第82話 ケルベロスの咆哮~師匠面して説教ですの?~
アディの〈フレアハウンド〉とアシュトン・マーティーンの〈ファイアドレイク〉は、戦場を平地から山岳地帯へと移していた。
常人では何が起きているのかさっぱり把握できないような、超高速機動での撃ち合いが続いている。
「こらでけん! 射線が確保できんばい!」
「ご主人~。援護射撃は、やめといたほうがいいよ~。あの2人のスピードなら、味方を誤射しちゃうよ~」
電磁加速砲で、アディ・アーレイトの援護射撃を試みたイースズ・フォウワード。
しかしなかなか発砲に踏み切れず、射撃位置を頻繁に変えるだけに留まっていた。
アディとアシュトン。
両者ともに遮蔽物から遮蔽物へと素早く身を移し、機影が見えるのは一瞬だ。
散発的に起こる爆炎が、山肌をオレンジ色に染める。
これはアディが撃つグレネードマシンガン、〈ヘルズバイター〉によるもの。
かと思えば、今度は大地が青白く染まる。
こちらはアシュトンのプラズマライフル〈プレデトロス〉から放たれた、高出力プラズマ弾の閃光だ。
〈プレデトロス〉は明らかに、GR-3の主力武装〈スターダスト〉より火力が高い。
セイバーモードやバスターモードへの可変機構を省略して、ライフルとしての火力に特化させた武器なのだ。
この威力なら、〈フレアハウンド〉でも喰らえば致命傷となる。
「この勝負……。アディちゃんが、不利ばい」
戦場は、起伏に富んだ山岳地帯。
〈フレアハウンド〉の売りである、リニアホイールでの超高速滑走機動を活用しにくいのだ。
それでもアディは、断続的に〈超魔導リニアホイール〉を使う。
わずかな平地を活用したり、山の急斜面を壁走りしながらアシュトンの射撃をかわし続けていた。
アシュトンは、3次元機動を取りながらの射撃が恐ろしく上手い。
跳躍したり崖から飛び降りたりしながらも、正確に〈フレアハウンド〉を狙ってくる。
平地で戦う方が、アドバンテージを得られる。
アディも重々承知のはずだった。
だがアシュトンはアディを、自分が得意な戦場へと誘い込んだ。
山上の狙撃位置についていた、イースズを狙ってみせることで。
自分がエサに使われたのを自覚し、悔しさからイースズは奥歯を噛みしめた。
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さらに数分が経過。
アディの〈フレアハウンド〉は、徐々に押され始めていた。
彼女のグレネードは遮蔽物に着弾すると、その場で爆発してしまう。
しかしアシュトンが放つプラズマライフルの光弾は、遮蔽物をものともしない。
岩壁だろうが小高い丘だろうが、易々と貫通してきてしまうのだ。
魔法兵器であるがゆえに、発砲の瞬間は魔力レーダーに反応が出る。
おかげでなんとか、アディは回避し続けられていた。
「あんなに高出力の魔法兵器を、バカスカと……。魔力切れは、起こさないんですの?」
岩壁に機体を隠しながら、スザクに愚痴るアディ。
「アディ様、それは望み薄です。悔しいですけど、あちらの方が遥かにリアクター出力が上です」
「うちのケンキ様より、イカれた機体を作るなんて……。グレアム・レインの頭も、相当な壊れ具合のようですわね。どんな魔石をリアクターコアに使えば、そんな出力を絞り出せるのやら」
アディには、思い当たる魔石があった。
炎の魔神、イフリートの魔石。
セブルス国王の第1妃アゲイラ・エクシーズがペンダントにして、いつも大事そうに首から下げていたものだ。
昔セブルス、アゲイラ、ティーゼ、アシュトンの4人でイフリートを討伐した時に入手した、思い出の品だと聞いていた。
そんな大切な物が、敵マシンゴーレムの動力源に使われている可能性。
自分の師が、それを知りながら乗っている可能性。
2つの可能性に、アディは焼け付くような怒りを覚えた。
「もう、あの馬鹿師匠が焼け死んでも知りません。マニューバ『ケルベロスハウリング』。一気にケリをつけます」
〈ファイアドレイク〉は現在、大岩に隠れている。
アディにとって幸いなことに、その大岩の周りには多少広めな平地があった。
これなら、〈フレアハウンド〉のリニアホイールを生かせる。
だから向こうも迂闊に飛びだせず、アディの出方をうかがっているのだろう。
先に膠着状態を破ったのは、アシュトンだった。
彼は自分が隠れている大岩の裏から、ライフルの光弾を放ってきたのだ。
自分が隠れていた大岩と、アディを隠していた岩壁を貫通させながら。
魔力レーダーの反応を見た瞬間、アディは岩壁から飛び出した。
リニアホイールを最大戦速で駆動させ、瞬く間に400km/hまで加速する。
ウイングと補助翼が発生させるダウンフォースがなければ、機体は地面からめくれ上がって離陸してしまうところだ。
徐々に曲率がきつくなるクロソイド曲線の軌道を描きながら、〈ファイアドレイク〉が潜む大岩へと回り込む〈フレアハウンド〉。
〈慣性緩和魔道機〉を介してなお、強烈な旋回Gが操縦者の全身を軋ませる。
アディの視界は半分が暗く、もう半分が赤く染まった。
強烈過ぎる遠心力で、血液が偏ってしまっている。
だがアディはそれを無視し、接近しながら両手のグレネードマシンガンをフルオートで発射。
2丁の銃口から放たれるグレネード弾は、アシュトンが隠れている大岩を一瞬で粉々に。
さらに周囲を、衝撃波と爆炎が吹き荒れる地獄へと変えた。
「アディ様。〈ヘルズブリーズ〉、射程内です」
「少々、熱い思いをしてもらいますわよ!」
〈フレアハウンド〉の腰部に備えられた火炎放射器から、灼熱の吐息が流れ出た。
炎は大地も岩も、融解・蒸発させる。
周囲の気温は、魔物でも生存不可能なほどに跳ね上がった。
「まだ、終わっていませんわ!」
アディは片方のグレネードマシンガンを投げ捨てた。
もう片方のグレネードマシンガンは弾倉を交換し、両手でしっかりと構える。
これが、最後の予備弾倉だ。
銃口は、炎の中にいる〈ファイアドレイク〉へと向けられている。
未だ、レーダーに映る魔力反応は健在だった。
アシュトンがプラズマライフルを撃ってきたら、反応が強くなる。
――その瞬間、回避しながら反撃のグレネード弾を叩き込む。
アディは発砲の反応を見落とさぬよう、レーダーに意識を向けていた。
しかし、それが災いした。
「9時方向!」
スザクの短い警告が聞こえた時には、もう遅かった。
反射的に、指示された方向へ銃口を向けようとしたアディ。
だがそれより速く〈ファイアドレイク〉は懐まで飛び込み、左手を振りかぶっていた。
手の甲からは杭のような内蔵武器が飛び出し、鈍い光沢を放っている。
(アディちゃん。左手の内蔵武器に、気をつけなんよ。あたしと〈サジタリィ〉が、抉られたヤツ。多分あれ、成形炸薬弾だけん)
イースズの警告が思い起こされたが、これもまた遅い。
すでに杭は、〈フレアハウンド〉の右肩へと打ち込まれていた。
発生したメタルジェットによって貫かれ、右腕の肩から下が機能を失う。
〈フレアハウンド〉は、グレネードマシンガンを取り落してしまった。
すでに次弾の杭を、左手に装填した〈ファイアドレイク〉。
〈フレアハウンド〉の背後に回りながら右腕で首を締め上げ、杭の先端を頭部に突きつける。
微妙に頭部までの距離を、残していた。
だがこれは先端を加速させてメタルジェットを撃ち出すために、必要最低限な距離なのだ。
つまり止めを刺す際に振りかぶって、隙ができることはない。
『油断したな、アディ。テクノロジーに頼りすぎだ。あの魔力反応は、機体に搭載されていた囮。俺は機体のリアクター出力を絞り、回り込んだ。……こんな手に引っかかるとは、情けない』
魔道無線機越しに、感情の無い声が聞こえてきた。
アディの幼少時、厳しい戦闘訓練を課してきた時の冷徹な声だ。
『あらあら? 今さら師匠面して説教ですの?』
『出来の悪い弟子だな。これでは、免許皆伝はやれん』
『ずいぶんな言い方ですこと。これで勝ったつもりですの? お・し・しょ・う・さ・ま!』
嫌味をたっぷり含んだ、アディの物言い。
だがアシュトンは、そんな彼女の言動を鼻で笑い飛ばす。
『強がりはよせ。頭部を破壊されて、動けるマシンゴーレムなど存在しない』
『確かに、その通りですわね。でも、動けなくなるだけですわ。パイロットが、死ぬわけではありませんのよ』
〈フレアハウンド〉のコックピット内では、スザクが翼を畳みガタガタと震えていた。
アディが何をしようとしているのか、彼は思考をリンクさせ読み取ってしまったのだ。
「アディ様……。お願いですから、無茶はやめて下さい」
怯えるスザクの懇願を、アディはいつものように華麗にスルー。
無線機に向かって叫んだ。
「だからイースズ! まとめてやっておしまいなさい!」
アディが言い切る前に、被弾の激しい衝撃が〈フレアハウンド〉のコックピットを襲った。




