65冊目 事実確認と胃薬
日影町のボスと話を付けたあとは、王都にある屋敷に向かう。
事前に、エフェが話を通してくれているので、スムーズに帰宅だ。
先代も先々代も前触れもなく王都のお屋敷に顔を出したりしてきているせいか、ここに勤めてる面々も馴れているところはありそうだけど。
玄関を潜ると、メイドや使用人などの従者一同から「おかえりなさいませ」と温かく迎え入れられた。
なんか久々に、自分のお屋敷でちゃんとお嬢様扱いされている気分だ。
私の部屋もちゃんとある。
……なんか、本気で久々にちゃんと貴族のお嬢様してる気分だ。
それを口にすると、エフェに何か言われちゃいそうだから胸の裡に秘めておくけど。
なんであれ、自室でくつろいでいると、部屋にこっちの屋敷の執事長がやってきた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
「サラお嬢様に頼まれておりました、当家を辞めたメイドや使用人たちのうち、ティベリアム公爵家に勤めても良いとする者たちのリストです」
「ありがとう。サラじゃなくていいの?」
「はい。サラお嬢様からは、自分かイスカナディアお嬢様のどちらかに渡してくれと」
「そ。ならありがたく受け取っておくわ。あとでサラにも報告はしておいてね」
「かしこまりました」
近いうちにケルシルト様に会ったら、面接の日取りを決めないとかな?
そんなこんなで自室でのんびりとしてたら夕飯の時間。
美味しく夕飯を食べて就寝。
……おお! なんかふつうのお嬢様してる気分だ! おやすみなさい。
翌朝。
のんびりと朝食を取っていると、エフェが慌てた様子で食堂に飛び込んできた。
「エフェにしては珍しい」
「申し訳ありません。ですが、密約のお勤め依頼が届いておりました」
依頼の書かれた手紙を見、私は小さくうなずく。
時間指定はないけど可能な限り早く――とある。
パーティ前に情報のすりあわせがしたいというやつのようだ。
「なら今日の予定はそれね。服の準備をよろしく」
「かしこまりました」
さて、なんか久々な密約仕事ね。
私は朝食を堪能するだけ堪能してから、エフェが準備をして待っているだろう自室に向かった。
王城へ行く準備だ。
――と言っても正面からではなく、密約用の転移装置があるんだよね。
ライブラリア領書邸と王立図書館を繋ぐモノと似たようなものが、他にもあるんだ。
どっちの図書館にも存在していて、繋がってる先は王城内の図書室。
そして図書室には秘密の会議室の入り口もあったりして――
もちろん、先触れは必要だけどね。
ケルシルト様たちとやっているような手段で先触れを出して、お昼頃になったら、その転移装置から王城内へ。
……と、その前にカウンターの人から呼び止められた。
「イスカナディア様。ブラックパーク商会の使いという方からお手紙を預かっております」
「ありがとう。受け取るわ」
思ってた以上に速かったな。
良い情報だったなら、少しばかりのお礼を用意しておいた方がいいかもね。
本来は一人で向かうんだけど、今回は敢えてエフェを連れていく。
エフェと共に、王城行きの転移装置のある隠し部屋へ。
王城の転移部屋から出る前に、手紙の確認だ。
ふむ。まぁこれなら脅威というほでもでないかな。
でも、良い情報なのは間違いない。これは何かお礼をした方がいいだろう。
手紙をしまい、転移部屋から外へ。
隠し通路というか隠し廊下を歩いて、秘密の会議室へ向かう。
会議室に入ると――
「きたな。イスカナディア」
「お待たせしてしまったようですね。申し訳ありません」
――すでに、陛下と宰相が待ち構えていた。
「いや構わぬ。こちらも急に呼び出してしまったワケだしな」
そうして、私たちは席に着くと挨拶もそこそこに本題に入っていった。
エフェを連れていることは何も言われなかった。
私が連れてきたのであれば問題ないとか思われているのかもしれない。
「さて、呼び出した理由は今度のゲストについてだ。
フィンジア嬢を通して報告は受けているが、より詳細を知りたい。イスカナディア嬢のコトだ。色々と調べているのだろう?」
問われて、うなずく。
調べたことよりも、教えてもらったことの方が多いのだけれど。
「まずは改めて、ゲストに来られる皆様の名前ですね。
フラスコ・ロップ・ドールトール殿下。その婚約者であるコンティーナ・カーネ・ルチニーク様。護衛騎士のピオーウェン・イルガ・エチオニアス様。従者のブラーガ・ジール殿の四人となります」
「ふむ。従者殿は二節名というコトは貴族ではないのか?」
「ですが、王子殿下の従者をしているというコトは、それを認められるだけの何かがあるのでしょう」
「そこまでの詳細を調べきれておりませんでした。申し訳ありません」
実際、彼の身分がどうこうというのは重要じゃないしな。
「ただ一言、言い添えさせて頂くとするのであれば――遙か遠方よりお越しの王子殿下とその従者です。身分以上に信用によって連れていらっしゃるのではないかと思われます」
「うむそうだな。だからこそ身分を知っても王子殿下の従者として対応するべきだろう」
私の言葉に、陛下はうなずいた。横に居る宰相も同様だ。
「それと、コンティーナ様は表向き貴族籍が剥奪されております。ですが、そんな女性が殿下と諸国漫遊をしており、こういった場には婚約者を名乗り三節名で参加しているという点には注意が必要かと」
「従者殿と合わせて表面上の情報だけを得て、見下したり馬鹿にしたりするかどうのか選別をしている可能性はありますな」
宰相の言葉に私もうなずく。
「加えて――調べきれてはおりませんが……。
ドールトール王国には王家を支える二大公爵と呼ばれる家があるそうです。そしてコンティーナ様はその両家が後ろ盾になっているようです。それも、貴族籍が剥奪されたあとで」
実際の時系列はわからないけど、敢えてこう言っておく。
ややこしいところはさておき、ティーナさんの後ろ盾なのは、本人から聞いてるし。
「そのコトから、やはり宰相が口にされた通り、表面上の情報だけで判断する愚か者を選別する為にわざと身分が低いかのような情報が出てきている可能性があります」
「――であれば、我々もそれを利用させて頂いて国内の馬鹿者を炙り出したりできるか?」
「……可能か不可能かであれば可能ですが――陛下。その場合は、我が国の汚点とセットになりますよ?」
「それもそうか」
まぁ確かに。
炙り出されるってことは、馬鹿をやらかすってことだしなぁ……。
そのあとも、ティーナさん一行の情報を改めて陛下と宰相に提供する。
二人の目的も、フィンジア様経由で渡した情報を、改めて私の口から確認したいというものだったようだ。
あれから少し時間が経っているので、新しい情報があれば欲しかったそうでもあるようで。
その辺の情報を提供しつつ、陛下たちも自分たちで調べた話を教えてくれた。
「かの国の次期王と目されている、もう一人の王子サイフォン殿下の奥方が引きこもりの箱入りであるという情報が妙に拾えるのだが――これはなんなのだろうな」
「たぶん、それもトラップかと。そこを馬鹿にするような国や人を見つける為のモノでしょう。話題に使うより、使わない方が無難だと思われます」
「なるほどな。普通に考えるのであれば、王族の妻になる者が、ただの引きこもりの箱入りなワケがないものな」
「情報戦に長けた国なのでしょう。拾いやすい嘘や噂を世界中にちりばめて、表面上の情報だけで攻めてくる相手の足下をすくうのを得意としているのかもしれません」
宰相の言うことは一理あるな。
「ならば諸国漫遊し、各国の王族に挨拶などをしているのも情報収集の一環かもしれませんね」
そう口にすれば、陛下と宰相もうなずき――そして渋い顔になった。
「そんな者たちがいる場でトラブルが起こるのか」
「仕方がないでしょう。わざわざそのタイミングに呼び込んだのは陛下です」
「ちょっと早まったかな――とは思っているがな」
苦笑しあっている二人には悪いんだけど、追加情報という爆弾を提供したいと思います。
「あの……ドールトール王国王子殿下ご一行の話とは変わるのですが、一つお耳に入れておきたいコトが」
ちょっと陛下。露骨に顔を顰めるのやめてください。
宰相もですよ、そんな厄介事を増やすなみたいな顔されても、不可抗力なので仕方ないじゃないですか!
「ケルシルト様のお父君。ゴート様をご存じですか?」
あ。二人の嫌そうな顔がますます深まった。
マジで嫌われてるんだな、あの人。
「なぜこのタイミングでそやつの名が出てくる?」
「実は、昨日ケルシルト様と一緒に捕り物をしまして。犯人が彼でした」
二人の顔がますます渋くなる。
「経緯は省きますが、どうにも私――というかライブラリア家の秘奥を狙っている者と手を組んでいた様子。
捕縛した際に、自分が捕まったところで計画は止まらない。めでたい場とやらを楽しみにしておけとかなんとか言っておりました」
二人は深く深く息を吐く。
「ゴートラン・サイカ・アーシェイス。どこまでも愚かな男だ」
「とはいえ、彼は実家から勘当を言い渡されておりますからな。アーシェイス侯爵や前侯爵を叱る意味もありませんよ」
「分かっている」
ゴートさんって愛称――というか裏社会の名前なのかな。
家からも勘当されてるから、ゴートというのがほぼ本名なのかもしれないけど。
「ちなみに、彼の予定している計画そのものは掴んでおりますので、共有させてください」
「……昨日の今日だろう?」
「はい。昨日、ケルシルト様と別れたあと独自の情報収集ルートを通じて調べました」
さすがに宰相も驚いている。
まぁ私も、あそこの組織が一晩で調べてくるとは思ってなかったんだけど。
「今代のライブラリアの姫は情報戦が得意なようだな、宰相」
「ええ。単に叡智を貸してくれるだけでなく、このような情報収集をしてくれるのですからな」
ん? あれ? なんか思ってた評価と違うというかなんというか。
「……あの、歴代の当主って……」
「基本的には図書館や、秘奥である大図書館にて調べた情報の共有が主だ。
何らかの手段で人の心の中すら盗み見る当主もいたようだが……それでも、書で調べるコトがメインであったな」
「書になっていない情報も集めてくるのは先代もそうであったが、速度と精度がそれ以上に思える。イスカナディアの場合は歴代のなかので上位であるのは間違いないだろう」
「そうなのですか」
イマイチ実感ないな。
世界のあらゆる書が集まってこようとも、書の形である以上はどうしたって時間はかかる。
情報が書になるまでのタイムラグだけはどうにもならないからだ。
だからこそ、今すぐ必要な、現代進行形で発生している、書になるのを待っていては時間が足りない問題などに関しては、足で稼がざるを得ないところがあるんだけど……。
あー……でも。
もしかしたら、私やお母様は、引きこもり気質であっても外と関わることが多いタイプのライブラリアなのかもしれない。
歴代当主って、もしかしなくてもお役目の時以外は外出しないとかザラにあったのかも。
「……すまんな、話が横道にそれた。それで、計画というのは?」
「ええ。それは――」
いわゆるアンチ密約同盟の貴族の協力を得て、宴の場に賊を呼び込み、襲撃するというものらしい。
「真面目な話、それで密約同盟がどうにかなると思っている時点でおめでたいですけど」
「だからこそゴートランに利用されるのだろう。あやつはアンチ同盟などどうでもよく、王侯貴族に嫌がらせが出来れば良いのだろうよ」
なるほど。そういうことか。
「だがまぁ国内の様々な問題が、今回の宴で解決できるのであれば、宴本来の目的は達成するコトになるな」
喜ばしきことだ――と陛下は言っているけれど……。
「その場には、異国の王子殿下ご一行がいるんですがね」
そうなんだよね。それが本当に大問題。
とはいえ、ラスクさんやティーナさんはすでにそれを承知で好きにしろと言ってくれている。まぁ敢えて陛下と宰相には言わないけど。
「胃が痛くなる事実だ……」
「それは私も同じです」
二人して天を仰ぐものだから、私は思わず声を掛ける。
「お二人分の胃薬、ご用意しましょうか?」
それに――
「是非とも頼みたい」
――二人の声が唱和した。




