第87話 高位精霊の親~娘みたいなもんだろう?~
時間は少し、遡る。
ちょうど安川賢紀が、帝国軍マシンゴーレム部隊を蹂躙している頃の話だ。
レクサ・アルシエフ将軍の駆るGR-8〈ルドラ〉を撃破した、エリーゼ・エクシーズ。
彼女は引き続き、エラン市街地に残存している敵マシンゴーレム達を掃討しようとした。
だが、その必要はなかった。
市内に配備されていた帝国軍の操縦兵達は、次々と投降したのだ。
彼らの多くは「獣人機動兵団」。
元ルータス王国民や、ビサースト獣人国連邦で捕まった獣人達により編成されている。
アシュトンとレクサを失った、彼らの投降は早かった。
市内に敵マシンゴーレムがいなくなり、味方歩兵部隊の安全が確保できた。
そこでエリーゼは、彼らの乗る車両型ゴーレムを呼び寄せたのである。
呼び寄せられたルータス解放軍の歩兵部隊は、帝国歩兵達を圧倒していく。
ランボルト・フューラカンの放つ爆炎魔法は、バリケードを紙屑のように吹き飛ばした。
開いた空間から撃ち込まれたベッツ・アーエムゲイルの雷魔法が、多くの帝国歩兵を黒焦げにする。
運良く生き延びた者も、ベネッタ・フェラーリンの大剣で薙ぎ払われた。
王宮以外の施設で抵抗する勢力は、イーグニース共和国軍のドワーフ戦士達が駆逐していった。
マシンゴーレムの操縦センスはイマイチな彼らだが、白兵戦ではその膂力を遺憾なく発揮する。
巨大なハンマーや戦斧、自分達の開発した銃などを駆使して暴れ回った。
かくして賢紀がマシンゴーレムから降りて王宮制圧に参加しようとした時には、戦いの大勢は決していたのである。
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――というわけで、エラン奪回戦はあっさり終了してしまった。
戦後処理のやり方などさっぱりわからない賢紀は手持ち無沙汰になり、エランの市内をうろついている。
最初は味方のマシンゴーレムの修復だけでも、行おうとした。
しかし損傷を受けている機体は、少なかった。
回復役を務めるシロンやドワーフ達に、「今は必要ない」と仮設ドッグから追い出されてしまったのだ。
数で劣る連合軍がリースディア帝国軍を圧倒できた理由のひとつとして、このリペアラー機の存在がある。
かつてローザリィ社のMG-2〈ユノディエール〉とのトライアルに敗れ、共和国軍の制式採用から漏れたヴォクサー社の〈パンツァー・プラッテ〉。
これに金属操作の魔道機を応用した修理装置を積み、マシンゴーレムの衛生兵としたのだ。
共和国軍は損傷を受けた機体も、あまり後方まで下がらせる必要がなかった。
装甲板や人工筋肉の損傷程度なら、駆けつけた回復役が短時間で修復して前線復帰させてしまうのである。
相対する帝国軍からしてみれば、恐怖でしかない。
倒したはずの敵機が、ゾンビのように舞い戻ってくるのだから。
リペアラー機操縦者には、マシンゴーレムの構造や金属素材への深い知識が要求される。
だがそこは、ドワーフ族の得意分野。
幸いにも、操縦に慣れてきたドワーフパイロットもいる。
戦闘機動は難しいが、移動くらいなら難なくこなせるというレベルだ。
彼らは回復役として、重宝された。
特に活躍した回復役が、シロン・ブガッディだ。
彼女は獣人で、ドワーフより遥かに操縦適性が高い。
そこでシロンに与えられたのが、運動性は高いがピーキーで操縦の難しいMG-2。
これに修理装置を積んだ特別機で、戦場を風のように駆け回っては味方を次々修復していった。
おかげで彼女は「天使のMG-2」と呼ばれ、連合軍内で崇められている。
ドワーフ族でもないのに深いマシンゴーレムの知識を身につけていることが、彼女の勉強熱心さを物語る。
後にジャニア・エクセジアル社長はシロン大活躍の報を受け、こう呟いた。
「にゃひひひ。シロンは金になる人材にゃあ。給料はクォヴレーより、上げないといけないにゃあ」
現地リーダーを務めるクォヴレーが聞いたら、泣きそうな話である。
帝国軍はエランを占領後、建造物の修復などにはあまり手をつけていなかった。
市内の街並みは、荒れたまま。
無事だった建物も、今回連合軍との戦闘で破壊されてしまった。
賢紀はふと、足元を見る。
手足が破れて綿が零れ出た、クマのぬいぐるみを見つけた。
「……落とし主の子、無事だといいな」
彼は【ファクトリー】にぬいぐるみを収納し、瞬時に解析・修復を行った。
今の賢紀は、複雑で膨大な部品点数のマシンゴーレムを1日で何機も修復できる。
彼の手にかかれば、布と糸と綿だけで出来ているぬいぐるみの修復など一瞬だ。
戯れに直したぬいぐるみを【ゴーレム操作】の能力で操り、荒れた道路を共に歩く。
よちよち歩きで先導するクマのぬいぐるみに、賢紀が道案内されているような構図。
しかし実際には操作している賢紀に、土地勘は無い。
あてもなく、散歩しているだけだった。
しばらく歩いていると、賢紀は地面に映る大きな影に気付く。
視線を上げると、2階建て店舗の向こうに紫色のマシンゴーレムが見えた。
頭部だけ、建物より上に出ている。
周囲を警戒していた、エリーゼの〈サルタートリクス〉だ。
賢紀が歩いて近づいてみれば、傍らにもう1機倒れている。
その青い機体は、コックピットブロックを斬り裂かれていた。
両手に双剣を持った姿から、パイロットが誰だったのか想像がつく。
「この青い機体は、レクサ将軍か?」
周囲の警戒は、もう不要だと判断したのだろう。
エリーゼは機体に膝を突かせ、操縦席から飛び降りてきた。
「ええ、そうよ。……斬るしかなかったわ」
表情にこそ出さなかったが、エリーゼの声からは空しさが伝わってきた。
「エリーゼ。この大陸の戦争で、討ち取った敵将の亡骸はどう扱われる?」
「通常であれば、相手の国に送りつけられるけど……。今回はルータス民や獣人傭兵達が、首を落として晒すように騒ぎ立てるでしょうね」
彼らが抱く帝国軍への――それを率いていた、レクサへの恨みは深い。
広場に晒されるレクサの首。
それに向かい憎悪に歪んだ顔で石を投げつけるエネスクスやシロン、ゴリの姿を想像し、賢紀は陰鬱な気分になった。
「晒し首にされるぐらいならば、俺が……」
横たわる青いマシンゴーレム。
そして中で息絶えているはずのレクサに向かって、右手を伸ばす賢紀。
だがそれを、鋭く制止する声が響いた。
「小僧! お待ち! レクサ坊やの遺体を、どうするつもりだい!?」
胸部装甲板の裂け目から、魚が飛び出してきて賢紀の前に立ち塞がった。
青く輝く鱗と、長い角。
空気中に泡を振り撒きながら、まるで水中であるかの如く自在に泳ぐその姿。
相手は高位精霊であると、賢紀は確信した。
「どうするつもりかって……。家族の元へ返せるかまではわからないが、できれば帝国の土に埋めてやりたい。俺の能力で異次元に収納し、冷凍保存する」
「ふん。それならまあ、いいだろうさ。付き合いが短かったとはいえ、あたしの相棒だ。丁重に扱っておくれ」
「あんたがレクサの補助精霊か? これからどうする? 機体も俺が異次元に格納するんだが、あんたも一緒に入れるわけにはいかないだろう?」
魚型の精霊は、返答に悩んでいるようだ。
空中を泳ぐことをやめ、賢紀をじっと見つめてくる。
その時、会話に割り込む者が現れた。
「レヴィ婆ちゃんも、オイラ達と一緒に来ればいいのさ」
緑色の蛇の姿をした土の高位精霊、ヨルムだ。
「おや? そっちのお嬢ちゃんのサポートは、ヨルムだったのかい? どうりで強いはずだよ。……ついて行ってもいいが、あたしはしばらく誰にも力を貸さないよ。レクサぐらい気に入ったパイロットが出てきたら、考えてもいいけどね」
「ついて来るとは……。意外とドライなんだな。俺達は、あんたの相棒の仇だろう?」
「あんた達人間と、あたし達精霊の生死観はだいぶ違うのさ」
「そうそう。操縦者に懐くんじゃなくて、〈トライエレメントリアクター〉に居ついているようなもんだしね。オイラもエリーゼちゃんのことは好きだけど、やられても仇討ちとかまでは考えないよ。だから死なないでね」
「妾はケンキがやられたら、やった奴らを国ごと滅ぼし尽くしてやるぞ!」
さっきから【ファクトリー】内で、マリアが「出せ! 出せ!」と騒いでいた。
なので賢紀は諦めて、闇の高位精霊様を会話に参加させてやることにした。
「おやおや。小娘マリアもいるのかい?」
「レヴィ! 精霊の中でも最強と言われる妾に向かって、小娘とはいい度胸じゃな!」
「ふん。あんたはまだ、生まれて100年ぐらいしかたっていない小娘だろうさ。あんまり調子に乗っていると、親に言いつけるよ」
親に言いつける発言を受けて、強気だったマリアが怯む。
「そうか。力は強いが、マリアは若い精霊なのか。どうりで落ち着きがない……って、親だと? 精霊は魔素とマナが集まり、自然発生するもんじゃないのか?」
「この子の場合は、特殊だね。強大な力を持った存在が闇のマナを集め、自らの魔力を分け与えて作ったのさ。独立した自我を持つ、分身体。人間でいうと、娘みたいなもんだろう?」
「レヴィ。その強大な存在というのは、いったい何なんだ?」
「いや……あの……。ケンキ、レヴィ。その話は、もうよいではないか。ほれ、アレを見るのじゃ!」
親の話題を必死で終わらせたがるマリアに、救いの手が差し伸べられた。
彼女が指差す先には、緑色の三ツ目マシンゴーレム。
アディ・アーレイトを手の平に乗せ、静かに歩いてくるXMG-3〈サジタリィ〉の姿があった。




