閑話8 私の前から……~いなくなったりしないわよね?~
ちょっと肌寒いけど、綺麗に澄んだ爽やかな空気。
雲ひとつ無い青空と、眩しいくらいの朝日。
うん、今日はいい天気。
お出かけ日和ね。
私エリーゼ・エクシーズは、早足でテントへと歩いて行く。
マシンゴーレムバカのケンキ・ヤスカワに、ルータス王国の首都エランを案内してやろうかと思って。
私ってばドワーフとしては背が高いけど、人間や獣人、エルフと比べると小さいじゃない?
歩幅も短いから、彼らと合わせるために自然と早足になるの。
決して早くケンキに会いたいだとか、デートするのが楽しみだからとかじゃないんだからね!
そもそもこれは、デートなんかじゃないの。
ほっとくとすぐに【ファクトリー】を全力稼動させて、生きた屍になるケンキ。
あいつの健康を、管理するための外出なんだから!
「早いな、エリーゼ」
ケンキは相変わらずの無表情で、すでに出かける準備を終えていたわ。
一見しっかりした奴に見えるけど、私にはわかるんだから。
あなた今、「あ~、眠ィ~」とか思っているでしょう?
全く。
こんな可愛い女の子が迎えに来てやったというのに、この男は――
まあ私に読めるのは、このくらいまでね。
こないだのリッチー・レインなんか初対面なのに、ケンキと目と目で完璧に通じ合っちゃって――
いえいえ。
私は嫉妬なんかしてないわ。
チームの仲間として。
フリーダム2のコールサインを持つ者として、ケンキとアイコンタクトひとつでわかり合える関係になる必要があるってことよ。
「首都エランは、かなり広いんだろう? 夕方までに、そんな何ヶ所も回れるか?」
あっ!
こいつ、何ヶ所も回るのメンドクセーとか思っている!
「大丈夫よ。今日回るのは、王宮の近くにある施設ばっかりだから」
「そうか。それじゃ、早速」
そう言って【ファクトリー】から車両型ゴーレムを出そうとするケンキを、私は止めたわ。
「ゴーレムばっかり使ってないで、たまには自分の足で歩きなさい! 今日は、そのための外出なのよ」
「へいへい」
ケンキは、のっそりと歩き出したわ。
そう。
健康のために、彼を歩かせるのよ。
決して私が、ケンキと並んで歩きたかったとかじゃないからね。
私より30cmも背が高いケンキは、歩幅も大きいわ。
でも、私は早足にならずに済んでいる。
私が歩くスピードに、合わせてくれてるのかな?
そこまでは、私も分からなかったわ。
でも、そうだと嬉しいな。
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「ジャーン! ここが王宮でーす!」
雪のように白い大理石で作られた、柱や壁。
美しい意匠が施されているわ。
床はゴールデンマーブルの大理石。
豪華だけど、温かみのある雰囲気よ。
これぞルータス在住のドワーフ達が作り上げた、王国建築技術の象徴!
――だったんだけど。
「ひどいものね。ズタボロだわ……。帝国の連中、やってくれるわね」
たぶん、マシンゴーレムにやられたのね。
玄関の美しかった壁や柱は、見る影も無く崩れていたわ。
床も、焼け焦げているし。
「エリーゼ、それは帝国の仕業じゃない。ランボルトさんが爆炎魔法【エクスプロード】で、バリケードを吹き飛ばした跡だ」
「…………。さあ、次の場所に行きましょう」
【ゴーレム使い】の能力のひとつ、【スルースキル】。
私はこのスキルをケンキから学んで、自分のモノにしていたの。
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「ジャーン! ここが王立魔法研究所よ! ……って、待ちなさい! なに勝手に研究中の魔道具や魔道書を、【ファクトリー】に放り込んでいるのよ!」
「解析するだけだ。すぐに返す」
そう言ってケンキは、魔道具や本を次々と異空間にある【ファクトリー】に取り込んでは出していく。
本当に、反則的な能力よね。
地球ではこういうのを、「チート」っていうらしいわ。
でも、これくらい凄まじい能力でないと。
圧倒的な物量を誇るリースディア帝国から、エランを奪回するなんて不可能だったでしょうね。
そう。
ケンキは全然それっぽく見えないけど、救国の英雄なのよ。
マシンゴーレムXMG-4〈シラヌイ〉を駆って、一騎当千の活躍をしたわ。
――活躍中は、姿が見えない機体だっていうのが難点だけど。
【ゴーレム使い】は救国の英雄。
自由神の使徒。
ならば女王の私が婿に欲しいって言い出しても、反対する声は少ないだろうな……って、何を考えているの!? 私!
「どうしたエリーゼ? 虫でもいたか?」
空中に浮かんだイメージ。
似合わない王様姿のケンキと、側に立つ自分の姿を手でブンブンとかき消す。
それを見て、ケンキは盛大に勘違いしたわ。
「何でもない! 次行くわよ! 次!」
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「ジャーン! ここが遺伝子魔法学研究所……って、ベッツじゃない。どうしたの?」
「おおっ! これはエリーゼ陛下とケンキ殿。デート中ですかな?」
「いや。ただの散歩中ですよ」
ちょっとケンキ。
否定するの早くない?
そこは私が照れながら、「そんなんじゃないわよ!」って必死に否定する場面じゃない?
「ベッツは何しに来たのよ?」
ダメね。
八つ当たりで、ちょっとぶっきらぼうな言い方になっちゃった。
「研究所の再開準備をしようと思いましてな。戦争が終結したらイーグニースの研究所は向こうの者達に任せ、こちらに戻って来ようかと思うのです」
「ダメ。却下。エランの研究所に、もうあなたの席は無いわよ」
私の言葉に、ベッツ・アーエムゲイルは眼鏡の奥の青い瞳を見開いたわ。
隣のケンキは無表情だけど、ドン引きしてるみたいね。
「陛下……。理由を伺っても、よろしいですかな?」
ショックを受けたようだけど、ベッツはすぐに冷静になって私に質問してきたわ。
「だってベッツ。あなたはさっさと、カレラさんのところに戻らないといけないでしょう? 相手はもう、フォーウッド精霊国の女王よ? いまごろ求婚者が、次々と押しかけて来ているかもね~? 急がないと、どうなっても知らないわよ?」
「ご存知でしたか……」
ポリポリと気まずそうに頬を掻くベッツと、相変わらず無反応な【ゴーレム使い】。
わかっているのよ? ケンキ。
あなた今、メチャクチャ驚いてるわね?
「そういうわけでベッツ。戦争が終わってやること全部済ませたら、全速力でフォーウッドに行きなさい。女王命令よ!」
女がいつまでも自分を好いていてくれると思ったら、大間違いよ!
わかってるの?
ベッツと、そこの鈍感使徒!
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「ジャーン! ここが私の家でーす。騎士団から、貸し出されたものだけどね。女王になったからには、そのうち王宮に引っ越さないといけないんだけど……」
幸い私の家は戦闘で傷ついたり、帝国兵の略奪にあったりはしてなかったみたい。
まあ外観は地味な、普通の家だからね。
ヤバい。
今になって、ちょっとドキドキしてきた。
自宅でケンキと2人っきり。
何か、間違いでも起こったらどうしよう?
女に興味なさそうな顔しているけど、私は知っている。
こいつは結構、むっつりスケベだ。
バレていないと、思っているの?
視線を微妙にずらしながら、女の子の胸とかお尻とかをしっかりチェックしているでしょう?
こないだもイースズの胸の谷間や、アディの太腿を見ていたわよね?
なぜか私のは、意識して見ないようにしているみたいだけど。
何でよ?
ちょっとぐらいは、見ても許すわよ?
「あら。姫様と、ケンキ様」
家の中には、私の心配を吹き飛ばす強力な番犬――アディ・アーレイトがいたわ。
ケンキと2人きりじゃなかったことに、ガッカリなんてしていない。
私はガッカリなんて、していないわよ!
「アディ。どうしてここにいるの?」
「まだ王宮に引っ越していない以上、ここが姫様の家でしょう? 管理するのは、メイドとして当然の仕事ですわ」
うーん。
アディは本当に、忠誠心が高いわね。
偉い偉い。
時々私を見る目が、アブナイけど……。
あっ。
台所から、なんだか美味しそうな匂いがする。
「わたくし、シチューを作りましたの。ちょっと早いですけど、晩御飯にしませんか?」
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「ふう。食った食った」
「コラ! 食べてすぐに、寝っ転がらない。お行儀悪いでしょう。前に自分でも、『胃に悪い』って言ってたくせに」
しかも了承もなく、女の子の部屋のベッドに寝っ転がるなんて――
ちょっとは「へえー、ここが女の子の部屋か。ドキドキ」みたいな反応しなさいよ。
そりゃあ剣が何本も置いてあったり、本棚の本は武芸書とか魔道書ばっかりだけどさ。
家具は可愛い系で統一しているし、ぬいぐるみだって置いてあるでしょう?
私はケンキが寝転がっているベッドに、腰掛けたわ。
これだけ近くにいるのに、コイツと来たら無反応。
――仕方ないのかな?
ケンキには地球にヤマハさんっていう、好きな人がいるし。
そう思うと、少し不安になった。
以前ケンキはスヴェール邸のリビングで、「地球に帰りたくない」って言ってた。
だけど今でも、そう思ってくれているのかな?
「ねえ、ケンキ……。急に私の前から、いなくなったりしないわよね?」
やだ!
私ったら、突然何を言い出すんだろ?
「何だ? 唐突だな」
ほら、ケンキもビックリしている。
「ん……。やっぱりヤマハさんのいる地球に帰るって言い出さないか、不安になっちゃって……」
あわわ……。
これじゃ、ケンキがいないと寂しくて仕方ないって言ってるようなもんじゃない!
「俺は……山葉が好きだけど……この世界も……好きだ……。だから……いきなり……いなくなったりは……」
なぜかケンキの言葉は、途切れ途切れ。
振り返ってみると、この野郎はいつの間にか爆睡していたの。
「ねえ、ケンキ。あなたの好きな『この世界』の中には、当然私も入っているのよね?」
鈍感な使徒は、答えない。
呑気にスースーと、寝息を立てちゃってまあ。
何だか私も、眠くなってきちゃった。
あっ。
ちょうどいい枕がある……。
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「姫様。離れて下さい。その害虫使徒は、速やかに駆除いたしますので」
眠っちゃってから、30分後。
私はアディの殺気で、目を覚ます羽目になったわ。
彼女はケンキに、大口径ハンドガンの銃口を向けていたの。
エッチなことを、していたわけじゃないのよ?
ケンキを抱き枕にして、寝ていただけよ?




