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23:エリクシルの力

「お、おお! それがそうなのかい、鳥本くん!」

「はい。コレが――《再生薬》です」


 嘘。本当の名前は――《エリクシル・ミニ》である。


 その名前を聞いてピンとくる人も多いだろう。別の言い方をするなら《エリクサー》だ。

 漫画やゲームでもその名を耳にすることは少なくないはず。

 ただ《ミニ》とついていることで、普通の《エリクシル》よりは効果は低いことが分かるはず。


 ゲームなどでは、その効能は万能であり、不老不死になったり、死者すらも復活させることができるという設定が備わっていることもある。


 ただ俺の〝SHOP〟に存在する《エリクシル》に限っては、さすがに不老不死の効果は無いし、無条件では死者も蘇らせることはできない。

 しかし服用すれば、どんな怪我や病だって一瞬で治療できるし、呪いだって解ける。


 部位欠損していても、トカゲの尻尾のように生えさせることだって可能だ。

 また一時間の間は不死身になれるし、死んでも十分以内なら蘇生させることができるという〝とんでもねークスリ〟だ。


 まさに万能薬。こんなものが世に出回れば恐ろしいことになること間違いなしのチート級のアイテムである。


 しかし何度もいうが、今回のは《エリクシル・ミニ》だ。

 その効能は、怪我や病なら一瞬で治療できるというもの。これで十分なので、今回はこちらを使わせてもらう。


「さあ、これを彼女に」


 俺は丈一郎さんに《エリクシル・ミニ》を手渡す。

 丈一郎さんは恐る恐るといった感じで、震えながら受け取り、振り向いて環奈の前に立つ。


「……パパ?」

「環奈、正直なことを聞かせてほしい。もう一度……歩きたいか?」

「え? ……い、いきなりどうしたの?」

「歩きたいか歩きたくないか、どっちなんだ?」

「わ、私は……はは、私はもう大丈夫だってば! 車椅子生活ももう三年だし、さすがに慣れてきてベテランだよ? だから……だからもう私の足のことは――」

「環奈!」

「!? ……パパ」

「お願いだ。聞かせてくれ。お前の心からの願いを……パパに聞かせておくれ」


 突然の問いに戸惑いを見せた環奈だったが、丈一郎さんの真剣な眼差しを受けて、環奈は少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開き始める。


「…………わ、私は………………たいよ」

「ん?」

「私だって! また歩きたいよ! 走りたいよ! サッカーだってしたいよぉっ!」


 声を震わせ涙を流しながら環奈は魂の叫びを放つ。


「ずっとずっと祈ってた! もう一度歩けるようになりたいって! 神様にも何度もお願いしたもん! だって……だってぇ……私のせいで疲れていくパパをもう見たくないからぁぁ……!」


 感極まったのか、丈一郎さんが環奈を強く抱きしめた。


「ようやくお前からその言葉を聞けたな。意地っ張りで、優しいお前は、いつも私のことを気遣って、自分の気持ちを押し殺していた」

「ごめん……ごめんっ……なさい……!」


 もらい泣きをしているようで、美奈子さんも使用人も涙ぐんでいる。


「もう大丈夫だ。この薬が、お前の人生を取り戻してくれる」

「!? ……ほんと?」

「ああ、私がお前に嘘を吐いたことがあるかい?」


 ブンブンブンと環奈が頭を左右に振る。


「パパ……。私……また……歩ける?」

「ああ、もちろん」

「また……パパとサッカーできる?」

「バテて倒れるまで付き合ってやる」

「また……またっ……!」

「治ったら好きなことをうんとやりなさい。今までできなかった分、全部、思いっきり」

「うんっ……うん!」


 丈一郎さんが、ポンッと栓を抜いた《エリクシル・ミニ》を、そっと環奈の手に握らせた。


「これ……飲むの?」


 不安そうな環奈。


「大丈夫。不味くないから、グイッといっちゃっていいよ」


 そこへ俺が後押しをする。

 それでも躊躇を見せる環奈に、丈一郎さんが笑顔で頷きを見せて、彼女を安心させた。


 そして環奈は、意を決して目を閉じながらガラス瓶に口をつける。


「んぐんぐんぐ…………ふはぁ」


 すべて飲み干した直後、彼女の身体をオーロラの光が包み込む。

 当然薬がそのような現象を引き起こすことなど誰もが初見だろう。驚愕している。


 環奈も驚いているが、別に身体に異常をきたしている様子は見当たらない。

 発光現象が徐々に収まってきて完全に消失したので、俺は静寂の中、


「さあ環奈ちゃん、あとは君の勇気しだいだ」


 そう口にしながら、彼女に向けて手を差し伸べる。

 環奈も恐らくもう気づいているだろう。自分の下半身に今までとは違う感覚があることを。ただその違和感に戸惑っている感じだが。


「まずは一歩、君自身の力で踏み出してごらん」


 すると環奈がおもむろに俺の手を取って、まずは右足を震わせた。

 右足が動いた瞬間、俺以外の全員が息を飲んで言葉を失っている。


 環奈は歯を食いしばり、そのまま右足を動かして床にそっとつけた。


 静かに、ゆっくりと前傾姿勢になって立ち上がる体勢を作りそして――。


「――っ!?」


 かつて翼をもがれた小鳥は、今また再び大空へと羽ばたける翼を手に入れた。


「わ、私…………立ってる……?」

「ああ、ちゃんと自分の足で立ってるよ。おめでとう。よく頑張ったね」


 俺は彼女からそっと手を放し、あとは家族水入らずということで、静かに部屋を出て行った。

 部屋の中からは、誰かも分からない泣き声や歓声が轟く。

 

 





「――――本当に何とお礼を言っていいやら! 心から感謝する! ありがとうっ!」


 再び客間に迎え入れられた俺は、家人たちに揃って頭を下げられていた。


「いえ。娘さんを再生することができて俺として良かったですから」


 だって成功しなければ報酬がもらえないからな。


「あ、あの!」

「ん? どうかしたかい、環奈ちゃん?」

「そ、その……ありがとうございましたっ!」

「はは、だからもういいよ。こっちも下心があってのことだから」

「し、下心……ですか?」


 俺はキョトンとしている環奈から視線を外して、「まあね」と口にしながら丈一郎さんを見やる。

 すると丈一郎さんがハッとなって、


「そうだ環奈、今日はパーティをしよう! それにお礼として鳥本くんには美味しいものをご馳走してはどうだ?」

「! うん! 私、お料理する! ママ、四宮さん! 手伝ってくれる?」

「ええ、いいわよ」

「もちろんでございます、お嬢様」


 そう言うと、三人は揚々とした様子で部屋から出て行った。

 その際に、環奈が「楽しみにしててくださいね!」と笑顔で言ってきたので、軽く手を振って応えておいた。


「鳥本くん、何度もしつこいかもしれないが、本当に……本当に感謝するよ。君のお蔭で、あの子の……環奈の心からの笑顔を再び見ることができた」

「いえいえ。もうすっかり大丈夫だとは思いますが、一応病院で精密検査をしておいてくださいね」

「ああ、承知した。ところで報酬の件なんだが……すまない。一体どれほどのものを払えばいいかまったく見当がつかないのだ」


 まあ、そりゃそうか。言うなれば不治の病を治したのだから、それこそ対価は莫大なものになるだろう。


「そうですねぇ。前にも言いましたが、俺はこの力で商売をしています。お金儲けですね」

「そうだね。しかし今の世の中じゃ、お金の価値は無いに等しい存在になってしまっているぞ」

「確かに。ですが今後、日本の……いえ、世界の経済が復活する可能性だってあります」

「それは……」

「不可能ではありませんよ。何故なら不可能だと思われたことを、今ここで可能になった現実を目の当たりにしたじゃないですか」

「! ……言われてみればそうだね。現代医学では不可能とされていた環奈の障害を、君は取り除いてくれたんだった」

「ですから俺はまた元通りの時代がやってくると信じているんです。ですからそのためにお金を貯蓄しておきたいんですよ」

「……分かった。では幾ら用立てればいいんだね? すまないが、銀行は機能していないし、それほど多くの現金を用意するのも難しいのだが」

「……丈一郎さんだけに伝えておきますが、俺にはもう一つだけ変わった能力があるんですよ」


 何か次々と不可思議な設定を作ってしまうが、鳥本の存在そのものがファンタジーみたいなものだし別にいいだろう。


「能力……かい?」

「はい。よろしければ預金通帳を持って来て頂けますか?」

「あ、ああ……今すぐ持って来よう」


 そう言うと、彼は一旦その場から出て行った。






読んで頂きありがとうございます。


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