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12:決別

 まさかコイツまで炊き出しを利用していたとは……。

 まあ同じ地区に住んでいるんだし、こういうことも十二分に有り得るのだが。

 俺はいまだに固まったままの十時に告げる。


「……十時、お前……姉ならこんな小さい子を一人にするな」

「え? あ、えと……ごめんね」

「俺に謝ってもしょうがねえよ」

「そ、そうだね……。まひな、一人にしてごめんね?」

「ううん! たのしかったー!」


 まーちゃんは何で自分の姉が叱られているか分かっていないだろう。


「じゃあな、次からは気をつけろよ」


 俺はソルを肩に乗せると、その場から離れようとする。


「――待って!」

「待たない」

「お願いっ、坊地くん!」


 ちっ、大きい声出すなよな! 見ろ、何人かこっちに注目してるじゃねえか!


「坊地くんっ!」

「…………はぁ。何か用でもあるのかよ?」

「あ……えと……その、この子がお世話になったみたいだし、何かお礼でも」

「いらん。以上」

「だから待って!」


 今度は腕を掴んできやがった。どうやらコイツが満足するまで離してはくれないようだ。

 しかし何故か、掴んだ彼女の手がプルプルと震えている。顔もどこか不安気で、申し訳なさそうな感じだ。


〝ご主人、ソルが追っ払います?〟

〝いや、別にいいよ〟


 俺は深い溜息のあと、ゆっくりと十時に振り向く。


「こっちも暇じゃねえ。ほんの少しだけだぞ」


 まあ、ここは教室じゃないし、王坂もいねえから、少しの間くらいなら面倒なことにはならないだろう。

 俺は三人で公民館の方へ行き、近くにあるベンチに座った。


 まーちゃんは少し離れたところでソルと一緒に遊び、俺は隣に座っている十時が話してくれるのを静かに待つ。


「……あのフクロウ、ペット?」

「まあな」

「何ていう名前なの?」

「さっきからお前の妹がソルちゃんって言ってるが?」

「あ、ごめんね。そうだよね」


 一体何の用なのか。さっさと本題に入ってほしいのだが。


「お前、親は?」

「あ、その……うちはお母さんしかいなくて……」

「そうだったのか」

「う、うん。お母さんはその……ちょうど海外へ仕事に行ってて。すぐに帰ってくる予定だったんだけど、こんなことがあって……」


 つまりタイミングが悪かったというわけだ。


「……その、坊地くんも無事だったんだね?」

「見りゃ分かるだろ……って、俺も同じ質問したしお相子だな」

「……うん。けど……」

「何だ? クラスの連中は全員死んだか?」


 すると一気に彼女の表情が強張り真っ青になって口元に手を当てた。

 適当に言ったが、マジで全員死んだのか?


「っ…………みんな……ね、鬼みたいな怪物に……」

「殺されたってわけか?」


 コクリと頷くと、そのまま十時は続ける。


「全員ってわけじゃない……と思う。でも逃げられたのは……数人くらい……」

「へぇ。王坂の奴も死んだのか?」

「!? ……ううん。石田くんを盾にして真っ先に逃げ……ちゃった」

「ちっ、悪運の強い野郎だな。死んでくれてた方が世の中のためだったもんを」


 とはいうものの、実際のところはどうでもいいが。

 しかし取り巻きの石田を盾に、ねぇ。想像通りの展開だし、何ら不思議じゃない。


 ああいう奴は、どんな手段を講じてでも生き抜こうとするだろう。たとえ肉親だとしても利用し、蹴落とすくらいは平気でする。


「あの時……坊地くんはその……どこにいたの?」

「いつも通り校舎裏だ」


 それだけで意味は通じたのだろう。十時は気まずそうに「そ、そう」と口にした。


「それで? 話したいことってのはクラスのことか? 別に聞きたくもねえんだけど?」

「ち、違うの! その……そうじゃなくて……」


 目は泳ぎ、両手の指が引っ切り無しにモジモジと動いている。表情は不安そうに歪み、口が小刻みに震えていた。

 俺は早く喋ってくれと思い黙っていると、ようやく意を決したのか、十時がベンチから立ち上がって、俺に向かい頭を下げたのである。


「ごめんなさいっ!」

「……あ?」


 いきなりの謝罪に、思わずポカンとしてしまったが、何となく彼女の言いたいことが分かった。

 それでも一応確かめるように聞く。


「……何で謝る?」

「っ…………わた…………私は…………坊地くんを見捨てた……から」


 やっぱりそういうことか。


 十時とは一年の頃から同じクラスだった。

 とても気立てが良く、変に着飾ったりしないし、またルックスも良いので男女ともに人気の生徒である。


 俺みたいなどこにでもいるような男子にも笑顔で話しかけてくれる優しい女の子だ。

 入学してから男子に告白された件数もかなりのものだと聞いたことがある。


 真面目だし、話しかけやすいし、俺も一年の頃はコイツとも笑顔で会話をしていた記憶があった。

 何度かクラスの連中と一緒にではあるが、カラオケにも行ったことがある。

 つまり普通程度に仲の良いクラスメイトといった感じだろうか。


 しかし二年に上がり、彼女の態度は一変した。

 厳密に言うと、彼女だけじゃなく周りすべての人間が、だが。


「見捨てた……ね。別に、しょうがねえだろ。誰だって王坂を敵に回すのは怖いだろうしな」


 それが人間の弱さであり、自衛手段だ。別におかしいことはないし、当然の行動である。

 誰だって俺みたいにイジメられたくはないだろう。そもそも今まで王坂のイジメに耐えて来られた生徒は俺だけで、他の連中はこぞって退学か転校している。


「でもっ! ……でも…………やっちゃいけないことだった」

「何だよ、後悔してんのか?」

「…………」

「あのな、俺がお前にいつ助けを求めた?」

「え?」

「俺が誰かに助けてくれって言ったか? 言ってねえよな? それなのに俺を助けられなくて後悔してる? 自惚れんなよ、十時」

「坊地……くん」

「確かに俺は執拗に毎日毎日、あの王坂にイジメられてた。けど俺は一度も誰かに救いなんか求めなかったし、王坂にも屈しなかった。俺は一人でも十分戦えていたんだよ」


 実際にあのまま高校生活を送る覚悟はあった。

 あんなクソ野郎に負けて逃げるなんて俺の美学に反していたから。

 王坂に教えてやりたかったんだ。お前でも勝てない相手がいるってことを。


「だから勝手に俺を哀れんでんじゃねえぞ」

「でも……それでも坊地くんを見捨てたのは変わりないよ! 一年の頃、坊地くんは私が困ってる時は手伝ってくれた! ううん、私だけじゃない! 他の人が困ってたらいつも率先して手を貸してたよ! 私それいつも見てた!」


 えぇ……そんな恥ずかしいの見てたのかよ。


 あまりそういうことを公言しないでほしいんだが。


「それなのにみんなみんな! 私だって……王坂くんが怖くて…………目を逸らしちゃった。恩を……仇で返したのと同じだよ」

「だから気にすんなって言ってんだろ」

「気にするよっ!」

「! …………」


 コイツがここまで熱い奴だとは思わなかった。ちょっとキツイことを言えば押し黙るものだとばかり……。


「……でもそうだね。これは坊地くんの言う通り、多分自己満足。謝って楽になりたいっていうワガママ……なんだと思う」

「だったらもうこれでいいだろうが。謝罪を受けた。それでもう終わりだ」

「終わり…………」

「んだよ? それ以上懺悔したけりゃ教会にでも行け。いいか、俺はお前には何も期待してねえし、一年の頃みたいに接しようとも思わん」

「!?」

「ま、お前だけじゃねえけどな。俺はもう人間には期待してねえし。これで……終わりなんだよ。それに世界がこんなことになっちまったんだ。今日は偶然だったが、もう会うこともねえだろうしな」

「っ…………」

「お前ももう俺のことなんか忘れちまえ。その方が気楽に生きることができるぞ」

「……こんな状況でも、坊地くんは優しいんだね」

「……は? お前、頭大丈夫か?」


 するとそこへ大声を出した十時を心配したのか、ソルを抱いたまーちゃんが近づいてきた。


「ケンカしてゆの? おねえちゃん? おにいちゃん?」


 あーもう、こういうところをガキには見せたくねえってのに。


「悪いな、まーちゃん。そろそろ俺も家に帰るわ。――ソル」


 ソルがまーちゃんの腕の中から俺の肩へと戻ってきた。


「えぇー、もうあそべないの?」

「また今度な」


 今度なんてあるわけがないが、俺はそう言いながらまーちゃんの頭を撫でた。


「……坊地くん」

「……もう一度だけ言う。俺のことは忘れろ。お前はその子と一緒に、これからどう生きていくかだけを考えるんだな」

「…………ごめんね。ごめんっ…………なさい」


 俺は彼女の涙声を背中に受け、そのまま公民館を出て行った。






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