45冊目 図書館の司書姫と王立図書館の館長
サラを交えて共有したい情報と、相談したいことがある――と、ケルシルト様経由でフィンジア様に手紙を送ったところすぐに返事がきた。
出来れば王立図書館のサロンでお茶会したい……かぁ。
可能か不可能かでいえば可能だ。
貴族用のエリアにサロンはあるし、あまり使われることもないって話だしね。
あそこは給湯室なんかも併設されているから、問題はないかな?
一応、館長に確認だけはしておくか。
……ところで、図書館の隠し部屋経由だから仕方がないとはいえ、公爵閣下をメッセンジャーに使ってることになるのよね、これ。
実際の所はエピスタンが走り回ってるだろうけど、今になってちょっと恐れ多くなってきたな。
それはそれとして――
ケルシルト様に対して、前回の話し合いの時に、中途半端に時間が来たことにしちゃった件を謝罪するべきかどうか悩んだのでゼル爺――家令のハインゼルに相談したんだ。
詳細はエフェが話してくれたんだけど、それを聞いたゼル爺は気にしなくていいだろうと結論づけてくれた。
建前とはいえ次の予定があるからと会議を終了したし、向こうもそれを受け入れて引いたのであれば問題はないそうだ。
冷静になって考えてみればその通りかもしれない。だけど、心情的にはこっちの感情で話し合いを打ち切ってしまった面があるので罪悪感はあるんだよね。
まぁそこは現実と感情の切り分けというやつで、スパっと割り切ることにする。
とりあえず行くべきところは王立図書館だ。
私はエフェに一声掛けると、隠し部屋経由で王立図書館へと向かう。
王立図書館についたら、そのまま館長室だ。
正直、王立図書館の館長って苦手な相手なんだけどね。そうも言ってられない。
気持ちを落ち着けてからノックする。
そうして中に入ると、初老の館長が首を傾げた。
「姫さんが館長室まで来るなんて珍しいですな。どうかなさいましたか?」
「今度お茶会をするのにココのサロンが使いたくてね」
そう口にすると、館長はさらに首を傾げる。
「姫さんでしたら別に断る必要はないかと思いますが……」
「それでも管理しているのは爺さんでしょう? ひと声掛けるのが筋ってモンでしょうが」
私が答えると、爺さんは何が楽しいのか、やたらと笑顔になった。
なんとも胡散臭い感じだ。悪い人じゃないんだけど、なんか苦手なのよね。
話していると、ちょっと言葉遣いが悪くなってしまうくらいに。
「姫さんのそういう貴族らしからぬ律儀さ。大変好ましく思っております」
「らしくない世辞はいいよ。要件としてはそれだけだから」
「普段ならノってくれますのに、忙しないですな」
「実際忙しいからね。帰って書類仕事と根回しの続きだよ」
息を吐きながら答えた私に、爺さんの目が眇まる。
「ご婚約されるらしいですな?」
「それもあって書類に根回しや挨拶にと色々、ね」
「図書館はどうなりますかな?」
「王立図書館も領書邸も変わらない。ライブラリアのモンだ。そこは変わらない。
そして――この婚約は私かサラの手にライブラリアを取り戻す為のモンでもあるんだよ」
隠居し、図書館の館長をしている爺さんだけど、貴族は貴族。
今でこそ平民みたいな振る舞いをしているが、若い頃はどっかの家で当主を務めていたらしい。
館長として振る舞っている時は、顔見知りの爺さん扱いして欲しいと、出会ってまもなく言われたので、私と館長はこんな喋り方でやりとりする仲になっている。
ともあれ――そんな館長だからこそ、私のこの言い回しの意味を漠然と理解したのだろう。
「姫さんは、我が身を犠牲にされたので?」
「犠牲なんぞになったつもりも、なるつもりも微塵もないよ」
そう口にした上で、私は少し周囲の気配を探る。
「誰もおりませんよ。扉の外も含めて」
「みたいだね――なら、軽く言うけど……先代――母が侯爵からの政略によって受け入れていた書籍が、近々元の持ち主のところへと返本される可能性が高くなった」
元々皺の多い顔の館長だけど、私の言葉でますます顔の皺の数を増やした。
まぁ正直言うと、可能性が高くなったというか、私が確実に高くさせる――だけどね。
父の実家への手紙も用意したし。まだ出してはいないんだけど。
いつ出すかは、タイミングを見計らっているところだ。
「婚約と何か関係が?」
「ちょっとした悪書の炙り出しをしてる最中ってだけだよ。そこにその書籍もタイトルを連ねてるだけさ」
そして父とは別に、色々と炙り出されている人たちもいるわけだ。
「……炙り出し、ですか」
館長も自分の繋がりからそういう気配を感じ取っていることだろう。
それでも敢えて、私は訊ねた。
「最近の社交界だと、うちだけじゃなくて、ティベリウム家にも評判の悪い噂が流れてるのは知ってるか?」
「ここのところ社交界にはとんと顔を出しておりませんからなぁ……」
爺さんはとぼけた調子で下顎を撫でながらそう言って、しかし油断ならない笑みを浮かべる。
「ただ――世代交代のタイミングでちょっかいを掛けたいバカというのは毎度おりますからね」
ようするに、この爺さんは過去の似たような状況を知っているということだろう。
「こういう時は往々にして、世代交代したばかり……あるいは世代交代の近い家の連中も騒がしくなるものでしてな」
ニヤリと、館長は告げる。
「何せ青い故に、善し悪しの判断や、物事の裏表。影響力の大きさなど把握しきれておらず、勢いと口車に乗せられやすいですからなぁ」
私への釘差しか?
いや、違うな。
「炙り出しや膿み出しの際は、ターゲットや、その予備軍の中に、そういう青い家があるならちと気をつけた方が良いかもですぞ? 青い故に行われる青い衝動は、老獪による手管とは違った厄介さがありますからな」
何か情報を握っているのか……あるいは経験から来るカンってところか。
どちらにしろ、無碍には出来ない情報だ。
「助言、感謝する。何せ私もまだまだ青いからな。そういう連中にやられかねない」
そう告げれば、爺さんは「くかかかか」と爆笑した。
「姫さんが青いなら、そういう連中は海や空より深い青に染まって真っ青でしょうな!」
褒めてんだか、貶してんだか……。
私は小さく息を吐く。
この飄々とした爺さんに付き合ってると、あっという間に時間が消える。
情報はありがたいけど、この辺で引き上げないと。
「ともあれ、サロンは使わせてもらうよ。
日程と時間が決まったら改めちゃんと連絡するから」
「律儀ですなぁ……好きにすれば良いというのに。
ああ、そうだ。可能なら誰とお茶会をするか伺っても?」
「妹のサラと、フィンジア様だよ。アムドウス殿下の婚約者のね」
フィンジア様の名前を出すと、館長が驚いたような顔をする。
「最近、友達になってね。良く誘われるんだ」
「隠居してるとはいえ、社交から離れすぎるのも問題ですなぁ……。
姫さんの交友関係を把握しきれておらなんだで……」
本気で悔しそうにしている爺さんに、してやったりという気持ちになりながら、私は館長室を後にするのだった。
二日後。
王立図書館の貴族エリア、サロン。
「慌ただしい日程のお茶会になってしまって申し訳ありません」
「気にしないでイスカ。こちらも図書館でお茶をしたいと言ったのだもの。むしろすぐに準備出来たコトがすごいくらいよ」
私は予定通り、サラとフィンジア様とお茶会をしていた。
まずは挨拶を交わし、そのまましばしの雑談だ。
ただ、どうしてもフィンジア様の背後が気になってしまう。
侍女や護衛といった侍従たちの顔ぶれが王城のサロンでお茶をしたときと全く異なるのだ。
全員がフィンジア様と同じ褐色の肌をしているのを筆頭に、全員がラデッサ地方の特徴を持った姿をしている。
恐らくはラデッサ領ないし王都にある邸宅から連れてきた人たちだろう。
王城でのお茶会の時にフィンジア様についていた人たちにはラデッサ領の人は半分くらいだったので不思議だ。
「ああ、やっぱりお二人とも気になりますよね」
会話の中、私とサラがフィンジア様の背後を気にしてたのに気づいたのだろう。
彼女は笑って、自分の従者たちを示す。
「本当の意味で信用できる人材を揃えてきたの。
ラデッサ領は、砂漠の領地ですからね。王国の傘下になる前から、その過酷な環境で生き延びる為に様々な手段を取ってきた土地ですから」
様々な手段――ね。
恐らくはそこに、諜報や暗殺なども含まれているのだろう。
砂漠には行ったことがないので、それがどこまで過酷なのかは分からないけれど、話を聞いたり本で読んだ限りでも、かなり厳しいことは分かる。
「それゆえ領民の結束力が高いと自負しております。
そして、そういう土地ゆえに、懐へ入れたモノや、情を感じた相手への絆を、強く見る傾向も」
ようするに、連れてきた人たちは絶対にフィンジア様を裏切らないだろうと確信のある面々ということか。
「何より、我が領地は裏切りを嫌う土地でもあるのです。
もちろん裏切りがない――というワケではありませんけど」
今の一言は、後ろの面々への改めての釘刺し、か。
私とサラはエフェとレナーテの二人しか連れてきてないから、釘を刺す意味がないしね。
「お手紙を頂いた時に思ったの。これくらい徹底した方が、話しやすいのではなくて?」
「お気遣いありがとうございます。かなり助かります」
王城のサロンだと、どうしたって耳の大きい連中を防ぎきれない可能性がある。
「さぁイスカ。聞かせて頂戴。貴女のお話と相談を」
「ええ。それではいくつかの情報の共有をしたいと思います」
私はお茶で口を湿し、気合いを入れる。
さて、今回のお茶会の本題に入るとしますか。




