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290:新たな帝国

「こいつは凄いな……」


 思わず感嘆の溜息が零れる。俺だけじゃない。オズ以外の全員がこの美しい光景に見惚れてしまっていた。


「……だがオズ、この船は木造だろ? こんなので深海一万メートルの水圧に耐えられるとは思えねえんだが」


 普通なら絶対に崩壊してしまうだろう。それに酸素供給システムとかどうなっているのか。そんなことをファンタジー世界に求めたらダメなのかもしれないが。


「それは大丈夫ん! ボクは《神樹・イデア》でできてるから物凄い丈夫なんだよん!」


 何でも創世時代に神が自ら創造した大樹だという。その若木をドワーツが受け取ることになり、それで《オズ・フリーダム号》を造ったらしい。


「いや、すでにボロボロだったじゃねえか。それによく考えたら何で今無事なんだろうな。お前……幽霊船なのに」

「ボクはこれでも自動再生機能が備わっているんだよん! 時間はかかるけど、ちゃ~んと元通りに戻るし!」

「だったら何でボロボロだったんだよ」

「それは……船長が毎日暴れてたからで……」


 ああ、なるほど。確かにあんな天災野郎が暴走してたら再生が追い付かなくなるのも無理はないか。


「本当はもう再生が破綻するくらいのダメージをあの時負ってて……ボクは死んだって思ってたん」


 あの時……仲間からドワーツを託され、彼の拠点へ運んだ時だろう。


「でも気づいたらボクにはまだ力が残ってたん。そして……船長はああなってたんだよん」


 一体その時、二人に何があってそうなったのかは定かではないが、不思議な力が働いて再び動けるようになったのは確かなようだ。


「じゃあ……幽霊船じゃねえのか。この船は……」

「ボクはまだ死んでないよん! ……多分」


 俺は《鑑定鏡》を取り出してオズを確認してみた。するとちゃんと生きているということが証明され驚いてしまう。


「マジで生きてるんだな……千年の時を超え生き続けてきた船か」


 しかも今度は異世界の海を渡っている。そんな船、きっとこの《オズ・フリーダム号》ぐらいだろう。


「オズ、本当に深海に潜っても大丈夫なんだな?」

「もっちろんだよん! 実際に一週間、帝国に追われて深海に隠れてたことだってあるからねん!」


 一週間も深海に潜り続けられるなら本物だ。


「……よし、じゃあ【マリアナ海溝】へ向かう準備を整える。オズ、浮上して島へ戻ってくれ」

「アイアイアサーだよん!」


 俺たちは遥か海底に待つ遺跡への足を得ることができ、その探索チームを編成するために、一旦島へと戻ることにしたのであった。



     ※



 一方その頃、北海道の【羊蹄山】に取って代わった異世界の大国――【帝国・エルロンド】ではそこかしこから悲鳴や怒号が鳴り響いていた。

 獣耳や尻尾を有する種族――『ガーブル』たちが、何も持たない帝国民である『ヒュロン』を襲撃しては捕縛していたのである。


 そして捕まった帝国民たちは監獄に追いやられ、それまで国政に従事していた者のほとんどが、街の広場に設置された断頭台の前に並ばされていた。


 そう――公開処刑である。


 『ガーブル』たちが見ている中で、帝国貴族やそれに連なる権力者たちの処刑が始まろうとしていた。

 そしてその場を取り仕切るのが、


「我らが同胞たちよ! 我々は永きに亘り帝国に苦汁を舐めさせられてきた! 多くの同胞たちが家畜奴隷として蔑まれ、ひっそりと暮らしていた住処すら追われていた! しかしようやく彼らには天罰が降ったのである! 今日、この日を以て『ヒュロン』の支配は終わりを告げる! これからは我々『ガーブル』の時代だ!」

「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 帝国を支配していたヴォダラを追放し、帝国を解放に導いた立役者の一人――ドラギア・ガレア・オウム・ザレアックである。

 誰もが彼の演説に呼応し盛況に沸いている。


「苦難に満ちた日々であった。ようやくこの日を迎えることができた。これもひとえにお前たち同胞の力があってのこと! 儂はお前たちを誇りに思う!」


 再び歓声が響き渡る。大気や地面が震えるほどに。


「ぐっ……ふざけるなドラギアッ! こんなことをしていいと思っているのかっ!」


 そんな中、声を上げたのは帝国貴族で国政に携わっていた重鎮であるブランスという男だ。現在は白装束を着せられて組み敷かれている。


「貴様らがやったことは平和への冒涜だ! こんな虐殺、許されて良いわけがない!」

「……平和への冒涜……か。それは貴様ら『ヒュロン』の観点のみからであろう」

「何……だと?」

「貴様らは最も数が多いということだけで、自分たちをこの世の支配者だと勘違いし、我々を異端者扱いしてきた。それは歴史が証明しているであろう」

「そ、それは……っ! しかし私たちは荒んだ帝国を立て直すために貴様たちと手を組んでやったのだぞ!」

「手を組んでやった……? その言い方がすでに我々を下に見ている証拠ではないか」

「うっ……!」

「それに帝国の膿を吐き出させたあと、どうせ貴様らはまた『ヒュロン』から王を頂くつもりだったのだろう?」

「と、当然だ! この国は我々『ヒュロン』の国だ! 貴様ら『ガーブル』には相応の国がすでにあるだろうが!」


 確かにドラギアは、【アグニドラ王国】の国王である。しかしもうこの世界にその国は存在しない。


「この国は我らが頂く。本当の支配者である『ガーブル』が覇者となる時代がやってきたのだ」

「ふっ、ふざけるな!」

「そうだそうだ! この手錠を外せ! こんなことをしても無意味だぞ!」

「その通りだ! 今もどこかにおられるニケ様という正統後継者だってご存命なのだ! 帝国の血は、必ずまた復興の灯になるはずだ!」


 口々に貴族たちが喚き散らす。それらを冷たい眼差しを向けながらドラギアが口を開く。


「ニケ……か。確かに懸念材料ではある。だから現在総力を結集して奴を捜索している。無論……抹殺するためにな」

「なっ!? そんな罰当たりなことをして良いと本当に思っているのか! 帝国の血は創造主の血! この世の支配者の血なのだぞ!」

「それは貴様らが勝手に位置付けた偽りの真実であろう。よもや貴様らが崇める帝王が神だとでも思っておるのか? そんなわけがない。神ならばすべてにおいて平等であるはず。しかし貴様ら『ヒュロン』は己が欲望を優先し、他を排するだけしか能がない存在ではないか。それで神を騙るとはおこがましい」


 ドラギアが両腕を頭上へ上げながら、「今の発言を聞いたか」と、衆目を引き付けるように声を張った。


「しょせん『ヒュロン』という種族は、自身が選ばれた存在だと。神の恩恵を授かるべき種だと勘違いし、ここまで歪んだ歴史を形作ってきた。この者たちが歩いてきた道の上には、我らが同胞の無惨な屍は数え切れない。これが『ヒュロン』だ! どうだ同胞たちよ! このような禄でもない奴らの存在を許して良いものだろうか!」


 その投げかけに対し、次々と『ガーブル』たちが、『ヒュロン』を否定するような言葉を発していく。

 その発言を受け、ドラギアはさらに宣告する。


「ならば今日、その忌まわしき歴史に終止符を打とうではないか! 『ヒュロン』における帝国は終わりを告げ、そして『ガーブル』の『ガーブル』による『ガーブル』のための帝国の誕生をここに宣言する!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 この場に集った『ガーブル』たちが、またも賛同する声を上げる。


「だが大国において指導者は必要不可欠だ。どうだろうか、この国の名を新たに【ザレアック】と称し、治める者として儂――ドラギア・ガレア・オウム・ザレアックを認めてはくれないか!」

「いいぞいいぞ、ドラギア王!」

「新たな帝王の誕生だぁぁぁぁ!」

「『ガーブル』バンザーイッ! 帝王ドラギア、バンザーイッ!」


 皆が皆、ドラギアの帝王即位に歓喜する。


「感謝する! この命尽き果てるまで、同胞たちの平和を守るとここに誓う! どうか皆よ、この儂についてきてくれっ!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 こうして永きに渡る『ヒュロン』の帝王政治が終わりを告げ、『ガーブル』による新たな帝王が誕生したのであった。


 そしてそんな新帝国誕生を、建物の屋上からひっそりと窺っていた者がいた。

 全身をローブに身を包んでいるその人物の名はキリエといい、ノアリア付きのメイドの一人である。


「……これは大変なことになったわね」


 次々と断頭台で公開処刑されていく帝国貴族たちの末路を強張った表情で見据えている。


「新たな帝国――【ザレアック】の誕生……このことを早くノアリア様とニケ様にお知らせしないと」


 そしてキリエは、その場から素早く立ち去っていった。





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