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21:再生師・鳥本

「さて……まずは自己紹介をしましょうか」

「ならば私からさせてほしい。私は福沢丈一郎。医者で、この幼稚園にも定期的に診察に寄らせてもらっている。以後よろしく願いたい」


 以後よろしく……ね。


「丁寧な自己紹介痛み入ります。俺……僕は鳥本健太郎と言いまして、職業は――」

「――『再生師』」

「おや。ご存じでしたか」

「失礼だが、私は勉強不足でね。『再生師』という職業を聞いたことがないんだ」


 そりゃそうだろう。だってインパクトがあると思って俺が作った創作職業なんだから。


「一体どのような仕事をされているのかね?」

「そうですねぇ。『再生師』というのは僕の一族だけが名乗っている肩書のようなもので、職業といえるかどうかは謎ですね」

「一族……?」

「まあその一族も、僕を残して死んでしまいましたが」

「!? それは……すまない。不躾なことを聞いてしまった」

「いえ、お気になさらないでください。元々鳥本一族は〝ある能力〟が備わっているせいか、短命な者が多かったんです」

「ある……能力?」

「ええ。そしてその能力こそ、僕の……鳥本の仕事に繋がる重大なもの」

「…………!」

「僕には――《再生薬》を精製することができるんです」

「再生……薬だって? ど、どのような効果があるのかね?」


 段々語気が荒くなってきた。食いついてきた証拠か。


「その名の通り、生物のあらゆる部分を再生することができる薬です」

「バカなっ! そのような万能薬などあるわけがない!」

「そう、あるわけがない。だからこそ僕たち一族は、この力をずっと秘匿し続けてきたんですよ」

「秘匿……」

「だってそうでしょう? もしこの力が公になればどうなります? 間違いなく一族は国に囚われ、死ぬまで利用されるでしょう」

「それは……むぅ」


 反論できないのか、丈一郎さんは言い淀んでいる。


「だから一族はこの力を秘匿し、その秘密をずっと守ってきました。他者との交わりを一切持たず、誰も来ないような山奥でひっそりと軟禁のような暮らしを続けてきたんです。ですが最近、一族は僕を残して滅んでしまいました。そこで僕は思いました。もう鳥本の掟に縛られることはないのでは、と」

「そこで人里に出てきた……そういうことかい?」

「その通りです。せっかく自由になれた。だったら好きなことをして生きたいと。そのためには食べ物やお金などが必要で、僕はこの力を使って商売を始めたんです」

「商売……ということは、その薬を売ってきたと?」

「はい。ただまあ貧しい人たちからはさすがに受け取れませんでしたね。あくまでも裕福で余裕のある家からお金と引き換えに薬を売りました。……そんな力を商売にすることに嫌悪しますか?」

「! い、いや、そんなことは思わない。……私だって医者だ。この腕で多くの人を救ってきた自負はあるが、決して……無料で行ってきたわけではない」


 その通りだ。そうでなければ、あんな立派な家に住むことなんてできるわけがない。


「分かってくださる人で良かった。中にはいるんですよ。そんな力があるなら、無償で人助けをするべきだって! 分かってないですよね。《再生薬》だってタダじゃないっていうのに」


 俺の言葉に何か思うところがあったのか、丈一郎さんは難しい表情で押し黙っている。

 彼は人格者だ。それこそ彼の『赤ひげ』を彷彿とさせるほどの。


 だからこそ、できれば無報酬で医術を施せるような環境があれば良いと思っているのかもしれない。そんな夢物語など存在しないということもまた、熟知している故の葛藤だろう。


 それにしても俺、詐欺師になれるかもなぁ。


 よくもまあこんなデタラメ話を思いつくもんだと自分で怖くなる。

 今度小説でも作ってみるかと筆を執ってしまいそうだ。


「君の一族のことは理解できた。……その、聞きたいことがあるのだが……」

「《再生薬》の精製について? もしくは薬そのものを手にしたい、ですか?」

「こ、後者だ」

「何故製法を聞かないので? ほとんどの者はまずそちらを聞いてきますが」

「鳥本一族にしか精製できないのだろう? だったら聞いても無意味だ」

「ふむ。……では《再生薬》を手に入れて何を? 分析して少しでも万能薬に近づけるために研究しますか? 量産するために」

「……もう分かっているだろうに。意地悪なのだね、君は」

「はは、すみません。今まで医者と会ったら、何が何でも僕を懐に入れようとしてきたので。この力を利用するためにね」

「まあ、同じ医師としては気持ちは分かるが。だが君の気持ちを蔑ろにして強制するようなことはしたくない。それは人として行ってはいけないことだ」


 ……本当に真面目で素直な人物だな、この人は。


 きっと良い人で、良い夫で、良い父で、良い……医者なのだろう。


「見たところ福沢先生自身が薬を欲している様子はない。……ご家族か親戚か、病に苦しんでいる方がいらっしゃるんですね?」

「っ……ああ、そうだ」

「どなたですか?」

「私の娘――環奈だ」


 やはりこの人は、いまだ強く娘の動かなくなった下半身の復活を願っている。


「一つ聞きたい。君の薬を服用すれば、麻痺で動かなくなった部位でも動けるようになるのかね?」

「……娘さんはどこか障害を抱えてらっしゃるんですね?」

「ああ。三年前――山にハイキングに行った際、ぬかるんだ地面に足を取られてそのまま崖下へ転落してしまったんだよ」

「それは……不運でしたね」

「幸い命は助かったもののね、脊髄に強い衝撃を受けてしまったせいで、下半身が麻痺してしまったんだ」

「なるほど。脊髄損傷ですか」


 脊髄などの中枢神経は、一度損傷してしまうと修復や再生することはほぼ不可能とされている。少なくとも現代医学では困難とされている障害なのは確かだ。


「あの子の足を治すため、あらゆる手を尽くしてきた。でも……ダメだった。私は……私は何て無力なのか! 何故神は私ではなくあの子の未来を削り取ったのか! あんな優しくて良い子をっ…………残酷過ぎるっ!」


 すると何を思ったか、丈一郎さんが両膝をつき、そのまま頭を下げた。


「もし君が本当に人体を再生させられる力があるのなら、どうか……どうか娘を助けてはもらえませんか。何でも致します。どうか……お願い致します!」


 床に頭を擦りつけ嘆願する丈一郎さん。

 本来ならこんなことをするような立場の人ではないだろう。それこそ病院では皆に崇められるほどの人物なのだから。


 しかしそんなことよりも、この人は娘のことを想うとなりふり構っていられないのだ。

 娘のためならプライドや自尊心など必要ないのだろう。


 俺は不意に、他界した親父がフラッシュバックした。

 親父は男手一つで俺を育てていたが、その上で俺のために他人に頭を下げたことだって何度もあっただろう。

 すべては俺という息子に何不自由ない生活を送らせるために……。


「……頭を上げてください、福沢先生。お話は分かりました」

「で、では!?」

「はい。微力ながら、僕の『再生師』としての力を振るわせて頂きましょう」

「おお! あ、だが……その、君の力を疑うわけじゃないが」

「信じられませんか? まあこんな突拍子もない話を、証拠も無しに真に受けるのもどうかと思いますが。ただ涼介くんの症状を治したのも《再生薬》ですよ?」

「それは聞いているが……」

「今はとにかく僕を信じてみてください。大丈夫。実は前にも同じ症例を治したことがあるので」

「!? それは心強い! で、ではさっそく私の家に来てもらいたいのだが!」

「はい、喜んで」


 こうして俺は、希望に満ちた表情を浮かべる丈一郎さんとともに、彼の車で福沢家へと向かって行った。






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