31冊目 会議室と密約の三同盟
ケルシルト様に連れられて王城へ。
司書の格好のままなのがなんとも居心地の悪さを感じるが、諦める。
王城に到着して通されたのは会議室だ。
王城にある会議室――隠し部屋にある会議室ならいざしらず、本来の会議室なんて私にはあまり縁がない気でいたけど、まさかお世話になるとは。
「話は聞いている。二人ともまずはそちらに座ってくれ」
すでに一番奥の席に着いている陛下の言葉に従って、私とケルシルト様は席につく。
陛下以外にも何人か席についている。
神経質そうな雰囲気をしたメガネ初老男性――宰相のデュース・ロップ・サージェス侯爵は知ってるけど、あとは誰だろ?
まぁこういう場だし記録係の文官かな?
それにしては数が多い気がするけど。
ちなみに、ブラックの身柄は城についた時点で、騎士へと引き継ぎ済みだ。
必要があったら呼び出すとかで、隣の部屋に見張り付き拘束されている。
「いやはや頭の痛い話ではある……。
ともあれイスカ嬢。報告は受けているがね。まずは当事者である君の口から、状況を教えてもらいたい」
「かしこまりました」
一つうなずき、状況について話始める。
何人かから――なんだこいつ? みたいな目で見られるのはちょっと居心地悪いけどな。
仕方ないじゃん。着替える余裕なかったんだから。
「つくづくそんな動機で禁書庫へ入ろうとしたというのか……」
宰相が眉間を揉みながらうめく。
気持ちは分かる。私とケルシルト様もそうだもの。
……あ。そうそう。説明するときにチンピラ口調で脅したっていうのは盛り込んでない。言う必要もないしね。
「あまりにもお粗末が過ぎるが……事実だからな。受け入れるしかあるまい。
して、イスカ嬢。図書館側としてはどうするつもりだ? どのような処罰を望む?」
「そうですね……」
うーん……個人的には、周囲への見せしめになるようなことをしたいんだけど。
僅かに逡巡して、私はピンと来て顔を上げた。
「では、当代より数えて三代先までのオウボーン男爵家に対して、我らが図書館の出入り及び使用を禁じます。何らかの形でオウボーン男爵家が取り潰しなどで貴族籍を失ったり、逆に陞爵して爵位があがった場合であっても、その血筋であるならば出入り及び使用を禁じます。
これは王立図書館だけでなくライブラリア領書邸も含み、今後それらに続くような第三、第四の図書館などが建設された場合も、同様です」
「よかろう。では、そのようにするとしよう」
「ありがとうございます」
見せしめとしては悪くないだろう。
出来ればどこかで大々的に発表してやりたいところだけど。
なんて思っていると、陛下が連れてきたと思われる文官の一人が手を上げた。
「陛下」
「どうした?」
「陛下はなぜこのようなどこの者ともしれぬ司書の意見を確認するのですか?
偉そうにも貴族の出入りの禁止を宣言するなど、身の程を弁えぬ――……」
「黙れ」
彼は全てを言い終える前に、宰相に言葉を遮られた。
「宰相よ。これの名をなんと申したか?」
「さて……私も忘れてしまいましたね。歳は取りたくないものです」
陛下と宰相がなにやらそんなやりとりをしている。
嘘つけ。二人とも名前も知らないやつをこの場へ連れてきたりはしないだろ。
「君、名を訊ねても?」
ギロリと音が聞こえてきそうな鋭い眼差しで、宰相が訊ねる。
それに、彼は気圧されるように名乗った。
「……ノクゾーキン・ノターソ・モブーダス、です」
名乗った彼に、陛下はふむ…と小さく息を吐いてから問いかけた。
「君はアレかな? 密約の三同盟に対する過激な反対思想の持ち主なのかな?」
直球で行ったな?
実際のところどうなのか気になるけど。
「な、なぜそのように思われたのでしょうか?」
顔を引きつらせながらノクゾーキン氏が問い返すと、宰相は真面目な顔で告げる。
「確かに彼女はあまり表舞台には出てこないがね。我が国で貴族として暮らす以上、顔を知らずとも特徴的な容姿から誰であるかを推測できるという話をしているのだ」
「容姿……ですか?」
「黒髪黒目で色白の女性。この国においては、基本的に特定の一族だけがもつ容姿だ」
この間のパーティでケルシルト様が言っていたやつだよな。
私の見た目から、誰であるか想像できない木っ端なんてどうでもいい――みたいなやつ。
「イスカ嬢。手間を掛けさせて悪いが、名乗って頂けるかな?」
陛下がやや丁寧な言葉でそう口にするので、私はうなずいて、席から立ち上がる。
「急ぎの案件というコトで着替える間もなく、ディベリアム公爵に連れてこられた為、このような格好で参加しているコトお詫び申し上げます。
イスカナディア・ロム・ライブラリアです。初めましての方もいらっしゃいますし、以後見知り置きを頂きたく存じます」
自分が出来る範囲でもっとも丁寧で綺麗なカーテシーをしながら、名乗る。
名乗るついでにこの格好はケルシルト様のせいだと、言っておく。
そんな私の名乗りを宰相が補足する。
「現状、ワケあって表向きはヘンフォーンが当主代行を務めているが、実際に密約の使命を果たし、当主としての仕事をこなしているのは彼女だ。時期が来ればヘンフォーンが座を退き、彼女が正式な当主となる予定である」
同時に座って良いと、陛下が手で示すので、礼をしてから椅子に座り直す。
周囲を見回して見ると、ノクゾーキン氏以外の初めましてな人たちは「やはりか」「あれが噂の引きこもりの……」みたいなリアクションをしていた。
そのざわめきの中に、悪口っぽい噂も混ざってる。陰口なんぞ普段はあまり気にしないんだけど、陛下や宰相の前で……しかも、私という本人がいる前で、その手の言葉を口にするのは、貴族以前に大人としてどうなんだ。
少しだけ――言っておくとするか。
むしろ、私にこれを言わせる為に、少し考えの足りない連中を混ぜたのだろうし。
「好き好きにざわめいてくれて構いませんが、あからさまに悪口のような噂話を口にしたいのであれば、もう少し私の耳に届きづらい場所にして頂けますか?」
わざと露悪的な声色で不機嫌を示した上で、陛下たちへと意味ありげに視線を向ける。
「陛下と宰相が選んで連れて来られた方々にしては、少々配慮が足りていないようですが」
「ふむ、すまんな。余とてこれほど配慮できぬ者とは思っていなかったんだ」
すまんな――という軽い口調だけど、陛下がこれを口にしたというのは重要だ。
基本的に王は頭を下げたり、謝罪を口にしたりするのはよろしくない。完全なプライベートな場ではともかく、こういう場であればなおさらだ。
だというのに、陛下は軽い口調とはいえ謝罪した。
これは私を――ライブラリアを特別扱いしているというものだ。
密約の三同盟を快く思わない連中や、ただの利権と見ている連中からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう特別扱いというやつである。
それを見せつけた上で、宰相がノクゾーキン氏へと視線を向けた。
「さて、もう一度問おうか。君はいわゆる三同盟アンチというヤツかね?」
「いや私は……その……」
しどろもどろのノクゾーキン氏。
うーん。噂に流されてやらかしちゃったタイプっぽいし、少し助けてやりますかね。
これを助けと思うかは、ノクゾーキン氏次第だけど。
「陛下、宰相。私からもノクゾーキン氏へ質問をしてもよろしいですか?」
宰相は陛下に視線を向け、陛下がうなずいたので、私は彼に向き直る。
「ノクゾーキン氏は、図書館を利用されたコトはありますか?」
「い、いや……あいにくと縁がなくてな」
「では、本は普段お読みに?」
「いや……それほどは……」
「では図書館とはどのような場所かご存じで?」
「本を保管しておく場所で、一般向けの本の貸し出しなどをしているのでは?」
「そうです。また各貴族家や、近隣諸国などから預かっている古い書物や、歴史的価値の高い契約書の原本なども保管してあります」
密約の三同盟の契約書の原本なんかもそれに当たる。
禁書扱いしているのは、単に歴史的価値が高いからちゃんとした場所で保管しておきたい――というのが大きい。
「それを踏まえて――図書館って利益でると思います?」
「え?」
「警備費用、各種本の管理、建物の維持費に、司書たちの人件費。
本の修理などを有償で引き受けてはおりますが、基本的に材料費分のみで、その分の収益など微々たるもの。
一応、陛下や他国などから警備や維持などへの最低限の費用を頂いてはおりますが、それを自分の利益するのは、あまりにも失礼で不敬でしょう?」
「だが、図書館利権というのが……」
「確かに蔵書の大半はライブラリア家の資産ですが、当家はそもそも本を筆頭とした知恵と知識の記録物を蓄えるコトを命題とした家系。蔵書を売買するコトは滅多にありません」
「……ならば、ライブラリア家はどのようにして資金繰りを……?」
「領地経営と領民からの税収がメインですが?」
「…………」
嘘は言ってない。
国から依頼されて、実験的な農法を試したり、作物や家畜の交配実験などを行ってはいるけど、それだって領地経営の一つだ。
「ライブラリア家は、かつてこの周辺の土地に住んでいた賢者の一族の末裔ではありますからね。
蔵書より得た知識をもって、陛下や宰相の相談に乗るコトはありますよ。初めて交流する国に関する情報や、突然現れた見慣れぬ獣や、植物。あるいは病。そういう情報に事欠かないのが我が家の特徴ですので。
求められたら、答えます。知っている知識であればその場で、なければ図書館を用いて情報を集め、陛下の求める答えを出すのです」
使用する図書館が、魔法による『大図書館』だったりするけれど、そこはそれだ。
なんであれ図書館であることにはかわりないし。
私が説明を終えると、宰相が追加の情報を添える。
「その答えが状況解決に有用で会った場合、多少の報酬は渡してはいるがね。
ただでさえ図書館運営という他の貴族家はやっていない面倒な仕事をしてもらった上で、相談役までやってもらっているのだ。
そういうものでもなければ、ただただ他より仕事が多いだけの家になってしまうだろう?」
「で、では……ライブラリア家は、密かに王家の相談に乗っていて、図書館の運営をしているだけの……普通の貴族だと?」
「その通りだ」
「では密約は……」
まぁ別に明かして問題のない範囲を明かして答えるとすれば――
「かつてのライブラリア王家が、エントテイム王家の傘下に加わる際に交わした約束です。
知を収集する賢者の王が治める小国ライブラリア――その国の王であり賢王と呼ばれた当時のライブラリア王が、その知恵を用いてエントテイム王家を支えるのに協力するから、エントテイム王家はライブラリア家とその知恵を守るという約束です。
図書館で借りるコトのできる歴史書に書いてありますよ? なんなら下町の本屋でも購入可能です」
――とまぁ言いたいことを言った上で告げよう。
「それらを踏まえた上で考えて欲しいのですけど。密約利権が羨ましい、ズルい。そう思って変にケンカ売ってきてるなら、ここらで手を引くのをオススメします。
オウボーン男爵家みたいに、私からの見せしめとして利用されるのを望むのであれば、その限りでもありませんが」
こうして、ノクゾーキン氏は諦めたように両手を挙げ、陛下と宰相に謝罪するのだった。
それを見ながら、ケルシルト様が小声で訊ねてくる。
「良かったの? これほど明かして」
「別に実害はないですしね。思い込みだけで暴走するブラックみたいなのが増えても困りますし」
「それもそうか」
ここで私の話を全て鵜呑みにして納得する――可能な限りプラスの方向で表現するなら――純粋な一般人なら、どの陣営にいようが実害ないしね。




