第83話 守護獣の背中~これは本当に自分なのか?~
「ぐっ! ……アディめ。ずいぶんと、無茶をしてくれる」
アシュトン・マーティーンは、操縦席ハッチを押し上げながらぼやいた。
魔力供給が途絶え、パワーアシストを失ったハッチはかなり重い。
慣性や衝撃を緩和する〈慣性緩和魔道機〉の保護があったにもかかわらず、アシュトンは被弾の衝撃で脳震盪を起こしていた。
肋骨にも、ひびが入っている。
無理もない話だ。
機体頭部を、イースズ・フォウワードの電磁加速砲で撃ち抜かれたのだから。
アディの〈フレアハウンド〉もろとも。
コックピットへの直撃ではなくとも、凄まじい衝撃は機体全体に伝わっている。
アシュトンが操縦席の外に這い出すと、吹き付ける熱風で火傷しそうになった。
周囲ではマシンゴーレムの背よりも高い、業火の壁が燃え盛っている。
足元には、頭部を吹き飛ばされ倒れた愛機〈ファイアドレイク〉。
炎により装甲板が熱せられており、靴底が焼ける臭いと感触が伝わってくる。
「まるでこの世の地獄……いや。俺の罪を炎で清めてくれる、煉獄だといいがな……」
炎の壁を見つめながら、アシュトンが呟いた瞬間だった。
「戦闘中、感傷に浸るなんて減点ですわよ」
背後からの声に反応し、我に返ったアシュトン。
素早く短剣を抜きながら振り返るが、右肩を銃弾で貫かれてしまった。
獣人機動兵団長は、思わず膝をつく。
振り返った先には、XMG-2〈フレアハウンド〉。
〈ファイアドレイク〉と同じく頭部を吹き飛ばされ、炎の中横たわっている。
その上に立っていたのは、アディ・アーレイトだ。
高温による上昇気流で、金髪とメイド服のスカートが揺らめいていた。
彼女は大口径ハンドガンの銃口を、ピタリとアシュトンに突きつける。
銃を持っていない方の手には、ミスリル合金製の短剣が逆手に握られていた。
接近戦に持ち込まれた場合も、想定しているのだ。
隙がない。
アディの瞳は金色。
周囲の炎が映り込み、ゆらゆらと揺らめいていた。
彼女の怒りと、闘志を体現するかのように。
だが怒りに燃えてはいても、憎悪に我を忘れてはいない。
「アディ……。いい瞳をするようになったな」
もう誰にも、何も奪わせない。
そんな、強い決意が伝わってくる。
アシュトンは感じとった。
アディが獣人の戦士として、自分と同等かそれ以上の高みにいることを。
嬉しさと同時に、寂しさがこみ上げてくる。
もう彼女に、師としての自分は必要無いのだ。
「無茶とは心外ですわね。『誰かを信頼して命を預けられるのも、心の強さの内』と教えたのは、師匠でしょう?」
「俺は『命』ではなく、『背中』と言ったはずだがな……。何にせよ、お前に信頼できる仲間ができたというのは分かった」
「揚げ足を取っていないで、そろそろ説明して下さい。なぜ師匠が、帝国軍に従っているのかを」
「……全ては、俺の弱さが招いたことだ。エランが落ちた、あの日……」
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最初にやられたのは第3妃、エセルス・エクシーズだ。
エルフである彼女は、弓の名手。
都市防壁の上から帝国軍に向け、次々と矢を射掛けていた。
紫色の輝きを放つ魔導の矢は、帝国歩兵を数人まとめて貫くほどの威力があった。
しかし、マシンゴーレムの装甲を貫くことはできなかった。
帝国軍のGR-1がタックルで、都市防壁を破壊。
防壁もろとも吹き飛ばされたエセルスは、市街の道路に叩きつけられ命を落とした。
2番目は第2妃、ティーゼ・エクシーズ。
魔族であり、背中に黒鳥の翼を持つ彼女は飛行できる。
ティーゼは上空から無数の魔法を放ち、帝国歩兵を蹂躙した。
「魔王の再来」といわれるに相応しい、圧巻の戦いぶりだった。
そんな彼女も、マシンゴーレムの杖でブーストされた魔法には勝てなかった。
無数の炎の矢が彼女に襲い掛かり、首都エランは2個目の太陽が出現したかのように照らされた。
ティーゼの遺体は、残らなかった。
そして第1妃、アゲイラ・エクシーズ。
若き日のアシュトンが恋焦がれ、想いが報われないのならせめて護衛として守り抜くと誓った女性。
彼女は得意な炎の魔法で、帝国歩兵一個小隊をまとめて焼き払った。
さらにアゲイラは無手にもかかわらず、マシンゴーレムGR-1にも果敢に立ち向かったのだ。
しかも相手は、魔剣を二刀に構えた機体。
レクサ・アルシエフ将軍の機体だった。
マシンゴーレムの巨体に取り付いた彼女は、魔力を纏わせた拳を振るった。
残像が見えるほどのスピードで動き回りながら、白く輝く拳を何度も叩きつける。
最初は戸惑っていたレクサ将軍だったが、やがて目が慣れてしまった。
アゲイラが跳躍し、空中で自由がきかない瞬間を狙ったのだ。
彼女の全身は、魔剣で真っ二つに両断された。
アゲイラの最期を見たアシュトンは、絶望のあまり戦意を喪失した。
足が止まり、手にした短剣が重くて持ち上がらない。
今の光景は、何かの間違いではないのか?
そんな現実逃避の思考が頭の中を駆け巡り、戦闘に集中できない。
だが彼の親友、セブルス・エクシーズ国王は違った。
彼は怒りの咆哮を上げながら、一般兵が乗っているGR-1に斬りかかったのだ。
魔力を伝導させ、緑色に輝く長剣。
魔導の刃を振るい、GR-1の頭部を叩き割った。
その際GR-1の剣がセブルスの腹をかすめ、彼は深手を負ってしまった。
だがセブルスの両眼は、闘志を失ってはいない。
口から血を吐きながらも、不敵な笑みを浮かべている。
「降りて来いよ、若いの。俺みたいな、死に損ないのオッサンが怖いのか?」
セブルスはレクサ将軍のGR-1に向かって、挑発をした。
剣を杖代わりに身体を支えながらも、空いた手の人差し指で「来な」とジェスチャーをする。
挑発に乗ったレクサ将軍は、マシンゴーレムから飛び降り背中の双剣を抜いた。
(ダメだセブ! 俺が代わりに戦う!)
アシュトンはそう叫ぼうとしたが、声が出ない。
セブルスの元へ走り寄ろうとしたが、身体が鉛のように重い。
そしてアシュトンの眼前で、セブルス国王の首が宙を舞った。
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セブルスが敗れた後、アシュトンの記憶はあまり残ってはいない。
気がついたら捕らえられ、エラン王宮の地下牢に入れられていた。
自決しようかという考えも浮かぶ。
だがその前に確認したいことがあったアシュトンは、牢の中で大人しくしていた。
そこへやってきたのが、セブルスとの戦いで右手を失ったレクサ将軍だった。
「獣人機動兵団?」
「そうだ。獣人の傭兵パイロットを集めた、マシンゴーレムの部隊だ。『守護獣』アシュトン・マーティーンよ。その部隊で、兵団長をやってみる気はないか? お前はこのまま処刑するには、あまりに惜しい人材だ」
「……引き受けてもいいが、条件がある」
「可能な限り、叶えよう」
「俺の弟子、『アサシンスレイヤー』アディ・アーレイトの消息はどうなっている? あいつも捕らえられているなら、獣人機動兵団に入れろ。逃亡中なら、遭遇時に獣人機動兵団へ引き入れること。それが条件だ」
この時アシュトンには、計画があった。
帝国に従うふりをしてマシンゴーレムを奪い、反乱軍を旗揚げするのだ
首都を離れていたエリーゼ王女を見つけ出し、反乱軍の旗頭に据えるのがベストだろう。
そしていつか、エランを奪還する。
自分とアディがいれば、充分可能な気がしていた。
アシュトンの胸に、蝋燭のような小さい火が灯る。
しかしレクサは難しい表情をして、言いにくそうに答えた。
「アディ・アーレイトは……討ち取られたという報告が入っている」
「……そうか」
アシュトンもレクサも、知らなかった。
これが虚偽報告であったことを。
囚われのアディにいかがわしいことをしようとしていた、ユリウスという操縦兵の仕業だ。
アシュトンがアディの生存を知ることができれば、別の道もあったかもしれない。
だがこの時のアシュトンに、それを知る術は無かった。
胸に灯った蝋燭の火を吹き消され、彼の心は再び深い闇に包まれた。
――ならばもう、生きる意味は無い。
このまま処刑されるのを待つか?
そうすればアーリィやアディ、アゲイラやセブルス達のところへ行ける。
(『守護獣』などという大それたあだ名で呼ばれても、結局何ひとつ守れなかったな……)
アシュトンは地下牢に佇む自分の背中を、いつの間にか後方から見ていた。
――小さくて、情けない背中だ。
これは本当に、自分なのか?
いや。
アシュトン・マーティーンは俺だ。
目の前にいる、何も守れなかった情けない男は別人だ。
それにしても、弱い男だったな。
このままさっさと、処刑されるがいい。
いや、こんな男は――
(もっと苦しんで死ね!)
「アシュトン」は、憎悪の言葉を投げつけた。
目の前にいる、かつて「守護獣」と呼ばれた男に。
(処刑されるより、こいつが苦しむことは何だ? 俺がその道を選ばせてやる)
「アシュトン」の眼前にいる無力な男は、ゆっくりと口を開いた。
「いいだろう。俺達獣人は、強い者に従う。獣人機動兵団は、俺が率いよう。リースディア帝国への忠誠を誓う」




