52冊目 情報屋のメモ と 貴族同士の駆け引き
「共有できます。というかさせてください」
メモを読み終え、中身を把握したところで、私はメモをエフェに渡す。
「処分をお願い」
「かしこまりました」
その様子に、フィンジア様が笑みを浮かべた。
「あら? メモは見せてくれないのね」
分かってて言ってる顔だな、これ。
まぁサラに教える意味もあるから丁度良いか。
「得た情報をどう取り扱うかは私次第です。
でも、このメモそのものは情報屋さんが私に宛てたモノですから。
直接メモを誰かに見せるというのは、情報屋さんからの信用を裏切りかねません」
「裏社会に近いところにいる情報屋さんほど、そういうこと神経質だものね」
ああ――これは、フィンジア様もサラに教える意味もあったのかな?
それはそれとして、ティーナさんが裏社会に近いかどうかと言われると分からないけど。
「でも、フィン姉様やケルシルト様なら、お姉様から無理矢理メモを見せてもらうコトも出来ますよね?」
サラの疑問に、ケルシルト様は小さく笑って首を横に振った。
「確かに身分や権力を使えば可能だ。
だが、それによってイスカの情報源の一つが潰れてしまうコトの方が、オレやフィンにとっての損失が大きい。
現状、オレもフィンもかなり有用な情報をイスカから流して貰っているしな。
それに、無理矢理メモを見せてもらったコトが原因でライブラリア家との関係が悪化するのであれば、なおさら最悪だ」
フィンジア様もそれに首肯しながら、補足する。
「もちろん――そこまで考えられない方々というのは一定数いるので、全員が全員こういう考え方ができるとは限らないのだけどね。
あと、元々ライブラリアとの関係が良くない人の中には、むしろ無理矢理メモを見て、イスカと情報屋の関係をあわよくば悪化させたい……なんて手を考える人もいるかも」
「まぁそういう相手にはそういう相手用の手段があるんですが……その話をするの長くなるので、ここまでにしておきましょうか」
私がそう告げると、フィンジア様とケルシルト様もうなずく。
「みんな本当に色々考えてるんだなぁ……」
サラがしみじみと小さく呟いているけど、サラだって充分色々考えてくれていると思う。まぁここでサラに声を掛けちゃうと、いつまで立っても先に進みそうにないから、黙ってるけど。
それはきっと、ケルシルト様も同じだったのだろう。
「それで? メモの内容はなんだったんだ?」
そんな風に声を掛けてきた。
私はそれに一つうなずいてから、答える。
「端的に言ってしまえば、婚約式の時に襲撃があるかもしれないという話です」
「襲撃?」
フィンジア様が眉を顰めた時、ケルシルト様の方は何かに気づいたように顔を上げた。
「そうか――計らずとも、釣り上げたのか」
「そうなりますね」
当事者であるケルシルト様はすぐに分かったようだけれど、一歩外にいるフィンジア様はすぐに結びつかなかったようだ。
「密約三同盟への過激な嫌がらせの一環なのではないか――という話です」
とはいえ、フィンジア様も密約の三同盟に対する嫌がらせが加速しているのは知っている。だからこうやって補足してあげれば、すぐに理解したようにうなずいた。
「陛下からの発表は『めでたい発表があるので夜会をする』だけのはずなのに、密約の三同盟への嫌がらせができるって考えたのかな?
それって、この発表がお姉様とケルシルト様の婚約発表だって知らなきゃできない発想ですよね?」
サラは不思議に思っているみたいだけど、私たちはそうでもない。
「表向きは伏せていたけれど、私たちも別に裏向きには隠してなかったから」
「どこからか多少漏れるのは想定済みというコトだ」
「ライブラリアの問題が片付けば良し。別の問題も一緒に解決できそうならなお良し――そう考えていたのよ」
私たちの言葉に、サラがポカンとしている。
そんな彼女の様子に和みつつ、私たちは話を続ける。
「ただ襲撃はする側のリスクを考えると、誰かが煽って起こす可能性があるか」
ケルシルト様の言葉に私はうなずく。
「でも、黒幕まで辿り着けなくても、それを皮切りに過激派へ牽制ができますよね」
「そうね。多少は萎縮させられるのではないかと思うわ」
「黒幕がそれを望んでなくても、末端が襲撃してきた時点で批判の材料になるしな」
フーシアの件も、謎に密約三同盟に突っかかってくる輩も、まとめて片付くならそれに越したことはない。
「懸念があるとすれば、ティーナさんたち一行がゲストに来ちゃうコトですよね」
「そうだな。変にケガなどをさせてしまえば外交問題になる。直接的な関係が薄い国とはいえ、お忍び中にわざわざ挨拶をしにきてくれた外国の王族が居る場で襲撃というのは……」
私とケルシルト様は困ったように嘆息する。
けれど、フィンジア様はそうでもないようだ。
「起きたら誠心誠意謝罪するだけよ。
その上で、やらかした人たちを見せしめとして処刑にでもしてしまえば、手っ取り早くて強い牽制になるわよ」
「さすがは裏切りに容赦ない血筋だな」
「砂漠という過酷な環境で生きていくのだもの。不必要なわがままによる裏切りなんて許していたら、部族全滅の可能性があるから当然でしょう?」
なるほど。
育った土地が育った土地だからか、貴族だから――という理由だけではない苛烈さがあるのか、フィンジア様。
それに対して、ケルシルト様は――お前はそういうヤツだったな……という感じで肩を竦めるだけだ。
苛烈なことを口にするフィンジア様は、ケルシルト様にとって別に珍しくもないのだろう。
「そういえば、サラ。最近のフーシア様はどう?」
フィンジア様に問われて、サラは少し考える素振りを見せながら答える。
「ここのところ大人しいかなぁ……。
少し前までのやたら何にでも噛みつく感じは薄れてるかも」
「確かに、図書館に来る頻度も減ったわね」
キッカケは――恐らく私に見せた親の顔。
あれが表に出てきたことで、魔法としての人格が押さえ付けられている可能性がある。
……つまり、フーシアの一番の目的はサラを守ること。
そこが犯されるのであれば、自分の中から生じた魔法人格であろうと容赦しない――フーシアという女性の本質はそういうことなのだろう。
まさにサラが言う通りだ。
ちょっと恐いけど、強くて優しいがんばり屋……私が羨ましく感じてしまうような、まさに『母』なのだろう。
魔法による浸食がなく、フーシアも私に対して普通に接してくる、もしもがあったなら――私も、彼女を母として受け入れられるような未来があったりするのだろうか……。
それはもう、叶わぬ未来になってしまっているけれど……。
「本来の自分と、魔法人格の自分と――ずっとせめぎ合っている状態かもしれないわね」
フィンジア様の言葉に私もうなずく。
「結末がどうなるかは分からないけど、元の人格がチカラを取り戻しているのであれば、罪状に対して温情を訴えるのも効果があるかもしれないわね」
「そうね。その辺り――夜会の参加者を説得する言葉、がんばってねイスカ」
「あー……そうですね。そこは私の領分ですものね……」
ケルシルト様とかフィンジア様。国王陛下や宰相様とかならいざしらず、専門知識をベースにして有象無象を説得するのって難しいんだよな……。
ましてや魔法に対する知識がそこまで深くないこの国で、魔法先進国の最先端理論を前提とした話までしないといけないとなると……。
そもそもそういう専門的な話は、無知な者を煙に巻く方便で在るという理論を強固に思い込んでいるやつには逆効果。
「難しい顔をしているがな、イスカ。実はそこまで悩むモノでもないぞ?」
「どういうコトですか?」
ケルシルト様が笑いかけてくるけれど、理由が分からず首を傾げる。
「参加者全員を説得する理由はない。
国王陛下、宰相、アムディ、フィン……特に直接被害を受けたフィンを説得できればそれでいい」
そう言われて、私は首をフィンジア様の方へと向ける。
すると、フィンジア様は手を振りながら笑っている。
「…………そうなんですか?」
「そうよ。もちろん、ある程度は参加者が納得できる理論や理屈は必要だと思うけど。
最優先は陛下と私ね。陛下と、被害を受けた私自身がその理屈に納得して、裁定を下した時、それに異を唱えるコトのできるのって、宰相とアムドウス殿下……あと、一応ケルスもかしら? まぁそれくらいでしょう」
「付け加えるなら、異を唱えるのであれば、二人の裁定と、イスカの理論と覆せるだけの説得力のある論旨が必要だ。それがないのにヤジを飛ばすのは、ただの不敬だからな」
言われて、少しばかり肩の荷が下りた気分だ。
話が通じる相手をメインに説得すればいいのであれば、まだ気が楽だ。
「でも真面目にやってねイスカ。私にも立場があるから、雑な理論だと温情を与えるのは難しいと思うから」
「ええ。そこは承知しています」
フーシアとの約束もある。
サラを守るためには全力を尽くすだけだ。
それに――
「私は妹に甘い姉ですからね。妹を甘やかすには、フーシアの命くらいは助けないと」
「お姉様……」
――サラを守って欲しいという約束を正しく守るには、フーシアには生きていた貰わなければならない。
そうでなければ、サラが泣いてしまうじゃないか。
フーシアが死んでしまったらサラの心はきっと守れない。
それだと約束を破ってしまうことになるでしょう?




