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99:庭の蕾

「危険? その弟が、か?」


 確かに見知らぬ場所に放り出された7歳児という立場を見れば危険以外の何物でもないが。


「確かにあの子の身が危険ということもあるが、それよりも私が懸念しているのは弟に近づく周りの者たちだ」

「は? どういうことだ?」

「…………先程私が知っているユニークスキル持ちは一人だけだと言っただろう?」

「……ああ」

「その者こそが、我が弟――イオルのことなのだ」

「……はあ?」

「イオルのスキルは――《プラント》。自由自在に植物を操作し、また生み出すことができる能力なのだよ」



     ※



「ようやくギプスが取れたっていっても無茶はしちゃダメよ、恋音」


 わたしは病院からの帰り道、車を運転するお姉ちゃんに言われ「分かってるよ」と返事をした。


 少し前、公民館に妹のまひなと一緒に身を寄せていたわたしは、タイミングの悪いことにそこがダンジョン化してしまい、逃げる最中に右足を骨折してしまったのだ。

 幸い綺麗に折れていたということもあり、ずいぶんと早くギプスを取ってもらうことができた。


「おねえちゃん、まだいたいの? いたいのいたいのとんでけ~ってする?」


 我が家の天使であるまひなが、隣で足を擦ってくれる。本当に可愛い。公民館ではこの子だけが取り残されてしまったものの、ある人のお蔭で無事救出された。


 わたしはその人のことを心から感謝し、いつか恩返しをしたいと思っている。

 だからできるだけ早く治ってほしいと毎日祈っていた。


「それでお姉ちゃん、本当にこれから家に戻るの?」

「そうよ。これからは私も一緒だし安心なさいな」

「でも……もしかしたらダンジョン化するかも……だし」


 お姉ちゃんは、今まで地方に住んでいて一緒には住んでいなかった。

 世界が変貌したあとで、わたしたちのことが心配になって駆けつけてくれたらしい。


 お母さんも運悪く海外で仕事をしていて、いまだに音沙汰はない。無事だといいけれど。

 そんなわたしは、まひなと二人だけで家で生活するのは心配だったため、大勢の人たちが身を寄せる公民館にお世話になっていたのだ。


 だからまだ家はダンジョン化していなかったし、住むことはできるかもしれないが、公民館のように突然ダンジョンと化してしまう危険性だってある。


「結局どこに行ったってダンジョン化の危険はあるわよ。だったら住み慣れた場所の方が、何かと動きやすいでしょ?」

「それはまあ……そうかもしれないけど」

「まひなだって、自分のおうちに帰りたいよねー?」

「うん! まーちゃんね、みんないっしょがいい!」

「あんもう! 本当に良い子ね、まひなは! さすがはマイエンジェル!」

「どうせわたしは天使じゃありませんよーだ」

「あらら、拗ねちゃった? 恋音ったら可愛いわね~」

「お姉ちゃん!」

「あはは、ごめんごめん~」


 まったく、いつもお姉ちゃんはわたしをからかってくるんだから。

 でも久々の自宅だ。お姉ちゃんはああ言ったが、実際楽しみなのは事実である。


 やはり住み慣れた自分の家が一番だから。

 ただお姉ちゃんの車でこうして街中を走っているとよく分かる。


 いつもは大勢の人で賑わっている大通りには人っ子一人いないし、建物からも一切の人気がない。まるでゴーストタウンにでも彷徨いこんだ感じだ。

 たった数ヶ月でまさかこんな現状になるなんて誰が思っただろうか。


 こうして流れゆく景色の中、きっと幾つかの建物はダンジョン化していて、恐ろしいモンスターだってウロウロしているはず。

 わたしは学校と公民館で遭遇したダンジョン化を思い出し身震いした。


 どれも突然の出来事で、ただただ戸惑い逃げたり隠れたりすることしかできなかった。

 わたしは運よくこうして命があったものの、多くの人たちが亡くなった。わたしの前で死んだ人たちもたくさんいる。


 人間……いや、わたしは無力なんだなってつくづく思う。


 そんな中、あの人――わたしの元クラスメイトである坊地日呂くんだけは違った。

 凶悪なモンスターたちが蠢くダンジョンに一人で乗り込み、見事まひなを救出してみせたのである。


 まひなから聞いた話だが、モンスターも彼は自分の手で倒していたのだという。

 一体何故彼はそこまで強くあれるのだろうか。


 学校に通っていた時も、すべてが彼の敵になりイジメられていたにもかかわらず、毎日学校に来ては決して誰にも屈することはなかった。


 あの強さの根幹にあるものが知りたい。そして自分もまた坊地くんのように強くなって、まひなやお姉ちゃんを守りたい。


「さ、着いたわよ」


 考え事をしているうちに家に到着したようだ。

 車が車庫に入り、それから扉を開けて外へ出る。もちろん警戒しながらだ。


 どうやら家はまだダンジョン化していない様子である。とはいっても、お姉ちゃんとまひなは、わたしが入院している時もこの家に住んでいたので、今日病院へ迎えに来てくれるまでは平和だったということは分かっていたのだが。


 玄関に入り、懐かしい我が家の香りを一身に受ける。


「ん~久々だなぁ~。お姉ちゃん、わたし荷物を部屋に置いてくるね」

「一人で行ける?」

「大丈夫だってば。怪我だって治ってるんだし心配し過ぎ」


 わたしは荷物を持って二階へと上がっていく。まひなもトコトコとわたしの後ろをカルガモの赤ちゃんのようについてくる。


 自分の部屋へ入るが、少し埃っぽい感じがした。さすがにしばらく掃除をしていなかったからだろう。

 わたしは窓を開けて換気をしながら大きく伸びをする。


 気持ちの良い風が頬を撫で、わたしは何気なくここから下に見える庭に視線を落とす。

 そうしてガーデニングが趣味のわたしは、育てていた花が枯れていないか確かめる。今の世の中、水も貴重な資源なので、おいそれと花に水やりはできない。


 だから枯れていても仕方ないのだが……。


「…………え?」


 思わずソレを見て言葉を失ってしまった。

 何故なら庭の片隅にある花壇に、見慣れない蕾があったからだ。


 しかもその大きさが尋常ではない。咲いたらラフレシアぐらいあるのではないかと思うほどの巨大さだ。

 もちろんそんな花を育てた記憶なんて無い。故に何でそんな蕾がそこに生えているのか理解ができなかった。


「ま、まひな、ちょっとお姉ちゃん下に降りるね!」


 まひなは部屋の中にあるクマのぬいぐるみを持って遊んでいたが、わたしがそう言うと、「まーちゃんもー!」と一緒に階下に行くことになった。


「あ、二人とも、今晩のおかず何しようか?」


 キッチンにいたお姉ちゃんが声をかけてきたが、わたしは「あとで!」と言って、慌てて庭へと出た。

 そして例の蕾を視界に捉えるが……。


 ……やっぱり見たことなんてない。もしかして……モンスター?


 そういうモンスターだっているかもしれない。蕾に化けて近づいてくる人間を襲うといったような。

 どこかのダンジョンからフラフラとここへやってきたのではと思い背筋が凍る。


 けれど何故だろうか。こうして近くで見てみて、そんな危険なものじゃない気もしてきた。

 綺麗な桜色の蕾で、よく見れば淡く発光しているようにも見える。間違いなく日本に存在する植物ではないので怪しさ爆発ではあるが……。


 何て言うのか、優し気なオーラのようなものが発せられているような感じがするのだ。


「わぁ! おっきなおはな~?」

「あ、ダメ、まひな! 近づいちゃ!」


 好奇心にかられたまひなが、固まっているわたしの脇を通り抜けて蕾へと駆け寄っていく。

 わたしは急いで止めようとしたが遅く、まひなが蕾に触れてしまった。


 すると突如、蕾から眩い光が放たれる。


「ま、まひなぁぁぁっ!?」


 わたしは大切な妹の名前を呼びながら手を差し出す。


 もし凶悪なモンスターだったらまひなは……!


 そんな恐ろしい考えが脳裏を過ぎった直後、光がシュッと勢いよく収束した。

 そして再び蕾を見たわたしは、またも絶句して立ち尽くしてしまう。


 何故なら巨大な蕾は、いつの間にか花開き、その中には――――小さな子供が横たわっていたのだから。






読んで頂きありがとうございます。


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