50冊目 謝罪とお漏らし
「え?」
ケルシルト様が目を瞬く。
いや。うん。
意を決したような謝罪に対して申し訳ないとは思うのだけれど、あまり心当たりがなくて。
「先日、君から首飾りを貰った日だ。
あまりにも迂闊な物言いをしてしまった為に、君を悲しませただろう?」
「あー……」
はいはい。あの日ね。うん。
「アムディとフィンから叱られたんだ。ついでにエピスタンと、君の妹からも」
「え? サラからも!?」
サラ~~!?
いつ叱ったのッ、いつッ!?
「女性との付き合いの無さのせいで……というのも言い訳だな。
君を傷つけてしまったのは間違いない。そのコトを謝罪させてくれ」
「こちらとしてもあまり馴れてない状況に、想定外のダメージを受けてしまっただけですから……」
「やはり傷ついていたのだろう。すまない」
気にしないでというつもりだったのに、むしろ気にさせちゃったか……。
でも、これ以上、謝罪しないで良い――と言うのもちょっと違うか。
何よりケルシルト様はすごい真剣だ。
きっと、私が謝罪を受け入れようが受け入れまいが、本気で反省しているのだと伝わってくる。
うー……とはいえ、だ。
あまり人付き合いをしてこなかった身としては、ここで取るべき正解のリアクションが分からない。
そもそも、勝手にショックを受けて勝手に泣いてただけで、別にケルシルト様は悪くないしな……。
「えっと、謝罪はわかりました。わざわざありがとうございます。
でもその……泣いたのは事実ですけど、実はそこまであの時のコトは気にしてないというかなんというか……」
「そうなのか?」
「は、はい。実はそうなんです」
むしろアレはケルシルト様の反応がどうこうというよりも、この婚約そのものが偽装であって、最後には解消されると分かっていることへのショックだったしなぁ……。
「それに、あの時のやりとりのおかげで私は……」
待て待て待て。
私は今、何を口にしようとした?
あのやりとりのおかげで貴方に対する自分の気持ちが明確になりました――なんて言おうとしてなかったか?
どんな気持ちなのかと言われたら答えを窮するぞ、絶対ッ!
真っ正面から、貴方への懸想を自覚しましたなんて言う勇気ないからなッ!!
「どうしたイスカ? 急に黙って?」
「いや、その……」
うわあああ!? 顔を覗き込むような仕草やめてッ!
急にその良い顔が現れるとビビるからッ!!
「……君の内心、今とても忙しいコトになっていたりするのかい?」
「ど、どうして……?」
「どうって……恥ずかしそうな、嬉しそうな、でも怖がっているような……そういう百面相をしているからね」
「めっちゃ表情に出ててすみません!」
「別に謝るコトではないと思うだが。見ていて飽きないし、可愛いと思うが」
か、可愛いと……可愛いって言われた……。
あれ? 今までは全然気にならなかったのに、なんかすごい嬉しいような恥ずかしいような気分になるんだけど……!?
「で、でも私は可愛げのない女で……」
「それ――たびたび聞くけど、オレはそう思わないからね?」
「え?」
「誰かに言われたコトが心に残っているのか、それとも自分でそう思い込んでいるのか知らないが――オレは君を可愛いと思っている。
これはオレの主観であって、君自身が自分をどう思っていようが関係ない」
「…………!」
こ、この人は……!
真っ正面から真っ直ぐにそんなこと言われると……心が持たないんだけど……!!
平静に、平静にならないと……。
「君の反応からすると、誰かに言われてそう思い込んでるように見えるが……」
そう自分に言い聞かせるものの、ケルシルト様は私の様子から色々と読み取っていくらしい。
こういうところで、公爵家当主としての辣腕とか振るわないで欲しい。
「ああ――あの口うるさい小物……ビブラテス伯爵のところの三男か。確か幼馴染みらしいな? 母君が女神の御座に行く以前であれば、顔を合わせる機会は多かったのだろうしな」
その通りなんだけど――すっごい怖い顔をしていらっしゃる……ッ!?
「……っと、すまない。君を怖がらせるつもりはなかったんだ。
しかし、ビブラテスのところの三男を、あまり許せそうにないな」
お、おう……デュモス、どうやらお前の人生はそろそろ終わるかも知れないな。
ケルシルト様の表情からするに、わりとそういうのを計画してるっぽい顔だぞ。
「まぁ彼のコトはどうでもいいか」
ふぅ――と、気を取り直すように息を吐くと、彼は首飾りを取り出した。
「今日は身内だけの食事会だしな。付けていても問題ないだろ?」
「ありがとうございます」
「君も付けてくれているんだ。おそろいで付けるのも良いだろう?」
「~~~~……ッ!」
そんないい顔で、良い笑顔を向けられると……!
やばいな。懸想していると自覚してから、ケルシルト様の行動の一つ一つに対して、妙に一喜一憂してしまってる気がする……!
え。待って。無理。これどうしよう。
貴族っぽく冷静さを保ってるつもりではいるけど、ずっとこれはシンドいんだけど!
「今日のキミはいつも以上に百面相がすごいな」
「そ、そうですか……?」
「ああ。考え事でも多いのか、だいぶ表情が忙しくて、見ていて飽きない」
「……恥ずかしいのであんまり見ないでください」
顔を手で覆い、思わずうめく。
そんな私の様子すら、ケルシルト様は楽しそうだ。
それから、私が少し落ち着いたタイミングで、ケルシルト様は小さく息を吐いた。
「ああ――しかし、キミとこうして普通に接するコトができて安心したよ」
「え?」
ケルシルト様の言葉に、私は目を瞬く。
「アムディやエピスタンたちに叱られてから、キミとどう接すればよいか、どう謝罪すれば良いか――それが全く分からなくてね。
分からないままキミに会うのも失礼だろう……なんてコトを悶々と考えてしまっていた。
何より、キミに嫌われてしまったのではないか――そう思ったら、余計にね」
うん。
それは、何となく分かる。
「私も――首飾りを渡したあとで、馴れない感情が湧いてしまって戸惑ってました」
「そうか。こちらも無自覚だったとはいえ、言葉が悪かったようだからな。改めて申し訳なかった」
あの時は、後ろ向きな気持ちでケルシルト様の顔を見れそうになかった。
今は、別の意味でケルシルト様の顔が直視できなくなっているけれど、それはさておくとしよう。
そんなことを考えているうちに、余計なことを口にしてしまった。
「偽装の婚約。その言葉が、妙に重くて……辛くて、目を背けたくなって……」
「イスカ?」
「あ、いや……えーっと」
迂闊だったなぁ……。
あの時のことはもう終わり――ってカンジになってたのに、蒸し返すようなことを口にしてしまった……。
とはいえ、今でもあの時の感情は明確に思い出せる。
思い出すだけで苦しくなって、辛くなって、でもそう感じる自分を応援したくもなる。
同時に、エフェやエピスタンが会議を止めようとする程度には、心が揺さぶられてしまっていたことに申し訳なさも感じるのだけれど。
――というか、こっちもちょうど良いから今謝っとくべきだな、これ。
「偽装のまま終わりたくない――と、そう思ったら、急に泣きたくなってしまって……。
あの時は、急に会議が終わるような状態になってしまってごめんなさい」
「いや、ああ……うん……? んんー?」
あれ?
ケルシルト様の反応が悪い?
謝罪の仕方ミスった?
「えーっと、だ……イスカ」
「はい?」
「……偽装のまま終わりたくない――と、言うのは?」
「…………」
……あ。
……………あ。
……………………あ。
――ああああああああああああああああッ!?
何を口走ってんだ私ぃぃぃぃぃ~~ッ!?
完全に顔が朱に染まるのを自覚する。
リンゴかトマトになっている自分の顔を想像しながら、ケルシルト様を見れば、向こうも向こうで口元を押さえて、リンゴかトマトを思わせる状態になっている。
「え、と、あ、の……」
ああ、ダメだ!
何の言葉も出てこない!
恥ずかしいのか、嬉しいのか、嫌なのかも、自分自身のことなのに、何一つわからん!
うひ~~~~……誰かたすけて~~!!
エフェ! エフェェェェ!
サラッ! サラァァァァ!




