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尋問


「先日は、リリローズ港の視察にご足労いただきありがとうございました。おかげさまで、船員の歓迎会も大成功に終わりました」


 リリローズから戻ったあと、マージェリーの元気のなさを心配したお付きの侍女が「お疲れのようですので、少し休養を」と言って、訪問者を追い払っていたため、


「ご報告が遅くなり、申し訳ございません」


 とイシュメルは言い足した。


「いいえ、こちらこそ。無事に終わって良かったわ。その件でなにか話があるとか」


「はい。ラバトアの大使から、贈りものを預かりました。ラバトアの王太子から、マージェリー王太女殿下への贈りものです。山猫、なのですが」


「ヤマネコ?」


 マージェリーはオウム返しした。


「はい。しかし殿下はご多忙ですし、動物は得意でないと存じます。レズリーに、その山猫の世話をお任せいただけないでしょうか」


「レズリーに?」


「はい。ぜひ自分が世話をしたいと申しております。前々から動物を飼いたがっていましたので」


「任せるわ」


 とマージェリーは即答した。


 動物が不得意というわけではないが、レズリーのほうが可愛がるだろうと想像できた。

 それに仕事中にウロウロされては、気が散って集中を欠く。


「でも一応、どんなものか見ておくわ。ラバトアの王太子へお礼状を書かないと」


「ありがとうございます。いま連れて来ておりますので、お目通し願えますか」


 イシュメルの合図で、部屋の外で待機していた部下が山猫の檻を抱えて入ってきた。


「この猫……」


 まじまじと見て、マージェリーが感心したような声を上げた。


「あの王太子にそっくりね。なんでこんなに似ているの?」


 イシュメルは逡巡した。

 この猫はもしかしたら、変身したラバトア国の王子かもしれません。と言って良いものかどうか。

 馬鹿馬鹿しいと思いながら、完全には捨て去れない疑惑。


「あ、分かったわ。この猫のことを言っていたのね。『うちの弟をもらってください』って。六人も弟がいるなんてすごいと思ったけど、猫のことだったんだわ。弟のように可愛がっているってことね」


 なるほど、そういう解釈もあるのか。しかしそれはそれで失礼な話ではないかと、イシュメルは思った。

 弟王子を婿入りさせると言っておいて、ペットの猫を送りつけてくるとは。馬鹿にしている。


「私は、この猫は変身したラバトア国の王子ではないかと、疑っています」


「えっ、なに、変身?」


 びっくりするマージェリー姫に、イシュメルは説明した。ラバトア王族のレインウォーター家に伝わる変身術のこと、この山猫があまりにグリフィンにそっくりなこと。念のため、変身術の専門家に鑑定を出したこと。


 話を聞き終えて、マージェリーは思わず吹き出してしまった。

 厳格な父と堅物の長老と冷静沈着な従兄が、おとぎ話を信じて、猫を鑑定に出したなんて。


「笑いごとではありません」


 イシュメルは不機嫌そうに言った。


「私はいつも真剣に案じています」


「そうね、笑ってごめんなさい。分かったわ、この猫の疑惑を晴らすため、私が尋問しましょう」


 マージェリーはすっと椅子から立ち上がり、山猫の檻に近づいた。


「檻から出して良いかしら?」


「私が出します。殿下は少しお離れください」


 山猫はずっと大人しいが、檻から出たとたん豹変しないとも言い切れない。

 イシュメルは用心して、いつでも魔法が使える状態で山猫を取り出した。

 見た目どおり、ずしっとした重量を腕に感じた。重い。そして思った以上に、もふもふだ。


 イシュメルに両脇の下を持たれて、抱かれるがままの山猫は無抵抗で大人しかった。


「ようこそいらっしゃいました。ラバトア国の大切な御方」


 マージェリーは山猫に視線を合わせて、語りかけた。


「もしあなた様が山猫に変身した人間であるなら、術を解いて本来の姿にお戻りください」


 だらんとして無反応の猫に、さらに語りかけた。


「正直に。今なら許します。あとで人間だと分かったら、ただじゃおきませんからね。丸焼きにします。名乗り出るなら今ですよ」


 猫はやっぱりだらんとしたままだったが、ミャァーと小さく鳴いた。


「尋問終了。疑惑は晴れたわ」


「いいえ」


 とイシュメルが言った。


「甘いです。殿下のご対応を見て、分かりました。そうですよね、疑わしきは丸焼きにしてしまえばいい」


 マージェリーはぎょっとして、視線を山猫からイシュメルへと移した。

 氷のように冷え冷えとした声で、イシュメルは続けた。


「ただの猫なら丸焼きにします。逃げても追いかけて。ラバトアの王子なら、そうなる前に元の姿にお戻りください」


 言うが早いか、イシュメルは猫を抱いた両手から魔法を発動させた。


『氷の貴公子』と呼ばれているイシュメルは、炎の魔法の使い手だ。

 魔物へ向けて炎の玉を放つ攻撃魔法や、道具なしで火を起こす生活魔法が使える。


 一瞬で燃やすこともできたが、あえて段階的に温度を高めた。

 本能でやばいと感じる温度に達したとき、山猫はイシュメルの腕を噛んででも逃げるだろう。

 逃げて、ただの猫なら白だ。逃げても殺されると理解できた人間なら、慌てて正体を見せるはず。


「やめてっ、イシュ――」


 マージェリーが叫んだ。


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