21冊目 考える令嬢の魔法考察
まだ気持ち悪いけど、いつまでも隠し部屋でぐったりしているワケにもいかないので、気合いを入れて立ち上がる。
『大図書館』の出入り口である空間の亀裂は、私が『大図書館』から外へと出たことで勝手に閉じているので、問題は無い。
隠し部屋から出て自室にたどり着くまでは、すれ違う司書たちに不自然に思われないよう取り繕い、なんとか自室に到着した。
「おかえりなさいませお嬢様……ってッ、お顔が真っ白ですよ!?」
「元々でしょ」
慌てた様子のエフェに、軽口を返すものの、当然そんなものは通用しない。
「普段の健康的な美白ではなく、病人の白さになっていると言っているのです!」
「……バレちゃったなら、しかたない。とりえあず、横になりたい……」
「かしこまりました」
観念して私が素直に口にすると、エフェは私の手を取った。
次の瞬間――
ふわりという気持ちの良い浮遊感のあと、どうやったのやら私はいつの間にやら寝間着へと着替えさせられており、ベッドの上に横になっていた。
遅れて掛け布団がふわりと私の上に優しく落ちてくる。
「……何が起きたの?」
「可能な限りお嬢様に負担が掛からない形での着替えと、寝かしつけをさせて頂きました」
「………………まぁエフェだしね」
説明されても理解出来ない気がするから、いいや。
ましてや今は、何を説明されても頭に入らないし。
「こちらからもお訊ねします。この短時間で何があったのですか?」
私の顔からメガネを外しながら、エフェが訊ねてくる。
メガネが無くてぼんやりとしか見えないけれど、とても心配してくれているような顔だというのは分かる。
「……ライブラリアの秘術。久々に使ったら、制御失敗しちゃっただけよ。詳細は秘密」
「詳細は聞きませんけれど、そんな蒼白するほどのコトになるのですか?」
「失敗すると頭痛と吐き気が酷いコトになるの。それでも今回はまだマシな方だけど」
心配そうなエフェの顔をなんとなく見てられなくて、私はフイっと顔を横に向けて答える。
「もっと酷い場合もあるのですか?」
「あるわよ。適正のない人が無理矢理使って、最悪の失敗をしたら、たぶん女神の元へと還ってしまうでしょうね。私は適性があるからそこまではないけど」
「そういう意味でも他人には教えられない秘術のようですね」
やれやれ――とエフェは嘆息してから、私の額に手を当ててくる。ひんやりとして気持ちがいい。
「多少熱もあるようですね」
「ん……知恵熱の仲間みたいなモノだと思う」
「なんとなく秘術について分かった気がしますが、深く訊ねるのは止めておきます」
「ええ、そうしてちょうだい」
横になって、エフェと喋っているうちに、気が抜けて来たのか、眠気が強くなってくる。
「……ごめんエフェ、眠くなってきちゃった……ちょっと寝るわね……」
「はい。おやすみなさいませ、イスカお嬢様」
眠気と頭痛に負けた私は、ゆっくりと目を伏せ、そのまま眠りの中へと落ちていくのだった。
ふと、目が覚める。
すでに部屋の中は薄暗く、足下を照らすための申し訳程度の魔心灯の明かりが付いているだけだった。
私はベッドサイドにある魔心ランプに手を伸ばし、起動させる。
「……今、何時だろ?」
ベッドサイドのランプが点いたことで、同じくベッドサイドにおいてあったメガネが見つかる。
それをかけると、私はゆっくりとベッドから降りた。
「頭痛は……まだあるけど、かなり落ち着いたか」
ふぅと、息を吐く。
部屋にあるテーブルには水差しとグラスが置いてあった。
エフェが気を利かせて置いておいてくれたのだろう。
酷く喉が渇いているので、時計よりもまずはお水だ。
グラスに水を注いで、ゆっくりとあおる。
水分が喉を潤し、胃に落ちて、そこから全身に巡っていくのを感じる。
注いだ分を飲み干すと、心から一息つけた気持ちなってきた。
知識の海によってもたらされた頭痛は、よほど私を疲弊させていたらしい。
「『饕憐』……か」
水のおかわりを注ぎながら、フーシアが得たという魔法属性について思い出す。
脳に刻み込まれた知識は、他のものよりも思い出しやすい。よっぽど強く刻み込まれるのだろう。
「基本的に相手が自分へと仕掛けてきた事柄へのカウンター。物理的なモノへのカウンターが一番効果が大きい。
その効果は、相手の罪悪感の増大。それに伴う、術者への不必要な気遣いと献身性が発生する……ねぇ」
言ってしまえば、『フーシアを殴った自分がこんな美味しいご飯を食べてていいのだろうか』とか、『フーシアを殴ってしまったお詫びに家の財産の一部を渡すべきだろうか』とか、そういう思考になりやすいというモノだ。
洗脳や催眠のように、精神に作用して、思考や認識を書き換えるタイプの魔法と異なり、これはあくまでも不安感や罪悪感を増大させるだけのモノ。
その増大した感情が、フーシアへ貢いだり、自傷へ繋がる思考へと誘導するというだけだ。
『饕憐』の使い手は、そうして得た財や贅を貪り、己を強化・肥大化させてさらなる犠牲者を増やしていく。
使い手が、魔法による恩恵を受ければ受けるほど、『自分は悪くない、邪魔するヤツが悪い、世間が悪い』というような他責思考が当たり前になっていくらしい。
そしてこの魔法の影響を受けた人は、術者に対して『あなたは悪くない。私が悪い』となってしまうのだから、余計に術者は増長してしまうというワケだ。
この様子には心当たりがある。
私の知るフーシアの行動の異常さは、そのせいだろう。
サラを守って欲しいと口にしたフーシアこそが、本来のフーシアだ。
「でももう……本来のフーシアと、魔法の影響を受けたフーシアの人格のバランスは、逆転していると思って良い。魔法人格のフーシアこそが、今のフーシアの主導権を握ってしまっている」
影響が少ない内なら、魔法を使うのを控えたり、魔法の影響を薄める為の練習などを行えたようだが、たぶんもう手遅れだ。
そして、フーシアには悪いが、彼女の人格への影響よりも、『饕憐』の罪悪感の肥大化に上限がないことの方が問題だと、私は思っている。
上限がなさ過ぎて、罪悪感を植え付けられた人の中には、申し訳なさが限界を超えて自分の感情をコントロールできなくなった時、自傷を始めることもあるようだ。最悪は命を絶つことさえもあるという。
そういう意味では、お父様はだいぶギリギリなんじゃないかな。
それでも命を絶つほどまでに至ってないのは、元々の事なかれ主義と、貴族教育の成果かもしれない。
だだ、色々と推測の組み合わせにはなるのだけれど、一つ気づいたことがある。
「……もしかして……だけど――この魔法って、私にはそこまで影響ないんじゃないのか?」
影響がゼロと言えば嘘になる。
だけど、魔法の性質を正しく把握した上で、領主教育などの人の上に立つ為の教育を強く施されている人ほど、たぶん自力で脱出できると思うんだ。
フィンジア様の様子が気になるけど、フィンジア様ならキッカケ次第で自力で脱出できるはずだ。
私なんかよりもよっぽど厳しい教育を受けているだろうしね。
「ふあ……」
あくびが漏れる。
何時なのか分からないけど、外が暗い以上は夜なのだろう。
目が覚めたのも、身体が水分を欲していたからというだけなのかもしれない。
お水を飲んだらまた眠くなってきたのだから、あながち間違ってないはずだ。
頭痛も疲労もまだ身体に残っている以上は、大人しく寝てしまった方が良さそうね。
「できるなら、早めにフィンジア様と会いたいわね」
メガネを外し、ベッドサイドに置く。
それから、ベッドサイドの魔心ランプの灯りを消すと、ベッドに潜り込んだ。
改めて、おやすみなさい……。




