。こういう輩は自分も共に落ちたとしても何も思わない。彼の眼差しの先にある空は何も変わっていないからだ。進むべき道が途絶えようとも彼らは空に届くために歩き続ける。そのために周りがどうなろうと構わないし、そもそも気づかない。
私は彼に付き合って崖下に落ちるのは御免だ。だから、彼から離れて歩く。そして決して関わらない。関われば不幸になるのは目に見えている」
「随分とまぁ、熱がこもっているな。まるで実体験があるようだ」
「似たような狂人をそれなりに見ているからね。彼らのせいで不幸になる人間も沢山見てきた。彼らは結局、自分の夢以外のことはどうでも良いんだ。そして、その夢を手にするために失われる物など目に入らない」
ケイネンハイムさんはどこか遠い目をしながら俺にそう言った。
近しい人にそんな人間が居たのかもしれないけども、それに関しては俺にとってはどうでも良い話だ。
そもそも、この話自体がどうでも良い。
俺は兄上と兄弟だし今の所はそれなりに仲良くやっている。ケイネンハイムさんの言うようなことにはなっていないし、これから先そうなるとも限らないわけだし、気にすることでも無いように思う。
「君と君の兄上の見ている先は違う。悪いことは言わない、凱旋式が終わり次第、セイリオスとは縁を切って南部でも西部でもどちらでも良いから逃げ込むべきだ。そう遠くない未来に彼は何かをしでかす、そんな気がするから私は東部に帰るんだ」
そう言って、ケイネンハイムさんは立ち上がり、宿の出口へと向かっていく。
「私の言葉は話半分に聞いて貰っていても構わない。だが、心に留めておいてくれ。そして、セイリオスに気をつけろ。奴と君は必ず決別する。その時に備えるんだ」
そんな言葉を残し、ケイネンハイムさんは立ち去る。
なんとなくだが二度と顔を会わせることも無いような気がして、俺はその背中を見送る。
ケイネンハイムさんの話に関しては、それこそ話半分に聞いていたのは確かであり、その内容などマトモに理解はしていない。だが、熱がこもった様子で俺に語っていたケイネンハイムさんの言葉は心に残っている。
『セイリオスに気をつけろ』
いつもなら気にする必要は無く忘れてしまうような言葉。
しかし、どうしてかそんな言葉が俺の心に確かな重さを持って残っていた。




