閑話9 山葉季子の3年間~オメーは前衛芸術家か?~
(やってしまった!)
高校1年の4月。
入学してから、1週間が経った頃だ。
山葉季子は、自らの迂闊さを呪った。
ノートの隙間からヒラリと教室の床に舞い落ちた、1枚のルーズリーフ。
それを隣の席の男子生徒に、拾われてしまったのだ。
自分とその男子生徒以外、誰も居ないことが不幸中の幸いだろうか。
教室移動で、他の生徒達は既に教室から出ていた。
(うわー、安川君だ。私この人、ちょっと苦手……)
安川賢紀。
まあ、見てくれは悪くない男子だ。
キラキラした超絶イケメンというわけではないが、顔のパーツが平均的に整っている。
「80点かな?」という評価を、季子は勝手につけていた。
しかし彼の場合、その雰囲気が問題なのだ。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
とにかく無表情。
ノーリアクション。
そんな彼のことを、季子は心底不気味だと思っていた。
(そんな相手に、アレを見られるなんて……)
彼によって拾われてしまったルーズリーフには、季子の手によるイラストが描き込まれている。
やたらと耽美な、妖しい色香漂う少年のイラストが。
1か月後に参加予定である、同人誌の即売イベント。
それ用に描くつもりだった、漫画のキャラクターだ。
季子は中学校の時、ノートに描いていた同じようなイラストをクラスの男子達に見られてしまった。
当時は「キモい」と馬鹿にされ、しばらくは女子からもいじめられた。
それ以来学校で絵を描いたり、持って来たりするのを徹底して避けていたのだ。
だが今回、季子は焦っていた。
同人誌即売イベントの日が迫っているのに、オリジナルキャラのイメージが固まらなかったことに。
それで授業中につい、ラフスケッチを描いてしまったのだ。
(……なんか、リアクションしてよ)
数秒経過したにもかかわらず、無表情な安川氏の手足は微動だにしない。
ずっと、季子のラフスケッチを見つめている。
眼球の動きからして、細部まで目を走らせているようだ。
「いいな。山葉は絵が上手くて……。俺は絵心ゼロだから、羨ましい」
(えっ!? 褒めてくれたの!?)
季子は今まで、自分の絵を褒めてもらえた経験が無かった。
家族からは、「絵なんて書いていないで勉強しなさい」と言われてきた。
同じ趣味を持つサークルの仲間達からも、特に評価はされていない。
絵を評価されただけで、自分の人格まで肯定されたような気がする。
季子の心は、軽くなった。
(安川賢紀……か……)
ラフスケッチを返すと、何事も無かったかのように教室を後にする安川氏。
その背中を、季子は興味深げに見送った。
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翌日から安川賢紀を観察することが、季子の日課になった。
注意を向けてみると、なかなか奇妙な男だ。
クール系キャラかと思っていたが、とんでもない。
季子と同じか、それ以上のガチオタだ。
彼は休み時間に入るとイヤホンを着け、堂々とスマホでロボットアニメを見ていたのだ。
しかもやたらと、マニアックそうな作品。
主人公のロボットと敵のロボットが、全く同じデザインで見分けがつかない。
男子も女子も、周りでヒソヒソと囁き合いながらドン引きしている。
しかし、全く気にしていない安川氏。
「オタクで何が悪い?」と言いたげな、泰然自若とした態度。
そんな安川氏に、季子は少し尊敬の念すら覚えた。
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ゴールデンウィークが明けた頃、安川氏に仲間ができた。
益城群。
重度のガンマニアで、それを学校で隠そうともしない。
性格は明るく、社交的。
スラリと背が高くて180cm以上あり、顔も賢紀とは違ってキラキラした本物のイケメン。
なのに校則無視でモデルガンを校内に持ち込み、銃について熱く語ってしまうという有様。
彼は硝煙の幻臭を放ち、周囲から男子も女子も遠ざけてしまっている。
安川氏と益城氏を、面と向かってからかう者はいない。
益城氏が滅茶苦茶にケンカが強く、不良達からも恐れられているからだ。
「え? マジか? ロボットアニメとかの銃って、トリガー引かないのか?」
「ああ、作品によるけどな。手の平から、撃発信号を送るって設定の物が多いな」
「じゃあなんで、トリガーがあるんだよ!」
「撃発信号が、故障で伝わらなかった時とかの緊急用だそうだ」
――高校生が、学校でする会話だろうか?
普通オタク同士って、教室の隅っこでコソコソと周りの目を気にしながらその手の話をするもんじゃないのだろうか?
季子は少なくとも、中学時代をそうやって過ごしていた。
(なんかあの2人、羨ましい……。私ももっと堂々と、漫画やイラストが好きですって言えたらな……)
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2学期に入ってからも、安川賢紀と益城群のフルオープン・オタクぶりは留まるところを知らない。
あまりに堂々としている姿に周りも慣れたのか、彼らにも普通に接する生徒が増えた。
「安川、何だよそれ?」
「俺の考えた、オリジナルメカだ」
「オメーは前衛芸術家か? アーティスティック過ぎて、俺にはさっぱり理解できねえ」
季子はこっそり、安川氏のノートを覗き込んでみた。
そこにはパースとデッサンが絶望的に狂い、ミミズがのたくったような線で構成されたカオスイラストがあった。
これを前衛芸術家達の作品と比較するなど、益城氏は彼らに対して謝罪すべきだと季子は思う。
(安川君、絵心ゼロって言っていたけど……。これはゼロどころか、マイナスね……)
安川氏は突然、季子の方を見た。
覗き込んでいたことがバレないよう、慌てて目を逸らそうとしたがもう遅い。
むっつり顔と、目が合ってしまう。
ノートを覗き込んでいたことを怒られるかと思いきや、安川氏は意外なことを言い出した。
「山葉、絵が上手だったよな? 俺に教えてくれないか?」
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(いいよ。メカ系はちょっとしか描いたことないけど、それでも構わないなら)
――なぜ自分はあんなことを、口走ってしまったのか?
絵師としての見栄でもあったのか?
ちょっとどころか、ロボットの絵など全く描いた経験がない。
帰宅した季子は、頭を悩ませていた。
「……でも、引き受けたからにはやるしかない! あの無愛想で絵心マイナスな男を、私が1人前の絵師にしてみせる!」
いま季子は、自室で机に向かっている。
机上に置かれている本のタイトルは、「サルでも描けるロボットの描き方」。
彼女は気合を入れながら、本の1ページ目をめくった。
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高校2年の冬、安川氏の両親が交通事故で亡くなった。
彼は「大丈夫だ、心配するな」と言っていたし、相変わらず落ち着いて見えた。
なのでクラスメートや教師達は、安心していた。
(全然大丈夫なんかじゃない!)
季子は絵を教えている過程で、安川賢紀という男のことが少しずつ分かってきていた。
彼は感情を表に出すのが、下手なだけなのだ。
内心では誰よりも笑い、驚き、慌て、喜び――
そして今、悲しんでいる。
両親を失った喪失感。
そして経済面の理由から、工業大学への進学を諦めなくてはならなくなった挫折感。
それらに賢紀は、打ちのめされている。
彼の両親亡き今、それを理解しているのは山葉季子と益城群の2人だけだろう。
自室にこもり、季子は泣いた。
涙を流すこもができそうにない、不器用な男の分まで。
涙が枯れるまで。
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4月。
季子達は、3年生になった。
「山葉、できたぞ」
昼休み、安川氏はそう言ってコピー用紙を渡してきた。
「うん。上手く描けてると思うよ。……相変わらず、敵メカっぽいデザインだけど」
漆黒に染まった、カミソリのように鋭い細身のボディ。
赤く輝く、単眼型カメラ。
安川氏は双眼式カメラアイの主役機顔が、あまり好きではないようだ。
脚部は踵が2点接地のハイヒールタイプ。
背中にある翼のような6基のユニットは、推進器と思われる。
装甲を犠牲にして、運動性を極限まで高めるコンセプトなのだろう。
(こんな考察を、するようになっちゃうなんて……。安川君の影響と、ロボットの描き方を勉強し過ぎたせいだよね)
「山葉の指導のお陰だ。……ありがとう」
最近季子は、安川氏の感情がある程度読めるようになってきていた。
瞳を覗き込めば、ポーカーフェイスの裏側にある本心が垣間見える。
彼の心は、季子への深い感謝で満たされていた。
(ううん。お礼を言わなきゃいけないのは、私の方だよ。私、安川君のおかげで自信持てたの)
季子はロボットやメカの描き方を勉強したことで、専門である人物画のほうにも良い影響が出た。
立体感の出し方が、劇的に上手くなったのだ。
おまけに最近はサークルの仲間達からも、「キャラが表情豊かになった」と評価されるようになった。
(安川君が感情を顔に出せない分も、私が描くキャラ達に出してもらおうと思って描いてるからね)
自分の好きなことで周りから評価されるというのは、季子の確かな自信に繋がった。
もう彼女は、イラストを描くことを学校で隠したりなどしていない。
「ところで安川。このロボの名前は、何ていうんだ?」
益城氏の質問に、悩む安川氏。
「何が良いかな? 空を自由に翔ける機体……。自由っぽい名前……」
「〈タブリス〉っていうのはどう? 神秘学の伝承に出てくる、自由意志の鬼神」
「うーん。なんか握り潰されそうな名前だが……。〈タブリス〉か、悪くないな。それでいこう」
自分の提案が採用されて、季子は妙に嬉しくなった。
ふと、季子は妄想する。
自由意志の鬼神、〈タブリス〉の物語を。
街の上空に出現する、黒い次元の裂け目。
その中から次々飛び出してくる、異形の怪物達。
怪物達に追われ、死の窮地に陥った季子の前に、颯爽と現れる〈タブリス〉。
もちろん操縦しているのは、安川賢紀。
――というストーリーだ。
(ホント、安川君の影響受け過ぎよね。巨大人型ロボットなんて、どこから持って来るのよ?)
自分が思い浮かべた物語の荒唐無稽さに、季子は苦笑した。
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卒業式の日。
曇天から舞い落ちる淡雪をその身に受けながら、安川氏は校門の向こうに消えて行った。
彼は季子より一足早く、社会という戦場へと旅立つのだ。
季子は大学へと進学する。
別々の道を歩き始めた2人が、再び出会える可能性は極めて低い。
(結局最後まで、言えなかったな……。「好きです」って)
それどころか、連絡先の交換すらできなかった。
(でも、きっとまた会える。……何だかそんな気がする。その時は、勇気を出すの。勇気を出せる女になるのよ、季子!)
生徒達も保護者達も、式が終わると早目に帰って行った。
雪と寒さを、避けるためだ。
もう校庭には、誰もいない。
大声で叫ぶために、季子は肺いっぱいに冷たい空気を取り込む。
「好きです」とか「愛してる」とか、叫ぶ気は毛頭無い。
もっとあのロボットオタクが、やる気になりそうなことを言ってやるのだ。
「安川賢紀ぃ~! 私がピンチになった時は、〈タブリス〉に乗って助けに来いよ~!」
愚民共! 妾は闇の高位精霊マリアじゃ!
ほう? 5章まで読んでくれたのじゃな。感心感心。
その調子で6章も、妾の活躍を目に焼き付けるがよい。
ついでにこの作品をブックマークしたり、評価をしても罰はあたらぬぞ。
やり方は簡単じゃ。
画面上に出ている黄色いボタンからブックマーク登録。
この下にある★★★★★マークのフォームから、評価の送信ができるぞ。
……ん? 妾の親が何者なのか、気になるじゃと?
ええい! その話は無しじゃ! 大人しく6章を読めい!




