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209:凛羽の背景

 『乙女新生教』の拠点である教会へと戻ってきた俺は、護衛という名の監視付きなら、敷地内でウロウロしていいと許可され、釈迦原たちを引き連れて教会の裏へと来ていた。


 そこは菜園が広がっていて、少しでも自給自足の足しになるように信者たちが拵えたものだという。


 そうだよなぁ。コイツらだって食べなきゃ生きていけねえし。


 百人以上もの規模だ。皆が飢えないようにするには、相応の食料だって必要になる。

 当然彼女たちも、街へと繰り出しコンビニやデパートなどの無人になった場所で漁ってきただろう。


 だがそれだって無尽蔵ではない。また他の者たちだって、同じように食料を欲して探し回っているはずだ。

 こうした本格的な自給自足が必要になってくるのも当然である。


 少し前は、腹が減ったらコンビニで簡単に食べ物は買えたのになぁ。


 何だか昔の日本に戻ったようだ。とはいっても、そんな時代を生きた経験もないので、映画や漫画などの知識で想像することしかできないが。


「野菜はともかく、たんぱく質……肉とかはどうしてるんだい?」


 俺は菜園の説明をしてくれていた沙庭に聞いてみた。


「『探索派』が山とか川、それに海に行って調達してきたりします」


 前に聞いた男を狩る『狩猟派』とは別の派閥である『探索派』。こちらは主に食料探しがメインらしい。


「最初は私とケイちゃんも『探索派』に所属してたんですよ」

「へぇ、それが今じゃ『狩猟派』?」

「……はい」

「何よ、悪い?」


 いちいち突っかかってくる奴だな。


「別に悪いなんて言ってないだろ?」


 俺が苦笑気味にそう言うと、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。


 何だかいつも以上にどこか機嫌が悪い。少し前に、お化け関連でからかったことをまだ根に持っているのだろうか?


 ただそれにしては、先程から溜息が何度も出ている気がする。それは沙庭も気づいているようで、何かと彼女に視線を送っていることを俺は知っていた。


「え、えと……そうだ、鳥本さん! 鳥本さんは旅人さんなんですよね?」


 変な空気を一新しようと思ってか、沙庭が慌てたように話しかけてきた。


「そうだね。いろんなところを回ったよ」


 実際に日本全国回ったことはある。ただ幼い頃に、親父に連れられてではあるが。


「旅をしててどんなところが一番良かったですか?」

「う~ん、そうだなぁ……どこもそこなりの風情があって素晴らしかったけど、やっぱり……富士山のてっぺんに立った時は感動したね」

「富士山!? 富士山に登ったことがあるんですか!」


 何やら若干興奮気味のような気がして、少し戸惑ってしまう。


「あ、その……すみません。実は私……山が好きで」

「ほう、何でか理由聞いてもいいかな?」

「あ、はい。とはいっても、大した理由じゃないですよ? 私のお父さんが登山家で、よく私も一緒に登山したことがあったんです。だから私も何となく山が好きになって」


 お父さん……そういえば、コイツらの両親……家族はどうしているのだろうか?

 もしいるとすれば、彼女たちがここにいることを知っているのか?


「それに……ケイちゃんも。そうだよね、ケイちゃん?」

「まあ……毎回しんどい思いさせられるけどね」


 不愛想にだが、釈迦原は確かに返答してくれたことが嬉しかったのか、沙庭が嬉しそうに破顔する。


「えへへ。お父さんってば、ケイちゃんのことも実の娘みたいに思ってたからね。あ~あの時は楽しかったなぁ」


 一緒に登山していた時のことを思い出しているのか、遠い目をしながら懐かしそうに言う。


「そうね。けど……一緒に富士山に登ることはできなかったわ」

「……うん」


 二人の表情が陰ったのが不思議で見つめていると、申し訳なさそうに沙庭が説明してくれた。


「あ、その……私のお父さん、死んじゃってしまっていて……」

「! ……病気か何かで?」

「事故よ。それも外国の山を登ってる途中で遭難してね」


 もちろん懸命な捜索が行われたが、そこは一年中雪に覆われた厳しい山であり、結果……沙庭の父は見つからなかったという。


「じゃあまだ死んだと決まったわけじゃないんじゃないかな?」

「そんな下手な慰めなんかいらないわよ。この子のお父さんが行方不明になってからもう三年以上も経ってるんだから」


 なるほど。それならもう生存は絶望的だろう。

 仮に生き残って街に降りているなら、何かしら沙庭に連絡が行くはずだからだ。


 三年以上、何の音沙汰もないということは……そういうことなんだろう。


「すまないね、悲しいことを思い出させてしまった」

「あ、いえいえ! 私としてはもう割り切ってますから! ……まあ、最初は本当にずっと泣いてばっかりで……けど、いつも傍にはケイちゃんや、ケイちゃんの家族がいてくれたから」

「……? 続けて不躾な質問になるかもしれないけど、君のお母さんは?」

「小さい頃……病気で。だからあまりよく覚えてなくて」


 この子……境遇が俺と似通ってるな。


 ついそう思ってしまった。俺もまた小さい頃に母親を亡くして、それからは男手一つ、親父が俺を育ててくれた。でもそんな親父も今はいない。


「ケイちゃんには本当に助けられてて。ずっと一緒で……家族で、だからこれからも、ね?」

「……そうね」


 その時、若干気になった。俺は釈迦原のことだから、てっきり「当然よ」くらい言い切ると思っていたのだ。


 それなのに何故か不安こそ覚えさせるような淡々とした声音だった。当然それは沙庭も気づいた様子で、「ケイちゃん? もしかしてどこか具合が悪い?」と聞いたのだ。


「な、何でもない…………いえ、そうね、ちょっと頭痛がするだけよ」

「た、大変だよ! すぐに安静にしなきゃ! ほら、医務室へ行こ!」

「ちょ、大丈夫よ! 一人で行けるから! だからアンタは、そいつを案内してやんなさい!」

「え? ケイちゃん!」

「だからマジで大丈夫だから! けど鳥本! アンタ、ちゃんと凛羽の言うこと聞きなさいよね! 怖がらせたりしたらタダじゃおかないから!」


 そう言うと、釈迦原はそそくさとその場を去って行った。





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