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約束守りの図書館令嬢  作者: 北乃ゆうひ


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22冊目 お忍び令嬢とお忍び公爵


 お腹が空いて目が覚めた。

 外は明るくなっているので朝だとは思うのだけど。


 頭痛もだるさもすっかり引いているようだ。

 これなら、今日も問題なく動ける。


 私がベッドの中で身動(みじろ)ぎしたのに気づいたのだろう。

 部屋の中にいたらしいエフェが声をかけてきた。


「お目覚めですか、お嬢様?」

「ああ、エフェ。おはよう」

「はい。おはようございます」


 どうやら夜に置かれていた水差しの回収に来ていたようだ。


「まだだいぶ早いお時間ですが、もうひと眠りされますか?」


 問われて、私は少し考えてから頭を横に振って起き上がる。


「お腹がすきすぎて二度寝は無理そう」

「わかりました。何か朝食をお持ちしましょう」

「お願いね」

「かしこまりました。少しお待ちください」


 部屋を出て行くエフェを見送ってから、私はベッドから降りて身だしなみを整える。

 朝食のあと少し運動したいので、着替えるのは運動用のもの――騎士服のような格好だ。髪も邪魔にならないように少しアップ気味にする。


 さっさと着替えを終えていた私を見たエフェが何やら嘆いていたけど気にせず朝食を食べた。

 今日も美味しかった。


 食べ終わったあとは、外へ出る。


 うちの庭には領書邸があるおかげで、本邸のどこから見てもから死角になる場所がある。

 そこで私は身体を動かす。


 ライブラリア家では、領主教育の一環として、最低限自衛できるだけの戦闘能力を有する為の訓練がある。

 母が亡くなり、本邸に居場所がなくなり、領書邸で暮らし始めた今も、私は自主的にその訓練は続けていた。まぁサボる時もそれなりにあるけどね。


 やっていることは剣や槍といった武器の素振りや、走り込みなんかが主だ。

 ついで、いつだったか、こっそりと『大図書館』から仕入れたプランクっていうポーズと、インナーマッスルとやらを鍛える呼吸法なんかも取り入れている。


 ぐーたら引きこもるのは理想だけれど、一方で身体をなまらせたくないので、自室にひきこもっててもできるプランクと呼吸法はありがたい。

 もちろん、それだけでどうにか出来るわけではないのだけれど、外で運動できない時にも最低限の効果があるトレーニングが出来るのは悪くないのだ。


 ちなみに今日になって急にしっかりと訓練をしたのは、万が一への警戒だ。

 戦闘になるようなことは皆無だろうけど、気持ちとしてはやっておいた方がいいかな――となったからである。


「思ってた以上に、緊張と警戒をしているのかもね」


 独りごちて、息を吐く。


「お嬢様、こちらを」

「ありがとう。エフェ」


 訓練が一段落したところで、エフェがタオルを渡してくれる。

 それで汗を拭い終えると、今度はお水が出てきた。


 タオルとコップを交換して、コップを受け取り水を飲む。

 ほのかにレモンの風味と、甘みと塩気も感じる。


 この水には、レモン果汁と、砂糖と塩が加えられているのだろう。

 汗が流れ、乾いた喉と身体に染み渡っていくみたい。


「本邸の使用人用ではありますが、湯浴みの準備をしておきました。今なら裏口から入れば奥様やまだ僅かに残ってる面倒な者たちにも気づかれないかと。どうされます?」

「準備いいわね、エフェ。ありがたくちょうだいするわ」

「では参りましょうか。着替えも用意してありますので」


 言動やノリがふざけていることが多いエフェだけれど、やっぱり従者の仕事は完璧なのよね。とにかく私の先回りをして準備をしてくれている。


 ほんと、私にはもったいない存在だ。

 まぁもったいないと言ったところで、手放すつもりは全くない。それこそもったない話だからね。




 湯浴みを終えて領書邸の部屋へと戻ってくると、私の机の上に書き置きがおいてあった。


 ミレーテの筆跡で、『隠し部屋に届け物アリ』と書かれている。


「先輩が隠し部屋を確認してくれたようですね」

「なるほど」


 話によると、エフェとミレーテが持ち回りで隠し部屋に何か届いていないかを、定期的に確認してくれているようだ。


 本当は部屋へと運び込んでおきたいそうだが、隠し部屋に置いておくのが一番安全だからということで、何か届いた時はこうやって私宛の書き置きをしてくれることになったそうである。


 ケルシルト様とエピスタンだけでなく、エフェとミレーテの出入りも許可しておいたのは、間違いじゃなかったようだ。


「エフェ、持ってきてもらってもいい?」

「はい」


 そうして、エフェに持ってきてもらった届け物は、ケルシルト様からのお手紙だった。


 内容としては二つ。

 一つは、フィンジア様の様子が少々おかしくなってきているということ。


 これに関しては魔法の影響が出てきてしまっているのだろう。

 増大する罪悪感とやらがどういうモノかは想像できないのだけれど、結構キツいのかもしれない。

 それに加えて、フィンジア様は、まだフーシアの魔法効果の正体が分かっていない状態だ。

 だからこそ、すぐに『饕憐(とうれん)』に関する情報を流しておくべきだろう。

 このケルシルト様への返信にそれを記しておくことにする。


 とはいえ、フィンジア様なら効果を乗り越えられる――とは書かない。

 あくまで推測な上に、それで本当に影響から乗り越えられるかどうかというのは、確証がないのだ。

 乗り越えた結果、逆に症状が悪化してしまうとかの可能性がゼロではない以上、迂闊には口にできない。


 そして、ケルシルト様からの手紙の内容のもう一つは――


「平民街に繰り出すのが嫌いでなければ、共にお忍びでデートでもしないか……かぁ」


 ――食事だけではなく、一緒に平民街を歩こうというお誘いだ。


「良いではありませんか。最近はあまり出歩いてもいないのでしょう?」

「まぁ……うん。そうなんだけど……」


 いや、デートするのはいいんだ。

 だけど、なんていうか、先日のやらかしが脳裏に過ってしまう。


「お嬢様、もしかして今更照れていらっしゃるんですか?」


 私が顔を赤くしているからか、何やらエフェがからかうように言ってきた。

 顔が完全に、イタズラ好きの顔になっている。


 口元押さえて目を細め、ニヤニヤしている顔に、腹が立つ。


「……先日のやらかしを忘れてないだけよ……」

「うん。それは赤くなりますね」

「急に真顔になるのヤメロ」


 それはそれで結構ダメージが入るんだよ。

 自分が本当に阿呆なやらかしをしたんだって突きつけられてるような気がしてさ。


「とりあえず、OKって返事するわ」

「では明日の準備をしないといけませんね」

「平民街……しかもお忍びだから、無駄に目立つような服はやめてよ?」

「もちろんです! そんなミスはしません!」


 グッと握り拳を握ってやる気を出しているエフェの姿に、どうにも信用できなさを感じながら、私は手紙の返事を書くのだった。




 そして当日――


 王立図書館の平民の多くが利用する出入り口をから、私は外へ出た。


 領書邸もそうなんだけど、知識に触れたいと思った人が誰でも本に触れられるように、平民でも利用できるようになっている。


 もちろん、利用できるエリアなどは区切られてたりするんだけど。


 ともあれだ。

 私はそんな平民用の出入り口から出たあと、道を真っ直ぐ進んでいく。

 図書館を出てすぐのところにある広場で待っていると、OKと返した後に届いたケルシルト様の手紙には書いてあった。


 そこを目指して歩いていると、すれ違う人たちになにやら注目されている。

 ……私、何か変な格好してたりする?


 服装としては、黒を基調として赤の差し色の入ったもの。

 本当は冒険者や何でも屋のようなパンツスタイルが良かったんだけど、エフェだけでなく、何故か私の部屋に来ていたサラとミレーテからも反対されて、スカートだ。


 とはいえ、貴族が着るようないかにも高価ですと主張するようなドレスではなく、材質も見た目も、平民の――少し裕福な家のモノというバランスで、抑えられている。


 お化粧なんかも、サラが監修して、貴族に見えない範囲でもっとも綺麗に見える平民式のお化粧とやらをされた。


 そうはいっても、出かける前に自分でも鏡で確認したんだよ。

 そこで見た限りとしては、平民としてそこまで突飛に見える姿ではないはずなんだけど。


 うーむ。なんでこんな注目されてるんだろう?


 なんとなく居心地の悪さを感じながら、目的地の広場までやってきた。

 広場にある、この国を建国した初代王の像の近くで待つと、手紙に書いてあったけど。


 周囲を見回すと、やたらと注目されているっぽい男がいる。

 顔こそ綺麗な男だが、服装も雰囲気も、平民の中でも少し良いところの男といった雰囲気だ。


 ただ、キマっている。

 平民として違和感はないのに、服装含めて完全にキマっているのだ。

 そのせいで、貴族のような風格を感じてしまう。


 いやまぁ実際に貴族なんだけど……それはともかく。


 そりゃあ、女に注目されるに決まってる。

 実際に、女たちから声を掛けられ、平民式の紳士な態度で断っている。


 そう。あの男こそが、お忍びスタイルのケルシルト様だ。

 妙に女馴れしてる感じがするのが、何とも言えない。

 女嫌いじゃなかったのかな、あの人。


 ……って、あれ? なんで私こんな微妙な気分になってんだ?

 微妙というかささくれ立ってるというか……。


 もしかして、声を掛けようとして緊張してしまっているのだろうか。

 小さく深呼吸をして、像の前にいるケルシルト様のところへと向かう。


「あの、ケルスさん」

「ん?」


 声を掛けると、ケルシルト様がこちらを見た。


「その、お待たせしました」

「…………」


 ケルシルト様が何故か口元を押さえて固まっている。

 そういや、前も似たような固まり方した気がするな。


「ケルスさん?」

「……ああ、すまない。待ってないから大丈夫だよ」

「そうなんですか?」


 そんな不思議なケルシルト様を、周囲から見守っているっぽいギャラリーの女たちが、「あのイケメンさん、なんか可愛い」などと沸いている。


 ……そうか可愛いのか、今のケルシルト様。

 うーん、その感性がよく分からない。


 ついでに私を羨ましがる声も上がってる。

 まぁ、見目の悪い私が、こんな見目のいい男性と一緒に居れば、そういう嫉妬もされるわよね。


 ところで、ギャラリーの中に、サラにとてもよく似た女性がいるのは気のせいかな?


「行こうか……イ、イスカ」


 そう言って、手を差し出される。 

 名前を呼ぶのに少し戸惑ったのは、敬称をどうするか悩んだのかもしれない。


 差し出された手は、貴族のエスコートをするような感じではない。

 もっとフランクな、身体の触れあいにそこまで難しい意図を持たない平民的な差し出し方だ。


 さてはケルシルト様、こうやって平民街で遊ぶのに馴れてるな?


 でも、私だって同じだ。

 だから、特にためらうことなく、私はその手を取るのだった。



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