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243:弱体化したとしても

 そういえば小百合さんが心から笑顔になったところを見たことが無い。微笑んでいたとしても、そこには心がこもっていないのだ。


 死にたいけど死ねない。求められるままに動くだけの人形。


 きっと俺にはどうしようもできないし、しようとも思わない。それにどうにかできるとしたら、それは俺ではなく小百合さんを本当に必要としている者だろう。

 蒼山がそうだとは思うが、彼女もまたどこか歪んでしまっているし難しいかもしれない。


「ん? どうかしましたら鳥本さん、私の顔をジッと見つめて」


 そんな小百合さんの言葉に対し、俺は「何でもないですよ」と言ったが、その脇でキッと蒼山が睨みつけてきている。言いたいことは何となく分かる。小百合さんにいかがわしい視線を向けるなと、そういったことだろう。


 俺は小百合さんたちに挨拶をしてから自室へと戻った。

 ただ扉の前には仁王立ちをしている釈迦原の姿があり、俺を見つけると「ああ、戻ってきたのね」と素っ気なく口にした。


「聞いたわ、加賀屋さんたちがいなくなったって」


 どうやら他の信者に何が起きていたのかを教えてもらったようだ。

 ただ少し気になったことがあるので聞いてみた。


「君は一緒に出て行かなかったんだね」

「え? 何でよ?」

「いや、だって君も《狩猟派》だし、男狩りを率先して行っていただろう?」

「あーそういうことね。ええそうよ。けど勘違いしてほしくないのは、アタシは加賀屋さんじゃなくて小百合様が教祖だからここにいるってことよ」

「そんなにも小百合さんを慕ってるんだ」

「当然よ。行き場所がないアタシたちに居場所を作ってくれたのは小百合様だもの。考え自体は加賀屋さんと同じだけど、ここから出て行くつもりは……今はないわ」

「今は?」

「……だって、あの子を置いてなんか行けないから」

「……もしかして沙庭さんは中でまだ寝てるのかい?」

「ええ。昨日ちょっと夜更かししたこともあってね。まだグッスリよ。だから入るの禁止だから」

「……ここ俺の部屋だよね?」

「凛羽の寝顔を見たら容赦なく撃つわよ?」


 そう言いながら銃を取り出し突きつけてくる。ああ、それ携帯してるのね。物騒な奴。

 するとガチャリ……と、タイミング良く扉が開き、中から沙庭が顔を見せた。


「あのケイちゃ……! 鳥本様! す、すすすすすみませんでした! 私ったら鳥本様のお部屋で何だか寝ててしまっていて!?」

「あー別に気にしなくて良いよ。それよりも夜更かしはダメだぞ」

「ふぇ?! あ、まさかケイちゃん喋っちゃったの!?」

「……あのことは何も言ってないわよ」


 あのこと?


「そっかぁ……良かったぁ」

「そんなことよりも凛羽、アンタが寝てる間にとんでもないことになってるわよ」

「ん?」


 加賀屋の件を釈迦原がかいつまんで教えると……。


「ええっ!? じゃあ《狩猟派》のほとんどが出て行ったの!?」

「そういうことよ。今残ってる《狩猟派》っていえばアタシと凛羽含めて数人ってとこらしいわ」

「そ、それじゃ男狩りは……」

「もうそんな状況じゃないでしょうね。アタシたちの主な任務は食材集めになると思うわ」

「そ、そっか……」


 沙庭の表情はどこか安堵に満ちていた。幾ら釈迦原が望んでいるといっても、親友が人間を殺している事実は、彼女にとっても心痛なものだったはずだ。だからそれが奇しくもできなくなったことでホッとしているのだろう。


「あーあ、せっかく念願の《狩猟派》になって、これから腐った男どもを滅多殺しにしてやろうと思ったのに」


 コイツ、男を前に言いやがる。


「まあでもとりあえず今は、目の前の問題をどうにかするのが先よね」

沙庭が「目の前?」と小首を傾げる。

「ほら、例のジャングルのことよ」

「あ、確か段々近づいてきてるんだよね?」

「そ、ねえ鳥本、アンタはやっぱりここから逃げた方が良いって思う?」

「そうだなぁ……俺としては真っ先に命を助けることを選択するべきだと思う」

「命?」

「自分や大切な人の命だよ。……多分あのジャングルは、並みの人間にどうにかできる代物じゃない」

「あ、あの! わ、私のスキルを使ってもできないでしょうか?」

「ちょ、凛羽、アンタ何言ってんの!」

「で、でもケイちゃん、私だってみんなのために……ケイちゃんのために何かしたいよ」


 本当に沙庭は良い子だ。稀に見るような純粋な。きっと心から誰かの救いになりたいと思っているのだろう。そうでなければ釈迦原を庇って瀕死になったりはしない。


 そういえば丈一郎さんも馬鹿正直で、真面目な善人だったな。


 思い返すのは、鳥本としてしばらく世話になっていた福沢一家の長のことだ。彼もまた他人のために人生を費やすような出来た人間だった。


 人間の中には当然、こういう連中のような優しい者たちがいることは分かっている。しかしそれでも俺にとっては、やはり信頼できない存在であることには変わりない。理解はしていても心が拒絶してしまうのだ。これはもうどうしようもないのかもしれない。


「沙庭さん、君のスキルは確か《強化》だったよね?」

「あ、はい、そうです!」

「確かに君の力は魅力的だし、使い様によってはどんなことにも対応できる汎用力の高いものだと思う」

「だ、だったら!」

「でもね、君一人で踏ん張ったところでどうしようもないこともある」

「っ……それは……」

「得体の知れない相手と向き合うには、相応の準備と強さを必要とする。スキルもまたその一つだろう。でもたった一つの武器じゃ、強大な相手には通じない。相手はジャングルそのものだしね。君は力を持っているといっても一人の人間なんだから」

「そうよ凛羽。悔しいけどアタシもコイツとおんなじ意見だわ」

「ケイちゃん……」

「今必死に教祖様たちがアタシたちのためにどうするべきか考えてくれてるはずよ。多くの信者を失ったばかりだってのにね。だからアタシたちも、教祖様に応えるためにどうすれば良いか一緒に考えましょう」

「ケイちゃん……うん! そうだね! 私も必死に考える! みんなのためになることを!」

「その意気よ!」


 二人は何とか意気投合できたようだが、実際問題教団ができることは限られている。


 俺としてはこの拠点から離れて、少しでも安全な場所に逃げることをお勧めしたい。Sランクモンスターと向き合うなんて、普通の人間がして良い選択じゃない。


 たとえスキルを持っていたとしても、崩原の《衝撃》や沙庭の《強化》ではどうしようもないだろう。できることにも制限があるし、今回の件に関して役立つとは到底思えない。


 それにハッキリいってベルゼドアを刺激するようなことはしてほしくないのだ。もし暴走でもされれば、こっちが準備していることが台無しになってしまうから。


 ただ時間に追われているのは事実だ。俺もできれば自分が住んでいた街をジャングル化などさせたくない。

 何とかこの数日中に良い結果が得られればと思っているのだ。


 そしてその願いが通じたのか、翌日にオレミア捜索を任せていた《サーチペーパー》からの報告が届いたのである。






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