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87:攻略完了

 そこには満身創痍といった様子だが、必死で身体を引きずりながらこちらへとやってくる黒木の姿があった。


 当然全員が戦闘態勢を取り、影の中にいるシキの殺気も膨れ上がる……が、黒木にはすでに敵意などなく、そのまま真っ直ぐに流堂のもとへと近づいていった。


「……流堂……さん」

「っ……黒……木……か?」

「はい……そう、です」

「今……ごろ……何しに……きやがっ……た……。この……役……立たず……が」

「申し訳……ありません」


 黒木が流堂の身体に触れようと手を伸ばすが、それを流堂はあろうことかボロボロの左手で弾いた。


「誰の……手も……借り…………ねえっ」


 驚くことに、全身を起こしゆっくりではあるが立ち上がって見せたのだ。


〝何という気迫……!〟


 心の中で、シキもまた流堂から発せられる気迫に驚いていた。

 ギロリと、俺と崩原両方を睨みつけてくる。


「……俺は………………強…………」


 最後まで言うことなく、瞳に宿っていた力が消失したと同時に前のめりに倒れていく。

 そこを黒木が支え抱きかかえた。


 人としても男としても、そして敵としても最低だった相手だ。

 だがそれでも、最期の最期まで見せた意地だけは見事だと称賛を送らざるを得なかった。


「あばよ………………刃一」


 崩原も思うところがあったのか、最後に彼の名を呼び静かに瞼を閉じた。

 すると黒木が、絶命したはずの流堂を肩に背負う。


「才斗さん、奴ら逃げるつもりですよ? どうしますか?」

「……放っておけ。アイツにもう敵意はねぇ。そんな奴をいたぶる趣味はねえ」

「で、でも……」


 チャケの懸念は分かる。黒木がもしかしたら復讐に燃えて襲ってくる危険性だってあるのだ。俺でも始末しておいた方が良いと思う。

 ただ……俺の中の黒木像からして、そんなことはしないと考えるが。


「おいお前、どこへ行く気だ?」


 崩原の問いに、黒木は背を向けたまま答える。


「以前この人が言っていた」



『なあ黒木ぃ、もしてめえよりも先に俺が死んだらよぉ、俺の遺体はてめえが処理してくれ。他の誰にも任せるんじゃねえぞ』



「……俺はその遺言を守りたいだけだ。それが……約束を守れなかった俺が、この人にできる最後の償いだからな」

「…………そっか。……行け」

「……感謝する」


 本当に不器用というか律儀過ぎる男だ。黒木拳一。

 かつては栄光を掴んだ男が、クズとしか思えない男に付き従い、その男にも役立たず呼ばわりされたにもかかわらずに、その遺言をきちっと守るとは……。


 きっとそれだけ、流堂に恩を感じていたのだろう。すべてを失った自分を救ってくれた。

 どうせならもっと良い奴が、黒木を救ってくれていたら良かったが……。


 小さくなっていく黒木の姿を皆で見送ると、今度はプツッと糸が切れたマリオットのように、崩原が倒れ込んでしまった。


「才斗さんっ!?」


 すかさずチャケが彼を抱き起こし、急いで車に運んで拠点へと戻ったのであった。









「フンフンフフーンフンフン」

「? どうしたの鳥本さん? 鼻歌なんて珍しいよね。何か良いことでもあった?」


 現在、俺は福沢家にて、環奈と一緒に庭の掃除をしていた。掃除といっても落ち葉拾いではあるが。

 世話になっている以上、こうしてたまに掃除くらい手伝っているのである。


「え? 別にないよ。ただ良い天気だから気持ち良くてつい、ね」

「そうだよねぇ! 快晴だし、こんな時はピクニックに行きたいなー」


 機嫌が良いというのは実際そうなのである。

 まずは先日達成した崩原の依頼についてだ。


 先払いで2000万円を受け取っていたが、攻略報酬として三億も貰うことができたのである。

 正直一億くらいが限界だと思っていたが、意外にも崩原の懐は厚く、ポポンと気軽に支払ってくれた。


 何でもチャケの情報から、流堂が溜め込んでいた資産を奪うことができたということらしい。

 何かの役に立つだろうと、流堂は金目のものも幾らか部下に集めさせ、貸し倉庫に保管していたのだという。


 それを今回、助けてくれた『平和の使徒』と分配することになったのだが、かなりの額が手に入ったことで、俺の取り分も結構なものになったというわけだ。

 『平和の使徒』へ金が入ったのも大きい。また円条を使っての商売を捗らせることができるからである。


 その予定外の収入もそうだが、それよりも大きな収穫が、ダンジョン化した【王坂高等学校】を攻略した時に、獲得した特別報酬のこと。


 あの時、画面には《ダンジョンコア》の入手という文字が刻まれていた。

 当然落ち着いてから調べてみたが、どうやらこのコアを使えば、ダンジョンを造ることができるらしい。


 さらにいうならば、売却も可能で、何とその価値は――十億。


 つまり今回の仕事で、十三億もの対価を得ることができたというわけだ。

 諸々金がかかった仕事でもあったが、その見返りは十二分だったこともあり、こうして上機嫌なのである。


 まだコアは売却するかどうかは決まっていない。

 前回思案していたように、どこかに無人島を購入し、そこをダンジョン化するのも面白いし、十億の大金を手に入れて、さらに生存率を上げるようなものを買うのも良い。


 どっちにするか悩むが、嬉しい悩みでもあるので、ソルやシキとも相談して決めようと思っている。

 それと攻略のあとの崩原たちだが、彼らはまた『イノチシラズ』として活動するらしい。


 今回繋がりを得た『平和の使徒』と同盟を結んだとか何かで、互いに手を取り合って街を守っていこうということになったとのこと。

 崩原の奴は、仲間に裏切られたというのに、まだ仲間を作ろうとしているのだからめげない奴である。


 まあ……チャケはアイツにとって本物だったみてえだけどな。


 確かに最初は裏切っていたチャケだが、それでも最後には崩原のもとへ戻ってきた。愛する彼女を犠牲にしてまでも、彼は憧れを選んだのだ。

 人間、選択するということは、その他のすべてを捨てるということ。


 彼女にとっては最悪な選択肢ではあるし、俺が彼女だったら許せないと思うが、それでもチャケは周りに流されず、自分で選択できる人間だった。

 きっと崩原とチャケの絆は一生ものだろう。切れることのない繋がり。


 別に羨ましいわけじゃない。ただそういう珍しいパターンもあることを知った。ただそれだけの話だ。


「ねえねえ、鳥本さん、ほら見て見て!」

「うん? 何だい、環奈ちゃん?」

「鳥さんたちが楽しそうに飛んでるよ!」


 確かに二羽の鳥が、仲睦まじく鳴きながら飛んでいた。

 いや、その後ろからはもう一羽。三羽が楽しそうに飛ぶその姿を見て、ふと崩原たちのことを思い出す。 


 崩原、流堂、そして彼らの想い人である葛城巴。

 きっと幼い頃は、ああしていつも一緒にいたのだろう、と。

 それがバラバラになってしまった。


 だが一度バラバラになっても、また修復することもある。


「ホント……人間てのはめんどくさい生き物だなぁ」

「ん? 何か言った、鳥本さん?」

「いいや。ほら、焚火で焼き芋を作るんだろ? 早く集めるよ」

「はーい」 


 俺は鳥たちから視線を切り、再び落ち葉を集め始めたのであった。






読んで頂きありがとうございます。


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