第84話 隠し事の下手な人~お父さんなのでしょう?~
「……こうして俺は、帝国軍のマシンゴーレム乗りになった」
アディ・アーレイトとアシュトン・マーティーンを囲む炎の勢いは、やや衰えつつあった。
アディの心が沈静化していくのに、呼応するかのようだ。
彼女の焼け付くような怒りも闘志も、急激に萎んでいく。
だが依然、アディは銃口をアシュトンに向けたままだ。
「わたくしが生存していると知ってからも、帝国軍に留まり続けたのはなぜです? 師匠なら脱走して、ルータス解放軍に参加することもできたでしょう?」
責めるような口調ではなかった。
冷静に、可能性の話をするアディ。
しかしアシュトンは、静かに首を横に振った。
「お前が生きているのを知った時には、もう遅すぎた。俺はサーブラウス公爵の軍を追い詰め、彼の処刑にひと役買った。そしてビサースト獣人国連邦の戦いでは、多くの同族を……。ルータス王国の生き残りや、ビサーストからの獣人傭兵が多く参加している解放軍に入ることはできない」
沈痛な面持ちで、話を続けるアシュトン。
アディには、掛ける言葉が見つからなかった。
「だがこんな俺にも、まだできることがあると思ってな」
師の言葉を受けて、猛烈に嫌な予感がアディの背中を駆け抜けた。
彼女の中にある獣人の本能が、警鐘を鳴らしている。
何か取り返しのつかないことが、起こるぞと。
「俺は、いい師ではなかった。だが最後に、弟子の手本になろうと思ってな……。悪い手本――反面教師というやつだ」
アシュトンは右手から、素早く左手に短剣を持ち替えた。
肩を撃ち抜かれた右腕と違い、左腕はまだ動く。
瞬時に魔力を伝導。
短剣は無機質に輝いていた銀色の刃を、桜色に輝く魔導の刃へと変質させた。
桜色は、アディの魔力と同じ色だ。
魔力の光が、暗く濁っていたアシュトンの瞳を照らす。
アディは半ば反射的に、アシュトンの元へと駆け出した。
――止めなければ。
アシュトンが魔力伝導を使ったのは、アディを攻撃するためではない。
刃が向かう先を、アディは正確に理解していた。
ハンドガンと短剣を投げ捨て、魔法による瞬発力ブーストを使用。
それでも、アディの手は届かない。
逆手に構えられた短剣は、深々とアシュトンの腹に突き刺さった。
アディの眼前で。
彼女の魔力と、同じ色の刃が。
その光景に、アディの足が一旦止まる。
アシュトンは腹に突き刺した短剣を引き抜くと、投げ捨てた。
アシュトンの腹部から、鮮血が――彼の生命が零れ落ちてゆく。
だがアディが怯んだのは、一瞬だけだ。
足元に横たわる〈ファイアドレイク〉の装甲板を強く蹴り、彼女は再び加速した。
倒れかけたアシュトンの身体を、素早く抱きとめる。
アディは手の平で止血しながら、回復魔法を発動させた。
「ゴホッ! アディ、無駄なことはよせ。致命傷だ……」
「師匠。少し黙っていて下さい」
治療を始めた瞬間、アディにも分かった。
本当に、致命傷だと。
だがそれならば、1秒でも長く延命を試みるだけだ。
時間を稼げば、イースズが狙撃地点から駆けつけてくれるかもしれない。
2人掛りで回復魔法を掛ければ、あるいは――
「お前に……見せておこうと思ってな……。弱い奴が、どんな末路を辿るのかを……」
アディの指示を無視して、アシュトンの口は血と言葉をこぼし続ける。
「力や技だけの話じゃない……。俺は、心が弱かった……。勇気が足りなかった……。だから間違った選択を取り続けて、取り返しのつかないところまで来てしまった……」
自嘲気味な笑顔を浮かべ、アシュトンは師として最後の教えをアディに伝えた。
「アディ……。俺のようには、なるな……」
「イヤです」
体を張った――命を賭した最後の教えを、弟子にバッサリ切り捨てられてしまった。
アシュトンは思わず目を見開きながら、「は?」と声を上げる。
「どんな人物を目指すかまで、師匠に決められる筋合いはありません。わたくしの目標は『ルータスの守護獣』、アシュトン・マーティーンですわ」
「強情な弟子だ……。俺はお前が思っているような、強い男ではないというのに……」
「なら、強いところを弟子に……いえ。勇気があるところを、娘に見せて下さい。……アシュトン・マーティーン。あなたはわたくしの、お父さんなのでしょう?」
一瞬、アシュトンの表情が微かに変わった。
それは歓喜の表情だと、アディは思った。
――そう思いたかった。
しかしアシュトンは、すぐに元の自嘲めいた表情に戻ってしまう。
そして彼の口は、アディが期待していたものとは程遠い言葉を紡ぎ出した。
「そんなわけあるか……。お前の父親を、俺は知っている。俺なんかよりずっと強くて……勇気のある男だったとも……」
アシュトンの瞳が、急速に光を失ってゆく。
アディと同じ金色の両眼は、何かを探し求めて虚空をさまよった。
もはやアシュトンには、目の前にあるアディの顔すらよく見えていない様子だ。
ふと、さまよっていた視線が止まった。
何かを見つけたかのように、アディの瞳を見つめる。
彼女の頬に向かって、アシュトンは震える手を伸ばした。
「アーリィ……」
言葉と同時だった。
アシュトンの目が、完全に光を失う。
手の震えも止まった。
心臓の鼓動も、思考も。
師の亡骸を抱きしめたまま、どれくらい呆然としていたのだろう。
「アディちゃん……」
背後から仲間の声を受けて、アディは我に返った。
振り返ると、膝を着いたマシンゴーレムの巨体があった。
どことなく悲しげに見える、三眼式〈クリスタルアイ〉。
XMG-3〈サジタリィ〉だ。
緑色の機体を背に、ハーフエルフの女性が立っていた。
彼女の瞳は、今にも零れ落ちそうなほどの涙を溜め込んでいる。
「イースズ……」
アディは抱きしめていたアシュトンの頭を、そっと自分の膝に下ろした。
見開かれていた瞼を、静かに指で閉じさせる。
「隠し事の下手な人……。死に際にわたくしの母の名を呟いておいて、『父親じゃない』なんて言われても……。説得力ゼロですわ……」
アディの瞳に、涙は無い。
彼女はただ空を見上げ、瞑目するのみだった。
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首都エランのメインストリートでは、2機のマシンゴーレムによる戦闘が続いていた。
静かな――それでいて、極めて高度な格闘戦が。
約100mの距離を開けて睨み合う、剣を構えた2機。
長引いている戦闘時間のわりに、両者が打ち合ったのはわずか数合。
メインは微妙な間合いの攻防や、呼吸の読み合い。
斬りかかる気配だけを、ほんのわずかに発してみせたり。
素人にはわかりづらい、達人同士の心理戦が続いている。
紫の機体。
エリーゼ・エクシーズの駆る〈サルタートリクス〉は、〈魔剣エヴォーラ〉を脇構えに構えていた。
ガラスのように透き通るプラズマソードの刀身を、機体の陰に隠している。
そう、隠れているはず。
相対している青い機体――レクサ・アルシエフの〈ルドラ〉からは、見えていないはずなのだ。
なのにエリーゼがわずかに切先の角度を変えただけで、レクサはそれに合わせる。
剣の角度。
足の前後。
構えそのものすら、変化させてくる。
戦闘開始時は、左の剣を中段。
右の剣を、上段に構えていたレクサ。
だが現在は、左右とも中段に構えている。
「これが、レクサ将軍の本当のスタイル……。ものすごーく、やりづらいわね」
〈サルタートリクス〉の操縦席で、エリーゼは舌打ちしつつ呟いた。
汗が頬を伝い、雫となって顎から垂れている。
いつもは口数の多い相棒ヨルムも、黙って操縦補助に専念していた。
エリーゼの集中を、乱さないようにするためだ。
テスラの大森林で見せていた剣とは、全然違う。
あの時のレクサは、「二刀による手数で勝負する」といったスタイルだった。
今見せている姿こそ、本当の剣。
片方の剣で相手の攻撃を防ぎ、残ったもう一方の剣で攻めるという守りの剣だ。
その守りは非常に固く、エリーゼは突破口を見出せずにいた。
最初に攻撃を受ける方の剣が、特に厄介だ。
〈サルタートリクス〉の鋭い斬撃をことごとく受け止め、流し、時には絡め取ろうとすらしてくる。
その直後に襲ってくる反撃の剣閃も、片手での斬撃とは思えない。
重く、鋭かった。
すでに〈サルタートリクス〉は2箇所、浅いが損傷を受けている。
レクサの反撃は、打ち合うごとに正確さを増してきていた。
次に攻撃が通じなければ、反撃で決定的な一撃をもらってしまう。
それはエリーゼにもヨルムにも、容易に予想がついた。
『こんなものですか? 少々期待外れですね』
魔道無線機越しに届くレクサの声は、明らかな失望を含んでいた。




